[7月18日22:00.長野県某所のマリアの屋敷 マリアンナ・スカーレット&イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
屋敷の外では激しい雷と雨に見舞われていた。
そんな中でも人形達はピアノを弾き、歌を歌い、踊る。
知らない者が見れば、確かにホラーチックかもしれない。
「師匠、あれは?」
ポーリンの策略によって破壊され、新たに移転した屋敷。
マリアは窓の外に映る光に気づいた。
それはまるで車のヘッドライトだった。
「おー、マジかー」
イリーナは目を丸くした。
「何ですか?」
「あれはバスだよー」
「バス!?こんな所をですか!?」
「この屋敷の前、車1台通れるくらいの道があるでしょ?」
「だけど、舗装されてませんよ?」
「舗装されてなくたって、車は走れるよ。といっても、この辺りの地元のバスじゃないけどね」
「えっ?」
「よく見てご覧」
稲光に照らされるバスは古めかしいものだった。
さすがにボンネットバスではない。
今日び、どんな地方の町や村でも交通バリアフリー法の波は押し寄せているもので、新型のノンステップやワンステップバスを導入しているバス会社が普通である。
しかし屋敷の前の道に差し掛かるバスは、明らかに時代と逆行する構造であった。
「冥鉄バス!?」
「よく気づいたねぇ……。そうだよ。あれは冥界鉄道公社乗合自動車事業本部、通称“冥鉄バス”さ。鉄道の通っていない所を彷徨う霊魂を回収して、あの世に運ぶ交通機関だよ。新しく開設するとは聞いたけど、本当だったんだねぇ……」
「何でこんな所を?」
「さあねぇ……。私もユウタ君じゃないから、公共交通機関のことはよく分からないんだよぉ……」
イリーナは大きな欠伸をした。
(いや、多分ユウタ君も分からないと思うぞ)
「屋敷の前にバス停を置くってさ」
「ちょっ……!そんな勝手に……」
「大丈夫大丈夫。こんな所で降りる亡者なんていないさ。多分、冥鉄にもここで幻想郷の入口を管理してると分かったんだろうね。魔界高速電鉄にライバル心を燃やしてるんだか何だか知らないけど、そういう所に駅やバス停を作って、少しでも利権を手に入れようとしてるんだよ」
「魔界高速電鉄はバスやタクシーはやってませんよ?」
「その点、冥鉄は有利なんだから、そんなに焦ることないのにねぇ……」
そんなことを話しているうちに、古めかしいバスは何処へと走り去っていった。
バス停(が実際どこに設置されたかマリアは知らないが)にバスが止まった感じは無かった。
乗降客無しということで、そのまま通過していったのだろう。
「まあ、いいさ。あれもいいセキュリティになるからね。パトカーが巡回してるとでも思いなよ」
「えっ?」
「前に教えたでしょ?冥鉄の困ったところは、『基本的に乗車拒否はしない』こと。素晴らしいっちゃ素晴らしいけど、これ、本来は死んだ人間を輸送する為の交通機関のはずが、間違えて乗った『生きてる人間』まで運んじゃうから、その辺めんど臭いよね」
「はは……」
「屋敷に迷い込もうとした人間が、間違えてそのバスに乗っちゃったら、もうこっちは知らぬ存ぜぬよ」
「本数は多いんですかね?」
「天候が回復したら、バス停まで行ってみたら?マリアなら間違えて乗っても、降りる方法を知ってるでしょ?」
「そもそも乗る気無いです」
「あら、そう」
「バスじゃ、アルカディアに行けませんしね」
「まあね」
[同日22:25.JR新宿駅埼京線ホーム 稲生ユウタ&威吹邪甲]
〔「1番線の電車は折り返し、22時29分発、各駅停車の赤羽行きとなります」〕
遅着した通勤快速から吐き出される乗客達。
その中にユタと威吹もいた。
「やっぱり……遅延回復は無理だったか。僕の信心もまだまだだな」
「いや、大丈夫。心配無い」
と、威吹。
「この嵐の中、ここまで来れたから、ちゃんと仏の加護はあると思う」
「そ、そうかな……」
「うん」
威吹がさらっと言ったが、ゲリラ豪雨はまだ収まっていなかった。
「あの……これ、あと1時間もすればリアル絶体絶命都市になるような気が……」
「何だい、それ?」
威吹は首を傾げる。
「電車の中の“もにたー”で見たんだけども、嵐なのはこの町だけみたいだよ?で、ボク達が出発した大宮の町は今、晴れて月が出ているそうだ」
「やっぱり、ポーリン師の妨害工作かぁ……」
「てか、ただの嫌がらせだ。性悪ババァめ」
ドカーン!
