Blog: Sato Site on the Web Side

「幻滅のたびに甦る期待はすべて、未来論の一章を示唆する。」(Novalis)

BRAINZ 第1回

2007年09月29日 | Weblog
昨日、「フィジカル・アート・セオリー入門」の第1回がありました。
いろいろな方が来てくださり、嬉しかったです。「超詳解!20世紀ダンス入門」のときと同様、ダンサー、振付家(広い意味でのダンス関係者も含め)はごくわずかで、悲しいって言うか、面白いって言うかだったのではありますが。次回(10/26)は、「タスク」のことを突っ込んで考えてみる会にするつもりです。一回だけの受講も可になっているはずですから、ダンス関係者の方(もちろんそうでない方、どなたでも)、ぜひお越し下さいー。

講義後にビールで乾杯し(さすが夜の学校)、皆さんとお喋りした後、金曜の夜、電車は超満員で、しかもかなり定刻よりも遅れて走っていたせいで、普段の倍くらい時間がかかってようやく自宅へ。そのせいか風邪ひきました。んー、頭がボーとしてますが、これから宮沢章夫「ニュータウン入口」→横浜でAAPAの公演を見に行ってきます。どうなんだろ、宮沢公演。賛否両方聞いておりますが。

ところで、10/28に武蔵美周辺で行われるイベントのフライヤーのために寄稿しました。これが自分的にかなり気に入っているのですが。イベントの詳細はあらためて、ここでも紹介します。面白そうだから。
  ↓

宇治野宗輝とChim↑Pomに共通する「絶対的な明瞭性」は、この世界のなかで本当に希有な輝きを放っているわけだけれど、思い切ってひと言でいうなら、その輝きの秘密は「オチンチンとどうつきあっていくのか」という大問題に正面から向き合っていることにあると思うのだ。「オチンチン」を「生命」と言い換えても「暴力」「欲望」「快楽」「男性性」などと言い換えてもいい。たいていの表現は、はじめに自らを去勢する。作品を身体から切り離して自律させようとする。それに対して、宇治野やChim↑Pomの作品(パフォーマンス)にはオチンチンがついていて、いつもぶらんぶらんしている。すべてを、膨張と萎縮を白日のもとにさらして、脈動し続けている。だからカラッと明るいのだ。残酷で本物で美しいのだ。
オチンチンのついたアート。さあッ、善悪の彼岸と此岸で屹立せよ!

『10+1』連載

2007年09月22日 | Weblog
『10+1』という建築雑誌で、一年間連載させて貰うことになりました。

「オルタナティヴ・ダンシング」というタイトルで、いまぼくがアクチュアリティを感じるダンス(身体表現)のあり方を、1960年代のアート界、ダンス界にあったキーワードを手がかりにしながら考えてみる、というテーマの連載です。今回のタイトルは「「タスク」について」。取り上げているのは、身体表現サークルと泉太郎です。よろしくです。

物忘れが激しい

2007年09月21日 | Weblog
9/21
だれとなごやが朝、部屋の前でけんかしていた。いや、けんかなのかデートなのか、その両方なのか、どちらでもないのかわからないようなへんな声でなきあう。だれは白黒で、なごやは三毛。ネコ。(写真は、突然居なくなったおかず。だれはおかずにちょっと似ている。似ていてセンチな気分にさせる)

19:30ミクニヤナイハラプロジェクト『青ノ鳥』(@吉祥寺シアター)を見た。あらためて自分なりの感想をここに書こうと思う。とりあえず、パンフレットにあった矢内原のコメントが興味深かった。

「昔、父と母と姉妹4人で古い家から新しい家に荷物を運んでいる時に4つのタンスの角の一つを持っていた父が急に「重たい、もう運ぶのやめた」と言ってなげだしたのである。バランスを崩しながら3人でタンスを運ぶこととなった。「途中でやめるなんて勝手やで」と私が言うと、父は「勝手なんじゃ」と逃げた。大人なのに逃げた。私が初めてみた計画の困難さや未来の不可能性...まぁ、しかし、そんなものはゴロゴロとあって毎日そんな繰り返しなわけなのです。」

「タンスの角を持つのをやめて逃げれるほどの身勝手さをもって不条理を情熱的に楽しくみていただけるとうれしいです。」

昨年の公演の感想はこうでした。 その1
その2

9/20
国士舘大学の講義開始。「久しぶりです~」と講義後話しかけてくれる学生が嬉しい。ここでの講義は今年で最後になる可能性が高いので、気持ち爆発させてやろう。

夕方、佐々木敦さんによるホンマタカシさんインタビューに同行する。代官山のホンマさんの事務所で、P出版のMさんもいらしていた。『VECTORS(ベクトルズ)』関係のインタビュー、ぼくもときどき質問などするものの、基本的に、佐々木さんの質問をじっくりとききながら返答の筋道を整えているホンマさんの表情をずっと見ていた。

