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「幻滅のたびに甦る期待はすべて、未来論の一章を示唆する。」(Novalis)

手塚夏子「道場破り」第2期/後半戦

2008年05月07日 | ダンス
5/5の夜と5/6の昼の二回に分けて、手塚夏子は、現在居住している藤野周辺の施設「しのはらの里」を利用して第2期の後半戦に当たる「道場破り」イベントを行った。

「道場破り」という企画は、コンテンポラリー・ダンスのダンサーたちがもつ手法を取り出して、それぞれが自分のではない他人の手法(道場)に門を叩き、その手法を実践し、道場を破ろうとする、という趣旨ではじめられた。2006年10月に第一期が行われ、第2期の前半は今年の2月に同じの藤野の公民館のようなスペースで行われた。今回は、その後半戦に当たる(詳しくは手塚夏子のブログを参照のこと)。

コンテンポラリー・ダンスというのは、定義は難しいが、ひとつに、モダンダンス、バレエなど既存のダンスの方法には従わずに、自分の動機、やり方を模索しながら新しいダンスを開発していくという側面がある。すると各人には各様のダンスがあり、そのそれぞれには他とは共有し得ない独自の「手法」がある、ということが帰結する(論理的に思考を進めていくと)。コンテンポラリー・ダンスは、だから必然的に、多元的な環境のもとにあり、それはよい面でもあるが、互いにディスコミュニケーションが進んでしまったり、それぞれが趣味の次元でやっているだけだという孤立を生んだり、要は「コンテンポラリー・ダンス」=「なんでもあり」といった風潮とその一方で、というかそれ故に、いまはやっているものを安易に雰囲気のレヴェルで(ベタに)模倣してしまう傾向が生まれたりするという恒常的な問題をはらんでいる。

本当の意味で、コンテンポラリー・ダンスがある未知のダンスの開発というベクトルをもつというのであれば、それぞれが、どうしようもなく逃げ切れずそこへと向かってしまう自分の動機、やり方へと向き合い、自らの手法を明らかにしていくこと、そして複数の者たちがそれを行うことで、いまコンテンポラリー・ダンスが抱えている手法にはどんなヴァリエーションがあるのか、そして、そこから見えてくるコンテンポラリー・ダンスの今日的姿とは一体どんなものであるのか、こうした点を明らかにしていくことが、さしあたり「道場破り」の主題から引き出されてくる可能性だとみることは出来る。

とはいえ、実際の「道場破り」を見ていて分かることなのだけれど、手塚がトライしているのは、あるダンサー(振付家)の「手法」を、他のダンサーが単に習得することではない。道場破りの実践は、他人の道場(手法)をマスターしてそのマスター(手法の主人)を打ち負かすことを目的としていない(仮に名目上そうであったとしても、安易にそんなこと出来ないということがすぐに明らかにされる)。むしろ浮き彫りにされるのは、どうしようもなく、それが「他人」の手法であること、そしてそこへとアクセスする際に、自分の手法はしばしばその道を邪魔してしまうということ、である。従って、他人の道場を破る云々以前に、自分の道場からひとは早々に逃れられないという事実に出演するダンサーたちは向き合うことになるのである。

進行は次のようだった。5人のダンサーの手法がひとりづつ紹介される。例えば、冒頭には手塚の手法がパワーポイント画面で説明される。次にその手法がよく現れている映像が映写される。その次は、手塚以外のダンサーたちが同時に(あるいは1人ずつ)手塚の手法を観客の前で実演する。最後に、手塚本人が登場し、自らの手法を実践する。このセットが二日間で計五回おこなわれた。1日目は、手塚夏子の手法、捩子ぴじんの手法、中村公美の手法が、2日目は、黒沢美香の手法、山賀ざくろの手法が紹介された。この人選は、手塚が魅力的と思ったダンサーを集めた結果だという。

一回二時間強で2回分、ひとりの手法に対して、5人が実践したから、5×5=25回のダンスを(同時のもあったけれど)見たことになる。どの瞬間も興味深かった。それをひとつひとつ記していたら、途方もない(それを行う価値はあるものだと思うけれど)。なので、ここにはメモ的に記すだけにする。

