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私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

秩父宮記念スポーツ博物館北海道巡回展

2017-02-07 17:02:54 | イベント
 2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を記念して、秩父宮記念スポーツ博物館が所蔵する記念の品々を展示する巡回展が北海道博物館で始まった。その開会式、開会記念のトークイベントに参加した。 

                 

 2月3日(金)から3月17日(金)までの43日間の日程で、表記巡回展が始まった。
 私は当初から「トークイベント」だけは参加するつもりでいたのだが、道民カレッジとの連携で一日参加の場合、博物館までの往復バスが提供されると知って、それに応募することにした。(朝9時から16時までの一日日程である)

 開会式は北海道博物館の記念ホールで開催された。
 博物館には講座を受講するなど何度も来たことがあったが「記念ホール」は初めてだった。正面壁に掲げられた北海道の歴史を表した(?)巨大なタペストリーが見事だった。

                    
                    ※ 北海道博物館の記念ホールの壁いっぱいに掲げられたタペストリーです。
 
 開会式で挨拶に立ったのは、独立行政法人日本スポーツ振興センター理事長の大東和美氏だった。大東はラガーマンでありながら、Jリーグのチェアマンを務めた人として名前を知っていた。

               
               ※ 巡回展の開会セレモニー。関係者によるテープカットの様子です。

 開会式の後、テープカット、そして特別内覧会として秩父宮スポーツ博物館の学芸員の説明による特別内覧会が行われた。展覧会は1964年開催の東京オリンピックの記念の品々や、その他のオリンピック記念品が展示されていた。
 特に私の目を惹いたのは、ベルリンオリンピックの棒高跳びにおいて西田修平と大江季雄が2・3位となったが、互いのメダルを切断して銀と銅を合わせた「友情のメダル」が展示されていた。その他にもオリンピックに関心のある向きにとっては見逃せない品々がたくさん展示されている展覧会である。

※ 以下は、巡回展に展示された記念品の一部です。

               
               <※ 1964東京五輪で実際に使用された表彰台だそうです。

               
               ※ 西田、堀江両選手の獲得したメダルを合わせた「友情のメダル」です。残念ですが写真ではイマイチ不鮮明です。

               
               ※ 1964東京五輪のポスター各種です。懐かしいですね。

               
               ※ ベルリン五輪で「ベルリンの奇跡」と称された日本サッカーチームのユニフォームです。サムライブルーの原点ですね。

                    
               ※ お茶目な(?)大東理事長は表彰台に上がってニッコリ。今はサッカー界には関係していないとのこと。

 続いて行われたトークイベントは、リレハンメル冬季五輪の複合団体で金メダルに輝いた阿部雅司さんと、バルセロナ、アトランタなど5回のパラリンピックの水泳競技に出場し、金を含む21個のメダルを獲得したという河合純一さんが登壇し、トリノ冬季五輪のエアリアルに出場した逸見佳代さんが二人に質問する形で「金メダリストが語る オリンピック・パラリンピック ~過去そして未来へ~」と題するトークイベントが行われた。

               
               ※ 光の関係でほとんど見えませんが、トークイベントに登壇した二人です。     

 二人の話には傾聴に値するお話がいくつもあった。
 その中から特に印象の残った話を一つずつ記すことにする。
 阿部さんはリレハンメル五輪のときのエピソードを語った。阿部さんはその前のアルベールビル五輪でチームの年長で、主将であったのに団体選手から外されるという屈辱を味わった。しかし阿部さんは腐ることなくサポート役に徹したそうだ。次回のリレハンメルにおいて、団体金メダルを獲得した時、チームの同僚だった荻原・河野の両選手が阿部選手を肩車して表彰台に上がったという。阿部選手は両選手の計らいに感動し、仲間の大切さを痛感したという。とても感動的な話だった。

               
               ※ 阿部雅司さんは大切な金メダルを惜しげもなく、会場の人たちに触らせてくれました。

 河合さんは、2020年の東京は二度目のパラリンピックを開催するのは東京が初めてであることを強調した。その意義を高める意味からも、障がい者に対してハード面についても、ソフト面についてバリアーを取り除く絶好の機会であると強調された。そういう意味でのレガシーを作ることが東京パラリンピックの開催の意義であるとした。

               
               ※ 会場からお話した女性は、1964東京五輪にフェンシング代表で出場された方ということです。(氏名不詳)

 トークイベントの後、昼食をはさんで、今度は博物館の常設展示を博物館学芸員の解説を聴きながらの観賞だった。面白い裏話も聴けた解説ツアーだった。

               
               ※ 学芸員の説明を受けながら常設展を観賞する道民カレッジ連携講座の受講者たちです。

 というような一日日程で、帰宅した時には16時半を回っていた。ふーっ疲れました。


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