「わあっ!?」
威吹がポーリンを誹ると、頭上で落雷があった。
停電になる駅構内。
「威吹、しばらく魔道師の話はしないでおこう!」
ユタはスマホのライトを点けた。
すぐに非常灯が点いて、周囲の乗客もスマホのライトやら懐中電灯の明かりを点けていた(100均で買った手の平サイズの懐中電灯は、作者も常時携帯している)。
「どこかで監視してやがんな、クソバ……ふがっ!」
再びポーリンを『クソババァ』呼ばわりしようとした威吹の口を塞ぐユタ。
「これ以上言うと、新宿がガザ地区みたいになるから黙ってて!と、とにかく、バスターミナルに移動だ」
[同日23:00.新宿駅西口・新宿高速バスターミナル ユタ&威吹]
「このバスターミナルから乗るの、初めてだなぁ……。新宿駅西口にあるって聞いたけど、まさか……ヨドバシカメラが目の前にあるとは……」
バス発着場の向かいにある。
「ユタ、また雨が強くなったよ。中に入っていよう」
「そうだね。あと30分あるし」
ユタは乗車券を取り出した。
JRバスの“ドリーム◯◯”号とか、そういう名前はついていない。
その時、ユタのスマホが鳴った。
「マリアさんからだ」
ユタは電話に出た。
「もしもし」
{「あー、私だ。今、東京は大変なことになってるらしいな?」}
「まあ、東京がというよりは新宿が、ですけどね」
{「ユウタ君、大丈夫か?」}
「まあ、バスが出れば新宿も晴れるでしょう」
{「すまない。師匠同士のケンカとはいえ、ユウタ君達に迷惑を掛けて……」}
「あ、いや。今のところ順調ですから……」
{「実はさっきエレーナから連絡があったんだけど……。エレーナも立場上、ユウタ君達の妨害をしなくてはならないそうだ」}
「ええっ?」
{「エレーナもやる時はやるからね……。私以上の冷酷な手段を使うだろうね」}
「威吹が護衛にいますが……」
{「ただ、今現在はポーリン師があなた達に手を出しているわけだからね。ポーリン師はその間エレーナに手出しはさせないタイプだから、今雷雨があるうちは大丈夫だと思う」}
「そうなんですか」
{「私もなるべくエレーナを見てはいるけど、ユウタ君達も気をつけて」}
「はい。もうすぐバスに乗りますから。でも、この電話、そのポーリン師やエレーナさんに聞かれてるなんてことはないですよね?」
{「それは多分大丈夫」}
「そうですか」
{「あの2人、公共のマナーとかはヤケに気にするから」}
「えっ?」
{「エレーナの場合、師匠がそんなタイプなものだから、映画館や優先席ではケータイの電源まで切るタイプになったようだ」}
「そんなに!?」
{「とにかく、私も目は光らせておくから」}
「わ、分かりました」
ユタは電話を切った。
「話は聞いたよ、ユタ」
「ああ」
「面倒な女達だ。引き返すなら今のうちだと思うが……」
「いや、前進あるのみ!」
「お、ユタ、いつになく勇気凛凛だな。惚れた女の元に向かう力か」
「……うん!」
一瞬の間があった後、ユタは大きく頷いた。
ユタのスマホには、新宿駅に雷が直撃したせいでJR線が悉く運休に見舞われている情報がどんどん入っていた。
退路は既に断たれていた。
屋敷の外では激しい雷と雨に見舞われていた。
そんな中でも人形達はピアノを弾き、歌を歌い、踊る。
知らない者が見れば、確かにホラーチックかもしれない。
「師匠、あれは?」
ポーリンの策略によって破壊され、新たに移転した屋敷。
マリアは窓の外に映る光に気づいた。
それはまるで車のヘッドライトだった。
「おー、マジかー」
イリーナは目を丸くした。
「何ですか?」
「あれはバスだよー」
「バス!?こんな所をですか!?」
