切り絵

浮世絵を切り絵に

一年前のブログ

2020年07月26日 | Weblog
 
広重 東海道五十三次 神奈川
「神奈川」神奈川宿は現在の横浜の中心部より北東の台地に位置にある。宿場の街道沿いには景色を売り物にする茶屋が並び眺望の良いところであった。右の坂道には宿屋が並び、江戸からの旅人......
 

 

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東海道五十三次 岡崎

2020年07月23日 | Weblog

岡崎

岡崎の矢作川に架かる橋の名は矢矧之橋と云い、東海道中で一番長い橋で、208間(378m)ある。画面は曲線を用いて長さを強調している。大名行列が橋を渡っているところであり、向こう側には岡崎城が見える。徳川家康誕生の城を当時の人は特別の思いでみたであろう。豊臣秀吉(当時の名は 木下藤吉郎)が蜂須賀小六と出会ったのはこの橋である。

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東海道五十三次 藤川

2020年07月13日 | Weblog

「藤川」 棒鼻ノ図

地方役人たちが土下座している。御弊をたてた駒と一緒に御馬献進の一行がゆく。幕府は毎年8月に朝廷に馬を献上することになっており、広重は天保3年にこの行列に参加した。藤川宿に差しかかる行列を迎える様子である。一行を迎えるのに犬まで座っていて、街道の脇に立つ棒鼻が宿場の外れを表わしている。

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一年前のブログ

2020年07月11日 | Weblog
 
東海道五十三次 川崎
「川崎」川崎宿は当初宿場ではなかった、品川宿〜神奈川宿の間が長距離で負担が大きかったため、後から宿場として設置された。保永堂版では、川崎宿に入る川の渡しが描かれている。右奥には......
 

 

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東海道五十三次 赤坂

2020年07月04日 | Weblog

赤坂

〈夏の月 御油より出でて 赤坂や〉

赤坂宿は西の藤川宿から約9km、東へ行けばわずか約2kmで御油宿に着く。赤坂宿と御油宿間は東海道五十三次で最も宿駅間が短く、夏に月が出でる短さを例えて松尾芭蕉はこの句を詠んだ。東隣の御油宿や吉田宿と共に飯盛女が多く置かれた宿場で、多くの男が足を留めて賑わいを見せた。中庭に大きな蘇鉄、化粧をする女たち、風呂から上がって来た客、慌ただしい人々の様子が描かれている。この絵のモデルとなった旅籠大橋屋は最近まで旅館業を続けていたが、2015年3月 360年に渡る歴史に幕を閉じた。

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