ノー天気画家の本音生活 

これが私の生き方などとヤセ我慢するよりも、今日の風に流されましょう!

将来に遺恨を残さないための増税こそ、「正義」なのです

2012-06-23 11:37:57 | 犬たち

日本の将来に深刻なリスク=危機が待ち構えています。

どなたも不安に思う大きな危機は、なんといっても地震とそれによる津波で、東南海、東海、東京直下型大地震などは、東日本大震災以上の災害となることも想定されています。
しかし (どういうわけか国民的関心がそれほどでもないのが不思議なのですが)、私は日本国債のデフォルト(債務不履行)こそが、大地震以上の深刻な日本の危機となることを恐れているのです。 

デフォルトとは、ギリシャの財政破綻が話題になっているように、国の借金を返済できなくなることをいいます。
日本国債のデフォルトの危機の第一は何といってもその額の多さにあり、日本の国債=国としての借金は1000兆円と膨大な額となっており、ギリシャの借金と桁違いの額で断トツの世界一で、世界の国債残高の1/3を日本が保有しているのです。
経済活動を表すGDP(国民総生産))との比較からでも、やはり2位のイタリアを大きく引き離して世界一なのです。
そして何より深刻なのは、その借金の額は近年加速度的に膨らんでおり、たとえば今年の国家予算の約半分は借金に頼っているのが現状なのです。 

だから国際的に日本の財政の信用度を示すランクがドンドン下がっているのですが、ギリシャの財政危機のようにまだまだデフォルトまでは大丈夫なのはは3つの歯止めがあるからです。
ひとつは、日本の経済活動が順調なことです。
もうひとつは、借金の債権者の95%が日本の金融機関や投資家で、いわば債権者は内輪であることです。
そしてもうひとつは、日本の消費税は現在5%ですが、先進国は20%前後であり、日本が財政危機に陥ってもまだ15%の猶予があることで、いざとなれば消費税をあげることで回避できるからです。 

ECやアメリカが経済的に苦しい中、日本経済は堅調で、その証拠として円高が続いています。
しかし10年・20年という長期的視点で見れば、中国やインドなどの第三諸国の台頭により日本経済の低迷と、少子化による日本国そのものの縮小が顕在化してきます。
国が小さくなっても借金の額は小さくなりませんから、国の活力が下降線を辿り始めると、デフォルトの危機が現実のものとなってくるのです。 

デフォルトとなれば猛烈なインフレが襲い、円の価値は大きく落ち込みます。
日本企業は深刻な不況に見舞われ、多くの企業は倒産します。
街に失業者が溢れ、ほとんどの家庭が経験したことのない生活苦に陥ります。
それに拍車をかけるように大増税が実施されます。
それとは逆に公的予算が大幅削減となり、年金や福祉、医療費補助も大幅に削られ、弱者ほど深刻なダメージを受けます。
借金は政府が勝手に大きくしたのですが、この借金地獄の苦しみは国民が負うことになるのです。

2012年に立ち返り、小沢一郎さんは増税反対は「正義」だと言っていますが、
借金の野放しの拡大を阻止し、将来に遺恨を残さないための増税こそ「正義」なのではないでしょうか。


銀座は私の人生を大きく変えた街です

2012-06-17 17:46:19 | 犬たち

たまには東京に行かないと時代遅れのジジイになると妻から言われたので、それもそうだと重い腰を上げて久しぶりに東京に行ってきました。
定年退職から10年経つのですが、年を重ねるごとに東京が遠くなり、どうせ行くのなら20年間過ごした銀座を訪れてみることにしました。

 私は広告代理店の電通に就職したのですが、40歳を越えて電通の子会社の役員となり、銀座のど真ん中の事務所に移り、定年退職までの20年をその銀座で過ごしました。
私にとっての銀座はとてもすばらしく、ここで過ごしたことはその後の人生を大きく変えたほど、私にとって大切な街となりました。 

銀座は日本を代表する繁華街であり、それも大人を対象とした高級感が特色の街であることは皆さんもご存知の通りです。
事務所は銀座のど真ん中と書きましたが、その周辺は名高い高級店の中にあり、松屋・松坂屋・阪急などのデパートは数分の距離の中にありました。
たとえば食事は高額だとお思いでしょうが、無数にある食事どころはおいしいのは当たり前で、個性がありそしてリーズナブルな価格でなければ銀座では生き残ることが出来ないため、昼食をどの店で食べようかと考えるのも楽しみのひとつになるように、イメージ的には敷居の高い銀座ですが、実態はとても親しみ易いのが銀座なのです。 

そして銀座は日本を代表する画廊のメッカであることも大きな特色のひとつなのです。
銀座に来た当時は、美術などにはまるで関心がなかった私でしたが、時間つぶしに近くの美術画廊をのぞき、そのうちに引きつかれるように画廊に入るようになり、しだいに絵画鑑賞の魅力に取り付かれていきました。
画廊の方とも顔見知りになり、絵画の価値のポイントなどを教わりました。
個展などで出会う画家と話をするうちに、創作者の立場から絵と向き合うことの魅力を知ることとなりました。
銀座にはあまりにも画廊が多いため、画廊を東西南北の4つに分け、毎日の昼休みはそのひとつを回り、一週間で銀座の画廊を制覇することが習慣となるまでになり、絵画を観る目が肥えただけでなく、もしかしたら私も描けるのではないかという自信のようなものが沸々と芽生えてきました。
絵に無関心な私が、50歳から絵を描き始め、定年退職から画家の道を歩んだのも、銀座という街が大きく影響したのでした。 