前回の第2期前半戦の感想としても記したことかも知れないけれど、興味深かったのは、「手法」というものを言語化してみるということだ。自分の動機ややり方が各人のダンスを決めるのがコンテンポラリー・ダンス、と先に書いたけれど、そうだからといって皆が皆、自分の手法に自覚的ではないし言語化出来ているわけではない。言語化出来なくても手法に自覚的でなくても、踊ることは出来る。だから、言語化してみるということは、ダンサーにとってかなり「あえて」なことだろう。その「あえて」は、ダンスとの葛藤であると同時に言語との葛藤を引き起こすに違いない。言葉を生む作業。それはまた、言葉の可能性ばかりかその限界をも意識させる(こう考える先に、ダンスと文学との関係という問題もきっと開けるに違いない)。実際、言語によって切り出されてきた「手法」は、実際他の者や本人によって実演されると、「足りない」気持ちにさせられる。「手法」のフレームは、あるダンサーのすべてを包括出来ているわけではないのだ。それでも、そういうフレームを設定する意味はある気がする。それがあるから「戦う」などという設定が展開する土俵も生まれるからだ。そして、この土俵は先に言ったように、勝敗が目的ではなく、他人のみならず自分の土俵も「破」ることが目標になっている。だから、「手法」は最終的に「破」り捨てられるためにあるわけだ。

だから、「道場破り」は「破」って行く行為のためにこそあるのであって、そうした行為、つまり他人に接近し自分を分解していくことのために、そこから身体が動くとはどういうことなのか、あるいはもっとシンプルに言うなら、ぼくたちの身体は一体何ものなのか、ということを探究するためにこそあるのだ。

なんとも奇妙なダンス合戦だった。要は、全員が失敗(敗戦)を前提とした上演(戦い)をしたわけである。どんどん不十分な状態へと進行するなんてことがある、けれども、そういう時にこそ、他人と自分とのバトルが当人の身体上で繰り広げられている興味深い瞬間だったりする。

2日目の山賀ざくろの手法は、単純な言い方で一番面白かった。山賀は、ダンサーがもっぱら自分に禁じていることこそやっているらしい。舞台上で舞台にいることを恥ずかしがる、観客を意識する、観客の前で自分のいまの気分を告白する、、、そうした手法へ逡巡しながら乗り込んでいく山賀以外の四人。黒沢美香のトライアルが、爆笑もので、怖ろしいくらいに面白くそして面白い以上に怖ろしかった。「照れる」とか「喜ぶ」とか「ためらう」とかという感情を、舞台を熟知している黒沢があらためてやってみるとき、それは相当不気味なものとなる。それは徹底してコントロールされた「ためらい」「照れ」「喜び」のようでもあるし、コントロールの先へとぽつんと落っこちた本当の「ためらい」「照れ」「喜び」のようでもあり、舞台空間というものがどんなふり幅をもったものなのかを計測するような時間だった。いや、上手く説明出来ない、ともかくも久しぶりにダンスを見て胃が痛くなるほど痙攣的に笑った。

今回は、2月の前半戦に較べて観客の数が数倍になった(前回は純粋な観客が片手くらいしかいなかった、確か)。しかるべき研究者・批評家が見たという点では、とてもよかったし実りあるものだったことは間違いがない。ただし、20代前半くらいのこれから作品を作る/ダンスを見て批評する世代は少なかった。手塚の試みは、とてもハードルが高い。でも、ここで起きていることが、世界なのだとぼくは思う。藤野で行う意義は、ある。環境が素晴らしいだけでなく。だから、ここでのイベントは継続するとしても、山を下りて、人々のなかでこれ、番外編、出張編を考えてはどうだろうか。少なくとも、何らかの手段を使ってこの記録は後世に残しかなきゃいけいない。

帰り、やまなみ温泉に行く。その帰り、レンタカーで一時間とカーナビに表示されたのに、結局二時間かかってようやく新百合ヶ丘へ。

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