日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

もう一つの毒ぶどう酒事件 新しい技術導入もいいけれど・・・

2010-04-09 10:41:40 | Weblog
一昨日も名張毒ぶどう酒事件の記事を書いていて、日本の警察は犯罪捜査というのか、物証の鑑定や検査に新しい技術を取り入れるのがけっこう早いなと思った。和歌山毒物カレー事件では砒素の分析にSPring8で蛍光X線分析法を用いたこと、足利事件でのDNA鑑定、それにぶどう酒事件でのペーパー分配クロマトグラフィーのことが頭にあったからである。新しい技術にチャレンジすることには異存はないが、一昨日も書いたように、高校生が文化祭のデモンストレーションに科学の先端技術とばかりにペーパークロマトグラフィーを取りあげるのならともかく、黎明期の技術を犯罪捜査での鑑定に使うとはこれまた大胆だなとも感じた。捜査・裁判の関係者が新技術の効用と問題点を心がけておれば、自ずと鑑定結果の信憑性について正当な判断が下されるだろうが、現実はそうではなさそうだから気になってくる。

日本人にはデータ偏愛という国民性があるのではなかろうか。たとえば健康診断で検査結果のいろんな数値をお互いが得々と吹聴し合う光景を思い浮かべればよい。データ、すなわち器械、装置の出してくれる数値が日本人は大好きなのである。理科に弱くても、数値を口にしていると頭のよい?理系人間になったような気がするのかもしれない。これがおっちゃんおばちゃんのすることならお好きなように、で済ませられるが、医者まで検査値頼みになってしまうとことである。あれやこれや思いつく限りの検査を費用を厭わず患者に受けさせて、患者を直接診るより検査データ頼みで診断を下されたのではたまったものではない。検査データがわけの分からない患者を増やしていくことになる。

同じようなことが容疑者を取り調べる警察・検察についても言えるのではなかろうか。犯罪捜査に携わる警察官や検察官にまず理系人間がほとんどいないだろう。その昔、私が卒業実験を指導した女子学生が警察官になったことがあった。国立大学理学部生物学科卒料の女子学生が警察官になったということで、科学捜査に大いに実力を発揮して貰いたいとの警察幹部のコメント付きで、新聞が大きく書き立てたことがあった。よほど珍しかったのに違いない。ただでさえ理科離れが進んでいるという昨今、警察官・検察官になるためにわざわざ理系を選ぶ学生がいるとは思えない。となると被疑者を取り調べる警察官・検察官はその他大勢と同じで、目の前にある科学的鑑定・検査結果にひれ伏し、下手すると自らの職業的勘を他所に追いやってでも、これのみを拠り所にして被疑者に有罪を認めさせることに躍起になる情況を私は想像してしまう。科学的鑑定・検査結果のみが一人歩きして、かえって無辜の犯罪者を生み出すことになってはおおごとである。

「シャーロック・ホームズの科学捜査を読む-ヴィクトリア時代の法科学百科」という本が出ている。私はまだ目を通していないが、SPring-8も、DNA鑑定もペーパークロマトグラフィーも無い時代に行われていた法医学や指紋、血痕、毒物、変装、弾道学など科学捜査の手法が紹介されているとのことである。IT関連犯罪ならともかく、19世紀から21世紀に移ったからとて、殺人のやりかたががらりと変わったなんてあり得ない。それなら少なくとも殺人に関してはシャーロック・ホームズのやり方で、同じように犯人を挙げられるのではなかろうか。それとも19世紀から比べて最新の科学捜査手法が取り入れられた現在の検挙率が格段に高くなっているのだろうか。それこそデータがあれば見たいものである。シャーロック・ホームズの時代に戻れとまでは言わないが、最新技術による鑑定・検査結果に幻惑されることなく、何事も合理的に判断するという犯罪捜査の初心を失って欲しくないものである。

新技術偏重を逆手にとって新しい犯罪をもくろむ悪者が現れたとしても不思議ではない。以下フィクションであるが、毒物を分析する素晴らしい技術が生まれて、その分析結果のみに関係者が気がとられるとこういうことが起こりかねない。

実際にぶどう酒に混ぜるA社製農薬はこっそりと手に入れ、使った後の処分も完全に見つからないように行う。一方、わざと人目に触れるようにB社製の農薬を堂々とどこかで購入する。同じ農薬でも製造会社が違うと主成分は同じでもほかの成分が微妙に違うことぐらいは常識であることを前提にしている。殺人に使われたのはA社製農薬であるが、B社製農薬を手元に置いておき、犯人かと疑われたときにわざと見つかるように仕向ける。昔なら毒薬が見つかったことだけで犯人扱いが間違いなしであろうが、今は違う。警察がちゃんと最新技術を使ってぶどう酒に残っていた毒物と、発見された毒物の同一性を調べてくれるのである。そして犯人が期待したようにぶどう酒に混ざっていた農薬とB社製農薬が最新技術による分析の結果、明らかに異なるものであるとの鑑定結果が出された。容疑はこれで晴れて無罪放免になる。完全犯罪である。シャーロック・ホームズなら、いや刑事コロンボでもこれぐらいのトリックは容易に見破るだろうと私は期待するが、なまじっか最新技術に振り回される今の日本の警察ではどうなんだろと不安な気が残る。