― 歌・種・記・文 ― (うたたね きぶん)

日々の中で感じたことを書き留めた自分のための雑記帳です。
その時思い出した歌があればそれもひとつの思いとしてご紹介!

前回より大変な大雪で した  ― 雪景色 ―

2014-02-20 | 季節・時期 に関するお話

8日(土)の大雪で驚いていたのに、
14日(金)に降った 今回の雪。
たっぷりと含んだ水分のおかげで
以前より大変なことになりました。
                                        
      前回より 降る量は少ない と聞いていたので
      大したことはないのだろう と思っていたら 大間違い!
      屋根に積もった雪が 重さで始終 ドサドサと落ちてくる。
      雪が重いため 木の たわみかたが酷い。
      道を確保するため、夕食前に玄関までの道のりを雪掻き したら、           
      実際、前回との重さの違いに驚きました。


前回 とは まったく違う光景で、雪質の違いが よくわかります。
 
前回 は まっすぐ伸びていた 月桂樹 が、 今回は 雪の重さ に押 しつぶされてしまいました。

ふと見上げたら、引き込み線に
雪が積もって たわんだ竹が 何本も 圧し掛かっていて びっくり!
モタモタ していたら切れてしまいそうだったので                    
慌てて下から 最長に伸ばした高枝バサミで退かそうとしたけれど 届かず!
ベランダに回って試みてみても、届かないものが数本ありました。
そこで しかたなく屋根に出て 必死で雪落とし!              
ところが滑って何度も落ちそうになり、最後には脚立に乗っての作業となりました。

      ベランダの柵は高く、無理に超えようとしたら滑って怖い思いをしました。
      今回の滑りやすい雪を踏んで 反対側から回り込んで行くのも距離がある分 怖い!
      ベランダの柵に掴まって 足場の悪い屋根の上から高枝バサミで突くのも恐怖でした。
      しかも これが一度では済まず、1~2時間もすると また 雪の重みで竹が落ちて来て
      引き込み線が危険な状態になってしまうのだから 始末に悪い!
      屋根に上ることへの恐怖心が増すにつれ、どうせ落ちるなら脚立からのほうが安心と
      いう思いが浮上し、雪を掻き分け裏から運んで来て 高枝バサミを使って揺さぶりました。
      下から突けば雪が落ちて来るのもわかっていたこと、屋根に上るよりはいいとも思えて
      いたものの、頭に描いていたほどうまくいかない大変さと雪まみれは やっぱり辛かった!

  
下から見上げて びっくりしたけど、 屋根の上に上ってみたら …
 
手前から奥まで、全部で 7本もの竹が、線が切れそうなほど 重く のしかかっていました。

庭の椿や月桂樹など 葉がたくさん付いている木々たちは   
雪の重さに耐えかねて どんどん傾いていっています。
                                               
      こちらは負担を軽くしてあげないと折れてしまいそうな勢いでした。
      高枝バサミで何とか触れる枝でも 下から突いたり揺らしたりすれば
      すべて自分に掛かってくる。  それを承知でやるしかないから 全身雪まみれに …!

                       
         
    前回のシュロは こんな感 じ!    今回は 何度掃っても 重そうに下降!
  雪を落とさず こんな感 じだった前回。  少し傾きの残っていた椿さんは …
  
                        何度も雪落としを したのに、今回 こんなに傾いてしまいました。

          
おかげで ソチオリンピックを落ちついてゆっくり見ている暇がないほど、   
気になって 夜中までずっと 雪落としを していました。
雪降る夜は 空がピンク色で、明るいことが救い。
                                    
      夜中の2時頃からは雨に変わってきたのか、引き込み線に竹が触れることは      
      なくなりました。  それでも いつまた降り出すかわからないので
      何度も見回りました。

前日の予報では、                                     
朝 雪が止んでも雷雨を伴う暴風雨 になる と云っていたのに、            何だか 幻想的ね~!
だんだん晴れてきて 青空に …!
予想外ではありますが 雪が解けていくのがわかり ホッとしました。
けれども この時の雪掻きが また大変でした。

      木に残った落とせる雪を払い退け、まずは玄関から公道に出るまでの雪掻き。
      我が家周辺は まだ前回の雪が残っていたくらい日蔭が多いのだけれど、
      陽当たりの良い辺りは もうだいぶ雪が減っていて、太陽のありがたさを感 じます。
      残っている雪は さらにたっぷりと水分を含み、物凄い重さになっていました。
      ひと掻きするだけで 腰への負担がズッシリと圧し掛かります。
      前回シャベルを貸したアパート住民の通路も確保 してあげようと頑張ったら
      腰を伸ばすのが きつくて、ギシギシミシミシ、音が聞こえる気がしました。
      それでも続けて 表から裏への通路確保へ …。
      木に残った雪を落とし、小鳥さんの砂糖水とオールブランを補充。
      ミーちゃん達が利用している通路の雪も退けてやると、
      みんな 待ってました とばかりにやって来ました。

  
ミーちゃんも シーちゃんも、敷石の雪を退けたら すぐにやって来ました。
今回は 傘効果が大きく、雪にもめげず やって来ていた 小鳥さん達。

積もっていた周辺の雪を落とすと さらに頻繁に ご来店!
             折れた月桂樹 と 椿の木。            お隣りの木も 折れていました。
 
                                        上の木はシーちゃんたちの通り道。

       倒れていた 月桂樹 と 椿 も 復活。                  椿のつぼみも …
 
                                         ほんの少し ほころびだしました。
  
      上から眺める と こんな感 じ。      アジサイの新芽。    梅も もうすぐ咲きそう!


