白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(434) 沢竜二「人生まわり舞台」の思い出

2023-04-01 12:16:43 | 演劇資料

沢竜二「人生まわり舞台」の思い出

またしても「浮草」、「人生まわり舞台」関係の話題で恐縮だが沢竜二の思い出話に面白い話があったので紹介する  (ウェブ浅草、沢竜二波乱万丈俳優記16 より抜粋)

若い頃からお互いの苦労を知り「まこちゃん」「さわちゃん」と呼び合い励まし合う仲だった ある日松竹撮影所の楽屋で出番待ちをしていたら「必殺仕事人」の撮影に来ていたまこちゃんがひょっこり顔を出し、「大切な話があるからちょっと出られない?」と云う しかし顔に大きな傷のメイクがあった私は現場を離れることが出来ずたったワンシーンを撮るのに深夜まで掛かったかそれでもまこちゃんは待っていてくれた

まこちゃんからの大切な話と云うのは自身の企画する新作舞台への出演依頼だった 小津安二郎監督の映画「浮草」をベースにある旅役者の栄枯盛衰、人生の悲哀を描くと云う これは名作になる予感がした 事実予感は的中し「旅役者駒十郎日記 人生まわり舞台」と題されたこの作品は大成功を収めることになるのだが最初の名古屋名鉄ホールの公演で大事件が起きてしまった

この名鉄ホールの公演は昭和58年1月(2 〜29)   原作 野田高悟 小津安二郎 脚本 梅林貴久生 演出 竹内伸光 藤田まこと、辺見マリ、西村晃、芦屋小雁、林美智子

公演の中盤1日休みがあったので私は石井ふく子先生の芝居の立ち回りの仕事を請け東京に戻った 翌日は11:30 開演だから始発に乗れば充分に間に合う計算だ ところが乗り込んだのはいいがその列車が待てどくらせど発車する気配がない 流石に不安になり辺りを見渡すと何とそこにまこちゃんがいるではないか! 私と同様仕事で東京に来ていたのだ そしてもう一人まこちゃんの相手役の辺見マリも隣の車両で泣いているではないか 座長を含め主要役者3人がいなくては芝居にならない 急遽中止を決めた劇場は翌日以降の切符に振り替えせっかく劇場まで来てくれたお客さんに大阪からまこちゃんゆかりのコメディアンや芸人を呼び場を繋いでくれた 共演の西村晃さんに「沢ちゃんは運がいいよ 座長と一緒じゃなかったらもっと責められていただろうね」と妙な慰め方をされたが これは申し開き出来ない大失態だ 案の定翌日の地元紙に3人の顔写真がデカデカと踊っていたが 驚くことにこれが美談になっていたことだ 男の友情 藤田まことの昔の仲間が大阪から駆けつけピンチを救ったと ものは言いようマスコミの力恐るべし 以後如何なる場合でも千秋楽まで公演の地を離れまいと堅く誓ったのは言うまでもない

とあるがこれは前代未聞の大事件だ 果たしてどんな理由で新幹線か止まったかはイロイロ調べたが判らなかった、劇場側の対応も全く判らない こうなりゃこの作品の美術担当だった元名鉄の萩原章生さんにでも聞いてみようか