キノコキャップの季節

2017年10月07日 | ドイツの暮らし

友達の農園で、いつもの週末の買い物。
もう、すっかり秋になりました。

マフラーにキノコキャップの季節がやって来ました。



奥さんが隠し撮りした写真を見て、アレ、今年はもう少し、
ファッショナブルになりたいなぁと思いました。



一足早く来た、今年の秋。

2017年09月30日 | ドイツの暮らし

【9月26日】

今日は秋の静かな日。
一世紀前の面影をそのまま残す、ドイツ・ゾーリンゲンの「三年坂」

この近くにはヨーロッパ屈指の刃物博物館もある。
いわゆる、観光名所ではないけれど、平日の一日、仕事も忘れて
ゆっくりと散歩して、道に落ちたプラタナスの実や銀杏の葉を
あつめたり、少し疲れたら、スレートの屋根に木組みの昔からの
カフェでココアを飲んだり。

そんなことをしたいなぁと思う。でも、僕は今日はここで仕事だ。
それでも、日本からのお客さんはひとまずほったらかし、五分間
だけの小さな中休み。

そうそう、僕は昔も学校の授業をよくさぼっていたなぁ。

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【9月27日】

秋晴れの太陽の下、いつもの一周400mのグラウンドをジョギング
するのでもなく、考え事にふけったり、やや衰えた足腰のことを
気にしたりしながら、ゆうらりと散歩しています。
目の中に飛び込んできたのは、秋のひとつのタンポポと、もうすぐ
取り壊されるらしい、赤と白の村の消防署。

こんな時はふと、ドイツの詩人ヘッセが北イタリアの湖畔の村、
モンタナーラで綴った文章が想い出されます。
彼の人生の後半から晩年に向かって書かれたそれらの文章は、
人生の静かな歓びと同時に存在の哀しさが重なり合うような、
まるで秋の光のような文章でした。

この頃、僕も少し歳をとったなぁと思います。
それでも、この後は来年のヒマヤラの山歩きを想って村のプールに
泳ぎに行こうと思います。

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【9月30日】

雨の土曜日。
買い物から帰って来たら
今年、初めての紅葉。

我は秋なり、カボチャなり!



「暮らしの基本に関わること」

2017年09月24日 | ドイツの暮らし

秋晴れの午後、一週間遅れの誕生日のお祝い。

今日は三人の子供達もデンマークやオーストリアの勉強先から
帰って来て、90歳になった皆んなのオーマも迎えに行って、
久し振りの家族全員勢揃い!

今年のクリスマスカード用の集合写真を撮って、その後は、
末娘の焼いたプラムのケーキとパンプキンクリームで午後の
コーヒータイム。

そうそう、今日は四年に一度のドイツ連邦議会総選挙の日。
政権の一方的な都合で、きちっとした国民的な議論も、
何のまともな情報公開もなく、意味のない突然の解散を
繰り返すことなど、ドイツでは想像も出来ないだろう。

一年に一回の誕生日を勝手に変えることができないのと
本来同じことだろう。暮らしの基本に関わる大切なことは、
それが社会、政治のことであれ、個人のことであれ、
誰かの都合で恣意的に扱うものではない。

 

 

 

 

 


「これからの新しい道、すーさん、本当に有難う!」

2017年09月10日 | ドイツの暮らし

僕はかれこれ30年程、ドイツ中部の街で自営業をしています。
その間、沢山の人たちと仕事をしてきました。

今週末はその中でもこの5年間、僕のドタバタした仕事をいつも
支えてくれた、本当にお世話になった、全幅の信頼をおいていた、
まさに仕事の片腕、すーさんの大送別会でした。
それで、僕たちのキッチンで夜中の11時頃、本当に珍しく、
スタッフ全員の集合写真。
こうして見ると、いろいろな若い、若々しい日本の女性達が、
僕たちの小さな会社、そして現代ドイツで働き、
生きているのだなあとつくづく思います。

