私の名前は愛原学。
東京都内で小さな探偵事務所を経営している。
今日は仕事で関東北部の山あいの町へと向かっている。
いつもなら電車やバスを使うのだが、今日は特別に車を借りることができた。
さすがに地方では、公共交通機関の便が悪いのは否めない。
一昔前の中古のライトバンとはいえ、借りられただけでも儲け物か。
これなら、午後の明るいうちにクライアントの家に着けそうだ。
クライアントは関東北部のとある集落の自治会長であるが、その家系は件の集落一帯を治めていた豪族で、今でも山を2つも3つも持っている大地主であるという。
これはまた高額な依頼料が期待できると聞き、引き受けた次第である。
依頼内容だが、これまた危険な香りがプンプンするもので、自分の財産を狙う輩に命も狙われているから助けてくれというものだ。
村の駐在所に頼んでも、けんもほろろに断られたらしい。
そこで、探偵として、命と財産を狙う輩とやらを突き止めてほしいというものだ。
確たる証拠を持って行けば、警察も動かざるを得ないだろう。
集落に続く一本道を進む私。
一応は県道で、道も2車線あるのだが、いかんせん車が私以外に全くと言って良いほどいない。
まるで、通行止めになった道を特別に許可を得て進んでいるような感じだ。
ただ、夜になると走り屋は来るらしく、所々にタイヤの痕がある。
ま、昼間でさえこんな寂しい道だ。
夜ともなれば、ここは恰好の彼らのステージなのかもしれない。
さて、ここで私自身にも危機が迫っていた。
それは何か。
車の燃料がもうすぐ切れそうなのだ。
国道からこの県道に入ってから、ずっと燃料切れのランプが点きっ放しである。
これはどこかで給油しないと、何とか集落には着けても、帰りの足が無くなってしまう。
これは困った。
さすがにこんな田舎道に、ガソリンスタンドは……あった!
進行方向左手に、日石(原作ママ。現、ENEOS)のスタンドがある!
だが、こんな田舎道で営業しているのだろうか?
私が減速して、スタンドを覗いてみると、営業していた!
ヒマそうに40歳くらいの店員と、20歳くらいの若い店員が立っている。
私が入店すると、一瞬驚いたような顔になったが、すぐに、
「いらっしゃいませ!こちらへどうぞ!」
若い店員、恐らくバイトの兄ちゃんだろう。
元気よく挨拶してくれ、私を給油機の前に誘導した。
私は給油機の前に車を止め、エンジンを切って窓を開けた。
「いらっしゃいませ!」
「いやあ、開いていて助かったよ」
「何名様ですか!?」
「ファミレスか!」
「禁煙席と喫煙席、どちらになさいますか!?」
「ファミレスか!!」
すると、店長らしき男が慌ててやってきた。
「こらっ!お客さんに何てこと言うんだ!……す、すいません!こいつ、まだ入ったばかりのバイトで、これまでずっとファミレスでバイトしていたものですから……」
店長は平身低頭だ。
「全く!こういう時は、燃料の種類を聞くの!『レギュラーですか?』って!」
「す、すいません……。レギュラーですか?」
「あ、いや、それが違うんだ」
そう、このライトバン、見た目はレギュラーガソリンのようだが、実は軽油である。
確かに燃費は安上がりだが、エンジン音がうるさくてしょうがない。
「レギュラーじゃないんですか?」
「そうなんだ。実は……」
「そうですか。実はボクも、入部以来ずっとベンチなんですよ。早くスタメンになれるよう努力してます!」
「違う!補欠じゃない!そっちのレギュラー(正選手)じゃない!」
私が突っ込むと、店長も、
「す、すいません!……誰がお前の野球チームなんか興味あるか!お客さんはハイオクだって言ってんだよ!」
「いや、それも違うから……」
何かこの店、疲れる……。
何とか軽油を入れてもらっていると、
「窓ふき入りまーす!」
「よろしく」
ようやく普通の対応に戻ったようだ。
そして、
「お客様、タイヤの空気圧チェックを無料で行っておりますが、いかがでしょうか?」
と、件のバイトの兄ちゃんが話し掛けてきた。
「あ、そう?じゃあ、お願いしようかな」
「かしこまりました!空気圧チェック入りまーす!」
うん。ようやく普通のガソリンスタンドになったようだ。
私はその間、地図を見ていた。
いくら1本道とはいえ、この先、何が待ち受けているか分からない。
ここのガソリンスタンドから集落までは、そう遠くは無いようだが……。
そんなことを確認していると、またバイトの兄ちゃんがやってきた。
「お客様、左前輪のタイヤの空気圧が減っています。無料で空気を入れさせて頂きますが、いかがでしょうか?」
「そうか。じゃあ、お願い」
「かしこまりました!」
バイトの兄ちゃんは店の奥に、空気入れを取りに行った。
その間、私は再び地図に目を落として目的地までの経路を確認する。
シュコシュコシュコシュコシュコ……。(←空気を入れている音?)
