ニセコ高原風だより

ニセコ高原のアコーディオン弾きがお送りする季節のおしらせ。

42年ぶりの沖縄本島・・・

2014-03-15 07:29:15 | Weblog




千歳は上空から真白で何も見えなかった、
滑走路の誘導灯だけがぼんやりモニターに映し出されていた、
夕方、吹雪の中 JALのボーイング777はガタビシ滑走路に滑り込んだ、

42年ぶりの沖縄本島、随分様変わりしていたけれど、底に流れる「もの」は何一つ変わっていない・・・と感じる旅行だった、
1972年(琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との協定)
『沖縄返還協定』によって沖縄の施政権がアメリカから日本に返還された年の8月、本島に行って以来の沖縄本島だった、
ベトナム戦争はまだ集結していなかった、沖縄にある米軍基地は非常に重要な戦略前線基地だった、
世界中でベトナム戦争への反戦運動が発生したのも、丁度このころだった、

当時は実弾線略・・・今は経済戦略・・・支配する国・・・支配される国という構図は変わらない、
兵糧攻めにしても、言う事を聞かない時は、軍隊を送る、地域の安定を図るため、反政府テロ組織から同盟国・国民を守るため、
理由はいかようにも付けられる、核武装、生物化学兵器・・・・攻められる方にしてみたら、
「お前にそんなこと、言われる筋合いは無い・・・」というのが本音だろう、
「誰が・・一番・・ぎょうさん・・核弾頭・・持ってんねん!!」という話しだ、

「世界平和に貢献するために、武器輸出制限を解除して行く」(ぎょうさん儲かりまっせ・・・!!)
「自国ではちょっと、しんどいので、途上国へ世界一安全な原子力発電設備を輸出して行く」(増々儲かりまっせ・・・!!)
「国民の賛否に(関係無く)有事の際には同盟国に協力して軍隊を派遣出来る(人を殺しに行ける)」(実戦に適した軍備の増強や・・!!)

それらの「儲け」は時の政権に『還流され』増々、誰も口を挟めない強靭な権力となって民衆を支配して行く、
それらが、非常に巧みな法律に裏付けされ、システマチックに増強、膨張を繰り返し、気がつけば、もう何人も引き返せないゾーンにまで達する、

資本主義社会が永遠に膨張し続ける・・と考える人がいるのだろうか・・・・
どこかで「もういいんじゃないか・・・?」「少し、大人になって、つましく生きる道を探すべきではないか・・・?」という声は『小さい』

私達が、自分の村や街に「必要であるのなら」米軍基地を引き受ける覚悟を持たない限り、沖縄の人々の苦悩は消える事は無い、
「金はいらない!!・・基地をなんとかしてくれ!!・・」と沖縄の人々は地方選挙で訴えた、
この国の理事者は「集団的自衛権」の話しをする前に、沖縄米軍基地の負担軽減を真っ先に実行しなければならない、

学歴も金も『何も』持たない老人が那覇からの帰路、ボーイング777の機内で「ふと」考えた。



















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