― 歌・種・記・文 ― (うたたね きぶん)

日々の中で感じたことを書き留めた自分のための雑記帳。
記憶を鮮明にさせてくれる画像や思いが大事な宝物になっています。

男の子って こんななのかな?  ― 素敵なラブリーボーイ ―

2012-02-26 | 孫・家族 に関するお話
 
やっと、<ちょこっと話> が書けました。





これは マー君と一緒に お買い物に行った時のお話です。

少 しだけ遠出 して いつもとは違う市街地に行き、ママと二人で マー君の服を物色中、
彼は商店街の通りでずっと ウルトラマン(?)の決めポーズ を 繰り返 していました。
人が横を通っても まったく関係なく、
すっかり自分の世界に入り込んでいる様子で いつまでも …

      
(写真は当日のものではありません。   右は カメハメハ?)

こういう動きの時の キレの良さには 毎回 驚かされます。
(かつての<熱中話> の詳細については こちら (中頃記載) で ご覧ください。)




お買い物が終わって帰る時、         (ハンコック)
美味 しいパン屋さんに寄って                   アニメ 「ワンピース」 に出てくる 巨乳の女海賊
マー君の大好きな 甘食パン 2個 も 買いました。
電車に乗って座ると、もう食べたくて しかたがない。
小さめのパンでしたが、
 「それ、ハンコック みたいだね!」 というと
キラッと輝やく大きな目になって、
 「ハンコック だって~!」 と ママに向かって とても嬉 しそうに言う マー君。
 「どこから食べるのかな~?」 と聞くと
ちょっと恥ずかしそうに、そして嬉 しそうに、
            お山のテッペンから ガブリ!
     同 じようにして あっという間に もうひとつも食べてしまいました。

<ハンコック> の話をすると はにかみながらも ニヤニヤする、その反応も 変わらず 面白い!

オッパイ大好きマー君 ら し~い!
(かつての<オッパイ星人話> の詳細については こちら (中頃記載) で ご覧ください。)

   男の子って みんな、 こんななのかしらね~!?

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

マー君は まだまだ可愛らしい男の子 … ということで
1975(昭和50)年 9月10日発売、
        林 寛子 さん の 『素敵なラブリーボーイ』
               (作詞 = 千家和也 さん/作曲 = 穂口雄右 さん)

「あなたは特別な男の子  わたしを自由にできる」
   「ミスター・スウィート・ラブリーボーイ  ヘイヘイ キス キス・ミー  女の子は感 じやすいの」
  「この胸も この指も あなたにならまかせられる」

   ずっと女系家族で来た私としては、久々の男の血縁者 という感 じで、まさに 特別な男の子。
     途惑うことも多いけれど、基本、孫は可愛い から メロメロになりやすい!
     それでも 駄目なことは駄目、良いことは良い と きちんと学んで、
     道徳心を身につけた大人になってほしいと思っているの。
     傷つきやすくて感 じやすい 女心がわかる 優 しい子になれたらいいわね~!
     出 しゃばらず、自分中心にならず、統率力もあり、明るくて楽 しい子で … って、
     理想を言ったら キリがない!    
                                   (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

林寛子さんは
1967(S.42)年、NHKの朝の連続テレビ小説 「旅路」 で 子役デビュー(7歳)。
   ちなみに、この作品は 「おはなはん」 の翌年のもので、朝ドラ最後の白黒放送だったのだ
   そうですが、平均視聴率は 「おはなはん」 と同 じ 45.8% で 歴代 6位。
   かなりの人気番組だったんですね。


歌のほうでは
1973(S.48)年、フジテレビの 「君こそスターだ!」 で 第1回グランドチャンピオンとなり、
翌年 『ほほえみ』 で アイドル歌手デビュー。
『素敵なラブリーボーイ』 は 6枚目のシングル曲となります。
この曲、ずいぶん聞いた覚えがあるので かなり売れたのかと思いましたが、
寛子さんの最大のヒット曲ながら
オリコンでは 31位が最高、セールスも10万枚には届かなかったそうですから意外な気も します。
1982(S.57) 年に 小泉今日子さんが2枚目のシングルでカバー し、
こちらは オリコンで BEST20、セールスも10万枚を超えたということのようですから、
寛子さんには ちょっと残念な結果でしょう。

黒澤久雄さんとの結婚と離婚。
埼玉選挙区から参議院議員選挙に出馬 して落選 など、
人生を いろいろ経験なさって
現在は 東京で カラオケサロンを経営なさっておられるようです。

              お願いすれば歌ってくださるなら、 本人歌唱のこの歌を聞いてみた い気が します。


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あれっ? この痒さは …!?  ― さよならさざんか ―  

2012-02-19 | 植物 に関するお話
 
今度こそ 楽 しい内容を …
そう思っていたのに、
またしても こんなお話に …!


前回の続きのようになってしまいますが、
   <フーちゃん塚> を作った日の夜か 次の日あたり、
なんだか痒くて 頬から首にかけてを ポリポリ していることに気づきました。
気にして触ってみると、小さなポチポチがいくつか手に触れ、
ざらついて デコボコ しているところもありました。
  〔 珍 しく にきび? 〕
  〔  …な訳がないから 吹出物? 〕
  〔 最近 あまり体調が良くないからかしら!? 〕
そんな程度に考えていたところ、
あごの下あたりの小さかったポチポチが だんだん大きくなってきて、
さらに増えてきたように感 じ始めました。

  〔 あれっ! これって なんだか あの時 に似ているような気が しない!? 〕
  
あの時 とは、
思い出 したくもない 昨年の9月、 <肌まで紅葉 しちゃった> というお話で書いた時のこと!
(詳細記事は こちら で ご覧ください。)