「えーと……。まあ、距離はまだ少しあるけど、この分なら飛ばせば10分か15分くらいで着けそうだ」
シュコシュコシュコシュコシュコシュコ……。
「あー、何だか途中で道が細くなっている所があるな。こりゃ、冬に来たら大変そうだぞ。冬じゃなくて良かった」
シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ……。
「あれ?でも、何か新しいトンネルができてるっぽい。こっちを通れば、安全に……」
シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ……。
「……って!さっきから何の音!?」
私が助手席から顔を出すと、
「すいません!今、空気入れてますんで!」
バイトの兄ちゃんが、自転車の空気入れで空気を入れていた!
「コンプレッサーじゃないのかよ!?」
そんなこんなで、ようやく給油とタイヤの空気圧調整が終わった。
請求された料金は軽油だからか、かなり安い。
「お客様、申し訳ありませんが、お支払いは現金のみでお願いしたいのですが……」
と、店長。
「ああ、大丈夫」
ま、こんな田舎道のスタンドだからな、しょうがない。
私は現金で支払い、お釣りをもらった。
「お客様、これから◯×集落まで行かれるんですか?」
お釣りを受け取る時に、店長がそんなことを聞いて来た。
「ああ。ちょっと仕事の依頼を受けてね、そこの自治会長さんのお宅までね」
「あー、昔は大地主さんだった方ですね。まだあの集落が独自の村だった頃は、ずっと村長さんだったお宅ということもあってか、母屋や蔵に沢山のお宝を眠らせているという話ですよ」
「やっぱりそうなのか。それなら依頼料は期待できそうだな」
すると店長は一瞬、目を丸くしたが、すぐに元の笑みに戻って、
「あー、そうですね」
「よし。そうと決まったら急ごう!」
「はははは!お客様、あそこの集落の人達は気の長い人達ばかりですから、ゆっくり行かれても大丈夫ですよ」
「そうかな?じゃあ、安全運転の範囲内で」
「それがよろしいかと思います」
「ありがとうございました!」
私は店長とバイト君に見送られて、スタンドをあとにした。
一風変わった店だったが、愛想は良かったし、サービスもそれなりに良くて料金も安かったのだから、良しとするか。
「…………」
バイト店員はライトバンの客を見送った。
一旦、事務所に引っ込んだ店長が、
「おい。今の客、行ったか?」
「へい、店長。……いや、アニキ」
「ふぅ〜。危ねぇところだったぜ」
「肝心のトラックが渋滞にハマって遅れるってなったもんだから、いいヒマ潰しになったんじゃないスか?」
「ったく、これだから若ェモンは!」
と、そこへ街の方から1台の2トントラックがやってきた。
「悪い悪い!途中、事故で渋滞しちまってよォ!」
運転席からガラの悪そうな運転手が降りて来た。
「遅ェぞ!全く!」
「で、ブツは!?」
「トイレにブッ込んでるよ!」
「さっきの客、トイレに行かなくて良かったっスねー」
「ああ。もし行くってなったら、あいつも殺さなきゃいけなくなったからァ……」
女子トイレの方を開けると、血まみれの死体となった本物の店長とバイト店員が転がっていた。
男子トイレには、いかにも高そうな掛け軸や骨とう品が山のように積み上がっていた。
中には金の延べ棒まで!