21:00東中野で沖島勲『一万年、後....。』を見た。上演前にHOSEのライブがあり、これが素晴らしかった。青木陵子や伊藤存のドローイングに通じる身振りを感じた。いや、もっと図抜けた感じ。呆けた感じ。とっても身振り的な音楽だと思う。ベースなんて弦をドンと叩いて「ドガシャ」みたいな音を立てたりするのだけれど、その音に破壊的モミクシャな身振りを感じて、つい笑ってしまう、とか。音楽にそういう身振りの「隙」をつくる。へたったトロンボーンのフレーズがほぼ正確に反復されると、上手いんだか下手なんだか分かんなくなる(勿論、基本的にすごい上手くなきゃ出来ない反復なんだけど)。
映画は、「一万年、後」とつい言ってしまったそのルールからすべてがはじまる映画、という気がした(ストーリーのことではなく、システムのこととして)。とりあえず置いてしまった言葉を軸に、色々なものが次々と配置される、がそのタスク(任務)への態度が真面目である必要は必ずしもないわけで、とりあえずがどんどん連鎖して「とりあえずじゃない」と似非正しく振る舞う身振りを一掃している。

complete best

2007年09月18日 | Weblog
9/18
Perfume『Complete Best』を遂に購入。なんで自分がこんなに激しく反応してしまっているのか。ともかくすごくいいと思う。すばらしい。

「完璧な計算で造られた楽園で ひとつだけ うそじゃない 愛してる」
「絶対故障だ てゆうかありえない 僕が 君の言葉で 悩むはずはない」
「どうして ねぇコンピューター こんなに 苦しいの あー どうして おかしいの コンピューターシティ」
(「コンピューターシティ」)

テクノ・ポップ=ロボット=計算という縛りが、恋愛を「バグ(誤作動)」として語るレトリックを導く。なんてのは、やっぱりとってもいいけど、そもそもその「ロボットとしてのぼくたち」という視点が放っておけないある種の時代の核心をついている気がしてならない。

こんなことブツブツ考えている時には、いろいろなものが向こうから押し寄せてくるもので、昨日の現代美学研究会は、事情があって新宿歌舞伎町ルノアールというとても刺激的な場所で行われたのだけれど、場所以上に、こんな「ブラックボックス」についての考察に出会ったことが、ぼくにとってとても刺激的だったのだ。

「私の理解するところではこの[ブラックボックスという]用語は、入力されるものと出力されるものはなにか分かるのに、その途中の内部でどんな機構があるかはわからない、そのようなひとつの装置を意味するものである」(プライス)

これは、箱のアートというものが60年代に台頭することと重なるように、ブラックボックスというキーワードが人々の意識に定着することに美術史家レオ・スタインバーグが注目した『他の批評基準』の一部である。

「1960年代を通じて、アメリカの彫刻家たちの多くが箱を制作した。なかにはひじょうに鮮烈な印象を与えるものも少なくない。驚くべき偶然の一致だが、そうしたなんの変哲もない箱、立方体、あるいはさいころがはじめて申し分のない彫刻表現であると思われるようになったそのときこそ、コンピュータの「ブラックボックス」が、時に不吉な意味あいを帯びて広く一般の意識のなかに入ってきたときでもあった。」(スタインバーグ)

他人が分からない、自分が分からない、でも生きている働いている、あるいはそんな分からない他人にひかれる恋をしてしまう、そうした不思議な事態にこそリアリティを感じる、そんな考え方感じ方が、箱のアートつまりミニマル・アートにはあった(ロバート・モリスとか)。そしてこうしたミニマル・アートの精神はテクノに間違いなく繋がっている。だから、ぼくのこうした連想はでたらめではないだろうし、きっと大きな議論を引き出してくるだろう(なんて、まだその予感だけがあって、実質はともなっていませんが、、、)。

「ブラックボックス」について考えている頭で、昨日は夕方、ST スポットで小指値(小指値 番外公演 横浜シリーズ「[get] an apple on westside/R時のはなし」二本立て)を見た。これがまた、とても、とってもすばらしかった。先日見たサンプルにちょっと「現代日本演劇の袋小路?」みたいな感覚をもってしまった分、彼らのあっけらかんとした抜けた感じが僕の中で一層際だった。小指値はポスト・チェルフィッチュの劇団であることは間違いない。けれども、その制約にがんじがらめになるのではなく、チェルフィッチュがひらいた地平をさらに自由闊達に遊び回り、ひょいひょい柔軟なアイデアを繰り出していた。なんか、とてつもなく明るいのがいいんだよなー。横浜駅近くの中華料理店で、N社の若い編集者の方とAとで、小指値の話でビール十杯分くらい盛り上がる。

『ミミ』

2007年09月17日 | Weblog
9/16
夕方、裏原宿(もはや、でもあそこは「裏」ではないですね、マーク・ジェイコブズとかあるし、ポロも入り口にあるし)のル・コックに行く。いまは、何を買うにもまずル・コックを見に行く。自転車ウェアのラインが、すごいいいんだな。でも、今日はAの買い物の日なので、ぼくは我慢。その後、リトル・モア地下に行き、伊藤存のジンを引き取りに行く。これまた、カッコイイのだ。そこから赤坂まで歩こうとするが、なんだか気温と湿度が急上昇するわ、道が分からないわで、外苑前駅まで来て断念。地下鉄乗る。