時期が冬だから まったく気にも していませんでしたが、
<フーちゃん塚> を作った辺りは 確かに あの 迷惑大事件 が起こったすぐ側。
しかも 地中から何本も生えてきていた枝葉を切ったり、その葉を捨てたり、
地面に積もった枯葉を片付けたり と その辺りで しっかり作業を していたんです。
    〔 フーちゃんが安らかに眠るためには 周りをきれいにしてあげないと … 〕   
   そんな思いがありました。
   初めは 落ち葉の片付けくらい と考えていたんですが
   よく見ると 枝葉がたくさん生えてきていて、その葉の多くが 早 虫食い状態!
     〔 これじゃ~ フーちゃんも オチオ チ休んでいられないわよね! 〕
     〔 それなら この際だから 全部切って 平らに しちゃおうかしらね! 〕
   そう思って 地面スレスレで すべて刈って しまいました。
   その時に、ほかの事に気が回ればよかったのかも しれませんが …
   春になるまでは 毒蛾 の 幼虫も成虫も いないものと思っていましたから
   その枝葉たちが 山茶花 であったのか なんてことにも 頓着なく、
   装備 などというものに気を配ることもなく、
   軍手くらいで 普通の枝のように触れていました。

たぶん 葉に付いていたか 落ち葉に紛れていたか だったので しょうね~!
<茶毒蛾>自体を見ることはありませんでしたが、
毒針毛 (どくしんもう)恐怖 再び  といったところです。
毒針毛って、 そんなにも恐ろしいもの だったの!

            9月に 大々的な庭掃除 を した際、
            身の危険を感 じた茶毒蛾毒針毛 を 飛ばした。
            その時 何も知らなかった私に その毛がたくさん刺さって 大被害を被った。
            でもそれ意外は 風と共に飛び去った … と、勝手に思い込んでいた。
            ところが、実際は違っていた。


   二次的災害を受けた今になって よくよく考えてみれば、
   確かに そういうことは 想定内 のことだったのかも しれません。
   だけど、
   毛は 解けるということはないので しょうか!?
   この時期までに どれだけの雨が降ったのでしょう!
   どれだけの風が吹いたのでしょう!
   雪も降りました。
   それなのに、まだ頑張って くっ付いていた毛があったなんて、驚異的な しつこさです!

     
山茶花は シーズンを迎え、きれいなピンク色の花を咲かせていました。
だけど 葉っぱたちは ボロボロ!
恐ろしい茶毒蛾が大量発生 していたことが窺えます。
本当は 咲き終わってからにしてやりたいと思っていたんですが、
  〔 一度全滅させないと 毎年こんな被害が起きるかも しれないのよね! 〕
そう思ったら、
  〔 冬のこの時期に やるしかないのかも しれない! 〕 という結論に達 しました。

そして今回は 人には見せられないほどの重装備を した上で挑み、
すべての葉を落とし、周辺の落ち葉類も 出来る限り処理 しました。

    

   袋詰めにする際には 枝葉が揺れるのが怖くて ついつい慎重になりますが
   その辺りに あまり長時間いたくないという気持ちもあって 気が急きます。
   ギュウ詰めのゴミ袋は けっきょく 3つにもなりました。

終了後は 玄関先で 軍手、マスク、服の上から被っていたゴミ袋などをまとめて袋詰めにし、
玄関から中に入ったあたりで 外気に触れていた服を脱ぎ、
念のため すべての服を洗濯機に放り込んで、         
シャワーの水量を上げ、特に <首> と名が付く辺りには気を配りながら、
保護のために掛けていためがねも一緒に 念入りに洗い流 しました。

あれだけ重装備を したんだから 今回は大丈夫なんじゃないかしら!?
そう思いながらも 何となく心配。
痒みがまだ残っている部分に薬をつけ、様子をみていると
やっぱり!
腕が痒くなってきました。
昨年の時のような酷さではないけれど、
両手の 前腕部分(手に近いほう)に ポチポチと 赤い発疹が 7、8個。
そしてやっぱり その周辺は 鳥肌が立ったような皮膚感になってきて、
時間が経つと もう少し増え、赤みが強く大きくもなって 痛痒さも増 してきました。

   動いた際に出来た ほんのちょっとした隙間から 毒針毛 が 入ったというので しょうか!?
   そんな恐ろしいものが潜んでいる庭だというのに、
   この辺りを飛び回っている子猫たちに 被害はないので しょうか!?
      見た限りでは 何の変化もないようですが、ちょっと心配!

私のほうは また当分続く痒みに 閉口 しそうですが、
葉っぱがなければ 茶毒蛾は育たないと思うので
これで最後! … ?
全滅 してくれることを祈りたいと思います。
   私の場合は たぶん大丈夫だったのだと思いますが、一度被害にあった人は それが抗原と
   なって 2回目以降 アレルギー反応を起こすことがあるそうですから、ホントに気をつけないと
   いけないようです。


   今年は もう これ以上の被害は起きないでほしい。
   それでも 念には念を入れて、子猫たちの様子共々 注意 して見守っていきたいと思います。

だけど、
『たきび』 という童謡にあるように
昔は 垣根に多く使われていた 山茶花。
その頃は 茶毒蛾 というものはいなかったのでしょうか!?
そんなに恐ろしいものがいる木を 垣根になんか使わないでしょうから、
最近の話なのでしょうか!?