「早いとこ積み込め!」
「うっス!」
「あの客、到着したら惨劇が待っているのに気づくのが楽しみっスよ。うひひひひ!」
「いいから、オマエも作業手伝え!積み込み終わったらズラかるぞ!」
終
東京都内で小さな探偵事務所を経営している。
今日は仕事で関東北部の山あいの町へと向かっている。
いつもなら電車やバスを使うのだが、今日は特別に車を借りることができた。
さすがに地方では、公共交通機関の便が悪いのは否めない。
一昔前の中古のライトバンとはいえ、借りられただけでも儲け物か。
これなら、午後の明るいうちにクライアントの家に着けそうだ。
クライアントは関東北部のとある集落の自治会長であるが、その家系は件の集落一帯を治めていた豪族で、今でも山を2つも3つも持っている大地主であるという。
これはまた高額な依頼料が期待できると聞き、引き受けた次第である。
依頼内容だが、これまた危険な香りがプンプンするもので、自分の財産を狙う輩に命も狙われているから助けてくれというものだ。
村の駐在所に頼んでも、けんもほろろに断られたらしい。
そこで、探偵として、命と財産を狙う輩とやらを突き止めてほしいというものだ。
確たる証拠を持って行けば、警察も動かざるを得ないだろう。
集落に続く一本道を進む私。
一応は県道で、道も2車線あるのだが、いかんせん車が私以外に全くと言って良いほどいない。
まるで、通行止めになった道を特別に許可を得て進んでいるような感じだ。
ただ、夜になると走り屋は来るらしく、所々にタイヤの痕がある。
ま、昼間でさえこんな寂しい道だ。
夜ともなれば、ここは恰好の彼らのステージなのかもしれない。
さて、ここで私自身にも危機が迫っていた。
それは何か。
車の燃料がもうすぐ切れそうなのだ。
国道からこの県道に入ってから、ずっと燃料切れのランプが点きっ放しである。
これはどこかで給油しないと、何とか集落には着けても、帰りの足が無くなってしまう。
これは困った。
さすがにこんな田舎道に、ガソリンスタンドは……あった!
進行方向左手に、日石(原作ママ。現、ENEOS)のスタンドがある!
だが、こんな田舎道で営業しているのだろうか?
私が減速して、スタンドを覗いてみると、営業していた!
ヒマそうに40歳くらいの店員と、20歳くらいの若い店員が立っている。
私が入店すると、一瞬驚いたような顔になったが、すぐに、
「いらっしゃいませ!こちらへどうぞ!」
若い店員、恐らくバイトの兄ちゃんだろう。
元気よく挨拶してくれ、私を給油機の前に誘導した。
私は給油機の前に車を止め、エンジンを切って窓を開けた。
「いらっしゃいませ!」
「いやあ、開いていて助かったよ」
「何名様ですか!?」
「ファミレスか!」
「禁煙席と喫煙席、どちらになさいますか!?」
「ファミレスか!!」
すると、店長らしき男が慌ててやってきた。
「こらっ!お客さんに何てこと言うんだ!……す、すいません!こいつ、まだ入ったばかりのバイトで、これまでずっとファミレスでバイトしていたものですから……」
店長は平身低頭だ。
「全く!こういう時は、燃料の種類を聞くの!『レギュラーですか?』って!」
「す、すいません……。レギュラーですか?」
「あ、いや、それが違うんだ」
そう、このライトバン、見た目はレギュラーガソリンのようだが、実は軽油である。
確かに燃費は安上がりだが、エンジン音がうるさくてしょうがない。
「レギュラーじゃないんですか?」
「そうなんだ。実は……」
「そうですか。実はボクも、入部以来ずっとベンチなんですよ。早くスタメンになれるよう努力してます!」
「違う!補欠じゃない!そっちのレギュラー(正選手)じゃない!」
私が突っ込むと、店長も、
「す、すいません!……誰がお前の野球チームなんか興味あるか!お客さんはハイオクだって言ってんだよ!」
「いや、それも違うから……」
何かこの店、疲れる……。
何とか軽油を入れてもらっていると、
「窓ふき入りまーす!」
「よろしく」
ようやく普通の対応に戻ったようだ。
そして、
「お客様、タイヤの空気圧チェックを無料で行っておりますが、いかがでしょうか?」
と、件のバイトの兄ちゃんが話し掛けてきた。
「あ、そう?じゃあ、お願いしようかな」
「かしこまりました!空気圧チェック入りまーす!」
うん。ようやく普通のガソリンスタンドになったようだ。
私はその間、地図を見ていた。
いくら1本道とはいえ、この先、何が待ち受けているか分からない。
ここのガソリンスタンドから集落までは、そう遠くは無いようだが……。
そんなことを確認していると、またバイトの兄ちゃんがやってきた。
「お客様、左前輪のタイヤの空気圧が減っています。無料で空気を入れさせて頂きますが、いかがでしょうか?」
「そうか。じゃあ、お願い」
「かしこまりました!」
バイトの兄ちゃんは店の奥に、空気入れを取りに行った。
その間、私は再び地図に目を落として目的地までの経路を確認する。
シュコシュコシュコシュコシュコ……。(←空気を入れている音?)