室伏鴻×黒田育世『ミミ』(@赤坂RED THEATER)を見る。
ぼくの心は、随分、こうしたものから遠くに来てしまったようだ。「こうしたもの」とは。

黒田育世のダンスにおける一貫した「少女」振りと「狂女」振りは、あまりにもダンスに対する定説的な思考、つまり心の赴くままに踊るのがダンスといった思考(イサドラ・ダンカン的と言うべきか)に忠実で、自分に対する冷静な反省が乏しいので、結果としてそういうダンサーが好きな人は好きだしそうでないひとはそうではない、という範囲から抜け出ることがない。多分、自分の血縁者ならばそういう振る舞いに愛を持って接することが出来るんだろうな、と考えてしまう。ある動きを繰り出せばそれだけで価値あるものとなるという考えが--それは角度を変えれば方法的意識の乏しさとも繋がる傾向だ--、どうしても安直に思えてしまう。本当に、世界でここでしかみられない切れ味の刀さばきみたいなものがそこにあれば、話は別なんだけれど(フォーサイスの公演を見て「参りました」と思う時のように)。そういうところについては、今ぼく以外のダンス批評者、ダンス研究者はどう思っているのだろう。

室伏鴻は、ひとつひとつの出演の瞬間を自分の持ち駒の中であり得るベストのチョイスを目指しながら、賢明な舞台を構成していたと思う。けれども、そういう室伏鴻の室伏鴻による自己模倣以上のものではなかった。「自己模倣なんだぜ、これ、へへっ」という覚醒的な瞬間もなかった、かつてはあんなに得意だったにもかかわらず。ハイブリッドな舞踏、という言葉の真意が活性化しなかった。ハイブリッドと言うことは、ひとつの価値基準ではかれないと言うことだし、どんな尺度をあててみても不格好に見える、と言うことだろう。室伏は、審美的なアプローチを見せていた、見せてしまっていた。倒れて、死体が硬直する、その硬直が妙に美しいのだ。こんな様を美しく出来る技量はすごい。でも、その技量は室伏鴻にとって本質的なのだろうか、少なくともその技量をもって達成しうるところには、ハイブリッドな舞踏はないだろう。

多分、2人のダンサー以外にも、この停滞を助長した側面がこの公演にはあったと思う。照明と音響だ。照明はあまりにシアトリカルだし、音響(選曲)は正直どうなのだろうか。あの選曲をかっこいいと考えるようなダンス・シーンは一体いつまで続くのだろうか。

その後、会場向かいのインド料理店MOTIに、プロモーターのOさんとAと三人で行く。Oさんはいつも元気だ。元気で孤独だ。帰り際「ずっと孤独だよ~」と言っていた。孤独であること以外の選択肢をもたない生き方をしている気がする、けどそれで元気なのかも知れない。某川久保さんのブランドが作った「ハカイダー」プリントのTシャツを着ていた。それを見せて、やっぱもっと破壊しなきゃーと言っていた。あのTシャツぼくも買おうと思っていたから、なんかその発言込みで嬉しくなった。

サンプル「カロリーの消費」

2007年09月16日 | Weblog
9/15
しばらく放置していた仕事を再開。大事な仕事なだけに、再開するタイミングがあると考えつつ、時間が経っていきいらいらしていた。いや、タイミングではないのだ、要はどさくさでもはじめるべきだったのだ。と思いつつ、でも、そう前向きに思えるのに時間が必要だった、いまがそういうタイミングだった、なんて考える。ぶつぶつ。

サンプル(松井周)「カロリーの消費」(@三鷹市芸術文化センター)を見た。以下、箇条書き的メモ。

ポツドール、チェルフィッチュ、青年団、ハイバイなどいま話題の劇団で活動する俳優の顔が目立つ。ある種、スター・キャスティング。彼らの俳優としての存在感がきわだっているので、イマドキの日本演劇の顔ぶれをあつめたアンサンブルに見える。というか、それらの劇団との隔たりにおいて当のサンプルを理解するということをどうしてもしてしまう。

舞台のセッティングはチェルフィッチュほど簡素ではなく、ポツや青年団ほどリアリズムではない。敢えて言えば、いかにも演劇的な「お約束」を成立させる舞台美術。宙づりの窓が上下したり、宙づりのテーブルが上から降りたり戻ったりする。だから、リアリズムの傾向から離れた感じがある。ポツの俳優が暴力的なシーンをはじめても、核心の部分はきれいにカットされてしまうところも、リアリズムではない、演劇的なフィクションのレヴェルでやろうとしていることがうかがえる。

複数のラインが緻密に重なるストーリー。若夫婦が夫の母の看病に来ている。そこはエバーグリーンという名の老人介護施設。そこで働くヤクザなフィリピン系介護士が母を連れ出し逃走する。それが一つ。介護士とその施設の医者との同性愛的関係、またそこでの女性介護士と医者との異性愛的関係。それが一つ。行方不明になった母を捜査する刑事と若夫婦、妻の飼う猫と刑事の母がそこに関わる。それが一つ。フィリピン系介護士の逃走に巻き込まれる少年。それが一つ。これらを縫うように、「歌」を探してさまようチャコという名の女の子が出てくる。

登場人物のキャラクターが、一貫したアイデンティティを固持しないので、ふわふわと事態は風任せに揺れていく。その不安定さ、急激な変化は、異常なものというよりもむしろ現在のひとの心性をトレースしたもののように感じられる。その点では、この演劇はリアリズムであり、演劇的なフィクショナルな(=非自然主義的な)ひととひととの接触がむしろ現在の我々を描くのに適したものと感じられる、そのようになっている。フィクショナルであるからこそアイデンティティの不安定さが浮上していると言えるのかもしれない。自然主義的な面のあるポツの芝居では、はなから人間には表の顔と裏の顔があると予想しながらみることが出来る。サンプルが示すのは、ポツのように表と裏ではなく、そもそも表も裏もない自分がよく分からない存在同士が接触しているという事態なのだろう。