雪はまだいっぱい残っているけれど …
春は 近づ いて来ているようです。




暴風雨になるとの予報が出た 15日(土)は マー君のお遊戯会の日 でした。
当然 中止になると思っていたのに 前日の夜まで 中止連絡は入らず!
延期すると 来れなくなる親が出てくる ということも考慮 したものと思われました。
ところが 当日の早朝になって 「中止の電話が入った」 と 娘からメール。
なんだか 拍子抜け してしまいました。

        〔 中止にならないなら何としても行ってやろう! 〕 と意気込んでいたせいもある
      のでしょう。  昨日 大雪が降っている時点で 行くのが大変というのはわかっていた
      ことなので、雪が止んでいる 直前の中止決定には 戸惑いもありました。      
      せっかくお休みをとってくれたチッチが 次回は休めないとがわかっていることも
      理由のひとつ。  その上、お天気がどんどんと回復!
      しかたのないこととはわかりながらも、〔 昨日の時点で 中止が決まっていたら こんな
      には残念に思うこともなかったのかな~!? 〕 と ちょっと複雑な心境になりました。


雪は好きだけど …

こんな雪は、もう コリゴリ!


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

今回の雪は大変だった … ということで
1999(平成11)年11月30日発売、
                     カントリー娘。 の  『雪景色』
(作詞 = 森高千里 さん/作曲 = つんく さん)

「あ~嫌になるな も~きのうの雪 ふ~今朝も雪かきだよ バイト遅刻だ
                   朝日を浴びて 雪が解ける日 まだまだ春は遠い 待ち遠しいな」
   「長い冬は 冬眠でも して 春が来るまで 寝ていたいな」
  「そうだ 今夜彼とタラ鍋食べよう 冷える夜は鍋がいい
                   今日も 午後は雪になるみたいだけど やっぱり冬は 雪景色」

   雪が降ると つい嬉 しくはなるけれど、雪掻きは大変!
     特に今回は 水分の多い雪の重さによる被害に驚かされました。
     雪国の方達の大変さを思えは、こんなことぐらいでヘコタ レてはいられない!
     そう思いながらも 大変さが身に沁みました。
                                   (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

カントリー娘。は、モーニング娘。や Berryz工房 などと同様、
主につんく♂さんが総合プロデュースを手掛ける、ハロー!プロジェクト(略称 ハロプロ)の
女性アイドルグループの一員です。
1999(H.11)年4月、「アイドルをさがせ!」 というテレビ東京の番組内で、田中義剛氏発案
による <半農半芸アイドル> オーデションを行ない、勝ち残った3人がユニットを組んで
7月23日、『二人の北海道』 という曲で インディーズデビューするはずでした。
メンバーは 戸田鈴音(りんね)さん、柳原尋美(ひろみ)さん、小林梓(あずさ)さん の3人。
ところが …
デビュー直前の7月16日、柳原さんが 牧場での作業中に 19歳という若さで交通事故死!
そのショックで体調を崩し休んでいた小林さんが、約1か月後の8月23日、心労により脱退!
けっきょく デビュー後 3人で歌われることのないまま、
りんねちゃんがひとりで活動することになってしまいました。
そのため 2枚目のシングル曲である この 『雪景色』 と 次の曲 『北海道シャララ曲』
に関しては 彼女ひとりでの吹き込みとなっています。
一度聞けば 森高さんが書いたとすぐわかる歌詞は、女の子のひとり言 といった軽い内容
なので、3人で歌っていれば 体を揺らしながら歌える楽しい歌 という印象だったと思うのに、
ひとりで カントリー娘。を守っていた りんねちゃんの頑張りを思うと 胸が熱くなります。

これによって、カントリー娘。は 追加メンバーを募集することになり、
2000(H.12)年 5月に合格 したのが、当時 花畑牧場で働いていた木村麻美(あさみ)さん。
そして、2002(H.14)年 1月に合格したのが 里田まいちゃん でした。
しかし 同年10月、
最初のメンバーだった りんねちゃんが 舞台女優になるという理由で 卒業 してしまい、
これにより また追加メンバーを募集 して
2003(H.15)年 4月、斎藤美海(みうな)さんが加入。
そして 約4年後の 2007(H.19)年 1月、
あさみちゃんが動物関係の仕事を希望 して卒業。
同時に 一番最後に加入した みうなちゃんも、
興味を抱いていた仕事にチャレンジするため芸能界から卒業。
今度は まいちゃんが ひとりになってしまうこととなりました。
けれど、この時の まいちゃんもまた、ひとりで カントリー娘。を守っていた!
しかし 今年、
その まいちゃんが ご主人である 田中将大投手のニューヨークヤンキーズ移籍に伴い 渡米。
これにより今年、また 新メンバー募集が開始されているようです。

      花畑牧場での修業は、1999(H.11)年~2003年(H.15年)の初めまでだったようです。
      2003年1月からは、芸能活動を中心とするため 拠点を東京へ移 し、プロデュースも
      田中義剛氏から 全面的につんく♂氏に移行。 農作業等のお仕事はなくなりました。
      また、石川梨華さん、藤本美貴さん、紺野あさ美さん といった モーニング娘。の
      メンバーがゲストとして加入していた時期もあり、メジャーデビューを果たしたのは
      石川梨華さん加入の 2001年4月、『初めてのハッピーバースディ!』 という曲でした。



ここまで守って来たんだから、ずっと引き継がれていくといいわね~!
そしたら まいちゃんも 安心して ご主人
(マー君)の応援が出来るもんね!