「えーと……。まあ、距離はまだ少しあるけど、この分なら飛ばせば10分か15分くらいで着けそうだ」
シュコシュコシュコシュコシュコシュコ……。
「あー、何だか途中で道が細くなっている所があるな。こりゃ、冬に来たら大変そうだぞ。冬じゃなくて良かった」
シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ……。
「あれ?でも、何か新しいトンネルができてるっぽい。こっちを通れば、安全に……」
シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ……。
「……って!さっきから何の音!?」
私が助手席から顔を出すと、
「すいません!今、空気入れてますんで!」
バイトの兄ちゃんが、自転車の空気入れで空気を入れていた!
「コンプレッサーじゃないのかよ!?」
そんなこんなで、ようやく給油とタイヤの空気圧調整が終わった。
請求された料金は軽油だからか、かなり安い。
「お客様、申し訳ありませんが、お支払いは現金のみでお願いしたいのですが……」
と、店長。
「ああ、大丈夫」
ま、こんな田舎道のスタンドだからな、しょうがない。
私は現金で支払い、お釣りをもらった。
「お客様、これから◯×集落まで行かれるんですか?」
お釣りを受け取る時に、店長がそんなことを聞いて来た。
「ああ。ちょっと仕事の依頼を受けてね、そこの自治会長さんのお宅までね」
「あー、昔は大地主さんだった方ですね。まだあの集落が独自の村だった頃は、ずっと村長さんだったお宅ということもあってか、母屋や蔵に沢山のお宝を眠らせているという話ですよ」
「やっぱりそうなのか。それなら依頼料は期待できそうだな」
すると店長は一瞬、目を丸くしたが、すぐに元の笑みに戻って、
「あー、そうですね」
「よし。そうと決まったら急ごう!」
「はははは!お客様、あそこの集落の人達は気の長い人達ばかりですから、ゆっくり行かれても大丈夫ですよ」
「そうかな?じゃあ、安全運転の範囲内で」
「それがよろしいかと思います」
「ありがとうございました!」
私は店長とバイト君に見送られて、スタンドをあとにした。
一風変わった店だったが、愛想は良かったし、サービスもそれなりに良くて料金も安かったのだから、良しとするか。
「…………」
バイト店員はライトバンの客を見送った。
一旦、事務所に引っ込んだ店長が、
「おい。今の客、行ったか?」
「へい、店長。……いや、アニキ」
「ふぅ〜。危ねぇところだったぜ」
「肝心のトラックが渋滞にハマって遅れるってなったもんだから、いいヒマ潰しになったんじゃないスか?」
「ったく、これだから若ェモンは!」
と、そこへ街の方から1台の2トントラックがやってきた。
「悪い悪い!途中、事故で渋滞しちまってよォ!」
運転席からガラの悪そうな運転手が降りて来た。
「遅ェぞ!全く!」
「で、ブツは!?」
「トイレにブッ込んでるよ!」
「さっきの客、トイレに行かなくて良かったっスねー」
「ああ。もし行くってなったら、あいつも殺さなきゃいけなくなったからァ……」
女子トイレの方を開けると、血まみれの死体となった本物の店長とバイト店員が転がっていた。
男子トイレには、いかにも高そうな掛け軸や骨とう品が山のように積み上がっていた。
中には金の延べ棒まで!
「早いとこ積み込め!」
「うっス!」
「あの客、到着したら惨劇が待っているのに気づくのが楽しみっスよ。うひひひひ!」
「いいから、オマエも作業手伝え!積み込み終わったらズラかるぞ!」
終