このリアリズムは、アイデンティティの脆弱さから成り立っている分、キャラとしての魅力は乏しい。逆に言えば、キャラの設定が弱くなることで、この何処に飛んでいくか分からない、不確かな人間を描くことが可能になる、ということなのだろう。

「歌」の不在な現在という根底に流れ続けるテーマが、一体どのようなスティタスにあるのかが正直よく分からなかった。歌=リアルな気持ち、という考えは分かるには分かる。ただし、この舞台の超越的な存在であるように見える少女(チャコ)が、終幕に向かうにつれ、どんどん人間的なところに降りてくるのだが(具体的には少年に恋をするという展開。『ベルリン天使の歌』?)、歌の不在に戸惑い歌を求める彼女のピュアネスが、脆弱なアイデンティティしかもてないひとびとのうわっすべりの発言に対して批判的な立場に立つのであれば、ピュアなものが汚れたものを憂うというなんだかありふれた思考をなぞっていること?となんだか腑に落ちない。それでいいの?いや、そういうことではない、のか、ならば、なんなのか、分からないのだ。
90年代以降の日本の演劇史を更新しようとする作者の批評性が強く感じられる作品だった、よくも悪くも。いや、ここまでさまざまな要素を意識しながら、さらに新しい地点へと到達しようとする意志はすごいし、そういうトライアルが出てくるいまの演劇シーンの成熟には率直に感動してしまう。すごいなー、と思い三鷹の夜道を歩くのだった。けれども、これ批評的すぎやしないかとちょっと思う。楽しいは批評的営為のために二の次になっている。そのストイシズムにぼくはどれだけ付き合うつもりなのだろうか。ぼくのアイデンティティも曖昧だ。

BRAINZのことなど

2007年09月13日 | Weblog
9/12
西荻窪の洋書店で、林道郎先生のレクチャー。コンセプチュアル・アートについて。

安倍首相の辞任劇は、課せられた役を演じられない大根役者のリアルな悲喜劇が劇になってしまって、なかなかイタイ。年末に『美術手帖』にて、ポツドール、チェルフィッチュ、五反田団について劇評を書いた際、彼らの劇と小泉劇場ないしそれを引き継いだ安倍首相のカメラ目線の大根役者振りとを並べて論じたが、こんなにはやく安倍首相が引退劇を演じることになるとは、その時、思ってもいなかった。演じると言うことの過酷さをさらし続けたひとだった。

でも、この劇のすごいところは、誰も彼を救おうとしなかったところにありはしないか。安倍が自分で自分を殺める(直前)まで周囲はしかとあるいは揶揄をし続けた。彼が降りた舞台は、首相という役を演じる劇というだけでなく日本中からいじめられるいじめられっこという役を演じる劇でもあったように思う。辞任直前にテレビで見せた麻生や鳩山のいじわるな表情が頭から離れない。あと、他人事のように、評論家みたいに、いまの状勢を解説する自民党の現役議員にも辟易する。ぼく(ら)は、安倍に首相をやめてもらいたいだけでなく、ああした心の暗い人々が政治を行っているというその事態ごと廃棄したいと思っている。週刊誌の毎度の(不倫やらの)スキャンダル報道もどうでもいいと、いや、積極的にやめて欲しいと思っている。できることなら、もうすべての既存の議員に辞めてもらいたい、でもじゃあ、一体誰がその代わりに政治を運営することが出来る?いや、希望は捨ててはいけない。でも、ここにあるのが、とてつもない変動の序章に過ぎないと言うことはあり得る。それぞれのひとが各人ある種の覚悟をしておく必要があるかも知れない。

Rita Reys『Beautiful Love』購入。これを買う動機になったあるアンソロジーには、「Moonlight in Vermont」という曲が入っていた。そのちょいハスキーで、消え入りそうなそれでいて印象的な、明滅する港の灯りみたいな声がいい。2004年発売の上記CDは、ジャケ写真の表情と同様、やや老いを感じてしまう声ではあるものの、これはこれでいいかな。

9月のこの時期というのは、「から」な感じがある。暑くても、それを照らすものがもうどこかに行ってしまった、といったような。和光大はまだ講義が始まっていないようで、図書館に行ってもとても静か。

BRAINZでのレクチャー、「受講希望者0人」だったらどうしようという悪夢にうなされておりましたが、幸いにも杞憂に終わりそうで何より(ほっ!)、そろそろ定員に達しそうといったところだそうです。申し込んで下さった方々、よろしくお願いします。あと、まだ若干名空きがありそうなので、興味のある方はお早めにどうぞ。
さて、その「フィジカル・アート・セオリー入門」の概要(予定)について、メモをアップしておきます。といっても、これだけじゃなんか暗号みたいな状態で分かんないですよね(笑)。今後、随時、更新していきますので、よろしく。

