インディオ通信

古代アメリカの共感した者の備忘録8年。

5月23日 …第1章 マジカルパス②

2007-05-23 00:37:59 | カスタネダ『呪術の実践』 !
カルロス・カスタネダの書物を手に出来る我々は、信じられないくらいの幸せ者だ……
彼の成し遂げたことの重要さは、いくら強調してもしすぎることはない。
~ニューヨークタイムズ~
(本のカバーの宣伝文句)


 神=慈悲深き父や情愛あふれる女神ではなく、非人格的な力。

マジカルパスは、隠された宝であって、人間が発見するように閉まってあった。

非人格的な力(光や引力と同じ、宇宙の力)が探し求める勇気ある人間のために、無数の宝を閉まっておいた。

その力、人間というエネルギー場の集合体を、単体に凝集させておく振動力でもある。

この振動力があるために、エネルギーは輝く球体から出入りすることが出来ない。

人間を一つにまとめているのは、ある種の振動であり、その振動があらゆるものに生命や居場所を与えている。

 古代メキシコの呪術師は、それに気づき、自己鍛錬と修練とによって、その振動を操れるようになった。


 ※ 振動は、「流れ」という言葉で言い換えられている。


 社会化の仮面によって見えるのは、死の世界である。

「生の世界」は絶えず流動している。それは動き、変化する。流れが逆転することもある。

あらゆるものは互いに類似性を持つ一つつながりの存在ではなく、流れである。

「その流れであることを、体で、理解する」のだ。

宇宙のあらゆるものが流れであるのなら、その流れを止めることだって出来る。ダムをこしらえて、流れを止めたり、方向を変えたり出来る。

呪術師たちはマジカルパスを実践すると、それまで絶対に途切れることのなかった事物の流れが停止することを知って死ぬほど仰天した。

マジカルパスは、あくまで気軽で楽しいもので無ければならず、病的な執着であったり、陰気なものであったりしてはならない。
それ自身のため(エネルギー移動という目的のため)に行うのであって、見返りを期待してはならない。

超一流の軽業師であり、舞踊家であったシルビオ・マヌエル呪術師は実際にマジカルパスを踊ったのだという。


エネルギー場の集合体として知覚される人間は、確固たる境界を有する閉じられたエネルギー体であり、境界を越えてエネルギーが入ったり出たりすることはできない。それゆえ、(個人が)あてにできるのは、エネルギー集合体内部にある(個人)エネルギーだけ。

人間はその本来の性質からして、エネルギーを活力の中心から押しやろうとする傾向がある。

活力の中心というのは、体の右側でいうと、胸郭端っこの肝臓と胆のうが位置する辺りにある。体の左側では、やはり胸郭の端っこのすい臓と脾臓がある辺りにある。

背中の方では、この二つの中心のちょうど裏側、腎臓とそのすぐ上の副腎の辺りにある。

さらに首の付け根の胸骨と鎖骨がV字型を作っているところにもあるし、女性では子宮と卵巣の付近にもある。

気を病むことによって、日々のストレスに屈することによって、人間はエネルギーをそこから押しやってしまう。

そのエネルギーは、輝く球体の表面に集まる(肉体としての人間から離れ)。

マジカルパスの働き→ 輝く球体に堆積したエネルギーを激しく揺り動かして、人間に返すこと。

輝く球体の表面に集まったエネルギーを移動させずにそのままにしておくことは、最初からエネルギーを持っていないのと同じく無益なこと。

砂漠で水筒がありながら、それを開ける道具がないために脱水症状を起こして死んでしまうのと同じ。



(感想) ヨガや太極拳も、エネルギー移動が目的かな。