我が家だって 家の反対側にある椿の木には 1匹もいないから、
どこかから移って来て 住み着いて増えたということなのでしょうね。
ゴキブリさんじゃないけれど、1匹見たら たくさんいると思って 気をつけないとね~!
   ゴキブリよりさらに質が悪いのは、幼虫の生死に関わらず発症するということでしょう。
   つまりは 脱皮殻や死骸にも、そして 一年中 注意が必要だということになります。


                 これで 最後に した いけど、 本当に大丈夫なのかしら!?
                                      ちょっと不安!


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

山茶花さんにはごめんなさい … ということで
1984(昭和59)年 7月21日発売、
     藤田絵美子 さん の  『さよならさざんか』
            (作詞 = 宇山清太郎 さん/作曲 = 平尾昌晃 さん)

   「さよなら さざんか 坂の町  小雪のように はなびらが こぼれて散って 泣けました」
「忘れなよ 忘れなよと 言う人の  かなしい心は 忘れない」
「もう泣くな もう泣くなと 言う人の  夕陽に泣いてる 影法師」

   誰かに何かを言う時、自分に言い聞かせる意味で言うことがあります。
     表面的にはきついことでも その奥には優 しさが秘められていることもあります。
     あえて何も言わずに見守る、または触れないという優 しさもあります。
     そういったことが感 じられるか、受け止められるか!?
     お付き合いは難 しいと思うこともあります。
     山茶花さんには悪いことを しちゃったけれど、これからは負担なくいられるよう
     今年はちょっと頑張ってもらって、私も地道に 良い環境作りを していくことで、
     来年はまた きれいなお花を咲かせてもらいたいと思っています。
                                   (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

絵美子さんは 2010年2月に亡くなられた 藤田まことさんのお嬢さん(次女)です。

小さい頃から 都はるみさん、石川さゆりさん、八代亜紀さんなどの演歌が好きだったらしく、
中学1年の時(1984(S59)年)出場 した フジテレビの 「オールスター家族対抗歌合戦」 で
審査員を驚かせたことが きっかけとなって 同年10月にデビュー。
デビュー曲は 『なごり雨』で キャッチフレーズは <浪花の天才少女・演歌を唄う> だったそうです。

この 『さよならさざんか』 は 2枚目のシングルで、
テレビ朝日系列で放映された必殺シリーズ 「必殺仕事人 V (ファイブ)」(1985.01.11~07.26)(第23弾)、
「必殺橋掛人」(1985.08.02日~11.08)(第24弾) の主題歌 となっていますが、
そのために作られた曲 というわけではなかったので、
レコードジャケットは途中から <必殺> 仕様に変わったようでした。
  

当時、とても中学生とは思えないような歌いかたに 誰もが驚いたことと思いますが、
その後の彼女は、ニューヨークで本格的にゴスペルを習われ、
現在は EMIKO という名で ゴスペルシンガーとして活躍されているようです。

            あの歌声からは想像がつきません。 今の歌声も聞いてみた い気が します。


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フーちゃんが …  ― 風といっしょに ―

2012-02-12 | 動物・生き物 に関するお話
 
忙 しかったり、ちょっと大変だったりすることもあって、
今年から <ちょこっと話> を織り交ぜることに しました。

こんな出だしで、短くて楽 しい事柄を書こうとしていた時、
思いがけない出来事が起きてしまいました。


最近、また フーちゃん が来るようになっていました。             
ほんの一時期 ヒーちゃんも来ていましたが 今はまた見かけなくなりました。  (ヒーちゃん と フーちゃん)

我が家の 猫の待ち合い所 には
ミーちゃんと 妹たち(チーちゃん、シーちゃん、クーちゃん)という
女の子ばかり4匹が 毎日 何度となくやって来ていて
特に、チーちゃんとクーちゃんは 今は早めの時間から待機 しているようになっています。
そんな中、このところまた 日に1~2度 顔を見せるようになっていた フーちゃん。
8日の日も 4匹に紛れて いつの間にか来ていたので ひと握り分ずつの朝食を振舞いました。
どこかのお家で首輪を付けてもらった フーちゃん。
きっと可愛がって下さっている方がいるんだな~と嬉 しかったんですが …

8日の朝、みんなで朝食を食べていました。  家に入って来て 黙って待っている時、目が合っていました。
  
                     (一番奥が 一緒に生まれた ミーちゃん。)  フーちゃんは美男子です。
                (左から妹の クーちゃん、チーちゃん、手前が シーちゃん。)

この日、何気なく撮った写真 で した。

その日の夜、10時半。
外出中の私に 娘から
 「フーちゃんが …、 フーちゃんが 死んじゃってるよ!」 という電話が入りました。
聞きたくないことは耳が受け付けないのか、
唐突すぎて理解が出来ないのか、
初めは 何を言っているのかわからなかったんですが、
娘が帰って来た時に 家の近くで見つけ、
暗いので遠目には 休んでいるか うなだれているように見えたので そっと近づいたら
動かず …、 もう冷たくなっていたそうでした。
話を理解 した途端、体から血の気が引いてゆくのを感 じました。
  〔 今朝会ったばかりなのに、信じられない! 〕
この日、私が出かけたのが 夜の7時半頃。
その時には もちろん見かけませんでした。
フーちゃんは もう冷たくなっていたというのですから
それから たった2時間ほどの間!?
娘が帰って来る 1時間ほど前に何かがあった ということになるので しょうか!?
  すぐに気づいてやれていたなら 助かったかも しれないのに …!
  誰にも見取られずに逝かせて しまうなんて …!

娘が 「どうしよう!」 というので
家に運んで 庭に埋めてあげてくれるよう頼みました。
   厄介なものとしてゴミのように扱わることには絶えられない。
   赤ちゃんの時からの付き合いだもの、 そのまま知らぬ振りで放置することなんて出来や しません。


外傷はないとのことなので 死因は不明。
車に撥ねられてしまったのか、毒の物でも食べてしまったのか …!!!

