切り絵

浮世絵を切り絵に

富嶽三十六景 御厩川岸

2025年03月30日 | Weblog
御厩川岸は、隅田川の浅草側、現在の厩橋西詰あたりをさした。ここと対岸の本所側を結んで渡し船が通っていた。それを御厩の渡しと云った。その渡し船を前景にして、中景に両国橋を配し、その先に小さな富士を描いている。題名は、御厩川岸から両国橋の夕陽を見る、と言う意味だろう。渡し船が河岸を離れて漕ぎ出す瞬間を描いている。小さな船にかかわらず、うねるように大きな波がたっているのは北斎の御愛嬌か。この船の船頭は艪で漕いでいるが、御厩の渡し船は竿で漕いでいたという。江戸の富士を描いた中でも、この絵の中の富士は小さく描かれている。しかも青く塗りつぶされているのは、夕陽の反照を表現しているつもりなのだろうか。
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富嶽三十六景 江都駿河町

2025年03月26日 | Weblog
富嶽三十六景 江都駿河町
「江都駿河町」
 三井とは三井呉服店、又の名を越後屋といった。現在の三越百貨店の前身である。徳川時代には、駿河町の通りを挟んで両側に店を構えていた。その狭間から日本橋方向を見ると、その先に富士が見える。この絵は実景に近い。構図は、東都浅草本願寺とよく似ている。職人が屋根に上って仕事をしているところや、凧が上っているところも同じだ。この場所から見た富士は、こんなに大きくはない。富士の描く線が、屋根の線と調和して、構図に一定のリズム感をもたらしている。
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富嶽三十六景 江戸日本橋

2025年03月10日 | Weblog
日本橋は、江戸の中心として、また諸街道の始まるところとして、特別の重みを持っていたので、様々な絵師によって描かれた。北斎は、これを富士と組み合わせることで、富嶽三十六景のひとつに仕立てたわけだ。だが、これが実景と異なることは、土地の人なら誰も気づくだろう。絵は日本橋の上から江戸城方面を眺める形になっているが、富士はその方向には見えない。したがってこの絵は、北斎の拵えものだとわかる。日本橋そのものは、画面の手前の方に一部だけ姿を見せている。橋の欄干に擬宝珠があることから日本橋だと判るのである。
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2025年03月01日 | Weblog

六十余州名所図会 紀伊
「紀伊」 和歌の浦和歌浦は大阪に接する和歌山市南部にある。本図では、和歌浦の入江から、遠景の小島までが中心に描かれている。小島は妹背山と呼ばれ、三断橋で内陸と結ばれており......


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富嶽三十六景 遠州山中

2025年02月28日 | Weblog
遠江山中とは、文字通り遠州の山の中という意味であろう。山の中で木挽き職人たちが材木を切り、其の,おが屑を焼いて上った煙がたなびく彼方に、富士がのんびりとした姿を見せる。画面左                                         には、男がのこぎりの目立てをしている。子どもを背負った女がなにやら話しかけている。女が伸ばした右手の先には、男の子がぼんやりと膝を抱えて座っている。向う側から立ち上る煙を眺めているのだろう。富士の周りには、面白い形をした雲の帯が巻きついている。これは煙とバランスをとるために、わざわざ描き入れたのだろう。
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2025年02月21日 | Weblog

六十余州名所図会 長門
「長門」 下の関山陽道の西端にある下関は、関門海峡を挟んで九州に繋がる。古くから海上交通の要として機能し、輸送船の寄港地として「西の浪華」と呼ばれるほど繁栄していた。本図......


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富嶽三十六景 駿州江尻

2025年02月20日 | Weblog
「駿州江尻」  
 駿州江尻は、今の静岡市にあった東海道の宿場町。大勢の人や二本の木立が風のために難儀している一方、富士だけが悠然と不動の姿勢を保っている、画面左手前の頭巾をかぶった人物から懐紙が飛び出し、風に舞い上がっている。その右手の男は、被っている傘を風に飛ばされまいと必死になって抑えている。背景に聳える富士は、一筆書きの線描だ。このように線だけで富士を描いたのは、北斎の外にはないのではないか。
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2025年02月11日 | Weblog
 
六十余州名所図会 周防
「周防」 岩国 錦帯橋周防(すおう)は山口県の東南部にあって防州(ぼうしゅう)とも呼ばれていた。岩国市を流れる錦川にかかる錦帯橋は1673年岩国藩主吉川広嘉によって創建さ......
 

