白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(63) ゆうれい長屋は大騒ぎの音楽について

2016-05-14 11:48:29 | 思い出
 ゆうれい長屋は大騒ぎ 音楽について

メインテーマ曲
アンチェインドメロデイ 作曲 アレックス・ノース
            作詞 ハイ・ザレット
            歌 リアンライム
            歌 ライチャス・ブラザース
 をアレンジ

 
カルミナ・ブラーナ カール・オルフ作曲(60分くらいの曲)
 冒頭(2分30秒くらい)
全世界の支配者なる運命の女神
   1 おお 運命の女神よ 全編


 
スリラー
ビートイット   作詞作曲歌 マイケルジャクソン
          をアレンジして使用




たちまわりに向かう弥六、太助
男が死んでいくときに 阿久悠 作詞 
          曽根幸明 作曲
          安藤昇 歌   をアレンジ
  
敷島の大和おのこの行く道は
紅き着物か 白き着物か 

必殺っぽいメロだが制作年はこちらの方が古い


軽快なコミックBGとして
マツコの知らない世界 テーマソング
リンダスコット 「アイヴトールドエブリーリトルスター」をアレンジ

白鷺だより(62) 美空ひばりと私(1)

2016-05-14 11:16:32 | 人物
中日劇場は無事初日があきました ブログ再開します



梅田コマに契約で入った僕は二年目で美空ひばりの担当となった


昭和50年 10月 美空ひばり 「ご存知ひばりの弁天小僧」

制作は以下いずれも東宝の黒田耕司
脚本演出もいずれも(特記以外は)沢島忠(昭和53年より正継と改名)
演出部は制作の弟の黒田鐡雄 東宝からの伊藤万寿夫さんとボク
出演 東千代之介 山形勲 黒川弥太郎 中村芳子 藤波光子

前年NHKと揉めて紅白を降りたひばりさんは この冷たい世に親子、兄弟だけで生きていくことを選択、
周りも身構えて対処した。コマの上司の緊張は社員にも波及した。スタッフの緊張は最高となった。
稽古で間違ったきっかけを何遍も同じところで音を出したMさん。
これ以上続くと発狂するかと思って外へ連れ出した・・
わかってんねけど手が勝手に出てしまうねん・・・と泣いた

この年か次の年かは覚えていないが久しぶりにかーくん(和也)の父親であるかとう哲也さんが出所してきて 
お姉さんとと親しく話してるボクを見てやっかみ、 「あいつ、生意気だ、首にしろ」と言った。
「判りました、首にしましょう」と言った重役の名前は知っているが書かない、
ひばりさんのお付の のりちゃんがひばりさんに話して知ることとなり無事だった。
そのおかげで、この年以降 最後の明治座公演まで12年連続でひばり公演を担当することになる。
(ただし2回ほど抜ける)

かとう哲也がどこからか持ち込んだ8ミリフィルムのエロ映画をコマの技術部長にビデオ化させていた
「私はこんなことするためにコマにはいったんやない」とボヤきながら


昭和51年 10月 美空ひばり芸能生活三十周年記念 「大鳳城の花嫁」


山形勲 東千代之介 香川良介 中村芳子 梅沢昇 江並隆
前月新コマでこの芝居をやった谷口先輩が舞台裏の総てを教えてくれた
 
この年よりひばりさんが禁煙する。逆に匂いに敏感になって奈落まで行って吸ってもバレた。



昭和52年 10月 美空ひばり「口上」「任侠あやめ笠」
    香山武彦 芸能生活20周年記念
香山武彦 中村竹弥 東千代之介 藤波光子 黒川弥太郎 茅島成美

2014 1月3日海原さおり・しおりのしおりが亡くなった
その追悼文を読んでいたら 二人は女優志望で昭和52年梅コマの美空ひばり公演で同じ楽屋で出会った・・
年齢が近く 幼馴染のように気が合った 会うたびに話が弾み 共演者の前で「漫才みたい」と評判になった 
事務所の社長の勧めで4ヶ月後「花の110番しおり・ひろこ」でデビュウ、
翌年に事務所の大御所海原小浜に入門し芸名を改めた・・・とある 

この公演中におかあさんの喜美枝さん 京都の病院に入院

この公演の頃からひばりさんが足の痛みをしきりに演出部に訴えることが増えた

その頃の梅田コマダンシングチームの男性のトップは小沢周三と小関二郎だった
申し訳ないが決して2枚目とは言えず踊りもどことなくヤボったかった
この年か前年かハッキリ覚えていないが公演中ひばりさんのよからぬところに手が当たったと
小関二郎が疑われ即降ろされた 彼は二度とひばり公演に参加出来なかった
ひばりさんの名誉のために言っておくがこれはひばりさんが騒ぎ立てたのではなく梅コマは幹事室が客席の一階の奥にあり
そこから見ていたお母さんがダンサーに担ぎ上げられたひばりさんの一瞬の顔のゆがみを見て問い詰めた結果だ

翌年から男性ダンサーは新コマからそのままやって来ることになった
松原貞夫 村越保彦 矢倉鶴雄
いずれも二枚目で洗練され、いかにも都会派の踊りだった



昭和53年 7月 美空ひばり「お嬢剣法 炎の舞」

 中村富十郎 旭照子 武藤英司

この公演中 京都ベラミで田岡襲撃される 犯人は鳴海清 
この後いわゆる大阪戦争が勃発 
幹事室や楽屋に訪れるやーさんがどちらの派(山口組、松田組)か判らず怖かった


昭和54年 9月 美空ひばり「富士に立つ若武者 北条政子」

栗塚旭 江原真二郎 山形勲 梅沢昇 北町嘉郎 藤波光子

その年の7月の新コマ公演を下見中 
ラストの大立ち回りの最中に栗塚旭のかつらが見事に飛んだ
(一瞬首が飛んだように見えた) 
幕が下りて支配人と栗塚が出て客に謝った

毎日 幹事室からお母さんが見ており その権力は絶対だった
手を抜いていると見られた役者は即消えていた