長距離トラックのドライバーから転身、スゴ腕の料理人&お母さんに
なったIさん、30才を過ぎてからドイツで手工業の職業教育を受けたKさん、
サイクルフィギュアの元日本コーチのKOさん、京都で食のお店を経営していた、
いつも笑顔のザキさん、ドイツで美術を勉強するアルバイトのOさん、
ゲストハウスのお客さんからスタッフになって頑張ってくれたKUさん、
ドイツの日系企業駐在員の奥さんでは物足りず、うちに声をかけてくれたYさん、
そしてIさんの一粒種で昆布を齧るのが大好きな、将来の天才料理人、
若干2歳のアキちゃん!

あまり、自分の仕事が好きでなく、こんな会社を30年もやってきて、
どんな意味があったかなぁと自問することままある僕ですが、
この晩は、こうして自営業をしていて、若い人達がいろいろな形で働けて、
互いに知り合うこんな場を作れたことは、それが偶然にしろ良かったなぁと
思いました。

そして、最後にすーさん、本当にありがとう。


互いに厳しい時もあったけど、僕も、僕の家族もすーさんは滅多に出会わない人、
ベストのスタッフ、家族の大切な友人と思ってきましたよ。

ドイツでのこれからの新しい道、生き方、自分のこころにかなうものでありますように。
そして、ドイツの大学への再チャレンジもうまくいきますように!
これからも、いつも応援してますよ

 

 



一年に一回、子供達の蚤の市 一「セコンドハンド万歳!」

2017年08月27日 | ドイツの暮らし

僕の村で毎年、年に一回開かれるベビー服、ベビーカーから、幼児、
子供達の洋服、玩具、絵本、何でも、本当に必要なもの全てが揃いそうな、
子供達のセコンドハンド・蚤の市の大イベント。

この時だけは、近郊の町々から若い家族が何千と押しかけ、村中の道路に
何百台の車が路面駐車し、教会前の広場はまさに足の踏みどころも
無いような大盛況!

 

お母さんもお父さんも、その上、小さな子供達まで自分が売り子になったり、
突然、買い手になったり。

今日はその上、久し振りの上天気。
僕も、もうとっくのとうに用もないのに、孫もいないのに覗きに行きたくなる。

 

 


「皆でご飯を作ろう」— これからの、若い世代のライフ・バランス

2017年06月29日 | ドイツの暮らし

「今日の夕飯はみんなで作るよ!ご馳走するよ。」



 

次男の健と、幼稚園の時からの無二の親友ダービット。三年前、二人
が高校を卒業した時、三人で日本に行ったことを思い出す。
ダービットはそれ以来、和食が大好きになり、今、勉強しているハン
ガリーでも一人でご飯を炊いて親子丼を作ったりしている。

二人とも食べるのが好きで、日本のご飯が大好きで、小さい時から家族
と皆んなでご飯を作ってきた。



 

「しっかりした体で、家事も料理も当たり前に出来ること。胸や腕の筋肉
をつけるのと同じ位、大事なことだよ。」などと年寄り、酒飲み、旧世代
の僕が言うまでもなく、二人ともこの頃は包丁も実に自然に使え、料理の
基礎が出来るようになった。





 

僕は親バカなので、内心、それがとても嬉しい。だから、なるべく美味しい
ものを作ろうと、今日は僕も頑張った。 


「魔女の一撃」は、妖精の密かな囁き?