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ジュンイチローさんの1周忌映像ライブ  ― 奴凧 ―

2014-02-10 | 歌・音楽、歌仲間 に関するお話

8日に降った大雪の影響が いまだ残る本日。
こんなに降った雪も珍しいけれど …、
連続2日の投稿となった 私のブログも、極めて珍しいことです。
今日は <雪> じゃなくて <槍> でも降るんじゃないかしら!?
                                                 


昨年 1月20日に 横浜は関内にてライブを行った ジュンイチロー さん。
そして、
それからわずか20日ほど後の 2月10日、亡くなられてしまわれました。
                          (昨年書いた記事と歌については こちら で ご覧ください。)
今日は彼の 1周忌 です。

あれから1年。
先日、2月2日の日曜日に
映像ライブと歌で彼を偲ぼう という会が開かれました。

この会に いち早く出席することを決めた歌仲間から 会う度にお誘いを受け、
今回 私も参加させていただくことになりました。
                                           
       生前のライブならともかく、1周忌にあたる こんな会に
       <親 しい> という部類には属さない私が行くなどということは考えてもいませんでした。
       チラシを作ったくらいだから 誰でも参加はOKなのでしょうが、私の性格からすると、
       この日は<自宅で ひとり静かに彼の歌を聞く> というのが一般常識的行為と思えて
       いたからです。  ところが この歌友さんは 私とは性格が異なり、人懐こいというのか
       どこにでも入っていけるタイプ。  ジュンイチローさんが亡くなられた時も すぐに
        「追悼会をやろうよ!」 と奥様に声をかけたそうで、今回も いち早く参加を決め、
       奥様からジュンイチローさんの歌を歌ってくれるよう頼まれたとおっしゃっていました。 
       それほどの行動派なのに … なぜか ここには おひとりで行くのが嫌だったようで、
       凝りもせず、駄目だと言ってもお誘いは止まず、お世話になることもある ということで
       根負け したような状況で行かせていただくことになりました。


行くことは決まっても、
主催者側に対 して 〔 私ごときが行って本当にいいのかな~!? 〕 という
思いが消えることはありませんでした。


生前 最後にライブを行ったのは 小さめのアットホームな貸し切りフロアだったようです。
今回は 同じ建物内の下の階。
結婚式などにも使われるというアジアンリゾート風な このフロアは
立食だと250名は入るという広さ。
当日、
ここに170名ほどの席が設けられたようなので 空間は少なく感 じられましたが
それでも落ち着いた雰囲気に包まれていました。


入り口付近には 写真やCD、生前愛用 していらしたグッズなどが置かれていました。

正午、
まずは奥様のごあいさつから始まり、
続いて 作詞を手掛けてくださった先生方やご友人などからの思い出話。

    

       お話をされているうちに思い出されて涙ぐむ 奥様の仕草が涙を誘います。
       古くからお付き合いのある先生方からは 酔うと 鍛えた体を見せたがって すぐに
       服を脱ぐ とか 結婚する前は 物凄く 尖がっていた などのエピソードも聞かれました。


120インチの大型スクリーンに ライブ映像が流れて、
みなさん まるでそこにジュンイチローさんがいらして 生ライブを見ているかのように
掛け声をかけ、手拍子をとり、拍手!

 
お話からも映像からも、鼻がジ~ンとして涙が流れてしまうという状況が幾度もありました。

献杯のあと 食事を しながら、
ジュンイチローさんが歌を提供 した方や ファンの方々など
45組ほどが次々に歌って彼を偲びました。


 
涙あり 笑いあり モノマネあり と いろんなドラマがありました。

 

最後には奥様もみなさんも笑顔になって、
これからも 彼の歌を歌って思い出してゆこうと約束しました。

 


温かさを感 じる とても良い会だったわ。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

昭和の男である彼も こんな風に思い、生きたかったのかもしれない … ということで
1998(平成10)年 8月21日発売、
                    ジュンイチロー さん の  『奴凧』                  
(作詞 = 高橋直人 さん/作曲 = ジュンイチロー さん)

「今は吹き曝(さら)し 昭和の時代も過去になり 千切れた思い出 吹き曝し」
  「乾いた原っぱ昔を偲び 星も消えた空を見る
                      夢と云う名の奴凧 どこか遠くへ飛んでった」
     「凧 凧 揚がれ 天まで揚がれ 妻や子を愛 しつつ
                      俺は 俺は明日もまた 希望の奴凧 揚げて生きる」

