日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

ニコンD70のご帰宅

2005-02-02 14:55:18 | 社会・政治
1月30日の夕刻に宅配便でニコン大阪サービスセンターに発送した私のニコンD70が早くも午前中に修理されて戻ってきた。1月中に2度も故障に見舞われた私に同情してくださったのかも知れないが、それにしても早い対応は有難いことである。処置内容は「ダイヤル部半田不都合のため調整しました」とのこと。前回は「発光不具合のため発光部の部品を交換しました」であった。

今回の半田付け不都合の内容は、電話による説明ではルーペで見ないと分からない切れ目だそうである。私は発光部部品の取り替えをしたことがその原因ではないかと思い、その旨を問いただしたが、返答はノーであった。でも手が触れるはずのないところにある半田付けが、一年も経たないうちに切れるのだろうか。どうも釈然としない

このニコンの本体の底を見て今回初めて気がついたが、なんと「MADE IN THAILAND」と記されている。衣料品、食料、家電製品に始まって、精密製品の代表と思いこんでいたカメラの本体までが外国で製造されているのだ。アレッと思ってMINOLTA DIMAGE Xを見るとこれはMADE IN JAPAN、そして一番最初に買ったデジカメのソニーDIGITAL MAVICA2XもMADE IN JAPAN。日本の国技である大相撲の最高位を外国人が占めているのに私は忸怩たる思いがあるが、それと同じ思いを抱いた。別にMADE IN THILANDが悪い、と云っているのではないが・・・。

その昔、1966年に始めて渡米した時に持参したのはニコマートFTだった。機械式、TTL測光のニコン普及機であったが、私にとっては貴重品でそれは大事に取り扱ったものである。2年ばかりのアメリカ生活を終えて帰国する際に、売却する旨の新聞広告を出したところ、次々と問い合わせの電話がかかってきた。極めて熱心だった希望者に譲ったが、日本を出る前から耳にしていたとおり、日本での購入価格よりも遙かに高く売れたのである。それに引き替え発売して一年もしないのに、D70本体価格の目を見張る凋落振り、メーカーならずとも心が揺り動かされる。

とはいうもののD70は私にとっては格好の実験機器、これからも長く付きあって行くことになるだろう。交換レンズもマクロに加えて手ぶれ防止のズームも買ってしまった。ニコンD70が1月に2度もご入院のステンドグラスの写真は三脚なしに撮ったもので、カメラの固定が難しかった。それが手ぶれ防止レンズではかなり気楽に扱えたのは事実、神戸のルミナリエでの一枚でその効果をご覧下さい。

遺骨DNA鑑定と科学者の社会的責任

2005-02-01 17:31:16 | 社会・政治
NHKBS2で毎週午前10時から55分までクラシック音楽の番組を放映している。見逃すことが多いのでハードディスクに予約録画をすることにしているが、最近溜まったのを観ようとするとなんと国会中継の場面が出てくる。今日も出かける予定のところ、この冬一番の寒さ、とのお天気姉さんの言葉に足がすくみ家に止まることにしたことから、国会中継を見る羽目になった。ところが具合の良いことに、私が一昨日このブログで取り上げた遺骨DNA鑑定の疑問点にかかわる質疑応答があり、おかげでいろんな事を考えることが出来た。

参議院予算委員会での公明党の風間昶(ひさし)氏が質問して村田国家公安委員長が答弁するくだりである。(録画に基づき大意をまとめた)

(風) 「帝京大以外に鑑定したところはないんでしょうか」
(村) 「事案が重大性をもつので帝京大学の他に警察庁科学警察研究所にもDNA鑑定を嘱託したものと承知している」

これに引き続き村田氏は、帝京大学から出された鑑定結果のみを報告(その内容は全て報道されているとおり)し、このように締めくくった。「この鑑定結果は国内最高水準の研究機関によるもので、信頼性は極めて高いものと考えられる」と。それに対して

(風)「再鑑定の必要はないと考えていいわけですね」
(村)「まったくその必要はないと考えている」

これで遺骨DNA鑑定に関する質疑応答は終わり、所要時間は2分26秒である。

この質疑応答の流れを私なりに論評しよう。。

第一点:風間氏の最初の質問は「帝京大以外に鑑定したところはないんでしょうか」に対して村田氏は「警察庁科学省察研究所にも鑑定を嘱託した」と答弁しているので、形式的には質疑応答は成り立っている。

ところがこの両所に鑑定を依頼したのは既に周知の事実であるから、私の期待する展開は次のようになる。帝京大学からの鑑定結果を村田氏が述べたのに対して、風間氏はこのように質問すべきであろう。
(風)「なるほど、帝京大の結果については承りました。では科警研の鑑定結果はいかがでしたか}

もちろんわれわれも科警研が鑑定不能と報告したことは報道で既に承知している。だがこの質問は論点を次に移す過程として、あっても悪くはない。

村田氏はこう答えるであろう。
(村)「これまでも実績で国内最高水準であることが裏付けられている科警研からは、DNA鑑定不能との報告がなされました」

そこで風間氏はこう質問しないといけない。

(風)「いずれも国内最高水準の研究機関である帝京大と科警研が、一方はDNAを鑑定できたといい、他方は鑑定できないという。国民をどちらを信じるべきなのでしょうか」
このような展開を見せてこそ、実のある論議がなされたと云うべきで、既知のことをこの議場でやりとりするのにどれだけの意義があるのだろう。このお座なり質疑は税金の無駄遣いである。

第二点:
(風)「再鑑定の必要はないと判断していいわけですね」
(村)「まったくその必要はないと考えている」

で両者のやりとりが終わている。

税金の無駄遣いである、と述べたばかりであるが、この風間氏の発言を「ほんとうにそれでいいの?」という意味合いだと解釈してみよう。実は村田氏も「ほんとうにあれでいいのかな」と心の中では思っておられるのではないか。私はお互い常識人としてそうあって欲しいと思うあまり、つい惻隠の情を覚えるのである。ところが村田氏は素直に「必要はないと考えている」と答弁すればいいところを、まったく、と力を込めておられる。

「まったく記憶にございません」とよく政治家がお使いになる言い回しから想像するに、「まったく」という強調語を村田氏は気軽に使われたのかもしれない。しかしまだまだ科学的事実の認識自体に多くの問題が残されている段階で(と私は思うのであるが)、政治家にこのような断定的な発言をさせたということから、私は科学者の責任におもいが至った。村田氏の発言は当然彼の元に寄せられた情報に基づくものであって、鑑定という科学的行為に伴う結論を纏めるのは科学者である。その結論をどのような評価と共に、またどのような経路で科学者は村田氏に伝えたのだろうか。

帝京大はDNAを鑑定できた、科警研は出来なかった。
これは科学的立証の一番基本的な条件である再現性が確認出来ていないことを示す。

何故再現性が確認できないのかをつまびらかにするのは、科学者の責務である。
自分は出来るのに何故彼はできないのだろう。
自分は出来なかったのに何故彼は出来たのだろう。
この点をつまびらかにして、だから現時点では結論を出せないとするのか、こういう次第だったからあの結論が出たのだ、と判断できるのは科学者である。

原爆、水爆の開発を巡って科学者の社会的責任が大きく問われることが過去にあった。
このDNA鑑定にも科学者の社会的責任が問われていることを科学者は自覚しないといけない。専門家が英知を傾けて到達した結論を、国民が理解しやすい言葉で語る。これを帝京大、科警研の当事者に切に望みたい。