イタリア人が歌のレッスンをするので聴きに行きませんかと誘われて、その教師も受講者もどのような人なのかまったく知らないまま出かけてきた。芦屋の住宅街の中にあるお宅で、その別棟の音楽練習室が会場である。グランドピアノが置かれていて、20人近くも人が入ると肩がふれあうようになる。そういうお互いの存在がとても身近に感じられるところで、歌手が一生懸命に歌う姿と教師の指導ぶりを一挙手一投足にいたるまでつぶさに観察することになった。はじめての経験であっただけに、目にすること耳にすることがすべて物珍しく、それだけに感心することばかりであった。
受講生はすでにプロかプロを目指す人たちであろうか、年齢的には若い人が多くこの時は全員が女性であった。一人当たりのの持ち時間は1時間で、午前中に2人、午後に4人の受講者がいた。まずはオペラのアリアを一曲歌うが、最初はじめての受講者だろうか最後まで歌い通す。それから指導が始まるが、リピーターの受講生とおぼしき人には、最初の一声だけでさっそく物言いがつく。その人その人に合わせたレッスンをしているような印象を受けた。
驚いたのは教師の「仕事ぶり」である。エネルギッシュ!徹底的に直す。そのためには短いフレーズでも何回も何回も歌わせる。10回超えることも珍しくはない。その間発声の基本に戻って、自分の身体の腰や腹の張り具合、胸郭の動きなど受講生に触らせて体感させる。眺めている側にははっきりと分からないが、それぞれ会得するものがあるようである。もちろん受講生の身体のポイントとなる箇所を教師が押さえまくる。下腹を押して引っ込める、背筋を引っ張り上げる、顎の下、口の両脇に胸元など、その状態を手で察知した上で位置というか姿勢の修正を丹念に行っている。頭頂に手を当てるのは響きを確かめているのだろうか、要するに最も効果的に声を出せる息の流れを作り出すことに大童なのである。この教師、身長は180センチもあろうか、イタリア人としては大柄であるし、60歳になったばかりとのことであるが、腰から下もピシリと締まり贅肉のかけらもなさそうである。身体の鍛練の賜物であろうか、その鍛えた身体で無限に続くかと思える息を力強く吐き続ける間に、受講生に全身を触れさせる。この実地教育は迫力満点である。
一刻も休みもない。アリアである以上、歌には表情が欠かせない。教師はその表情を実にリアルに表現しながら歌ってみせる。年齢が半分にも満たない?しかも異国の女性に、そういう表現を求めるなんて無い物ねだりだろう、とつい突っ込みを入れたくなるが、私には彼の伝えたいことが痛いほどよく分かる。年の功である。私もついつられて口の動きを真似ると声を出したくなるのでそれは抑える。他の人の目にどう映ろうと気にならなくなっているのである。もちろんこの短い時間の間にすべてが満足のいくようには達成出来ないだろう。だから教師にとっては限りのないチャレンジで、時間のことなで頭の片隅にないものだから、ピアニストがタイムキーパーを買って出ているようであるが、時間が予定を食い込んでいく。この全身全霊を傾けた指導が30分のランチタイムと午後2人終わってからの10分少々の休憩を除いて続いたのには恐れ入ってしまった。
現役時代に研究室で購入した輸入器械が故障してアメリカ本国から技術者が修理にやって来たことがある。その彼も仕事に取りかかったらコーヒを飲む時間も惜しんで朝から晩までぶっ通しに仕事をするものだから私も付き合わざるをえず、腹ぺこにはなるし疲労困憊するし参ってしまった経験があるが、まさにその再現のような感じなのである。受講者はもちろん私のような参観者の沢山の目が光っている中で、その持っている全てを惜しみなくさらけ出し指導に励むその自信には圧倒されてしまった。こいうプロフェッショナルとしての誇りに満ちた仕事ぶりを目の辺りにして私の心も清々しくなった。しかもとくに印象的だったのは、コロラトゥーラ・ソプラノの受講生が最初に歌ったときは、声は綺麗しテクニックもいいし、でもなにか首の上からというか悪くいえば口先で歌っているように聞こえたそのアリアが、レッスンの終わりになると身体全体から実に滑らかに流れ出す奇跡を目にしてジーンときてしまった。