   ジュンイチローさんの夢は 叶わぬまま消えてしまったかも しれませんが、
     奥様が一生懸命に頑張っていらっしゃいます。  それを今でも支えてくださって
     いる仲間やファンの方々が いてくれるんですから 幸せであるとも思えます。
     そんな幸せを噛み締めながら、どこかで繋がっていましょう。
                                  (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

女歌も多いジュンイチローさんの 男歌です。
初めて耳にした時に いいな と感 じた歌でした。
昭和生まれの、ちょっと不器用な、そんな男の気持ち。
男性なら 誰でも思い当たる節のある歌詞なのではないか!?
そんな風に思わせてもくれます。
歳を重ねて、今 こういう歌を 聞いて 歌って もう一度 自分を振り返る。
胸の辺りがピリピリして 心が動く。
40 50 と 歳を重ねるほどに ピッタリと嵌って、味が出る。
上手く歌う ということだけで 歌ってほしくはない歌 でもあります。

長く生きていると いろんなものを背負い、
子どもの頃には 河原や 広場で 揚げていた 奴凧も
もう揚げることはなくなり、
生活に追われたり 歳を考えると 先の夢など見られなくなり …。
だけど、
離れていたとしても家族がいることや 友がいることは 幸せなことです。
それらを大切にしていこうという思いも ひとつの希望。
改めて感 じてみるのもいいものです。

今は 奴凧自体を知らない子ども達が増えてしまいました。
近くに 自由に揚げられるほど広い場所が無くなってしまったり、
そんな遊びの楽しさを知らずに 家の中で ゲームや漫画を読んでいるほうが好きな子や
塾や部活が忙しい なんていう子も増えてきているのでしょう。
その子たちの父親でさえ 凧を揚げたことがない なんてこともありそうです。

そうなると この歌の良さも伝わらなくなってしまうのでしょうか!?
ちょっと不器用な 昭和生まれさん達、
ジュンイチローさんと共に、この歌も 忘れないように 歌って行きませんか!?


奴凧の、ちょっと頑固で 不器用そうな顔も、昭和以前の男の象徴のようです。

この奴凧、奥様やファンの方々と共に 夢や希望を乗せて 揚げ続けていきたいわね~!


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小学校の説明会、ター君との待ち時間  ― 若き日の歌 ―

2014-02-09 | 孫・家族 に関するお話

  急速に発達した低気圧の影響で昨日の日本列島は広い範囲で強風を伴った雪が降ったもようで、
  東京都心では20センチを超えたのは20年ぶり、27センチにもなると 45年ぶりの大雪だというお話。
  我が家の周辺では 今朝はだいぶ解け始めていましたが 31センチも積もっていました。
  雪の多い地域からすれば笑っちゃうくらいの積雪で しょうが、こちらではアタフタ!
  雪掻きを していたら、アパートに住む 品川祐さん(お笑い芸人)(?)の男子が
    「屋根から落ちて来た雪でドアが開かなくて大変だったんスよ!」
    「よかったらスコップ貸 してくれませんか?」 と言い、出かける前に掻いていました。
  雪掻きの音や雪が屋根から落ちる音があちこちから響いてくる以外は 静かな日曜日ですが、
  残った雪が完全に消えるまでには相当かかりそうなので、当分は危険が伴い、注意が必要です。


 
  




マー君小学校に入学するため説明会 が行われる という日。
私も一緒に行って ター君を見ていることになりました。

      最近 よく動くようになったター君に 「おとな しく していて!」 と云ったところで わかる歳
      でもなく、自由を奪うのは酷なお話です。  だけど ママにしてみたら 大事な説明を聞き
      逃したくはない!  そこで 私が駆り出され、ター君の面倒を見ていることになりました。


実は ター君一家、ただ今 お家を建築中。
マー君が小学校に入学する前には お引越 しを済ませ、
新しいお家から、その地域の小学校に通うことになるんです。
したがって、今回も そちらまで出向かなくてはなりませんでした。

      説明会は2時からということだったので 新横浜で待ち合わせて ランチを し、最寄り駅で
      時間調整のため マックに入りました。ところが 気づいたら10分前になっていて びっくり!
      携帯ナビで確認 しながら向かったのに 道がよくわからなくて ちょっとウロウロ しましたが、
      まだみなさん並んでいる状態で、お母さん方はその後も まだまだ集まって来ていました。


ベビーカーを校舎の隅に置いて、ママは列に並び、
その間 私とター君は校庭付近で遊んでいることにしました。

      ママが行くのを見ると泣くと思い、よそ見を しているうちに列に紛れた ママでしたが、
      ター君は あれっ! という顔はしたものの 泣くこともなく、余裕の様子で …
         <ター君のゆうゆう散歩> が始まりました。
      一方 お母さん方のほうは、遅れて来る人が多くて 体育館に入るだけで時間がかかって
      いるようでした。

