日々是好日

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スペースシャトル打ち上げのトラブル ― 『足が宙に浮いている』NASA

2005-08-02 16:53:41 | 社会・政治

2003年2月1日(米国時間)、スペースシャトル「コロンビア」が16日間にわたるミッションを終える予定の16分前、着陸態勢に入っていたとき突如空中分解して7名の宇宙飛行士が全員死亡した。

コロンビア事故調査委員会が直ちに設けられて、13名の委員と約120名の委員会調査員が中心となり、ほぼ7ヶ月の独立調査を行い同年8月に事故報告書を公表した。コロンビア号事故調査報告 Volume I(速報版)によるとことの因果関係は以下のようである。

《打ち上げ81.7秒後、スペースシャトルが高度65,600フィート(約20,000m)に差し掛かり、マッハ2.46(時速1,650マイル、時速2,655キロ)で飛行している時、手作業で取り付けられた断熱材の大きな破片がオービタと外部燃料タンクの接続部からはがれ、81.9秒後に、コロンビア号の左翼前縁に衝突した。》

《結論として、コロンビア号は左翼前縁部のRCCパネル8近辺に亀裂が入った状態で大気圏に再突入した。上昇中の断熱材衝突によってできたこの亀裂によって、過熱空気(おそらく華氏5,000度以上)がRCCパネルの裏の隙間に侵入した。亀裂は広がり、このために翼前縁部の支持構造を保護する断熱部(insulation)が破壊され、過熱された空気が最終的に薄いアルミ製の翼桁(wing spar)を溶解させた。過熱空気は内部に侵入すると左翼を破壊し始めた。翼内部の何百ものセンサのデータや飛行制御システムの反応や空気力の変化の解析結果をもとに、この破壊の過程を再現した。》

「コロンビア」の事故以来NASAは打ち上げ時の『剥落』防止に取り組んできた。そしてようやくこの『剥落』が「ディスカバリー」にぶつかるチャンスを『受容可能なレベル』まで下げることが出来たとして今回の「ディスカバリー」の打ち上げに踏み切ったのである。ところがシャトルの歴史始まって以来最も安全であるとNASAが宣言した『燃料タンク』から断熱材の大きな破片が脱落してしまった。この脱落がもう1分早く起こっていたら「コロンビア」と同じような大惨事に至ったかも知れないと論じられたこともあり、NASAは面目を失ったのみならず、この問題が解決するまでシャトルプランの凍結をはやばやと打ち出すに至った。

NASAが心血を傾けて取り組んだであろう『剥落』対策が何故功を奏さなかったのだろう。その問題点を私なりに探ってみたところ、NASAのチェックシステムになんと信じられないような『甘さ』のあることが浮かび上がった。

問題の外部燃料タンクは打ち上げ時にほんの8分間だけ使われる。ほぼ50万ガロンの液体水素と液体酸素を主エンジンが使い果たすとインド洋に捨てられる。この燃料タンクがフロリダの湿った空気に触れると氷を表面に付着するので、その防止のために断熱材である発泡プラスチックで覆うのであるが、この断熱材が問題なのである。

シャトルプランが始まったときから、NASAはこの断熱材が剥落してシャトルを覆っている衝撃に弱い耐熱タイルにぶつかるようなことが絶対にあってはならないと定めていた。しかしシャトルプランが進んで行くにつれて次第にこの基準が緩くなり、すでに1983年6月最初の女性宇宙飛行士Sally Rideさん搭乗のシャトル打ち上げ時に断熱材の剥落があったにもかかわらず、特に注目を惹くことがなかった。2003年2月1日の「コロンビア」の惨劇までは。

外部燃料タンクの形状は滑らかなものではない。たとえ小さくとも『構造物』があるとタンク表面に突起もしくは凹みを生じて空気の流れを乱すとともに断熱材で覆いにくくなる。今問題になっている『構造物』の一つが、私はどのようなものか具体的には知らないので名称を挙げるに留めるが、「protuberance air load ramp」略してPALである。不規則な形状ゆえに断熱材で覆うのが困難なようで、すべて手作業で行うことになっている。

「コロンビア」の事故のあと断熱材の品質や塗布方法などに改良が加えられた。もはや打ち上げ時の極限状態においてもおいそれと剥落するようなことはあるまいと思いたいが、願望だけでは確証にならない。必ずテストで確認しないといけない。

話が横に逸れるがわが家も大きな被害を被った阪神大震災以来、耐震住宅に対する関心が高まり需要も増えている。建築材料や工法に工夫がこらされ、阪神大震災の程度なら崩壊しない耐震家屋を数々のハウスメーカーが売り出している。われわれが耐震であることをメーカーから口だけで説明されてもおいそれと納得しない。しかし人工地震を起こさせる装置で実験家屋を激しく揺り動かし、それに耐えることをビデオなどで示されればその安全性を納得する。

スペースシャトルの打ち上げ時に断熱材が剥落するようなことがないことを、打ち上げ時の状況を再現できる装置を用いて当然確認しているであろう、と私は思っていた。ところがなんとNASAはこのような確証を得るための試験を行っていないのである。

7月31日付けのNew York Timesによると「But there were no tests of the PAL foam itself at the speeds, pressures or vibrations of ascent」、すなわち「速度や圧力そして振動など打ち上げ上昇時の条件でPALの断熱材そのものがどうなるのかテストをしていない」と云うのである。私は唖然としてしまった。

何も実験をしていないわけではない。上の文章の前がこうである。「The wind tunnel tests of the ramp areas were all focused on aerodynamics - helping determine how air would flow around the craft and tank, or to improve understanding of where foam or ice or other debris might fly should it fall free of the tank.」

確かに空洞実験は行っている。でもそれは機体や燃料タンクのまわり、特にPAL辺りをどのように空気が流れるかに焦点が当てられていて、断熱材や氷そのたの剥落物がもしタンクから剥がれたらどこに飛んでいくのかを予想するためのものである。断熱材の改良と塗布法の改善により打ち上げ時に燃料タンクからの剥落を0にするための確認実験とはまったく異なるものである。

記事はこのように続く。「So the only tests of how the ramp material might hold up under the rigor of launching were the launchings themselves, with astronauts aboard」。そう、打ち上げ時の厳しい条件を断熱材がどのように耐えるのかを知るテストは結局宇宙飛行士がシャトルに乗り込んだ本番の打ち上げそのものでしかない、と云うのである。

そう云えば広島・長崎への原爆の投下をはじめとして、近くはイラクへの問答無用の侵攻も、考えようによれば行動そのものがテストとも云える。人間を実験の道具立てとして使うのに躊躇しないのはアメリカのお家芸、いわば文化なのかも知れない。ただその『特質』をアメリカ人も気づいていることに救いがある。最初に引用した「コロンビア」事故報告書にはこのような一節があるからである。

《我々はこの事故が偶発的な出来事というよりも、NASAの予算、歴史、プログラムの文化や、政治、妥協、変更されていく民主的プロセスの優先順位にいくらか関連があるものと考えた。スペースシャトルプログラムを監督する運営慣行が、左翼に衝突した断熱材と同程度に事故の原因となったことを確信している。》

科学者か科学者らしく、技術者は技術者らしく初心にかえって『地に足を下ろした』地道なテストの積み重ねをNASAの関係者に切望する。

「ディスカバリー」の無事帰還を祈念しつつ。