Blog: Sato Site on the Web Side

「幻滅のたびに甦る期待はすべて、未来論の一章を示唆する。」(Novalis)

「2人~」へ(4)

2010年07月08日 | Weblog
いま、一限の講義前、四十分早く大学に着いた(8:30)。

家にいると、Iとの時間が忙しい。

(と、書き始めたら、J-Waveに多田淳之介さんがでている!聞くべきか書くべきか、、、バリ島に新婚旅行に行ったというお話ししている!)

家にいてはIとの時間が忙しい。昨日は、あんまり元気すぎるものだから、ストレス発散のために、おもちゃを買おうとアカチャンホンポへ行った。ジャンパルーなんて名前のぴょんぴょん跳び上がる自走式トランポリン(?)を買った。写真を見てもらうと分かると思うんですが、いろいろと四方八方に幼児をわくわく興奮させるアイテムが付いていて、ジャンプするって意味だけじゃなく必要以上に「あげあげ」になってしまう。今朝も、あげあげになりすぎて泣き始めてしまったI。また夕方遊ぼうね、と車に乗る。

で、いま大学の研究室なのですが、これでした。はじめて遠藤君のこと書いたのは、『クイック・ジャパン Vol. 77』(2008年4月出版)。タイトルは「アキバのエロルギーを愛に変換する」。引用してみます。

「メイドコスに白トレーナーを被ったモデルが折り畳みイスを舞台に登場すると、愛☆まどんな(加藤愛)は、胸の辺りにイラストを描き始めた。アキバの路上。日曜の昼間。萌えな少女絵が姿をあらわす。
 観衆はほぼ全員カメラを所持した中年男子たち。さっきまでいた制服コスの女の子に向けたのと同じ視線が取り囲む。「ライヴペインティング」と見ればアートになるけど、そんなアート云々を意識している輩は皆無。描きながらの口上は、饒舌さはないけどお客さんを引き留める。どことなく、もう一つの秋葉原名物、実演販売を彷彿とさせる。
 スーツの背中に「未来へ」と縫い込んだ「未来美術家」遠藤一郎がプロデュースするこのイベントは、オタク的意匠をアートに変貌させるというより、男たちに好都合なエロ妄想ひしめくアキバに潜り込んで、その「エロルギー」(Chim↑Pom)を「愛」ある「未来」へ変換しようとする。正直、混沌としていて、成功しているか否かは目下のところ不明という他ない。だけど、今の日本で例外的に活気ある街へ果敢に介入する彼らの姿は、なんだかとても生き生きしているのだ。
 西東京のChim↑Pomに東東京の愛☆まどんな?べつに図式化しなくてもいいけど彼ら「本当の東京のアーチスト」(会田誠)による介入アートから、未来を輪郭づけるなにかが生まれている気がしてしようがないのだ。
 きっと来週も彼女らはアキバのホコ天にいる。」

これがぼくと遠藤一郎(と彼の仲間)とのはじめての接触だった。

このあと、寿町に会いに行ったときに極めて明確になったとはいえ、このときにも漠然とではあるけれど感じていたのは、遠藤の土地に執着する姿勢だった。秋葉原通り魔事件が起きたとき、かなり早い段階で遠藤君と話したとき、あれは起こるべくして起こった事件だった、と淡々と話していたのを覚えている。べつに予言者みたいに捉えるわけではないのだけれど、街の空気みたいなものを感じる彼の感度、その受信能力がきっとすごいんだろうなと、そのとき思った。「未来へ号」で走り続けるということは、街の表情を自然の景観を堪能するように日々堪能することになるのだろう。その経験知を感じたのだ。そして、未来へ号に乗り続ける彼の生活を自分なりにイメージして、その広がりに思いを馳せた。

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