石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(43)

2020-08-03 | その他
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(英語版)
(アラビア語版)
(目次)


第5章:二つのこよみ(西暦とヒジュラ暦)

荒葉 一也
E-mail: areha_kazuya@jcom.home.ne.jp

7.二つの予言:「歴史の終わり」と「文明の衝突」
 20世紀も残すところ10年となった1990年代、米国の二人の政治学者が相次いで発表した著書が大きな評判を呼んだ。1992年に出版されたフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」と1996年に出版されたサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」である。世紀末が近づくと「ハルマゲドン」或いは「ノストラダムスの大予言」など世界の終末をおどろおどろしく語るキワモノが出回るが、「歴史の終わり」と「文明の衝突」は高名な学者による文明論である。但し二人の論調は対照的である。


 二つの著書は中東アラブ・イスラム世界だけ取り上げたものではないが、中東は有史以来東西文明の交叉点として歴史に翻弄されてきた。その意味では中東の歴史を見るうえで両書が示唆するところは大きい。

フクヤマは、21世紀の世界は民主主義と市場経済が定着したグローバル社会となり、もはやイデオロギーなどの大きな歴史的対立がなくなる「歴史の終わり」の時代になろう、と予言している。一方、ハンチントンは21世紀の世界は地球規模の一体化という方向ではなく、むしろ数多くの文明の単位に分裂してゆき、相互に対立・衝突する流れが新しい世界秩序の基調になる、というものである。

 
ハンチントンは現代の主要文明として西欧文明、イスラム文明、中華文明、ヒンズー文明のほか東方正教会文明、ラテンアメリカ文明及び日本文明の7つを挙げている。通常民俗学、地政学的には極東アジアの範疇に入る日本をハンチントンは独立した文明と捉えていることは興味深い。これら7つの文明の中で西欧文明が最も新しく18世紀の産業革命から始まったものであり、自由主義、資本主義といったイデオロギー(智)を中核としている。

これに対してイスラム文明は14世紀のムハンマドに始まる宗教(心の絆)を中核とする文明であり、東方正教会文明も同じくキリスト教文化という宗教に根差した文明である。そして中華文明及びヒンズー文明は世界四大文明とされる黄河文明、インダス文明、エジプト文明、メソポタミア文明のうちの黄河文明及びインダス文明の流れを汲み、民族(血の絆)を中核とする文明と見ることができる。(エジプト文明及びメソポタミア文明は継承するものが無く、考古学上の文明として名を残すにとどまっている。)ラテンアメリカ文明や日本文明もこの民族(血の絆)の文明の範疇に入ると考えられる。ただ現在のわれわれ日本人にとっては「日本文明」という呼称に違和感を覚え、むしろ「日本文化」と言い方が一般化しているようである。

 「文明」と「文化」は英語ではそれぞれcivilizationとcultureであるが、一般にはほぼ同じ意味で使われている。広辞苑によれば文明(civilization)は「「宗教・道徳・学芸などの精神的所産としての文化に対し、人間の技術的・物質的所産」であり、他方、文化(culture)は「人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果」としており、文化の方が文明より意味が広いようである。

 フクシマの「歴史の終わり」は、ベルリンの壁が崩壊し(1987年)、ソ連が解体して(1991年)世界が米国一強時代になった時代、即ち社会主義・共産主義が駆逐され、自由主義・資本主義がデファクト・スタンダード(事実上の世界標準)になった時代の申し子として生まれた。一方、ハンチントンの「文明の衝突」はイラン革命(1979年)、ソ連のアフガニスタン侵攻と撤退(1990年~1989年)、さらには湾岸戦争(1991年)と続く中東の激変の歴史に強く影響を受けたことは間違いないであろう。

 劇的に変化する歴史のパラダイムシフトの中でこれら2冊の思想書が世に出たが、それらと並行して実践的なイデオロギーとして米国で頭角を現わしたのが「新保守主義(Neo Conservatism)」、いわゆる「ネオコン」である。ネオコンそのものの歴史は1930年代までに遡るが、第二次大戦後の米ソ冷戦時代にソ連との緊張緩和(デタント)に反対する勢力の理論的支柱として育っていった。そしてそのネオコンを支えたのは在米ユダヤ人たちイスラエル・ロビーである。
 
 1964年の共和党大統領候補バリー・ゴールドウォーターが行った演説は保守派の熱狂的な支持を集め共和党の主流となった。
 「自由を守るための急進主義は、いかなる意味においても悪徳ではない。そして、正義を追求しようとする際の穏健主義は、いかなる意味においても美徳ではない」

 1981年のレーガン大統領から1993年のブッシュ(父)大統領まで続いた共和党政権は、米国が自国の正しさを確認し、自分たちが神に選ばれ世界平和の使命を与えられたと確信した時代であった。米国はアフガニスタンからソ連を撤退させ、東西ドイツ統一を推進し、イラン・イラク戦争で世俗政権のイラクを支援した。そして経済の分野では自由貿易による単一市場化(グローバリゼーション)を押し付け、世界経済における米国の力を不動のものにしたのである。