「この屋敷の前、車1台通れるくらいの道があるでしょ?」
「だけど、舗装されてませんよ?」
「舗装されてなくたって、車は走れるよ。といっても、この辺りの地元のバスじゃないけどね」
「えっ?」
「よく見てご覧」
稲光に照らされるバスは古めかしいものだった。
さすがにボンネットバスではない。
今日び、どんな地方の町や村でも交通バリアフリー法の波は押し寄せているもので、新型のノンステップやワンステップバスを導入しているバス会社が普通である。
しかし屋敷の前の道に差し掛かるバスは、明らかに時代と逆行する構造であった。
「冥鉄バス!?」
「よく気づいたねぇ……。そうだよ。あれは冥界鉄道公社乗合自動車事業本部、通称“冥鉄バス”さ。鉄道の通っていない所を彷徨う霊魂を回収して、あの世に運ぶ交通機関だよ。新しく開設するとは聞いたけど、本当だったんだねぇ……」
「何でこんな所を?」
「さあねぇ……。私もユウタ君じゃないから、公共交通機関のことはよく分からないんだよぉ……」
イリーナは大きな欠伸をした。
(いや、多分ユウタ君も分からないと思うぞ)
「屋敷の前にバス停を置くってさ」
「ちょっ……!そんな勝手に……」
「大丈夫大丈夫。こんな所で降りる亡者なんていないさ。多分、冥鉄にもここで幻想郷の入口を管理してると分かったんだろうね。魔界高速電鉄にライバル心を燃やしてるんだか何だか知らないけど、そういう所に駅やバス停を作って、少しでも利権を手に入れようとしてるんだよ」
「魔界高速電鉄はバスやタクシーはやってませんよ?」
「その点、冥鉄は有利なんだから、そんなに焦ることないのにねぇ……」
そんなことを話しているうちに、古めかしいバスは何処へと走り去っていった。
バス停(が実際どこに設置されたかマリアは知らないが)にバスが止まった感じは無かった。
乗降客無しということで、そのまま通過していったのだろう。
「まあ、いいさ。あれもいいセキュリティになるからね。パトカーが巡回してるとでも思いなよ」
「えっ?」
「前に教えたでしょ?冥鉄の困ったところは、『基本的に乗車拒否はしない』こと。素晴らしいっちゃ素晴らしいけど、これ、本来は死んだ人間を輸送する為の交通機関のはずが、間違えて乗った『生きてる人間』まで運んじゃうから、その辺めんど臭いよね」
「はは……」
「屋敷に迷い込もうとした人間が、間違えてそのバスに乗っちゃったら、もうこっちは知らぬ存ぜぬよ」
「本数は多いんですかね?」
「天候が回復したら、バス停まで行ってみたら?マリアなら間違えて乗っても、降りる方法を知ってるでしょ?」
「そもそも乗る気無いです」
「あら、そう」
「バスじゃ、アルカディアに行けませんしね」
「まあね」
[同日22:25.JR新宿駅埼京線ホーム 稲生ユウタ&威吹邪甲]
〔「1番線の電車は折り返し、22時29分発、各駅停車の赤羽行きとなります」〕
遅着した通勤快速から吐き出される乗客達。
その中にユタと威吹もいた。
「やっぱり……遅延回復は無理だったか。僕の信心もまだまだだな」
「いや、大丈夫。心配無い」
と、威吹。
「この嵐の中、ここまで来れたから、ちゃんと仏の加護はあると思う」
「そ、そうかな……」
「うん」
威吹がさらっと言ったが、ゲリラ豪雨はまだ収まっていなかった。
「あの……これ、あと1時間もすればリアル絶体絶命都市になるような気が……」
「何だい、それ?」
威吹は首を傾げる。
「電車の中の“もにたー”で見たんだけども、嵐なのはこの町だけみたいだよ?で、ボク達が出発した大宮の町は今、晴れて月が出ているそうだ」
「やっぱり、ポーリン師の妨害工作かぁ……」
「てか、ただの嫌がらせだ。性悪ババァめ」
ドカーン!
