ノー天気画家の本音生活 

これが私の生き方などとヤセ我慢するよりも、今日の風に流されましょう!

地元の風景をテーマとした個展が開催されました。

2015-04-07 15:58:48 | 犬たち

展覧会は終了しました

地元の風景をテーマとした個展が開催されました。

その展覧会の詳細はここをクリックしてご覧ください。                           

 この展覧会の出店のために押入れを引っ掻き回していると、出るわ出るわすっかり忘れてしまった絵画初期段階の作品が、山のように出てきました。
それらの見ていると、この町に来てすでに40年近く、人生の半分以上はこの町に住みつづけている、その長さを改めて感じました。
そしてこれから先も住み続け、終の棲家としてこの町で一生を終えることになるでしょう。
そのことを通して穏やかではありますが、この町への強い愛情を再認識したのです。

そしてもうひとつ感じたことは、同じ地元をテーマにした初期の作品と今の作品に、大きな違いのあることを改めて感じました。
初期の作品は具体的な風景をそっくり正確に描くことに終始している、いわば具象画を目指しているのに対し、今の作品は風景を描くことはいっしょですが、その風景を通して自己の心象を表現しようとしていることにあります。

それを前期と後期に分けるとすれば、その描き方そのものは前期と後期もそんなに変わらないのですが、大きく変わったことは、撮った写真から描く絵を決めるまでが同じとすると、前期はすぐ画用紙を広げて制作に取りかかったのですが、後期はそれから制作に取りかかるまで時間がとても重要になりました。
いわば構想を練るといいますか、妄想するといいますか、創意工夫といいますか、その時間がとても長くなり、絵を描くことは、思考することになったのです。
そして思考の時こそ、絵を描く中で最も楽しい時間となったのです。

   この絵で何を表現しようとしているのか?
   観る人を感動させるには、どのような工夫があるのだろうか?
    自分とはいったい何だろうか?・・・と思考は広がるのです。

そして頭の中で、隅々まで絵が描きあがった段階で、初めて画用紙を広げることになるのです。

それでは素晴らしい絵になるかと言いますと、ちょっとは成功するものの、ほとんどが失望にかわります。
具体的には前期の作品より確実に魅力的な絵になったものの、わたしの漠然とイメージする絵は、はるか先にありるのですが、「はるか先」という発見こそ大進歩だと思っています。
その原因は表現テクニックもあれば、構想の甘さもあれば、妄想が空回りしたのか、創意工夫が未熟なのか、今はすべてが発展途上にあるのです。

はっきりしていることは、思考力こそ次の飛躍の鍵を握っていることです。
この展覧会をひとつの節目として、より思考力のパワーアップを図り、「はるか先」に近づくための次の表現へと飛躍していこうと思っています。

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