授業で使っていたので まだ校庭には入れませんでした。 
そこで 周りを歩き回っていたら、ボールで遊んでいる女の子を発見。
ター君が一目散に近づいて行くと、木の下に 空気の抜けかけたボールが もうひとつあり、
 「これ 借りても大丈夫かしら?」 と聞くと その子が 「大丈夫だよ!」 と言ってくれました。
まったく弾まないボールでしたが それでもター君は楽しそう!
ご機嫌で遊んでいると 体育の授業を終えて教室に戻る途中の子ども達が通りかかって、
 「あれっ、それ 俺たちのクラスのボールだ!」 「2年4組って書いてあるもん!」
そう言って、ふたつとも持って行こうとしました。
食い下がるようにター君が 子ども達に付いて行くと、
みんなが 「可愛い!」 と言って しばし遊んでくれました。

      みんなに囲まれる中、ひとりの女の子が ター君を見て 「今度 入るの?」 なんて
      聞いてきました。  〔 ん? 〕 と思ったあと 笑いを堪えるのが大変!
      だってター君、まだ1歳3ヵ月だもの~!  だけど ここで笑って傷つけちゃったら
      いけないので、「うううん、まだ小さくて入れないの! 入学 した時には仲良くして
      やってね!」 と答えたら、みんなが一斉に 「うん!」 って言ってくれました~!
      2年生だったら 残念ながら その頃には 卒業 しちゃってるんだけどね!


みんなに構ってもらったので ボールのことはすっかり忘れた ター君。
昇降口付近でウロウロしていると 今度は4年生が戻って来て、次々に声をかけてくれました。

      そんな中、今度は男の子が、「孫? 子ども?」 と 私を覗き込むように訊ねてきました。
       「<息子> って言いたいところだけどねぇ~、 可愛い~可愛い~孫よ!」 と答えると、
       「うん、ほんとに可愛いね!」 と誉めてくれました。
      また、付いて行きそうな勢いのター君だったので、「一緒に教室までいっちゃおうかぁ!」
      と 何気なく口にしたら、「おいでよ!」 「おもしれ~、来てよ!」 「私達の教室は4年2組
       だよ!」 なんて みんなが集まって来てくれちゃって、なんだか嬉 しくなっちゃいました。


   

その後は また あっちウロウロ、こっちウロウロ!
途中で地べたに座り込んで遊びだしたり、
少し休ませようと段になった辺りに座らせると、
すぐに土を見つけて手で掘ろうとし、爪の間まで真っ黒に …!
水飲み場で洗ってやると、今度は 冷たいお水で 水遊びを したがり、
お手々は冷え冷えのビショビショに …!
気をそらすため 上向き蛇口に口を近づけてやると チョロチョロなのに 溺れそうな様子。
だけど なぜかそれが気に入って 何度も抱っこさせられ やらされる破目になりました。

      ター君と付き合っている時は だいたい屈(かが)んだ状態になります。
      水飲み場ではさらに、その体制で抱っこすることになるので 腰が悲鳴を上げそうに
      なります。  そんな苦労も知らず 何度もせがむ ター君。
      古くなった携帯電池のように、体力は急激に低下!


 
  

自分も疲れたけれど、歩き回り続けたマー君が疲れただろうと思い、
校庭の隅に座って おやつタイム!

      スナック菓子とジュースで しばしの休憩!  しかし ホッと したのも束の間、
      お菓子を食べている途中で、わざと手に砂を付けてから食べるという なんとも
      不可解な行動をとるようになり …、 注意 しても止めず 拭いても拭いても繰り 
      返して、ウエットティッシュもティッシュも、全部無くなってしまいました。


   

授業が終わり、校庭が解放されたので中に入ると、
ター君は脇目も振らず まっすぐに 一番奥の 鉄棒へ …。

      先生立会いのもと、逆上がりの練習を している子や自由に遊んでいる子達に交じって、
      ター君もぶら下がってみました。  ここでも周りの子達が 「可愛い!」 と寄って来てくれ、
      ふたりが抱っこしてくれました。
      昇り棒の辺りでは 一輪車の練習を している子達のオジャマ虫にもなっていました。


  
  

ずいぶん時間が経ったので 戻って体育館の近くで遊んでると、
下校途中の子達も声をかけてくれました。

      3年生だという女の子が話 しかけて来て、いろいろお話を していたら 先月男の子が
      生まれ、弟がふたりになったこと。  すぐ下の弟が今度 入学することなどを教えてくれ
      ました。  「うちでも この子のお兄ちゃんがこの学校に入るのよ。 同じクラスになる
      かもしれないわね! もし一緒になったらよろしくね。」 と言ったら、「なんて名前?」
      と聞いて来て、けっきょく フルネームを教え合いました。  今の子はしっかりしてます。


やっとお話が終わり お母さん方が出て来ましたが、
今度は学用品や体操着を買うため並ばなければならず、順番待ち!

      番号札の順ということで 学用品の受け取りは後方になってしまいましたが、せっかく
      二人いるので ママは体操着のほうに並んで先に購入し、時間短縮に成功!


この日、ママは新しいママ友と出会ったようでした。
また、帰りがけには 今の幼稚園で一緒のお母さんにも遭遇!
しかもこの方、お家がすぐ近くみたいなんです。
今までは顔見知り程度で あまりお話はしていなかったようですが、
あちらも心細かったようなので お互いに心強いママ友になることと思われます。


                私のほうは この日は いつものお店に行く日。
                新横浜まで同行し、マー君を迎えに行かなければならないママとター君を
                見送ってから向かったら、途中 人身事故の影響で電車が止まっていて、
                けっきょく 無駄に大周りしなければならなくなってしまって、
                到着した時には疲れ切って、しばらく歌う気力も出ませんでした。
                そして、夕方の校庭が寒かったため、私は風邪をひいてしまいました。
                ター君は大丈夫だったのに、やっぱり 体力ないわね~!




