報恩坊の怪しい偽作家!

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“大魔道師の弟子” 「稲生とマリアに迫る影」

2016-03-29 20:58:48 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[3月12日04:27.天候:曇 快速“ムーンライト信州”81号・1号車内 稲生勇太&マリアンナ・ベルフェ・スカーレット]

〔♪♪(車内チャイム)♪♪。「皆様、おはようございます。列車は現在、定刻通りに運転を致しております。まもなく松本、松本に到着致します。【中略】松本を出ますと、次は豊科に止まります」〕

「う……」
 マリアは訳の分からない夢を見て目が覚めた。
 車中泊だ。
 目の前に座っている師匠以外、なかなか爆睡できる乗客はいないだろう。
 実際、今の放送で目を覚ました乗客は多かったみたいだが、イリーナはまだ眠っていた。
「……!?」
 ふと隣の席を見ると、そこに稲生の姿は無かった。
 昨夜は車内の照明が減光されると、稲生が手を握って来た。
 手袋越しならもう震えることも無くなり、マリアも握り返してやった。
 だが、さすがに素手だとまだ震える。
 “狼”達にさんざん体を汚された傷痕は、そう簡単に癒えるものではない。
 魔道師になれば治るものだろうと思ったが、物凄く甘い考えだった。
 むしろ、過去の傷が呪いと化して、却って括り付けられるだけだと気づいた。
 それに気づかせてくれたのが稲生であった。
 最近では、“魔の物”はそういう所を突いて来るのではないかとも思っている。
 で、稲生はどこに行ったのだろう?
 まさか、途中で降りた?
「!」
 そういえば昨晩のエレーナのメッセージ。
 電車が立川を過ぎた辺りで、もう1回メッセージが来た。
 エレーナ就寝前のメッセージだったらしい。
 どうも、イリーナ組が周囲からあまり良いイメージを持たれていないらしい。
 それは知ってる。むしろ、今さらだ。
 そうではなくて、マリア自身のイメージが悪いらしいのだ。
(そりゃ、私も人付き合いは苦手だ。だからといって……)
 と、そこへ稲生がデッキから出て来た。
「あっ、マリアさん。起きましたか」
「ユウタ……!何も無かった?」
「えっ!?いや、別に!」
 稲生は突拍子も無いことを聞かれたと思って、びっくりした。
「むしろ、何かあるんですか?」
「いや、何でもない。……どこ行ってたの?」
「トイレと洗面所ですよ」
「そう、か……」
「今、トイレも洗面所も空いてますよ。松本で降りる客、結構いるみたいなんで。行くなら今のうちだと思います」
「う、うん。それじゃ」
「はい」
 マリアは被っていたローブのフードを取ると、デッキに向かった。

[同日04:32.天候:曇 JR松本駅5番線 稲生勇太]

 列車が長野県でも屈指のターミナル駅に到着する。

〔まつもと〜、松本〜。……〕
〔「ご乗車ありがとうございました。松本、松本です。この電車は4時35分発、大糸線直通の快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。豊科、穂高、信濃大町、神城、終点白馬の順に止まります。発車まで、3分ほどお待ちください」〕

「ふーむ……」
 稲生は何を思ったか、財布とスマホだけを持つとホームに降りた。
 向かうはホームの自動販売機。
 ピピッと手持ちのSuicaを当てて、缶コーヒーを買う。
 自分の分だけでなく、マリアのも買った。
「ん?」
 首都圏でもよく見かけるようになった大型モニタ式の自動販売機。
 そのモニタが一瞬砂嵐になったかと思うと、血文字のような文字が出て来た。
『出ていけ……!狼は出ていけ……!』
「何だろう?何かの演出かな?」
 それでも少しびっくりした稲生だったが。
『マリアンナ……裏切り者……!』
「あっ!?」
 さすがにマリアの名前が出て来たことで、単なる自販機の広告だとか、そんな類ではないことに気が付いた。
「……消えた」
 モニタは消えて、また商品一覧の表示が出て来た。
「今のは一体……?」

 稲生が茫然としていると、ホームに発車メロディが鳴り響く。
「おっと、危ない!」
 首都圏でもよく聴けるタイプのメロディだが、これが却って焦燥感を煽らせる。
 稲生は最寄りのドアから列車に乗り込んだ。
 すぐに列車はドアを閉めて、北に向かって走り出した。

〔「この電車は大糸線、白馬行きの臨時快速“ムーンライト信州”81号でございます。全車両指定席となっております。次は、豊科です。……」〕

 稲生は急いで1号車に戻った。
 2号車から1号車に入る時、デッキを通ると、洗面所のカーテンが閉じられていた。
 で、何故か床が水浸しになっている。
 稲生はすぐにそれがマリアだと分かった。
「マリアさん、どうしました?」
「ユウタか……」
 マリアは憤慨した様子で、カーテンを開けた。
「あっ!?」
 何故かずぶ濡れのマリアがいた。
 マリアは手持ちのタオルで、濡れた顔だとか髪を拭いていた。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもあるかっ!洗面所の水を出したら、いきなり噴水みたいに出て来たんだ!」
「そんなバカな!?僕が使った時、むしろ水圧が足りないくらいだと思ってたんですよ?」
 189系の普通車だが、トイレも含めて、水回りはそんなにリニューアルされなかった。
 未だに手動で、レバーを引いて水やお湯を出す方式である。
 稲生がレバーを弾いてみると、チョロチョロと水が出た。
「……うん。僕が使った時もこんな感じでした」
「だが、私が使ったら、いきなり噴き出てきたんだ!」
「鉄ヲタ歴12年ですが、そんな話、初めて聞きます。悪魔の嫌がらせだったりして」
「あぁ!?」
 マリアはデッキの陰で見ているベルフェゴールを睨みつけた。
「ボクじゃないよ、ボクじゃ……」
 ベルフェゴールは慌てて1号車の客室内に入って行った。
「とにかく、着替えを持ってきます」
「バッグごと持って来てくれればいい」
 稲生はあまりマリアを見ずに言った。
 何故ならブラウスに水が掛かったせいか、そこが透けて水色のブラジャーが見えてしまっているからである。
「ちょっと待っててください」
 稲生も客室内に入っていった。
(さっきの自販機のこと、言っておいた方がいいかなぁ……?)
 荷棚に乗せたマリアのバッグを持って、再びデッキに取って返す稲生はそう思った。

 この時、稲生はまだ悪魔、つまり“魔の者”やその手先による嫌がらせ程度にしか思っていなかった。

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