気が重いまま家に帰ると、
庭に 十字架のようになった木の枝を立てた小山 が出来ていました。

 「魂が迷うから <可哀相> と言う言葉を使っちゃ いけないよ!」
昔、ご近所のおばちゃんから言われた言葉ですが、
フーちゃんが生まれたのは 一昨年の たぶん9月末頃。
1年4ヶ月ほどの あまりにも短い、 短すぎる命です。
そう思った途端、鼻の奥がジ~ンと痛くなって 我慢 していた涙がボロボロ!
つい そんな言葉が出そうになるのを 喉の痛さが抑えているようでした。
ルビ(フーちゃんのお母さん)が突如消えたのが 昨年の5月末頃。
悪いことは考えたくありませんが、
彼女も もしかしたら 星になってしまったのかも しれません。
もしそうだったとしたならば、
1年2ヶ月ほどの さらに短い命だったということになって しまうのでしょう。
            (フーちゃんを含む ルビちゃん一家についての詳細記事は 古い順に、
                                こちらこちらこちらこちらこちら で ご覧ください。)


野良ちゃんの人生は 過酷なものです。
平均 5年ほど しか生きられないというお話を聞いたことがありますが、
それなら その目一杯を生きさせてやりたかった と思うと、残念でなりません。

  あの時、もっと餌をやっていれば 探 しに行かなくてすんだのかな とか
  もっとたくさん声をかけてやっていればよかったのかな とか
運命と云えはそれまでですが、
何か1分、1秒違えていたら、
何ごともなかったように、
今日も元気で姿を見せてくれていたのかも しれないと思うと
悔やまれてなりません。
   今さら言っても 遅すぎますが …!

その夜は、
ラビに、 「仲良く してやってね!」 とお願い して お香を焚きました。
   親分気質のラビだから、きっと 「任せとけ!」 って言ってくれていることと思います。

次の日は、
もう少 し盛り土を して 買って来たフーちゃん色のお花を植えてやりました。

         淋 しくないよう、             付き添いに 猫ちゃんの飾りも置いてやりました。
フーちゃん色の黄色いパンジーを植えました。


男の子なのに
女の子みたいに おとなしくて 優 しい子だった フーちゃん。
                        フーちゃんの右前足の親指は 
どこかにぶつけて折れ曲がってしまったのか、ミトンの手袋みたいになっていたわね~!
もう スリスリも してもらえないのかと思うと とっても寂 しいけれど、
安らかに 休んでね。
そして 落ち着いたら 風さんと一緒に大空を自由に飛び回ってね。
それから、
もし ルビに会ったら …、 いっぱい甘えちゃいなさいね。

                        フーちゃん 安らかに …!

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

フーちゃんを思ったら … ということで
1998(平成10)年 9月 3日発売、
     小林幸子 さん の  『風といっしょに』
            (作詞 = 戸田昭吾 さん/作曲 = たなかひろかず さん)

  「誕生日祝う ローソクふえたけど  たったひとつの ふるさと 旅立った」
    「いくつものであい  いくつものわかれ  まぼろしのような 思い出も すこし」
「歩きつづけて どこまでゆこうか  風といっしょに また歩きだそう
                    大地ふみしめ どこまでも ゆこう めざした あの夢 つかむまで」

   ルビの初産で この世に誕生 した 小さな命。
     あんなにちっちゃかったのに あっという間に大きくなって、
     そして、まるで幻だったかのように 一瞬で消えてしまいました。
     お誕生日が 1回 しか迎えられなかったなんて … 悲 しいね。
     歳を重ねて 忘れてしまうことが多くなっても、フーちゃんやルビのことは 忘れないよ。
     これからは怖い思いをすることもなく 自由に、風と一緒に 遠くまでも 遊びに行けるね。
                                   (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

幸子さんが芸能生活35周年を迎えられた 1998(H.10)年、
同年公開映画 「劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲」 のエンディング曲として
発売された72枚目のシングル曲です。 (当時小学生だったポケモンキッズの井端珠里さんの歌い出 し、
                             終盤はポケモンキッズと音羽ゆりかご会による合唱入り。)
                     <ポケスタバッチ>のおまけ付きだったとか。
そしてこの年、第49回 NHK紅白歌合戦でも この曲を熱唱。
その際の出演時間帯は 子供達に配慮 して いつも(22時台)より早かったようでした。

意外な気もするようですが、幸子さんは前年にも ポケモンの曲を歌われているんですね。
   第38話 ~ 第52話(1998年4月16日 ~ 同年 7月9日)
     『ポケットにファンタジー』(さち&じゅり) 3代目エンディングテーマ曲。
   第53話 - 第63話(1998年7月16日 ~ 同年 9月24日) & 第105話(1999年7月15日)
     『ポケモン音頭』(ガルーラ小林) 4代目エンディングテーマ曲。
そして もっと驚いたのは、『ポケットにファンタジー』 が初めてテレビで流された日に
あの <ポケモンショック> という問題が起きてしまっていたということでした。
   ※ ポケモンショックとは、1997年12月16日。ストロボやフラッシングなどの激しい光の点滅を
     断続的に見たことにより、放送直後 体調不良を訴え 病院に搬送された人が約750人にも
     及び、そのうち 135人が入院するという事態が起きてしまったという事件。
     症状は主に 発作、眼や視覚の異常、頭が重い または痛い、吐き気などの他、
     イライラする、疲労感が取れないなど、不快で何となく体調が悪い というものであったようです。
     そのため、ポケモン関連の放送は全面休止となり、その後 ファンの再開要望の多さと再発防止
     規定ガイドラインが定められたことにより、翌年4月16日 放送が再開され、エンディング曲も
     この時復活 したというもの。
     子供向けの番組の冒頭で 「テレビを見るときは部屋を明るくして離れて見てね」 などと
     流されるようになったのは この事件がきっかけだったようです。