 (1) 「イリュージョン/プロセス」  シアトリカリティ 誘惑と脱誘惑
        ↓           (アンチ)スペクタクル 室伏
 (2)  「タスク」          ロボット、テクノ、泉、Perfume
        ↓ 身体表現サークル
 (3)  「ゲーム」          表現者からプレイヤーへ ブラウン
        ↓           振り付けからルールへ
 (4)  「死体」 身体=身体=狂気  マテリアル 断片 土方 手塚 狂気
        ↓           死体が踊る(不)可能性
 (5) 「ストラクチャー」       フレームは何を可能にするのか
                     バリのチャロナラン劇

Chim↑Pom meets TAMABI's students

2007年09月12日 | Weblog
9/10
6:30ランニング。最近は結構走れるようになった。中学の頃と同じってわけにはいかないけど。徐々に。
二駅分走って、帰りは電車。途中すごい光景を目撃。柿生駅で、小学生がじゃんけんしている。見ていると、じゃんけんの後に「賛成!」「反対!」とか手を挙げてる。それで、賛成が少数だとじゃんけんをやり直してる???すごい不思議な光景なんだけど、どうもそんな二重の決裁をしているように見える。なにそれ、すごいじゃんけんだぞ、つーかじゃんけんといえるのか。じゃんけんという本来運が決める誰かの勝利と誰かの敗北に、もう一度「賛成/反対」かを問いその多数決でじゃんけんの正当さを決めてる。すげー、なんつーんですか、こういうの「談合」?「出来レース」?おそらくなかにボス的なのがいて、それが操作しているに違いない。暗黙の力関係を表に出さず、しかししっかり表現しているのだ、きっと。それにしても人の顔色見てするじゃんけんなんて、いやだなー、くらいなー。すごい小学生たちだなー。いま、小学生になりたくないなー。私立だろう可愛い帽子をかぶった半ズボンの男の子たちなんだけど、そのこさかしさ、なんだか怖いぞ、ゾゾーッ。こういうじゃんけん、流行ってるんですかね(情報提供求む。最近の小学生の「じゃんけん事情」誰か教えて!)。
13:00多摩美の講義、Chim↑Pomのメンバーのなかから3人(卯城くん、エリイちゃん、水野くん)が来てくれた。90分ほとんど卯城くんを中心にした本人による作品解説(「アイムボカン」展と「オーマイゴッド」展について)。立て板に水な感じの卯城くんの説明が見事で、200人びっしり入っていた学生の誰一人として寝なかった、というか実によく聞いてた。質問もあったし。すでに広島では発表されている「アイムボカン」の展示を、東京で生で見るのがほんと楽しみになった。セレブをめざす彼らは、セレブ=ダイアナ=地雷撤去という観念連合で、カンボジアで地雷撤去の現場に赴いた。その顛末を作品化したのが「アイムボカン」。具体的な中身は、ここでは伏せておくけど、カンボジアの現状・日常生活に触れた彼らの話は、どれも具体的で説得力があり、また強烈で刺激的だった。ぼくはこの時間が、一種のレクチャー・パフォーマンス・アートといったものになるといい、と思って企画したのだけれど、かなり成功したのじゃないかなと思う。その後、学生有志10人強と橋本の居酒屋で打ち上げ。

9/11
地味に、和光大の図書館で調べものなど。学食に「ダブルスープつけめん」なるメニューがあって、思わず注文。いまや学食にもつけめんのウェーブが。夕方に走る。夕方のランニングは、「ひでしまふみかのこうつうあんぜんおやじぎゃぐ」(J WAVE)が楽しみでそれをエンジンに走ってる。笑うと走れなくなるのが難点。

9/12
天気が不順で、朝のランニング断念。
昼に郵便物が2つ届く。一つ目『GARY BARTZ ANTHOLOGY』かっこいいぞ、よし。二つ目、5キロはあるだろう包み。月曜日重すぎて受け取れなかった多摩美講義の夏休みレポート。多分200人分入ってる。単位が欲しい人分入ってる。『イミダス』とかみたい。ど、ど、どうやって読めばいいんだろう(涙)。月曜日の飲み会では、「先生たちはレポートってちゃんと読んでくれてるんですかねえ、、、」とあね学生から釘さされたし。読みますよ、そ、そりゃ読みますとも(涙)!

写真は、夏休みの思いで。一年前に結婚パーティをしたEAU CAFE SHONANに行ったらたまたま誰かのパーティがあって、便乗していたときのもの。ビキニのお姉さんがシャンパン・ボトル片手に踊っているという、なんというかなんともいえない、とくにいまとなってはなんともいえない一瞬の景色。

TRIP IN NAGOYA

2007年09月07日 | Weblog
9/6
6:00 前日の23:45に東京駅を出発し、名古屋駅に到着。深夜バスはすごい寝づらくて(とはいえ、名古屋へ2900円で行けるのはすごい)、Aと2人でオールした後、ふらふらと恵比寿周辺を歩いているような気持ちで歩き出す。ともかく、朝食を食べよう!「モーニング」といわれるあれを!と駅から栄方面に向けてともかく歩く、歩く。6時台ではしかしどこもまだ開店していない。途中で、日雇いのおじさんたちが路上にたむろしていて、Aがカメラを向けると「なにしとんねん」とどやされる。Aはいつも傍若無人。30分くらい歩いたか、錦橋のあたりまで来ると、日帰り入浴のサービスがあるらしいホテルを発見。予定は急遽変更で、ひとふろ浴びることに。すごい、サウナもある、サウナにテレビもある。