2017年06月22日 | ドイツの暮らし




ルターの聖書で知られた、旧東独のアイゼナッハという昔からの
古い街に向かう西ドイツからの特急、夜10時、北国の夏の夕暮れは、
水彩画のような青い闇がいつまでも続く世界です。

シャーロック・ホームズの小説の中のような、少し時代がかった食堂
車にたった一人。
木のテーブルの上には辛口の白ワインの小さなボトルが一本。





そしてヨーロッパの雑穀を上手くアレンジしたお豆のサラダには、緑色
の若いオリーブを刻み込んだボッカチアのサイドディッシュ。一人だけ
の贅沢な夕食です。





 

自分の心のおもむくまま、自分の行く末を考えたり、自らの雑念のおも
むくままに、僕の他愛ない考えも、いつもの毎日の日常から離れていく
不思議な時間です。

さて、今日の本題。
ドイツ語には「魔女の一撃」(Hexenschuss)と言う、昔からの、庶民に
も誰にも馴染み深い一つの言葉、一つの表現が有ります。

居ても立っても居られない。
腰を一ミリでも曲げられないような痛み。そうして過ごした最初の週末。
その後の10日間、
筋肉注射をしても、温湿布をしても、痛み止めを飲んでも、ベットに寝転
んでも、起き上がること自体が一大事になるような毎日。それでも毎日、
仕事をしたり、無理して泊りがけの出張に行ったり。あまり楽しくない、
憂鬱な気持の日々でした
そうしてようやく数日前から、ほぼ滞りなく日常生活が送れるようになり
ました。

昨日、今日はまたゆっくりと走り始め、村の屋外プールでも300メートル、
800メートルとまた泳げるようになりました。
自分の体が自由に動くこと、走ったり、泳いだり、しっかり汗をかけること、
それがどんなに素敵なことか、自分にとって大切なことか。
今日、久し振りに水の中で年老いた魚のように体を動かし、プールサイドで
四肢を伸ばし、初夏の燦々たる太陽の光を浴びて、今回はつくづく思い知り
ました。

「僕は生涯の仕事とか、人生の意味とかそんなことを、ずっと昔から、若い
時から日本で二十歳になる前から、何十年もずっとずっと考えて、今だにそ
れに悩まされているけれど、一体それは何の意味があるのだろう?」



 

今回の魔女の一撃は、「貴方の一回限りの人生、もう、いろいろな幻想や子
供の時からの固定観念、社会化の縛りの中から離れたらどうなの?」という、
僕の心の中に近づいては離れていく、知れど知らざる、僕の人生の導き手、
忘れてはならない、小さな妖精の密かな囁きだったのかもしれません。 


 


57歳の夏、初めての教習所 — 移動の自由、国籍とアイデンティティーの話

2017年05月31日 | ドイツの暮らし

57歳の夏。

僕達の家族五人の中で唯一人、ドイツ国籍も選挙権も自動車免許
もなく、それでも大過なく満足して、ドイツで30年以上過ごして
きました。
ところが、今年の春、いよいよ今後の人生のために「クルマの移動
の自由、自主独立性」は確保しようと思いたちました。

今日は路上訓練第一回。生まれて初めてドライバー席に座りました。
路上を走ること30分、ブレーキ、アクセル、ギアチェンジは助手席
の教官トーマスさんに任せっぱなし、ステアリングだけを担当し、
まさに郊外の県道を右往左往!


 


「あぁ〜、楽しかった、ああ緊張した!」


 
その後、お祝いに近くのお菓子屋さんに一人で入り、滅多に口に
しないドイツの大きなケーキを一人で丸々一つ食べました。




 
そしてその際、免許だけでなく、いつかは国籍もドイツにすること
があり得るかなと、考えたのです。
以前は絶対に考えなかったことです。
自分の日本人としてのアイデンティティに関わることだ、それだけは
しないだろうとずっと思っていました。

今年の春、「もう一度、日本に戻ろう」と京都に小さな家を構えま
した。ドイツと日本の二つの国で生きようと考えたのです。
他方、日本の社会体制に対しての距離感、拒否感は福島の原発事故
前後から、過去30年にも増してさらに深まっています。

多分、僕の場合、自分の日本人としてのアイデンティティと国籍は
決して重なる必要はないのだろうと思います。それよりも、自分の
暮らしの自主独立性を守ること、尊重することが人生の第一の優先
事項なのだと思います。