彼女は他にも ポケモンカードゲームのCMソング
『とりかえっこプリーズ』 (ユニット名:スズキサン 1998年2月10日発売)も歌われています。

これらの歌は アニメ・映画・ドラマの主題歌集などにも収録されているようです。

『風といっしょに』 は、現在でもポケットモンスターシリーズでは挿入歌として、
特に涙を誘うような感動的なシーン (主にメインキャラクターとそのポケモンとの別れ等) では
頻繁に使われているそうです。

アニメ の中には お馬鹿っぽいものも多く存在 していますが、
昔、子供達を 「ドラえもん」 の映画に連れて行って とても感動 したことがあったように
ポケモンも、命の尊さ について考えさせられるところがあるようです。
映画のような大作 になると 特にそういった傾向が強くなるのでしょう。
そこに歌が加わると より深く心に入り込んでくることが多いもので、
この歌を聴いていても それが よくわかるような気が します。
前奏の雄大さ、可愛い子供(井端珠里ちゃん)の歌声から幸子さんへ、そして子供達との大合唱。
次女はこの作品を見たそうで、「泣けて泣けて ホントに大変だった!」 と言っていました。
映画館でなんて見て この歌を聞いたら、絶対泣くだろうという変な自信が 私にもあります。
こういう作品は、親子で一緒に見た後で 話 し合って 絆を深めると いいですね。

                             命の尊さ と 絆!
               フーちゃんは天国で ラビとも絆を深め、 ミーちゃんや 妹たちを見守ってやってね!



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家族旅行は大人数(二日目)  ― 陽はまた昇る ― 

2012-02-05 | 孫・家族 に関するお話
 
(注)データの関係で、今回は 二部構成 に なっていて、これは 後半 です。
                          (一日目については、こちら で ご覧ください。)


< 二日目 >

◆ 5時45分、ロビーで待ち合わせて 《 堂ヶ島天窓洞遊歩道 》 の 散策 へ …
   昨夜の話 し合いにより、 食後に行く予定を早め 起きられた人だけで 遊歩道の散策に出かけました。
   昨日一日具合が悪かった娘がいるため、マー君一家を誘うのはやめておきました。


    
遊覧船乗り場の近く。  <天窓洞> の 奥に見えた陸地(右の写真)側からの眺め になります。

    
遊歩道を上って行くと、 <天窓洞> の中から見上げた景色(右の写真)を 上から眺められます。

   
崖を降りて行くと さらに絶景が眺められますが、足場が悪いため 御老体二名は上から景色を堪能。

   
柵があるからいいけど、強風が吹くと けっこう怖い場所も …!

    ※ 後で知ったことですが …
      この日は 良いお天気で 風もそれほど吹いていないように思えたのに、遊覧船は欠航!
      昨日、ギリギリの時間ながら 当たり前のように乗ったことが 凄くラッキーに思えました。



◇ ホテルに戻り、そのまま 朝食の バイキング へ …
   早い時間だったので オープンと同時に入れ、眺めの良い席を確保することが出来ました。

  
暖かな色合いの室内と品揃えも豊富な美味しいお料理。 バイキングは 目が欲 しがって困っちゃいます。
気づけば 有り得ないような組み合わせになっていて 苦笑。  娘も回復 して ホッとしました。
驚いたのは 我が妹の 朝からガッツリの食べっぷり。 重ねたお皿の数に目が点。 元気なわけだわ!


◆ ホテルを出発 し、船着場近くの 《 らんの里 堂ヶ島 》 へ …      
   入り口からは想像も出来なかった 大型の植物園。   (入場料 : 大人 1,200円 小学生以下 無料)
   お花に囲まれて癒されただけでなく、ゆったりと散策 し、絶景も眺められて とても お得な気分。


   オーキッドゾーン (温室等施設総床面積 約 9,000m2
     大小5棟の温室の中に 常に約10万鉢のランが飾られているほか、保有400属 8500原種の
     中から、季節ごとに開花 した貴重な20~30種ほどを展示。 緑豊かな観葉植物も多く、所々に
     思考が凝らされている 休憩や撮影に適 した空間なども用意されていました。


 
エレベーターで3階に上がり、まずは説明を聞いた後 動く獅子舞い人形のお出迎えを受けました。
音も付いていたので マー君は凄く驚いたみたいだけど、すぐに チッチと動きを真似っ子。
お花の門松、ランで出来た孔雀。 ディスプレイが 目を引きます。 右の写真は 宝塚の羽根飾りみたい!

  
ランの魅力に マー君も うっとり!?

   
ランに囲まれ、幸せのエマニエル椅子に腰掛け、みんな いい顔!

   
温室の中は ランと観葉植物で いっぱい!
マー君は 先で待っていて 私が出ようとすると 大きな重い扉を閉めちゃう というおふざけを …

   フォレストゾーン (公園面積 約 89,500m2
     屋外の豊かな自然、つり橋や展望デッキからの駿河湾や堂ヶ島の展望が楽 しめるほか、
     「恋人の聖地」の碑や、木製遊具、ドッグラン(小規模)などの施設もあります。


     
エスカレーターで上がって行くと外に出て 吊り橋が見えてきました。
伊豆最長80m、高さ22m、海抜85mのつり橋を マー君は ひとりでトコトコ!
途中で誰かが揺ら して大揺れしたから、高所恐怖症の父は 渡らずに近道 して良かったね!