 このシナリオはまさにフクヤマの「歴史の終わり」そのものである。フクヤマは決して歴史が終わると言っているのではない。彼は冷戦が終わった後の世界は民主主義と市場経済が唯一のイデオロギーへと収れんする歴史の最終章の始まりだ、と説いたのである。20世紀末にこのような一種の歴史終末論を主張したことが「歴史の終わり」をベストセラーたらしめたのである。

米国は独裁者フセインを湾岸戦争で力づくで封じ込めてアラブ・イスラム諸国の為政者たちを震え上がらせ、フクヤマの「歴史の終わり」を中東に実現させて21世紀を迎えるつもりであった。しかしフクヤマの思想に異議を唱えたのがハンチントンの「文明の衝突」であった。不幸にして21世紀はハンチントンの予言を裏付けるような9.11同時多発テロ事件で幕を開けたのであった。

(続く)
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石油と中東のニュース(8月3日)

2020-08-03 | 今日のニュース
(参考)原油価格チャート:https://www.dailyfx.com/crude-oil
(石油関連ニュース)
・ロシア、7月の原油生産量937万B/D、減産目標を超える。  *
*「ロシア原油生産量の推移」参照。

(中東関連ニュース)
・UAE、アラブ初の原子炉の火ともる
・リビア反政府組織LNAのハフタール将軍、トルコ大統領に警告。介入するなら銃弾浴びせる
・マッカ大巡礼、カーバ神殿巡回終え無事終了。巡礼者は終了後7日間の再隔離。

・クウェイト、イラク侵攻から30年


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BPエネルギー統計2020年版解説シリーズ天然ガス篇 (8)

2020-08-03 | BP統計
BPが毎年恒例の「BP Statistical Review of World Energy 2020」を発表した。以下は同レポートの中から天然ガスに関する埋蔵量、生産量、消費量、貿易量及び価格のデータを抜粋して解説したものである。
 *BPホームページ:
http://www.bp.com/en/global/corporate/energy-economics/statistical-review-of-world-energy.html

3.世界の天然ガス消費量(続き)
(アジア・大洋州の天然ガス消費量は60倍に激増し、北米に次ぐ巨大消費地に!)
(2)地域別消費量の推移(1970-2019年)
(図http://bpdatabase.maeda1.jp/2-3-G02.pdf 参照)
 1970年に9,600億㎥であった天然ガスの消費量はその後1992年に2兆㎥を超え、2008年にはついに3兆㎥の大台を超えている。2019年の消費量は3.9兆㎥であり、1970年から2019年までの間で消費量が前年度を下回ったのは2009年の1回のみで毎年増加し続けており、49年間の増加率は4倍に達している。

石油の場合は第二次オイルショック後の1980年から急激に消費量が減った例に見られるように、価格が高騰すると需要が減退すると言う市場商品としての現象が見られる。天然ガスの場合は輸送方式がパイプラインであれば生産国と消費国が直結しており、またLNGの場合もこれまでのところ長期契約の直売方式が主流である。そして天然ガスは一旦流通網が整備されると長期かつ安定的に需要が伸びる傾向がある。天然ガス消費量が一貫して増加しているのはこのような天然ガス市場の特性によるものと考えられる。

 北米、アジア・大洋州をはじめとする7つの地域の消費量の推移を見ると地域毎の消費量の推移にはいくつかの大きな特徴が見られる。1970年の世界の天然ガス消費量の64%は北米、20%はロシア・中央アジア、11%が欧州であり、三地域だけで世界全体の95%を占めており、その他のアジア・大洋州、中南米、中東及びアフリカ地域は全て合わせてもわずか5%にすぎなかった。

その後、北米の消費量の伸びが小幅にとどまったのに対して、欧州及びロシア・中央アジア地域は1980年代から90年代にかけて急速に消費が拡大、1990年の世界シェアは北米の31%に対して、ロシア・中央アジアと欧州の合計シェアは51%に達している。しかし1990年以降はこれら3地域に替わってアジア・大洋州の市場が大きく拡大し、世界に占めるシェアは1970年の1%から2000年には12%に増え、消費量は3千億㎥に達している。アジア・大洋州地域の消費量はその後も大きく増加し、2019年には1970年の61倍、8,700億㎥に激増し、世界に占めるシェアも北米に次ぐ22%を占めるようになった。

北米、ロシア・中央アジア地域及び欧州とアジア・大洋州地域の違いは先に述べた輸送網の拡充が消費の拡大をもたらすことの証しであると言えよう。即ち北米では1970年以前に既に主要なパイプラインが完成していたのに対し、欧州・ユーラシアでは旺盛な需要に対応して1970年以降ロシア方面から西ヨーロッパ向けのパイプラインの能力が増強されている。この場合、パイプラインの増設が西ヨーロッパの更なる需要増加を招く一方、ロシア及び中央アジア諸国などの天然ガス生産国では新たなガス田の開発が促進され、相互に呼応して地域全体の消費を押し上げる相乗効果があったと考えられる。アジア・大洋州の場合は、日本が先陣を切ったLNGの利用が、韓国、台湾などに普及し、また中国、インド等新たなLNG輸入国が生まれたことにより地域における天然ガスの消費が近年急速に拡大しているのである。

(続く)

本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maedat@r6.dion.ne.jp
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