ロシアの白樺 (「くるくるしんぶん」900号 1995年10月9日より)
昨年の夏奥ヴォルガの旅で実感したのは、ロシアが森の国、木の国であるということでした。十九世紀の作家メーリニコフ-ペチェルスキーの小説『森の中で』には、奥ヴォルガに住む人々が皿、茶碗、匙、桶、ひしゃく、紡ぎ台、錘など、さまざまな日用品を木から作って暮らし、「森は奥ヴォルガの人々を養った」と書かれています。今でも村の道沿いに並ぶ木柵で囲まれた木造の農家は木彫りをほどこした窓かまちで愛らしく飾られ、村の教会も木造でした。積み上げられたぺーチで使う薪、高く木の竿を伸ばしたつるべ井戸、今でもロシアの村は木に多くを負っていることがうかがえました。
ロシアの人々にもっとも親しまれ、愛されてきたのは白樺です。民謡でも数多くうたわれ、
野原に白樺が立っている
野原に巻き毛の白樺が立っている
ああ らら らら 立っている・・・・
ロシアの人なら誰でもしっている、この民謡のメロディはチャイコフスキーの交響曲第四番にも取り入れられています。またよくうたわれるのは詩人エセーニンの『白樺』です。
しろき白樺
わたしの窓のしたで
雪をかぶり
まるで白銀(しろがね)のよう
ふんわりと枝に
雪の縁どり
房がほどけ
しろきフリンジ
白樺が立つ
眠れる静寂のなか
雪の結晶がかがやく
金色の灯りに
朝焼け、もの憂げに
円を描き
枝に散りばめる
あらたな白銀
初夏の巻き毛の白樺から雪をかぶる冬へと一足跳びでいってしまいましたが、十九世紀の画家レヴィタンの『黄金の秋』に描かれる秋の白樺の美しさもロシアの人々は愛しつづけてきました。この九月半ば十日間ほどペテルブルグに行かれたSさんご夫妻のお話では、もう朝晩はけっこう寒く、子供たちはしっかりオーバーを着込み、大人たちは男も女も流行の黒の皮ジャンに身をつつむ姿が目立ったとのことです。そろそろロシアの森は黄金の秋を迎えることでしょう。
現代の詩人A・プロコフィエフは旅先のスイスで黄金色に葉を染めた白樺を見て、このようにうたいました。
白樺
どの木より森辺の草原を彩り、
立っていた、金色にかがやき 明るく
道に迷いはしなかったか、ロシアの女よ?
なんにせよお前はスイスまで辿り来た!
どのように異国でざわめき、
他人(ひと)の地で緑なすのか?
いとしき妹よ、ぼくは伝える、
お前の女友だちからのあいさつを。
白樺はロシアにだけあるわけではないのですが、ロシアの人々にとって白樺はロシアの自然と一体化しているので、異国で出会うと故郷の地を思い出させる木なのです。プロコフィエフの詩は、ロシアの娘が婚礼前の泣き歌で自分を白樺にたとえて 父母や女友だちのいる生まれ育った白樺林から伐り出され、見知らぬ地へ行ったら、きっと迷子になってしまう、だからお嫁にやらないでと嘆く民謡をふまえて作られています。彼はスイスで出会った白樺に故郷のロシアから異国に嫁入りし、美しく周囲を彩り、健気にいきている妹を見たのです。
勤め先の庭に植えられた白樺は次々と枯れ、残った二本のうちの一本は今にも倒れそうです。やはり白樺は北国の木なのです。プロコフィエフだったら、ロシアを離れて嫁入りし、故郷に恋い焦がれながら異国で夭逝する娘をこの白樺に見ることでしょう。