7:45ホテルを出てすぐのところに喫茶店発見。名前は「珈琲にしき」(写真)。ちょっとディープそうだが、ノリで突入。昭和の香りのする店内。エプロン姿のおばさんウェートレスに、飲み物にはすべてモーニング(卵+トースト)がつくと教わる。例のあれだ。コーヒー350円に、そんな食事がサービスなんて、すごいな名古屋(スタバがそんなに目立たないのも頷けると夕方頃Aと話した)。居心地が良い。常連ばかりの店。で、来るのはほとんどおじさんたち。朝にここで食事なんて、家では朝食食べないで来るのだろうか、などと余計なお世話をしながらちらと眺める。マスターは、白いシャツに蝶ネクタイ。凛としている。カッコイイ。盛んにテレビの悪口を言っているが、どうやら近々、テレビの取材が来るらしい。テレビは駄目だ低俗だ、といいながら、なんかちょっと興奮している。ある客はギャラの話をはじめる。常連とその話ばかりしている。その雰囲気がとてつもなく、いい。人間というものの輪郭というのは、こういうところに残っている、けどもうほとんど消滅しそう。そういうものがここにあって、なんかその時間を感じていたくて、1時間半ほどブラブラ席に座っていた。

9:30歩いて名古屋市美術館に到着。中村宏『図画事件1953-2007』はじめてちゃんと見た。すばらしかった。「ルポルタージュ絵画」「観光絵画」「タブロー機械」など彼が関わったり発案したりしてきたキーワードは、極めて興味深い。「事件」という言葉も。一度、真剣に考えてみたい。土方巽との関連するひとでもある。

12:00伏見のマツヤで味噌カツを食す。味噌カツで有名なはずがどうも地元の人は頼んでいない気配。昔、チューリヒでチーズ・フォンデュを食べていたら、「うあ、あの日本人、チーズ・フォンデュ食べてるよ、ダサッ」と窓の外を歩くスイス人に笑われ続けたという経験があり、思い出す。味も、ん、正直、べちゃべちゃして何がしたいのか分からない味であまり美味くない。それにして、ここでもおじさんばかりが元気だ。肉料理の店ってこともあるのだろうが、女性をほとんど見かけない。「おじさんの街名古屋」というのが今回の旅で得た教訓。あと、ウェートレスがここでも元気なおばさんたちで、たどたどしい若い女性はどこにもいない。「大人」な街なのだな、きっと名古屋というのは。

13;30また歩く。KENJI TAKI GALLARYで、横内賢太郎と手塚愛子の展示を見る。これもまたすごいよかった。

15:00もう一件ギャラリーをはしごして、隣にあったパルコでブラブラして、近くの喫茶店でまた休憩して、その後またてくてくと歩き、愛知県立美術館へ(ほんとにこの日は歩いた。というか、名古屋は大抵のところへは歩いていけるらしいということを発見)。そこで『サイクルとリサイクル めぐりめぐる形とイメージ』展を見る。開会式の日で、招待したのか沢山の子どもたちが公園状態で会場を遊び回っている。手塚さんの作品は、なかなか面白かったが、他はどれも「あんまり、、、」だった、正直。ここでの予定は、横内賢太郎さんとAがミーティングするというもの、でぼくは余計ものだったから、しばらく台風情報を仕入れていた。どうも、こりゃマズいぞ。

18:00名古屋駅へとりあえず行くが、間歇的にしか新幹線は走っていないとのこと。こりゃ、乗っても、途中で止まって車中泊になるのが関の山だぜ、と勢いよくあきらめて手羽先とビールに変更。ホテル(名は「コンフォート・ホテル」)を錦町で取り(やっぱり名古屋駅→錦町も歩き)、「世界の山ちゃん」へ。ホットスパイスな手羽先はうまいが、その「ホット」がホワイト・ペッパー大量がけによるものではないかとの結論にいたり、その辛さのシンプリシティにショックを受ける。とか何とか言いながら、全部食べたのだが。ホテルの部屋に着くと、爆睡。

9/7
8:00ホテルの朝食に驚く。「無料で朝食が付く」という話だったのだが、バラエティがそこそこ豊富なバイキング形式。料理人の必要なメニューこそないものの、和洋取りそろえてある。名古屋人にとって朝食って重要なんだな「モーニング」といい。

9:10名古屋駅より新幹線乗車。10時半に着くとアナウンスがあって出発したが、新横浜に着いたのは十一時だった。

11:30町田着。ようやく着いた。まだ台風の名残。Aは、風に植物の香りがする、と言っていた。2人のお気に入り、「でくの坊」でラーメン。8月は工事をしていた。内装を変え、席数は増えたが、今日もやっぱり行列が出来ていた。

12:30帰宅。アマゾンから『The Tony Bennet Bill Evans Album』が届いていた。「秋」仕様の音楽。何かのオムニバスアルバムにTony Bennetの歌う曲が入っていて、気になって買ったもの。ジャズは、Vocalにしかちゃんと反応できていないのかも知れない。と思うくらい、聞き込んでしまうときがある。同じオムニバスアルバムに、Bobby Scottも入っていて、これもアマゾンで買ってある、到着待ち。

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2007年09月03日 | Weblog
BRAINZのレクチャー「フィジカル・アート・セオリー入門」、まだまだ受講者募集中です。詳しくは、BRAINZのHPをご覧下さい。よろしくです!