一日大変な日とはなりましたが、ター君が泣くことは一度もなかったので助かりました。
また、子ども達が 人懐こく話 しかけてくれたことも助けになりました。


みなさん、新学期から マー君を よろしくお願いしま~す!
ター君のことも また 可愛がってね~!


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

小学校に行くと思い出がよみがえる … ということで
2005(平成17)年10月 5日発売、
                    千昌夫 さん の  『若き日の歌』
(作詞 = いではく さん/作曲 = 遠藤 実 さん)

  「夕映えの校庭で 汗にまみれて 帰る途中の喫茶店
                   はやりの歌聴き 熱く語った 友たちに 会いたいな」
「今もときどきは ギターとり出して歌うよ 古いレコードだけに 残っている歌を」
  「思い出がつまってる あの日の歌を 孫に聞かせて伝えたい」

   自分が通っていた小学校の校庭なんて 今じゃ行く機会がないけれど、
     違う学校でも こうして校庭に立つと懐かしさがよみがえります。
     小学校、中学校 … 同級生、同窓生たちは みんなどう しているのかな。
                                  (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

岩手県陸前高田市出身の 千さん。
1965(S.40)年、高校2年の春休みに上京 し、作曲家 遠藤実先生の門をたたき、
粘り勝ちで門下生となって修行開始。
同年 9月、ミノルフォンレコード発足と同時に 男性歌手第一号として、
御三家に追いつけ追い越せと 青春歌謡 『君が好き』 でデビュー。
翌年に発売した 3枚目のシングルのB面 『星影のワルツ』 が 有線放送で広まり、
ミリオンセラーとなって、1968(S.43)年 NHK紅白歌合戦 に初出場。
その後もヒットは続き、1979(S.54) 年、2年前に発売 した 「北国の春」 が大ヒット。
再びミリオンセラーを記録 して 第21回日本レコード大賞でロングセラー賞を受賞。
この曲は 同度オリコン年間シングルチャート5位の超ロングヒットとなりました。
また、この曲を歌唱する際のスタイル (よれよれのレインコート、古びた中折れ帽、
丸縁の眼鏡、長靴、手ぬぐい、くたびれたトランク)
が奇抜で印象的だったことも
功を奏 したのではないかと思われますが、あれは千さんのアイデアだったそうです。
その後もヒットは続き、音楽プロデューサーとしての活動などもされていたそうですが、
不動産業に専念するため、1986(S.61) 年から 歌手としてのお仕事は休業。
同年まで連続14回出場してきた NHK紅白歌合戦も ここで途切れ、
1989((H. 1) 年に 『北国の春』 で出場した後は 間が空いていました。
その後 バブル崩壊と共に経営破綻。
1991(H. 3) 年 「おやじ先生」 をリリースして 歌手活動を再開。
2011(H.23) 年には 『北国の春』 で 22年ぶりに 紅白にも復活。
なお、同年3月11日に起きた東日本大震災に対 し、ジャッキー・チェンが
発起人となった香港でのチャリティーイベントに参加されています。
モノマネタレントのコロッケさんと異色のジョイントコンサートを開いたり、
自らの作曲でデュエット曲を発売 したり、新人発掘に力を入れたり、
八代亜紀さんを筆頭に、様々な歌手とのジョイントコンサートを開催するなど
現在も意欲的に活動されておられるようです。

この曲は 千さんの53枚目のシングル。
デビュー30周年記念 して発表されました。
同年、「 NHKユアソング 」 の 10 ・11月の歌となりました。
       ※ ラジオ第1放送で 2008(H.20)年4月から2013(H.25)年3月21日まで放送されて
         いた『歌の散歩道』。 その中で、放送開始80周年を期に、かつて国民に愛され
         た<ラジオ歌謡>の伝統を引き継ぎながら 新しい歌を全国に届ける というコンセ
         プトで作られたコーナーだったようです。



人は それぞれに いろいろな人生を背負って生きています。
マー君もター君も これから、 良い人生を …!


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ロック、不妊手術を受ける  ― FACE UP ―

2014-02-01 | ロック・ユキ丸・チャチャ丸 話


    
私、女の子っぽくなったかしら?