「わあっ!?」
威吹がポーリンを誹ると、頭上で落雷があった。
停電になる駅構内。
「威吹、しばらく魔道師の話はしないでおこう!」
ユタはスマホのライトを点けた。
すぐに非常灯が点いて、周囲の乗客もスマホのライトやら懐中電灯の明かりを点けていた(100均で買った手の平サイズの懐中電灯は、作者も常時携帯している)。
「どこかで監視してやがんな、クソバ……ふがっ!」
再びポーリンを『クソババァ』呼ばわりしようとした威吹の口を塞ぐユタ。
「これ以上言うと、新宿がガザ地区みたいになるから黙ってて!と、とにかく、バスターミナルに移動だ」
[同日23:00.新宿駅西口・新宿高速バスターミナル ユタ&威吹]
「このバスターミナルから乗るの、初めてだなぁ……。新宿駅西口にあるって聞いたけど、まさか……ヨドバシカメラが目の前にあるとは……」
バス発着場の向かいにある。
「ユタ、また雨が強くなったよ。中に入っていよう」
「そうだね。あと30分あるし」
ユタは乗車券を取り出した。
JRバスの“ドリーム◯◯”号とか、そういう名前はついていない。
その時、ユタのスマホが鳴った。
「マリアさんからだ」
ユタは電話に出た。
「もしもし」
{「あー、私だ。今、東京は大変なことになってるらしいな?」}
「まあ、東京がというよりは新宿が、ですけどね」
{「ユウタ君、大丈夫か?」}
「まあ、バスが出れば新宿も晴れるでしょう」
{「すまない。師匠同士のケンカとはいえ、ユウタ君達に迷惑を掛けて……」}
「あ、いや。今のところ順調ですから……」
{「実はさっきエレーナから連絡があったんだけど……。エレーナも立場上、ユウタ君達の妨害をしなくてはならないそうだ」}
「ええっ?」
{「エレーナもやる時はやるからね……。私以上の冷酷な手段を使うだろうね」}
「威吹が護衛にいますが……」
{「ただ、今現在はポーリン師があなた達に手を出しているわけだからね。ポーリン師はその間エレーナに手出しはさせないタイプだから、今雷雨があるうちは大丈夫だと思う」}
「そうなんですか」
{「私もなるべくエレーナを見てはいるけど、ユウタ君達も気をつけて」}
「はい。もうすぐバスに乗りますから。でも、この電話、そのポーリン師やエレーナさんに聞かれてるなんてことはないですよね?」
{「それは多分大丈夫」}
「そうですか」
{「あの2人、公共のマナーとかはヤケに気にするから」}
「えっ?」
{「エレーナの場合、師匠がそんなタイプなものだから、映画館や優先席ではケータイの電源まで切るタイプになったようだ」}
「そんなに!?」
{「とにかく、私も目は光らせておくから」}
「わ、分かりました」
ユタは電話を切った。
「話は聞いたよ、ユタ」
「ああ」
「面倒な女達だ。引き返すなら今のうちだと思うが……」
「いや、前進あるのみ!」
「お、ユタ、いつになく勇気凛凛だな。惚れた女の元に向かう力か」
「……うん!」
一瞬の間があった後、ユタは大きく頷いた。
ユタのスマホには、新宿駅に雷が直撃したせいでJR線が悉く運休に見舞われている情報がどんどん入っていた。
退路は既に断たれていた。