   
展望デッキに組まれていた 見晴台。 マー君、チッチ、ミッチーの3人だけ 上ってみました。

    
晴れていたので 180度のパノラマ展望デッキからの眺めは みごと。
                                     (右の方には 泊まったホテルが見えました。)

     
   芝生広場では サッカーでゴールを決め、
             初めて乗った<ゴンドラブランコ>では ちょっと恐々ながら楽 しそうな マー君でした。


一緒に乗っている姪っ子のお腹には赤ちゃんが …。 あと数ヶ月で <マー君天下>も終わりかな!?
おじいちゃん(父)の後ろには ドラゴンに刈られた木がありました。


◆ 少 し南下 して 松崎町にある 《 岩科学校 》 へ …  (入館料 : 大人 300円 小学生以下 無料)
   凄くモダンだったり、凄く和風だったり、ちょっと不思議な建物でした。
   深々と冷え込む建物は 冬場は厳 しそう。  裏にはお墓もありました。 


  1880(M.13)年竣工、1975(S.50)年 国の重要文化財に指定された 伊豆地域では最古の小学校。
  建物は左右対称。 木造の寄棟(よせむね)屋根、瓦葺き造りに なまこ壁を生かした白亜の社寺風建築
  様式やバルコニーなど、和洋折衷の 二階建て。 内部は郷土館になっていて、展示物のほか 人形で
  当時の様子が再現されています。


  
            学校とは思えない モダンな造り!         教室には当時を思わせる人形が …。
                                 その中で バケツを持って立たされてるのは … !?
                                                    やけに似合ってる!

   
  左側が教室、右が窓側。        2階への階段の角度が凄すぎる!          校長室。
    薄暗くて寒い廊下。



◆ 帰り道、土肥 の 《 恋人岬 》 に ちょこっとだけ 立ち寄り。
   願ったほうが良い該当者は … 約1名。 年配でもいいなら まだいるけど … 誰も必死さはない!
   興味は <猫店長>探 し。  このほうが 幸せになれたりしてネ。


  1983(S.58)年に誕生 し、翌年設置された <ラブコールベル(愛の鐘)>。
  1989(H.01)年にグアムの恋人岬と姉妹提携を結んだ際に 土肥からグアムに <銀の鐘> を寄贈。
  その時 絆を証明すべく 土肥にも <金の鐘(俗称 幸せの鐘)> を設置 したといいます。
  現在では こちらのほうがテレビや雑誌で紹介されることが多くなってしまったようですが、
  どちらも 3回鳴らすと 愛が叶い、幸せになれるとされているようです。
  鳴らす際のルール : 1回目 「自らの身を清める」、2回目 「相手の心を呼ぶ」、
                3回目 「二人の愛を誓う」


     
富士山がきれいに見えていました。             2軒目の売店で <猫店長> 発見。


帰る途中、修善寺で 休憩!
早めに帰途に着いたのに、事故と渋滞に巻き込まれて … 疲れた~!
みんなで夕食を食べ、解散。
我々は 新横浜で車を返 し、マー君一家とタクシーにて帰宅 しました

     
                  休憩所で アイス。                渋滞後の夕食後 にも アイス。

今回行った主要箇所は こんな所。(三嶋大社 を除く)

ドライバーさん達、お疲れ様で した。 お蔭で 楽 しい旅行が出来ました。


    とても気になっていたマーブルじいちゃん。                       
    ひとりが かなり寂 しかったら しく いじけていて、
    あちこちで かなり吐いたりも していたので 心配 しましたが、
    抱っこして 何度も名前を呼びながら撫でてやっていたら 徐々に元気になってくれて ホッ!
       他所で泊まるなんて そんなにあることじゃないけど、
       たまには家族の親睦を大切に しなくちゃならない時がある。
       マーブルだって家族の一員だから 一緒に行けたら良いなとは思うけれど
       たとえ連れて行けたとしても 自由にはいられないから かえって負担になるだけ。
       ペットショップに預けるのだって 暗いケージに入れられているだけだから 可哀想。
       だから 一番自由でいられる我が家に措いて出かけたんだよ。
       行く前にも、帰って来てからも、抱っこ して目を合わせながら そんなお話を ちゃんと しました。
       だけど …、 人がいるかいないかだけでも 安心感が違うのは良くわかるから
       寂 しい思いをさせて ごめんね、マーブル!
       これからはまた いっぱい付き合ってあげるからね。


         母も楽 しんでいたし 我々も楽 しかったけれど その間に 寂 しい思いをしていた子が いた!
                        みんなが幸せで いられたらいいけど、難 しい時もあるわね!

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

老いてゆく両親やマーブル。紫蘭の花と共に思い出 した歌 … ということで
1979(昭和54)年 6月 5日発売、
     谷村新司 さんの  『陽はまた昇る』
                 (作詞・作曲 = 谷村新司 さん)

「夢を削りながら 年老いてゆくことに  気がついた時 はじめて気付く 空の青さに」
「鉢植えの紫蘭の花 朝の雨にうたれ  息絶えだえに ただひたすらに 遠い窓の外」
   「陽はまた昇る どんな人の心にも  ああ生きてるとは 燃えながら暮らすこと
                                    春まだ遠く 哀しむ人よ 貴方を愛す」