現在の日本の社会体制、とりわけ、その政治・行政の強権による個
人の自由や主権の侵害、日常の行動の制限、拘束が今後、今よりも
さらに強まる可能性は非常に大きいと思います。
そして、その逆方向に社会が転回する可能性は実に微小に思われます。

僕には日本社会への帰属性よりも自主独立性の方がずっと大事なの
だと、今日、クルマの免許のことをきっかけに、よりはっきりした
ように思います。

自分の今後のために、ざっくりでも、人に伝える文章の形で考えの
メモを残しておこうと思いました。

 


「 あぁ、僕達は何も成し遂げなくても — 初夏の晩の小さなノート」

2017年05月28日 | ドイツの暮らし

「初夏の晩の小さなノート」


 
 

ドイツの初夏、それは夜の10時過ぎまで、様々な光が輝く、一年で
一番素敵な季節です。

鳥達の声と木々を吹き抜ける風と若緑のささやきが何十にも重なる
時間、耳を澄ませば、此処に在ることの静かな悦び、まさに人生の
休息日の幸せが心身を包むようです。

今日、僕は昨日の飲み残しの南イタリアの地酒、プリミィティーボの
赤ワインに氷を幾つか投げ入れ、桜の葉越しに午後6時の透明な太陽
を見つめてます。
[あぁ、僕達は何も成し遂げなくても、こうして此処にいられること
が本当は有難いのだなぁ」と、心の底から思います。

午後5時、6時、7時、初夏の光の中に全てが輝くような不思議な時間
です。


 
 

そして、白色の太陽が橙色の西陽となり、その最後の光と共に消える夜
の9時頃、小さな星達がポツリ、ポツリと灯をともし、透き通るような
蒼い夜が訪れます。
その中で、僕達も大きな時間の限りない流れの中、その一部となるので
しょう。





 


ドイツに戻って「いつもの暮らし」 — プラスとマイナスの生活習慣病!?

2017年05月27日 | ドイツの暮らし

ドイツに戻って「いつもの暮らし」

[新たにスタート!初日のメモ]
ぐっすり眠って眼が覚めると、朝の6時半。
ママラインはまだスヤスヤと寝ているけれど、そのまま起きて、
村のスポーツグランドでゆっくりと、自分流の「走るヨーガ」の練習。

400m一周の間、自分の身体の各々の動き、足指、足首、膝から
太ももの表、裏側の筋肉、背中、上腕、下腕の緊張感などに全ての注意
を寄せる練習。100mから200m位しか集中力が続かない。知らず識ら
ずに雑念を追いかけ、身体への意識が散漫になる。明日からも続けよう。

午後は、毎年、本当に楽しみにしている屋外50mプールでの水泳
シーズンスタート。



 

30度を超える突然の夏日で、水浴びをする子供達、小学生、中学生、
若い男女で一杯だったけど、スイマー専用のエクスプレスレーンで
1100m泳ぐ。今シーズンの目標は平均2000m。そして、シーズンの
ピークには平泳ぎを挟まずに、全てクロールのみで泳ぎたい。8月、
また日本に行くまでの目標、楽しみだ。



 

午後遅くから、今年の春から新加入の都市生活者・自主有機農業
グループの週末仕事に顔を出す。






ママラインと一緒に二畝の雑草取りを僕等の課題として引き受けよう
と思う。


 
 

その後はどうしようか、こんなにいい天気だ。庭でワインを少し飲も
うか?久し振りにギリシャ料理屋に行こうか?
節酒は本当に僕の大きなテーマだ。
実に好きなのだけど、これは僕の幾つかの生活習慣病の最も手強い
やつだ。沢山飲みたくなったら、[人生でまだやりたいこと、もっと
沢山、沢山あるぞ」ともっと自分にはっきり声をかけよう。