9/2
黒沢美香+木佐貫邦子『約束の船』(シアター・トラム)を見る。

9/3
昼に、新百合ヶ丘で『エヴァンゲリヲン新劇場版:序』を見た。

昨日(9/2)発売の『モノマガジン(mono magazine)』に、原稿を書きました。タグ・ホイヤーという時計ブランドの「Link」シリーズについて、そのブレスレットが放っている魅力を美学的視点から解明せよ、との依頼でした。ダンスも演劇も美術も関係なく、「美学研究者」としてのオファーは、ちょっとうれしかった。けれど、正直時計には全く縁のない人生を送ってきたので、まず勉強からはじまった原稿書き。調べていけばいくほど(編集者の方から時計屋で三時間くらいレクチャーを受けたり)、奥深い時計の魅力にはまりそうになりましたが(買えるものならZENITHがいいなあ)、何分、今回の原稿料では自分が取り上げた「Link」は買えない、というか20回は書かないと無理!無理だ。

Chim↑Pom in TAMABI

2007年09月02日 | Weblog
ここで何度か触れてきたことですが、今年度、ぼくは多摩美術大学で「現代美術」というタイトルの講義を担当しています。
夏休み明けの第一回目、来週の月曜日(9/10)に、Chim↑Pom(チンポム)のメンバーをお迎えして、イレギュラーな内容の講義を行うことになりました。

彼らの魅力はいろいろありますが、その大きな一つに作品解説がある、とぼくは思っています。7-8月の「オー・マイ・ゴッド!」展を見に行った時にも、そのことを痛感しました(ね、面白かったですよね!)。彼らの解説はそれ自体がレクチャー形式のパフォーマンスなのではないか?そんな気持ちから、メンバーには自分の作品を解説して下さいとお願いしてあります。
これはChim↑Pomの過去・現在・未来を知る絶好の機会になることでしょう。あくまでも単位取得希望者を希望する、大学の講義内で行うもの。フライヤーや紙媒体などを用いて公に告知をする類のものではないですし、平日の昼間でもありますが、聴講を希望する方は、ちょろりっと静かに潜伏なさってみてはいかがでしょうか。

9/10 13:00-14:30
@多摩美術大学八王子キャンパス内、メディアセンター、レクチャーB教室
(教室については、多摩美術大学のHPをご覧下さい)

風が心地よい、毎朝

2007年09月02日 | Weblog
またまた、日記が滞ってしまう。この間、ほんとに毎朝、ジョギングしてた。

写真は、8/25、横浜美術館で森村泰昌の展覧会「美の教室、静聴せよ」を見に行った時のもの。中華街にて。久しぶりにコンタックスのG1を使った。やっぱりピンぼけしたところがとてもきれいに出る。久しぶりに、カメラ持ち歩こう。

8/31
佐々木敦さん、大谷能生さんと会合。大谷さん初の評論集の話など盛り上がる。会合後、沖縄料理の店で飲む。内装がなんかお水っぽくて、「ガキ」なファッションの3人にはギャップが激しく、なんだか可笑しい。途中から、Aと会合の記録をしてくださったKさんも合流。

9/1
ポタライブをはじめて見た。神村恵「間隙」という作品。

ポタライブのブログを見ると「ポタライブとは、「散歩をしながら楽しむライブ」のこと。軽いサイクリングや散歩を表すポタに、演奏・演技・ダンスなどを表すライブを組み合わせて作った造語です。」とある。簡単に言うと、劇場空間ではなく街中を舞台に、公演を行う企画というもの、だろうというイメージがあった。必ずしも、ダンスの公演を中心にしたものではないし、どちらかといえば演劇系の団体というイメージが強いポタライブ。だから、今回見たことで、ポタライブとはこういうものか!と理解出来たと言えるかは分からない。けれど、そのエッセンスをつまんでみた、という気にはなっている。

12:30アゴラ劇場のロビー集合。そこから、主宰の岸井さんの誘導で、10人ほどのお客さんの塊が、一カ所に集められる。岸井さんは、ふっくらめの体型でやさしい感じの眼の男のひと。観客に傘を渡し、神村がさしたらこちらもさすようにと指示をする。神村があらわれたらついて行ってください、「間隙」という作品なのでいろいろな間を通り抜けるのでなるべく付き合ってそこを通ってみてください、、、と岸井さんがいっているそばから、観客の小さい円陣の真ん中に神村がすうっと入ってくると、そこから道路の方へと抜けた。その挨拶を合図にして、ぞろぞろと10人がついて行く。公演が始まる。

舞台は、そういうわけで駒場の住宅街。駐車場や公園、マンションの入り口付近の暗がり、というか多くの場合、それらを繋ぐ道ばたこそが中心的な舞台となった。

神村のダンスは、そもそもその多くが「歩く」ことから成り立っている。進み立ち止まる。その間にある不意のリズムや差し込まれる謎の動作が、彼女のダンスをもっぱら構成する。だから、道ばたで歩くことは、それ自体、彼女にうってつけのシチュエイションだともいえるわけで、神村のそんな不意打ちの詰まったウォーキン・ダンスを10人は、横から斜め後ろからあるいは真後ろから眺め、追う。