   振り返れば、失い、傷つき、 また 与え、与えられ …
     いろんなことがあった長い道のりのはずなのに、時の移ろいの速さを感 じます。
     いつしか熱くなれなくなっている自分を思えば、
     命尽きるまで 燃えながら生きてゆけたらいいな~と思う今日この頃。
                                   (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)
今の谷村氏は ソロ歌手であるという認知度のほうが高いのでしょうか。
アリスとは異なる世界感を表現 しようとしたことから
3人での活動を続けつつ ソロとしても動き出 した谷村氏。
(以前ご紹介したアリスの曲については こちら で ご覧ください。)
             (以前ご紹介した谷村さんの曲については こちら で ご覧ください。)
その才能は秀でていて、提供曲を含め ヒットを連発することとなりました。
それでも 苦労 して育て上げてきたアリスだから、解散 しようとは思わなかったようです。
ところが、当時 そんな谷村氏に劣等感を抱いていた堀内さんが言い出 したことで
矢沢さんとふたり、それを受け入れるかたちとなり、
1981年5月21日、アリスは活動を停止 してしまうことになりました。
その際 「一度そうしたら、辛いことがあっても 簡単に戻ることは出来ないぞ」 と告げたという谷村氏。
実際 そんな話になったこともあったといいますから、堀内さん自身が 後になって アリスの大切さを知り、
戒め の意味を 再認識させられることにもなったのではないでしょうか。
そうはいっても アリスの活動再会は4回。
別々に生きるうちに それぞれが人生について考え、優 しさや厳 しさに気づき、
大切なものを見つけていった結果なのではないかと思います。

当初(1975年から) ソロとしての活動は オリジナルアルバムの発売のみ。
そんな中、初めてシングルとして発売 したのが
5枚目の 『喝采』 というアルバムの 5曲目に収録されていたこの曲でした。

当時放送された 同名のフジ系テレビドラマの主題歌でもあり、
このドラマの内容は 救急病院のお医者さん兄妹(加藤剛さん・竹下景子さん)が主人公の、
人間模様を描いた物語だったようでした。(タイトルだけ同じドラマもあります。)

紅白出場16回中、この曲を歌われたのは
1989(H.01)年12月に死去されたお父様の追悼曲となった 同年の第40回と、
2001(H.13)年 第52回 の2回だそうです。


沈み行く夕陽を見ていたら、頭の中で 加山雄三さんの 『夕陽は赤く』 のメロディーが流れ、
明日も晴れそうだな~と思ってたら、谷村氏のこの歌が …。

きれいな夕陽を見ていると なぜだか ジ~ンとしてきますが(私だけ!?)、
それに加えて 谷村さんの歌が 鼻の奥あたりを刺激して ジ~ン!
乾燥 していた心が潤ったからなのでしょうか!?

人生いろいろあるけれど 陽はまた昇る!
この歌に支えられてきたかたも きっと多いはず。

陽はまた幾度となく昇り続け、
母達とまた、こんな旅行が出来たらいいな~!
陽はまた幾度となく昇り続け、
マーブルといつまでも一緒にいれたらいいな~!

       いつも 人生のドラマを歌ってくださる谷村さん。 これからも良い歌をたくさん お願いします。


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家族旅行は大人数(一日目)    

2012-02-05 | 孫・家族 に関するお話
 
最近 母が、
 「生きているうちに またみんなで 何処かに行きたいわね~!」
何度も そう言うようになったので 行動派の妹が計画を立ててくれることになりました。
とはいっても 高齢者、子供、妊婦(姪っ子)がいるため あまり遠くには行けません。
そうなると やっぱり 伊豆(静岡県) あたりが適当かなと思われました。
   前回は2年前。 10人で 伊香保(群馬県)に行きました。
(その時の詳細については、一日目が こちら、二日目は こちら で ご覧ください。)

こんなに大人数になる前は電車やバスを利用 しても それほど苦になることはありませんでしたが、
移動時間のロス以外に 大人数での移動の大変さを感 じた前回。
今年はさらに人数が増えて、総勢12人という 小規模団体になったため
自家用車2台と レンタカー1台で行くことになりました。





< 一日目 >

朝6時半の始発バスで新横浜に向かい、マー君一家と合流。
みんなとは東名高速 海老名インターにての合流となりました。
   マー君がいるため バンを借りましたが、チャイルドシートの装着やら、カーナビの不調で
   最初に到着 した組より かなり遅れ、着いたら休憩なしの即出発になってしまって
   マー君パパは大変!


沼津インターで高速を降り、
◆ まずは 県道22号線(三島富士線)沿い の <三嶋大社> に 全員揃っての 参拝
   混んでいて、駐車する場所を探すのが大変そうなので、我々は先に降りて本社前で待ち合わせ。
   参道のお店を見たり、境内を散策 したり、おみくじを買ったり …。


  山を司る 大山祇神 [オオヤマツミのかみ]、 海 ・商業を司る 事代主神 [コトシロヌシのかみ](俗名 :恵比寿様)。
  1952(S.27)年より、この二神を 主祭 として <三嶋大明神> と総称するようになりました。
  また、源頼朝が 伊豆山神社・箱根神社 と共に崇敬 し、三社詣 を行っていたことでも知られ、
  東海道に面 し、伊豆の玄関口(下田街道の起点)であることなどからも、発展 していったようです。


  
       参道にはお店が …      目立ちたがり屋がひとり!          全員集合!

    
    気にするので普段は引かないおみくじですが、           何が出るかな、何がでるかな!?
    娘(次女)が 「縁起物が可愛いよ!」 というので選んでみました。

              
  身に着けていると幸福になれるという縁起物。      マー君は 途中のミニ神社にも ちゃんと参拝!
 私のは 『福よせ熊手』。 おみくじは 『末吉』 でした。

〔 運気上昇は まだ先かな! 熊手で少しでも福徳を かき寄せられたらいいけどな~! 〕


◆ お昼は <タカアシガニ> を食べに 戸田(へだ) へ …
   3メートルにもなる大物 も いるという 世界最大のカニ だそうです。
   たくさんいると、美味 しそうというよりは ちょっと不気味!