 

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富嶽三十六景 相州梅澤左

2025年02月10日 | Weblog

「相州梅澤左」

相州梅澤は、東海道の宿場町で大磯と小田原の間にあった。名にあるとおり、梅が名物だった。富士をバックにして、地上には5羽の鶴が身を休め、2羽の鶴が飛んでいる。鶴と富士とを組み合わせた図柄は、縁起物として重宝されたので、北斎もこの絵を、正月用として描いたものだろう。名前の梅澤左の梅が名物の処で左は、「庄」又は「荘」の誤彫ではないかと言われている。

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2025年02月03日 | Weblog
 
六十余州名所図会 安藝
「安藝」 厳島 祭礼之図日本三景の一つである厳島神社の鳥居は、神社と共に足元が海に晒されていることで有名である。度重なる災害に耐え抜き、現在では世界遺産として観光の名所と......
 

 

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富嶽三十六景 信州諏訪湖

2025年01月29日 | Weblog

「信州諏訪湖」

信州諏訪湖は、雄大な湖面を中心にして、湖上を行きかう船、岸部に見える高島城などを前景に、画面奥手に富士の優雅な姿を配するというのが、好まれた構図だ。北斎は、真ん中手前に、出島のようなものを描き、その上に二本の松と粗末な掘っ立て小屋を配置したのだ。これによってこの絵は、諏訪湖を描いているのか、手前の松が中心なのか、よくわからなくなる。この二本松のある風景は実景ではなく、北斎の空想によるものだと思われる。松によって場面が左右に分割されているが、何故かそれが不自然に感じられないのは、北斎の腕の冴えによるのだろう。

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2025年01月25日 | Weblog
 
六十余州名所図会 備後
「備後」 阿武門観音堂本図は、福山市の南方、沼隈町にあって、阿伏兎の瀬戸と呼ばれる田島との間にある幅500mの海峡である。潮流が速く、航行の安全を祈願する為に阿伏兎岬の突......
 

 

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富嶽三十六景 甲州三嶌越

2025年01月20日 | Weblog

「甲州三嶌越」
甲州三島越とは、甲州から籠坂峠を越えて駿河の御殿場を経由し、伊豆の三島に至る街道筋を言う。地名ではなく、街道の旅路を指して言ったわけである。この絵は、籠坂峠を描いたものと言われる。画面中央やや右手に巨大な杉を配し、その背後に富士を描いている。画面中央にこのようなものを描き入れては、画面を二つに分断することになり、構図としては失敗することが多いのだが、北斎はそれを逆手にとって、絵に独特の風格を与えている。三人の人物が杉の幹にへばりついて、手をつなぎ合っているのは、杉の大きさを確認しているのだろう。

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2025年01月15日 | Weblog
 
六十余州名所図会 備中 豪渓
「備中」 豪渓岡山県総社市の近くで槇谷川の高梁川に合流する地点より上流5kmほどにある豪渓である。激しい川の流れが両岸を侵食し、荒々しく抉られた奇岩を作り出した。行き交う......
 

 

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富嶽三十六景 常州牛堀

2025年01月10日 | Weblog

「常州牛堀」

常州牛堀は、茨城県潮来水郷地帯にある水路で、その水路に浮かんだ苫船を前景にして富士山の優雅な姿が描かれている。苫船は画面の対角線に沿って大きく配置されている。苫船というのは屋根のついた船で、人がそこで生活するように作られている。この絵の中でも男が釜を洗う様子など、人の生活の息吹を感じさせるような工夫がなされている。遠景に浮かび上がった富士は、水路の上に直接浮かんでいるように見え麓には家屋が描きこまれている。

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