ダンサーと見る者とが、追う/追われるという関係を通して、ある種の舞台を住宅街に生みだす。まず、その移動劇場の生成という事態に、わくわくする。これが、なるほどポタライブなんだ。

舞台の出現はさらに、街から発生するさまざまな出来事を察知する感度を上げてくれることに気づく。舞台を前にして、観客に何が起こっているかというと、「よく感じる」ということが起こっている。だから、見終わると疲れるんだ。五感が集中する。その集中が劇場から飛び出し、街中で発揮される。神村のスニーカーがアスファルトをこする音に注意する耳が、次々と、家並みからはみ出した葉のこすれる音や、遠くのひとの声や、風や、周りの観客の仕草などを感じていく。劇場仕様になった五感が、さまざまなものを役者にする。さまざまなものの出来事を際だたせていく。

ときどき神村が傘を差す。と、ぼくたちも晴れた住宅街で、一斉に傘を開かせる。ひと(一般の通行人)とすれ違う。そのとき、無表情になって、その場(場面)の一員(役名のない登場人物)になろうとしている自分に気づく。一般のひとの出現によって、神村のみならず観客であるぼくたちもまた舞台を構成する役をになっている、そのことに気づかされる。そして、神村を見るぼくたちは、そのとき観客というだけでなく、というかむしろ、神村を含めたぼくたちを傍観する一般のひとたちこそ、この移動する舞台に驚く不意なる観客となる。というか、突然、観客にさせられてしまう。高校生の一団が通り過ぎた。彼らのきゃぴきゃぴの笑い声がこちらの五感にフレームインする。すると、彼らは舞台の一員になる。けれど、怪しいこちらの集団こそ、彼らにとって非日常で、ほっとけないなんだか変な人たちで、彼らは奇異の眼差しをこちらに差し向けることで、観客にさせられる。一般の彼ら通行人とぼくらは、相互に役者にさせられたり、相互に観客にさせられる。

30分ほど続いた最後、狭い狭い一本道をゆっくり進む神村を追っていた。ぼくは、そのときたまたま彼女を最初に追う客になってしまった。ゆっくり進む彼女を追い越してしまわないようにするには、彼女のステップを真似するしかないと思い、足元を見ながら呼吸を合わせてみた。そうしていると、そういうゲームのような気がしてきて、面白くなる。別にそうしなきゃいけないわけではないから、後ろで他の客がどう見ていたのか知らない。きっといろいろだったろう。少なくとも「見る」という行為に多様な可能性が生まれていたはずだ、そのとき。少なくともぼくの「見ること」はそのとき「まねること」になっていた。
その狭い、管のような道を抜けると空き地に出た。石を踏む、と蹴る、と追って踏む。なんか、これまで神村と一緒にしてきたことを模倣しているみたいな(これがほぼラスト)。

神村というダンサー(パフォーマー)がひとり道ばたにいると、街のあちこちが際だってくる。神村は、まるで定規とか分度器とかのようだと思って見ていた。ものにあてるとものが際だつ、経過する時間が際だつ。測ること、のようなステップ。
神村恵って、やっぱスゲー面白いなー。と8月にあった『ビーム』の感想があまりまとまらぬまま(いや、とてもよかったんだけれど、難解でもあって、、、)、悶々としていたので、シンプルに神村のエッセンスを感じられてうれしくなった。そのエッセンスが、うまくポタライブという企画に混ざり合っていることにも、なんだかうれしくなった。

ポタライブは、多分、大いに岸井さん本人のキャラクターの魅力が支えている面があるのではないか。公演が終わって、ほぼ迷子状態になった観客と一緒に帰りながら、話す岸井さんのお喋りがめっぽう面白かった。駒場で九年前にあった火事のこととか、道ばたに生えている草の伸び具合のこととかある古い家の窓辺に並んでいるコーラの缶は古いようにも見えるが結構入れ替わっていることとか。見るということを共有すること。楽しい。


13:40 公演が終わって、Aが駒場のギャラリー「12」というところに行きたいというので、てくてくと向かう。途中、フレッシュネス・バーガーで昼食。行く途中、岡田斗司夫『いつまでもデブと思うなよ』を読んでいたので、岡田が、メガマック食べたい時に、それを包丁で八等分して1/8だけ食べて捨てたという話を思い出す。ぼくはハンバーガーというものを年に一二回しか食べないので、岡田のバーガー好き(というか、マクドナルド好き)に感心する。「たべたいときはがまんするな。でも、1/4だけたべて捨てちゃえ」というダイエット法は、参考になるのかならないか(あ、でも、いろいろとためになることが結構かいてあった。ちなみに、彼のダイエット法は、レコーディングダイエット。ともかく自分の生活をメモれ、と。それするだけで10キロ痩せた、と。ふーん。ただし彼のキャラで痩せてしまうのは、得なのかなーと他人として気になる。帯の写真すごいっすよ!一見の価値有り)。

14:30そこから、さらに代々木上原まで歩こうということになり、さらにてくてく。その後は、生田と読売ランド前近くのマンション物件を見て歩く。最近、Aとなぜか物件を見学するのがブームになっている。不動産屋のひとってすごい熱い。おしゃべり。疲れる。ただ物件だけ見せて欲しい。読売ランド前の物件に2人興奮。これ、まるで、ヴィラ系のホテルじゃん、バリの。