そして、何よりも今回こそ、早寝早起きのスタート



蕾の時期に、桜が二輪

2017年03月10日 | ドイツの暮らし

蕾の時期に、桜が二輪。
突然、ひょっこりと春が来たような午後。

冬の雨雲のような気持ちで過ごして来た日々。
毎日忙しいばかり、仕事ばかりしていた。

そんな気持ちが俄かに晴れていく。
冬は過ぎた。また、春、夏が来る。
さあ、散歩に行こう。髪もかりに行こう。

夜のお酒にもひとまず今日から、
「さようなら❣️


「白ワインはいかがですか? - あなたも私も大切な一人」

2017年02月23日 | ドイツの暮らし

ドイツ・ミュンヘンへ、飛行機の中のドイツ語会話。

 

「何をお飲みになられますか?」

「では、白ワインを一つ。」

「お水は如何ですか?」

「あっ、それもぜひお願いします。」

「炭酸なし、炭酸あり、どちらで?」

「炭酸ありで。もちろんドイツスタイルで」

「おっ、なかなか上手いですね!」

「いえいえ、ドイツにもう30年あまり住んでますから、、、。
でも、確かにそうですね、
スチュアートさんの人生よりも、僕のほうが長く
ドイツ語を話しているかもしれませんね。」

明らかに40過ぎのスチュアートさん、

「上手いこと言うね。よし、シャンパン一杯!」

「いえいえ、僕はしがないエコノミーですから。」

「確かに! ところで、ご家族は日本で?」

「日本じゃなくて、僕の家族はドイツなんですよ。」

「では、お仕事で?」

「そうそう、今回は仕事一本槍でした。」

「十分成果は出ましたか、、エアフォルクライヒ? 成功でしたか?」

「もちろん!でも、相手方はまた別の考えかもしれませんよ」

「確かに! 人生、分かりませんね。」

「確かに! では、白ワインをもう一杯。」

 


「2017年2月 - オーマの90歳を祝って」

2017年02月07日 | ドイツの暮らし

昨日の日曜日は僕のドイツの義理の母、子供達三人の世界一の
オーマ、ウチの奥さんのお母さんの90歳のお祝いでした。

1927年生まれ、ドイツの戦前戦後史を自ら生きてきた義理の母の
一生を、外国人の僕が実感を持って語ることはとても出来ないこと。

それでも長男と次男が、ドイツの母の昔のアルバムを整理・編集
して作ったデジタルスライドから、数枚の写真をここに記録、
掲載しておこうと思いました。

ワイマール時代、一歳児の頃の家族写真、戦後の独身の若い頃、
早世したハンガリー系ドイツ人の伴侶との想い出の写真、そして、
今、90歳のお祝いの日の笑顔。

夜間看護婦をしながら、うちの奥さんを女手一つで育て、人に
語らぬ苦労も、言葉に出来ない辛酸の想いもいろいろあったと思う。
それでも人生90年を常に優しい笑顔を絶やさずに生きてきた人の
姿がここにある。
僕はそのことを僕の家族の小さな大切な記録として、ここに
記しておこうと思う。
そして、僕の生まれながらの言葉、日本語で僕の日本の友人や
知人に、このドイツの母のことを少し伝えておきたいと思う。

自分の娘を常に信頼し決して叱らず、その自由な若い人生を
認め、僕達の同居生活にも結婚生活にも一度も口出しをせず、
必要な支援だけはして、孫達には包み込むような愛情で
常に朗らかに接し、求めるところは少なく、与えるもの多く、
80歳の時の最初で最後の日本旅行を僕達家族と満喫し、88歳
まで独立独歩の人生を歩んだ人。
柔和な性格の中で、妻とともに1980年代から自分の一票は
常に緑の党に投じてそれを当たり前としてきた人。