お店の中の ウジャウジャ<生け簀> に びっくり!

 
海老や魚のフライに続いて出てきた 3人分、4人分のタカアシガニの その大きさに驚かされました。

    
           身がスルッと抜けるようになっていた足。       一度回収後、食べやすくカットされた
               食べやすくて助かりました。             頭胸部 と 甲羅に入った蟹味噌。


蟹との格闘 もなく 美味 しく食べられて、 みんな良い顔!


◆ そこから 土肥(とい) の <金山> 坑内めぐり へ … (入場料 : 大人 840円 小人 420円)
   金塊は、その 重量と共に 色の重みが やっぱり違います。
   「金塊に目が眩み …」 とは言うけれど、たとえ欲があっても これを持っては走れないわよね~!


  天正年間の発見以来、四百余年の歴史を有する、もと徳川幕府直轄の金山で、元禄3年以降金量の
  減少により衰退 したが、神戸の実業家により明治39年から閉山する昭和40年までの59年間、年に
  金銀を40トンずつ産出 していたとされる。 現在は、電動人形で採掘風景を再現 しながら坑道の一部
  を見学できるほか、金山に関する史料の公開や 砂金採り体験などもできるようになっています。


        
    抱っこ してもらって写真を撮っている時は     「いらっしゃいませ!」 と 言ってお辞儀する
    とっても ご機嫌だったのに              門番人形が怖くて逃げ回り、パパに担がれて入場

  
       坑内通路を通って、神社ではまたちゃんとお参りを していました。    天井が低い!
           
 
12.5キロ、時下 3500万円 の金塊。  小さな穴から手を入れて         「僕は 250キロ の金塊に …
みんなが持ち上げようと試すけれど 指が かからない。               将来 挑戦 しよお~っと!」
そんな中、マー君パパが 苦労 して指を入れ 持ち上げ、上下に振って 思わず どや顔! (10億6300万円)
周りの人は 「どうせ上がらないよ」 から 「えっ!」 「わ~っ 上がった~!」 そして写真撮影!



 展示コーナーや 砂金取り体験コーナー(有料)もあり、 屋外では番人になったり、表彰台に上ったり …。
◆ 最終目的地 の 堂ヶ島 で <遊覧船> 乗船。 (料金 : 大人 1,100円 子供 550 円)
   夕方の4時半近くだったから ギリギリその日の最終!?  海に出たら 寒―――――――い!

  堂ヶ島は 複雑なリアス式海岸が続く 西伊豆随一の景勝地。 海岸に沿って 亀・蛇・象など 自然が
  造り出 した変わった形の岩や小島が点在 し、断崖絶壁など 変化に富んだ景観美が楽 しめます。
  遊覧船は、それらの島々や 豪快な断崖、洞窟内の天井から光りが差 し込む天窓洞 (天然記念物)
  などを堪能できる 所要20分ほどの<洞くつめぐり>コース。 最近ではクルーズコースもあるようです。


     
         雲間から見える夕陽がきれい!        海を快走 したり 細い島の間を抜けたり …   

   
 切り立った崖に開いた洞くつ(天窓洞てんそうどう)に入ると、  射 し込んだ太陽光が水面を照ら し、
                                         そこだけがコバルトブルーに …!

       
     丸く開いた天窓    すぐ近くに海岸が見える!  全員 救命胴衣着用    DOUGASHIMA10号


◆ 船着場からほど近い ホテル へ …
   堂ヶ島で有名な 三四郎島が 眼下に見える 「アクーユ三四郎」。
   切り立った断崖の上に建っていて 全室海側だから 駿河湾を一望できる眺めが 最高。
   <日本の夕陽100選> にも選ばれたという 伊豆西海岸に沈み行く夕陽を 部屋から堪能できました。
   (この日の 西伊豆町の日没時間 は 16時50分。 今は 一日一分ずつ遅くなっていっているようです。)
   夕食までには時間があるので 温泉に入って のんびり気分!


  三四郎島とは、瀬浜海岸(堂ヶ島海岸)にある象島(伝兵衛島)・中ノ島 ・沖ノ瀬島 ・高島の総称。
  干潮時に 象島が陸と繋がり、沖ノ瀬島が中ノ島と繋がるという <トンボロ現象> が見られるほか、
  時間や見る角度によって3つに見えたり4つに見えたりすることから 三四郎島 という名が付いたと
  云われているようです。


   
お部屋のベランダからの眺めは最高。

   
沈んで行く夕陽と空と海。  夕陽の沈み加減と 雲のかかり具合で 色彩が変化。

    
夕食は 入り口に     一品料理は それぞれ好きな物を事前注文!   マー君用は
暖簾のある 個室で …。                               コアラのマーチ付き 懐石弁当。

      
カラオケはやらなかったのに、置いてあったマイクを持たせたら     あげくは、
持ちかた、立ちかた、ノリの良さ。 様になっていて びっくり!     股旅の衣装を借りて、なり切り~!

     
この後、明日の予定を検討 し、もう一度 温泉に入って 就寝。 (大浴場 ・露天風呂写真は資料より)
ちなみに、西伊豆町内でも異なるという泉質。 ここのは カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉 だとか。

                        美味しくて  楽 しい 一日で した ~!


          ※ 実は 前日から具合が悪かった マー君ママ。
            この日は 蟹も夕食も食べられず、遊覧船にも乗れず、温泉にも入れず …
            せっかくの家族旅行だというのに最悪の状況で可哀相でした。




                   (注)第一部 終了。  第二部 (こちら) へと 続きます。

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