前回、生後半年ほどで急にお色気(?)を身に付けちゃって
かなり驚かされた という ロックお嬢のお話を書きましたが、   (詳細は こちら で ご覧ください。)
その後も1~2ヶ月に一度 2~3日の周期で そんなことが起きていて、
触ってほしくてベッタリ くっ付き、しつこく擦り付き、ニャーニャーと鳴き回り、
  〔 年に1~2度 じゃないの!? 〕 との疑問が湧いていました。
半年に一度で2~3日のことなら まだ我慢もできるでしょうが、
鳴き声は かなりうるさく、お尻を持ち上げて 触るよう強要 してくるのは困りもの。
その上 こういったことは 本人のストレスにもなるらしいので
8ヶ月経ったことと、春になる前に と考えて 不妊手術をすることにしました。

         できるだけ自然体で と思う気持ちはあるけれど、自宅で飼うことを決めた
         時点で 自由を奪う 監禁 的行為 を しているようなものです。
           〔 ちょっと可哀想! 〕 とは思うけれど、病気や事故の心配を考えると、
           〔 しかたないよね! 〕 と目を瞑る!  それに、 興味はあり よく眺めては
         いるものの 無理にでも脱走してやろうというような 彼女からの強い意志は
         感 じられず、自分なりの室内生活を過ごしているようではあります。
         ただ、この発情期の行動だけは 彼女自身にも どうにもならないようで、
         見ていて可哀想になります。  去勢をすると 性格も穏やかになって 丈夫で
         長生きする というのは ラビやマーブルで実証済み。  太りやすくなるという
         欠点は気をつけていくことにして、私にもどう してやることも出来ない辛さを
         軽減するため、今回も手術をすることにしました。


予約は2日前にとりました。
当日は 食事も水も NG とのことなので、前日は気にして好きな物を与えました。
当日は 娘の彼氏(UG君)に車で送ってもらい、
車中 ロックは抱っこしていて 到着時に 段ボールに入れました。
手続きを済ませ、最短で迎えに来られる時間を聞いて出てきましたが、
ひとり残された彼女が持ち手の穴から出ようと もがいている姿に 心が痛くなりました。

         動物病院の臭いは独特で、どうも好きにはなれません。
         預けられている猫ちゃんやワンちゃんの悲 しげな鳴き声も 耳に痛い!
         そんな中に ひとり置いてくるのは 後ろ髪をひかれる思いです。
         病院にいる時間は極力短く!   ロックには 「ごめんね。すぐに迎えに
         来るから頑張ってね!」 と言って 振り返らずに外に出ました。


病院に入ったのは 12時、 お迎えは 18時。
どこかでお昼を食べ、私は一度 家に帰ろうと思っていたんですが、
せっかく車があるので 重い<猫餌>と<猫砂>を買うのに付き合ってもらおうと思ったら
安いお店を探 してくれることになって あっちに行ったりこっちに行ったり …!
その上 行きたいと思っていた 食料品の問屋さんにまで寄ってくれ、
荷物が いっぱいになって 一旦 荷物を置きに戻ることになりました。
食事に向かったのは けっきょく4時過ぎ!
駐車場に入るのに時間がかかったりしていたら
あっという間にお迎えの時間になってしまいました。
約束の時間ピッタリに到着すると、       
今回はすぐに引き渡してくれました。
麻酔でモウロウとしているかと思いきや、
見る限りでは意識ははっきりしている様子。
可哀想なので段ボールから出して抱っこしていたら
降りる際 お漏らしをしているのに気付き、びっくりしてしまいました。

         緊張から解放されたからなのか 怖かったのか!?
         段ボールの中のシートには もうすでに した後があったのに、漏らしてしまう
         というのは相当なこと!  私のコートとバックはビチャビチャになってしまい
         ましたが、彼女の精神状態を思えば 愛おしいくらい!
         しっかり抱きしめながら家に連れて帰りました。

帰宅後も、当日は食事や水を与えないよう云われました。    
  〔 さすがにそれは可哀想でしょう! 〕 と思っていたのだけれど、     力なく ベッタリの ロック!
ロックは オドオドしていて元気がなく、気分も悪そうで 食事どころではない様子!
けっきょく この日どころか次の日も、まったく食事はとらずに、何度も吐いて心配しました。
剥がれて血が滲んでいるのが見える お腹の絆創膏も痛々しい!

         当日、どうしても欲しがったら 舐める程度のお水なら与えてもかまわないと
         云われていました。  食事は欲 しがらないロックでしたが、吐くから喉も乾く
         らしく、お水は何度も欲しがるので、少しずつ与えました。
         気分が悪くて心細いからか ずっとくっついているのが 愛おしく思えるロック
         でしたが、麻酔の後遺症は思った以上に長く続き、完全に抜けるまでには
         かなりの時間を有するのだということを 今回 初めて知った気がしました。


   
まだ細い針金のような糸が付いていて、血が滲んでいるのも 痛々しい!

その翌日(手術から2日後)、やっと元気を取り戻したロック。
吐くのも治まり、食事もとれるようになりました。
ただ、抱っこしようと上向きにしたり、体が伸びると鳴く!
傷口付近に触れるのも嫌がるので、まだ傷むのだろうと推測されました。
さらに翌日、傷口にそっと触れてみたら       
硬くてかなり盛り上がっていたので びっくり!              血の付いた シワクチャな絆創膏

         今まで何匹も手術 してきましたが、ラビやマーブルは男の子だから お腹を
         切ってはいなかったし、他の女の子たちは みんな ノラちゃんだったから、
         触ってみる機会はありませんでした。 そういえば、あの時も大変だったわね~!
                     (詳細は こちら 、 楽だった2回目は こちら で ご覧ください。)
         見た目では小さな穴が開いている程度にしか見えない傷口だけれど、触ると
         縦4センチ、高さ1センチほどに盛り上がっていて、〔 これって大丈夫なの!?
         普通のことなの!? 〕 と心配 になってきてしまいました。
         手術直後なのだから 腫れていても当然ではあるのだけれど、身内のこととなると
           〔 もし先生が下手な人だったら …!? (ごめんなさい!) 〕、 〔 もし急変
         したら …!? 〕   気になることが次々湧いて来て、元気を取り戻すまでは
         目が離せませんでした。

                                         舐めてきれいにはなっているけど、
                                  
                                         傷口が盛り上がっていて痛々しい!

