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田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

北の歴史を彩った人たち

2020-12-13 19:11:19 | 講演・講義・フォーラム等

 新選組副長の土方歳三、白虎隊生き残りの飯沼貞吉、秩父事件の井上伝蔵、等々…、ノンフィクション作家の合田一道氏のお話は何時聴いても興味深く、お話に惹き込まれる。北海道の歴史の中で生きた伝説の人たちの話を聴いた。

          

 「ほっかいどう学」かでる講座は、コロナ禍のためリアル講座が開催できないため、オンライン講座で開催されているが、その第4回目の講座がアップされた。その講座が「北の歴史を彩った人たち」と題してノンフィクション作家の合田一道氏が担当されたのだ。

 これまで私は合田氏の講演を数えられないほど数多く拝聴してきた。合田氏の歴史を広く深く研究されてきた(特に北海道に関わって)お話はとても興味深く、いつもワクワク しながらお聴きしてきた。

 今回は短い一時間のお話の中で、①函館でアメリカ貿易事務官ライスの妾となった(タマ)、②新選組副長で辣腕をふるい、函館戦争で逝った土方歳三、③会津白虎隊の生き残りとなった飯沼貞吉、④同じく白虎隊関係者だった丹羽五郎、⑤開拓使ビール(サッポロビールの前身)を創り出した村橋久成、⑥秩父事件の首謀者の一人井上伝蔵、⑦「五寸釘寅吉」と呼ばれた西川寅吉、の7人の足跡を興味深くコンパクトに次々と紹介された。

 7人のエピソード全てを紹介するには紙幅がないので、特にお話の中で印象に残ったことを記すと…。

 まず土方歳三が俳句に造詣があったという意外な一面が紹介された。一つは、彼がまだ若い時代で新選組に入る前に詠んだ句として紹介されたのが、「しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道」。評価としてはあまり褒められた句ではないようだ。

 さらに彼の辞世の句が紹介された。彼の辞世の句は諸説あるようだが、合田氏は函館戦争の際に肌に巻いていた布の中に記された句だとして「たたかれて 音のひびきし 薺(なずな)かな」を紹介された。

   

   ※ 土方歳三の像の写真を背に講演する合田一道氏です。

 続いて、秩父事件の首謀者の一人、井上伝蔵である。彼は自由民権運動に共鳴し秩父事件を起こすが、事件の後死刑を宣告された。しかし、世間の目を逃れて石狩に移り住み「伊藤房次郎」という偽名で代書屋を営み生計を立てていたという。しかし、やがて石狩において危険を感知したため、さらに北海道の奥地の野付牛町(現在の北見市)に移り住み小間物屋を営んでいたという。やがて死期が近づいた時に初めて息子に「自分は秩父事件の井上伝蔵である」ことを明かしたという。秩父事件の首謀者の一人が北見市に在住していたと世間に伝わった時は彼の死の直前だったそうだが、新聞記者たちが大勢詰めかけ大変な騒ぎだったそうだ。

 合田氏のお話を興味深く聴ける要因の一つは、先述したように合田氏が北海道の歴史について、広く深く研究されていることを背景にして、私たち受講者に対してより分かりやすくという観点をいつも大切にしながら語ってくれることである。

 今回、合田氏からはまだまだ興味深いお話をたくさん聞けたが、その全てを紹介するには私には荷が重すぎた。もし興味がある方はYou Tubuチャンネルに「道民カレッジ かでる講座」と入れると、本講座を視聴することができる。