孫達三人と娘への愛情、そして仔猫への愛着が飛び抜けた人。
まだまだ元気でいてくれますように。


冬の日のメモ - 「無理をしないこと」

2017年01月21日 | ドイツの暮らし

【1月17日】

色とりどりの花のような、小さな子供達。

昼御飯の後、午後の仕事の前に近くの広場に散歩に出たら、
たまたま出会った風景。

良いなぁ、僕も今日はなるべく早く仕事を終えて、村のプールに
泳ぎに行こう。その後はゆっくりと料理のノートを書き始めよう。

子供たちの笑い声。自分の足腰の動きのぎこちなさ。50代も半ばを過ぎて、
人の人生の長さ、短かさがだんだん分かるようになった。
この歳だからこその今。

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【1月19日】

今、ドイツはお昼の時間。

今日はもう朝から春のような青空、野に畑に輝くような光が拡がる。
僕の少し年老いた頭の皮にも、マフラーを巻いた首元にも陽光の
明るさ、暖かさ。

あぁ、本当に良い天気だ。
自宅から農園カフェへの道、僕の心も広がる土、緑、空、光。

………………………………………………………………………………………………

【1月21日】

今日は良い天気。
自宅から歩いて約5分、週に数回はこのプールに来る。

ひとりになって考える、運動をする。
頭と体がひとつになると、自分の中の見通しが良くなる。
以前書いた文章、『無理をしないこと』という文章を思い出す。
まだ、福島の東電原発事故の前のことだ。

事大主義と事なかれ主義、変な愛国主義、意味のない島国根性、
これら全て、本来全く「理の無い」話、理性に支えられた
ロジックでは一切無い。
福島の事故の後、この6年間でその傾向はいよいよ強まり、
日本の社会の硬直性は明らかに危険な領域に入り込んでいる。

「無理をしない」ということは、日頃の生活の中で、
気持ちの余裕と時間の余裕があること。そして、「理の無い」
ことをしないこと。 

日本の戦後70年は、個人の生活でも、社会・経済の活動でも
その「無理」を重ねてきた歴史、その帰結が今の時代相なのだろう。

日頃から「無理をしない」ということを肝に念じよう。

………………………………………………………………………………………………

2010年秋、
今日は本当に久し振りの「ひとり水泳部」
泳ぐよりもブールサイドに寝っ転がって、大きな伸びをしたり、
日向ぼっこをしたりホンワリしている。
秋の陽射しも心地よい。

僕のコーチは、「明日のジョー」より「バカボンのパパ」 
無理をしない。

そして、ここ最近読んだ2つのことを思い出す。

@minorikitahara「国益」って言葉を使って話す人に、
あんたは大臣か! と笑ったところ口論になる。 
バカにした訳じゃないよ、ほんとに冗談だと思ったんだよ! …
私にとって「国益」なんてものがあるとしたら、
ご近所どうし仲良くね! だけだな。一人一国益よん。
(まさにその通り)

@footballanalist ドルトムント戦を見る。ただゲームを殺す力が
まだないのは、チームが香川が全能の神として君臨するときを
待っているから。…
(これはドイツでは誰も考えなかったことだ!客観性も根拠も
全く無いが実にユニークな発想。)

上記双方、どちらも気軽に書いた言葉だろう。でも両者の間には大きな、
圧倒的な開きがある。一方は少し神がかり、変な愛国主義、意味の無い
島国根性。男性論理が転がって行く。

他方は実にすっきり自然体。
女性の、ひとの当たり前のこと。

事大主義と事なかれ主義、どちらも
あまり好きではありません。

無理をしない。
それは理の無いことをしないこと。

 

新年の雪、清々しい空。

2017年01月02日 | ドイツの暮らし

今日は新年初めての、清々しい空、雪の朝でした。太陽が輝き、
静かな風が吹いてきます。

日本の友人、知人の方々、明けましておめでとうございます。
これまでの道を振り返り、新たな一歩を、勇気を持ち、常に愉しい
心持ちで、穏やかに踏み出せますように!

各々に良い目標と良いプロセスでありますように。