時間はかかっても 傷口の盛り上がりが普通に戻るのか!?
心配はまだ完全に消えたわけではありませんが、
とりあえず ロックの状態は だいぶ 普通に戻ってきているようなので
やっと 〔 大丈夫みたいだな! 〕 と思えるようになりました。

お腹は まだちょっと痛そうだけど …
                    
               だいぶ元気になりました。            食欲も出てきて、勝手に封を開け

   
                                             食べようとするほどに 復活!


こんなことがあると、 〔 やんちゃ娘 でも いいや! 〕 と思えます。
年を重ねる毎に ますます <女> に磨きをかけながら、
太り過ぎず、元気で長生き してね。


これからは 私と どっちが長生きするかの比べっこになるのかな!?

お互いを高め合いながら長生き出来たらいいわよね~!


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

これからは心をリフレッシュさせて … ということで
1998(平成10)年 8月21日発売、
                    谷村有美 さん の  『FACE UP』                  
(作詞/作曲 = 谷村有美 さん)

「髪を切ってエステに行って 1、2、3で笑顔になって さぁ自分に帰ろう」
   「失ったものを数えていても きっと何にも始まらない」
  「自信を持って優 しくなって 心のコリをリフレッシュ して
                         素敵なあしたに Face up 歩いていこう」

   病院へ行って お腹を切って …
     ロックは しばらく痛かったんだろうと思うけど、
     失くしたものより 先のことを考えれば、
     ストレスも軽減されて 笑顔も増えるんじゃないかな!?
     そう信じて Face up!  これからは顔を上げて、一緒に歩いて行こうね!
                                  (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

谷村有美さんは、
その歌声を 「クリスタルボイス」 と形容されている シンガーソングライターです。
最近の新曲はベストアルバムへ収録される形でのリリースとなっているようですが、
この 『FACE UP』 は Sony Recordsに所属していた時のシングル曲。
彼女自身が発売 したシングルとしては 24枚目となり、
TBS系 『噂の!東京マガジン』 で 8代目エンディングテーマとしても使われていたそうです。

2歳でピアノに触れ、音楽教育を受け初め、3歳からはクラシックバレエを習い、
小学校の頃からはバンドに参加するなどし、
慶応義塾大学在学中の1986(S.61)年、
CBSソニー主催のオーディション 「ティーンズ・ポップ・コンテスト」 で優勝。
翌年、シングル 『Not For Sale』 と アルバム 『Believe In』 の 同時リリースでデビュー。
1998(H.10)年末、「走り続けて疲れが溜まり、音楽を楽しめなくなってしまった などの影響で
曲が書けなくなった」 と 約2年間歌手活動を休業。
しかしこの間、臍帯血バンク支援のチャリティーや 阪神・淡路大震災で倒壊した
神戸国際会館の復興祝賀コンサートには参加。
また、ボイストレーニングのため渡米したり、運転免許取得合宿に参加 したり、
海外旅行に行くなど、かなり活発に動き回っていたようで、
暇つぶしで入ったカラオケボックスで 自らにとっての歌の存在価値を再確認 し、
歌手活動を再開。  現在も楽しみながら音楽に取り組んでいるそうです。

なお、彼女のご主人は、日本マクドナルドホールディングスと日本マクドナルドの
代表取締役会長 兼 社長 兼 最高経営責任者である 原田泳幸氏。

   昨年8月、日本マクドナルドのほうの 社長 兼 最高経営責任者を
   サラ・カサノバ氏に譲り、会長職だけになられたそうです。
   結婚当初の2002(H.14)年には アップルコンピュータ 代表取締役社長 兼
   米国アップルコンピュータ社副社長をされていましたが
   2004(H.16)年に ヘッドハンティングされ、
   「マック (Macintoshの略称・愛称) から マック (マクドナルドの略称・愛称) へ転身」
   と話題になりました。
   結婚は 彼女が36歳の時だったようですが、現在 48歳と65歳。
   今では気にならなくなっている 歳の差婚ですが、当時は大変だったのでしょうか!?


難病と闘う子どもたちとその家族を支援するドナルドハウスチャリティーズ財団の支援活動や、
動物との触れ合いで人間本来の治癒力を高めるヒューマンアニマルボンド、
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の啓蒙と撲滅を掲げるアクト・アゲインスト・エイズ(AAA)や、
臍帯血バンク支援 など、多々の社会貢献に務めておられるのが素晴らしい!


顔を上げて、

大好きな音楽に携わりながら 社会に貢献できたら素敵よね!


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   「イラスト工房」 「百花繚乱」 「緑の散歩道 千匹猫イラスト」

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