Blog: Sato Site on the Web Side

「幻滅のたびに甦る期待はすべて、未来論の一章を示唆する。」(Novalis)

『なんとなく、クリスタル』(1981/6@Tokyo)

2009年06月24日 | 80年代文化論(おたく-新人類 族 若者)
Repurt Holms, "Him"

Repurt Holms, "Answering Machine"


Michael Franks, "Antono's Song"


George Benson, "On Broadway"

Al Jarreau, "Mornin"

Paul Davis, "I Go Crazy"

Airplay, "She waits for me"

Robert Palma, "Every Kinda People"

Bob Seger, "Against the Wind"

Ashford & Simpson, "Is it Still Good to Ya"

「「クリスタルか……。ねえ、今思ったんだけどさ、僕らって、青春とはなにか!恋愛とはなにか!なんて、哲学少年みたいに考えたことないじゃない?本もあんまし読んでないし、バカみたいになって一つのことに熱中することもないと思わない?でも、頭の中は空っぽでもないし、曇ってもいないよね。醒めきっているわけでもないし、湿った感じじゃもちろんないし。それに、人の意見をそのまま鵜呑みにするほど、単純でもないしさ。」
そう言って、タバコの火を消した。
「クールっていう感じじゃないよね。あんましうまくいえないけど、やっばり、クリスタルが一番ぴったりきそうなのかなー。」」(田中康夫『なんとなく、クリスタル』河出書房新社、1981年、88頁)

「私は、渋谷へ出ることが少なかった。神宮前からゆっくり歩いても、二十分ちょっとあれば行けるところなのだけれど、余り出かけなかった。
 一つには、人が多すぎるということが理由だった。
 私はアーベインな生活が好きだったけれど、渋谷のようにターミナル・ステーションの街は、好きになれなかった。人ばかり見ていると、たまらなくイライラしてくるのだった。やはり、ある一定面積には適正な人間の数というものがあるみたいで、それを越えると、人間は生理的に色々とプレッシャーがかかるんじゃないかと、私は思っていた。
 もう一つには、渋谷を歩いている子は、みんな似たような格好をしていて、つまらないということがあった。」(105-106頁)

「モデルの仕事は、楽しいものだった。学校では知り合えない、多くの友だちが、そこにはいた。
 そして、学校へ行けば、行ったで、多くの愉快な連中がいた。
 でも、それだけ多くの友だちがいても、一人になると、急に、アイデンティティを、一体、どこへ置いたらいいのか、わからなくなることがあった。
 そうした時に、そばにいて離れていかないものが欲しかった。心を許しあえるものが欲しかった。私たちにとっては、それがおたがいに対して望んでいることだった。」(118頁)

「淳一と私は、なにも悩みなんてなく暮らしている。
なんとなく気分よいものを、買ったり、着たり、食べたりする。そして、なんとなく気分のよい音楽を聴いて、なんとなく気分のよいところへ散歩しに行ったり、遊びに行ったりする。
 二人が一緒になると、なんとなく気分のいい、クリスタルな生き方ができそうだった。」(147頁)


石川勇太

2009年06月21日 | ダンス
サミュエル・マチュー・カンパニーGENERIC Xに、Grow UP Dance Projectで公演をした石川勇太がダンサーとして出演します。チェックよろしくお願いします。

昨日、手塚夏子がキュレイターを務めた「ラボ20」を見に行った。

久しぶりに

2009年06月14日 | 極私的ベスト5
曽我部恵一BAND「今、分かりやすいロックンロールを鳴らすということ」は、すごく腑に落ちる話で、ぐっと来ました。ロックはポップアートなのだ、ということがこれだけ分かりやすく述べられているのが素晴らしい。刺繍を用いた現代美術は自分たちがレディメイドであることに対して正直であるからいい、正直である時にいいと思える、という論考を庭園美術館で七-九月に行われる「Stitch By Stitch」展カタログのために今書いている最中で、だから一層、励まされたよ。