内容の実に濃いレッスンを正味6時間余り見学するだけで緊張感で結構疲れてしまったが、この教師を支えるピアノの伴奏者と通訳のコンビネーションの良さも印象的であった。プロの仕事と歌の数々に堪能してしまったが、興奮は冷めやらずもう午後9時を回っているというのに、ついついバスタブに浸かって声を張り上げてしまった。多謝、ご近所の皆々様。m(__)m
この教師とはマウリツィオ・コラチッキ氏。帰ってからネットで調べると出てきた。
受講生はすでにプロかプロを目指す人たちであろうか、年齢的には若い人が多くこの時は全員が女性であった。一人当たりのの持ち時間は1時間で、午前中に2人、午後に4人の受講者がいた。まずはオペラのアリアを一曲歌うが、最初はじめての受講者だろうか最後まで歌い通す。それから指導が始まるが、リピーターの受講生とおぼしき人には、最初の一声だけでさっそく物言いがつく。その人その人に合わせたレッスンをしているような印象を受けた。
驚いたのは教師の「仕事ぶり」である。エネルギッシュ!徹底的に直す。そのためには短いフレーズでも何回も何回も歌わせる。10回超えることも珍しくはない。その間発声の基本に戻って、自分の身体の腰や腹の張り具合、胸郭の動きなど受講生に触らせて体感させる。眺めている側にははっきりと分からないが、それぞれ会得するものがあるようである。もちろん受講生の身体のポイントとなる箇所を教師が押さえまくる。下腹を押して引っ込める、背筋を引っ張り上げる、顎の下、口の両脇に胸元など、その状態を手で察知した上で位置というか姿勢の修正を丹念に行っている。頭頂に手を当てるのは響きを確かめているのだろうか、要するに最も効果的に声を出せる息の流れを作り出すことに大童なのである。この教師、身長は180センチもあろうか、イタリア人としては大柄であるし、60歳になったばかりとのことであるが、腰から下もピシリと締まり贅肉のかけらもなさそうである。身体の鍛練の賜物であろうか、その鍛えた身体で無限に続くかと思える息を力強く吐き続ける間に、受講生に全身を触れさせる。この実地教育は迫力満点である。
一刻も休みもない。アリアである以上、歌には表情が欠かせない。教師はその表情を実にリアルに表現しながら歌ってみせる。年齢が半分にも満たない?しかも異国の女性に、そういう表現を求めるなんて無い物ねだりだろう、とつい突っ込みを入れたくなるが、私には彼の伝えたいことが痛いほどよく分かる。年の功である。私もついつられて口の動きを真似ると声を出したくなるのでそれは抑える。他の人の目にどう映ろうと気にならなくなっているのである。もちろんこの短い時間の間にすべてが満足のいくようには達成出来ないだろう。だから教師にとっては限りのないチャレンジで、時間のことなで頭の片隅にないものだから、ピアニストがタイムキーパーを買って出ているようであるが、時間が予定を食い込んでいく。この全身全霊を傾けた指導が30分のランチタイムと午後2人終わってからの10分少々の休憩を除いて続いたのには恐れ入ってしまった。
現役時代に研究室で購入した輸入器械が故障してアメリカ本国から技術者が修理にやって来たことがある。その彼も仕事に取りかかったらコーヒを飲む時間も惜しんで朝から晩までぶっ通しに仕事をするものだから私も付き合わざるをえず、腹ぺこにはなるし疲労困憊するし参ってしまった経験があるが、まさにその再現のような感じなのである。受講者はもちろん私のような参観者の沢山の目が光っている中で、その持っている全てを惜しみなくさらけ出し指導に励むその自信には圧倒されてしまった。こいうプロフェッショナルとしての誇りに満ちた仕事ぶりを目の辺りにして私の心も清々しくなった。しかもとくに印象的だったのは、コロラトゥーラ・ソプラノの受講生が最初に歌ったときは、声は綺麗しテクニックもいいし、でもなにか首の上からというか悪くいえば口先で歌っているように聞こえたそのアリアが、レッスンの終わりになると身体全体から実に滑らかに流れ出す奇跡を目にしてジーンときてしまった。
内容の実に濃いレッスンを正味6時間余り見学するだけで緊張感で結構疲れてしまったが、この教師を支えるピアノの伴奏者と通訳のコンビネーションの良さも印象的であった。プロの仕事と歌の数々に堪能してしまったが、興奮は冷めやらずもう午後9時を回っているというのに、ついついバスタブに浸かって声を張り上げてしまった。多謝、ご近所の皆々様。m(__)m
この教師とはマウリツィオ・コラチッキ氏。帰ってからネットで調べると出てきた。