JR新橋駅から地下街を出てちょっと歩くと、昔とちっとも変らない銀座がそこにあり、懐かしさで胸がいっぱいになりました。
もちろん部分的には新旧交代で新しい店が増えましたが、10年という時の長さを考えれば、銀座は昔そのままの格調と威厳、そして時代の最先端の魅力を保っていました。
しかし大きく変ったことがあります。
それはずいぶん多くの画廊がなくなって、見知らぬ店になってしまったことです。
存続する画廊も昔の精気がなくなり、展示されている絵もレベルダウンが否めないようなそんな時代から取り残された気がしました。
当時お世話になった画廊経営の方からの年賀状で、画廊ビジルスも冬の時代を迎えたと書かれており、その年賀状も途絶えてしまいましたが、その言葉を思い出し、「やはりそうだったのか!」と実感したのでした。 

人間は環境で育てられる動物だと言いますが、銀座に20年も過ごせたことがしみじみ幸せだったと実感した、「小さな旅」でしたでした。

 

 


「写実の、その先。」の模索の中で、突破する一枚が描けたようです

2012-06-12 06:24:09 | 犬たち

新しい絵のイメージを追い求めて、これまで長い間試行錯誤を繰り返してきたのですが、最新作(上の絵)は、これまでの模索から霧が晴れるように新しい私の出発の一枚が描けたように思っています。
絵画の流れの中で次の転機となる絵を模索するシリーズとして、1年ほど前から「写実の、その先。」をキーワードとして展開してきたのですが、その主旨をお話します。 

絵は100人100様の表現となりますが、そんな絵の世界でもその原点となれば、対象を出来るだけ正確に描く写実画から出発することは衆目の一致するところです。
私の開発した「トレース水彩画」は写真をトレースして描くため、日本一カンタンに写実画の領域に近づくことができ、現に私はどんな絵でもほぼ写真通りにといいますか、写実的に描くことが出来ます。
しかしそれは絵の成長過程の一里塚に過ぎず、絵の難しさと面白さといいますか、絵の真髄はまさに「写実の、その先。」にあります。 

絵は「感動」を表現するメディアです。
つまりいくら上手に描いても、いくら正確な写実的に描いても、その中に「感動」を表現できなければ、それは絵に描いた餅にしか過ぎません。
つまり「トレース水彩画」はその写実力を生かしながら、その中に「感動」を注入する・・・。それが「写実の、その先。」の主旨とするところなのです。 

それでは絵に「感動」を注入するには、どういたらいいのでしょう?
答はカンタン、描き手が「感動」したものを描くことに尽きるのです。
絵を描く技術やテクニックも表現のためには重要な要素となりますが、それよりも何よりも「何を描くか?」を決めることが「感動」を表現するための決定的な要因となります。
私の絵画歴を辿ってみると、画家を目指した当初は犬と猫などのペットばかり描いていました。
それから故郷をイメージした田舎の風景、ヨーロッパの風景、私の住む湘南の風景・・・と私は私なりに「感動=描きたいもの」を正直に心に問いながら描いてきたのですが、数年前よりそんな絵に疑問を感じ始め、その解決策としてシリーズ「写実の、その先。」を開始したのでした。
その疑問とは、「感動」とは心の中に生じる情感ですが、これまでモノや風景の視覚的な形ばかりにこだわって描いてきたのではないか、もっと素直に心の中に生じる情感を前面に出して表現できないだろうか。
写実画ですから視覚的なモノの形を描くことになるのですが、情感がストレートに出るモノの形や風景を探し出せないだろうか、ということでした。

 上の絵は早朝の伊根の港を描いたものです。
日本海の沿岸を何泊かでドライブしたのですが、暗い中を出発し丹後半島の美しい漁村に差しかかると白々と夜が明けてきました。
実は恥ずかしながら舟屋で知られる伊根の漁村をそれまで知りませんでした。
それもあってかこの村落のあまりの美しさに圧倒され、夢か幻かと思いながらの情景を写真に撮り、そのまま絵にしたのです。
私も歳を重ねる中で、あのときの伊根の情景こそ私の捜し求める何かがあると感じたのです。

 


「箸の作法ダイエット」は、目からウロコの新生活習慣が身につく

2012-06-05 02:45:54 | 犬たち

これまでのダイエットといえば、空腹に耐えることと辛い運動をすることの組み合わせでしたが、ラクチンで楽しく、そしてお金のかからない「箸の作法ダイエット」をご紹介します。 

私も太る体質の上に高血圧気味のため、これまで数々のダイエットを試みてきましたが、結果から言えばどのダイエットも成功しませんでした。
その理由を一言で言えば、努力と根性により一時的にダイエットに成功したとしても、成功時の体重維持が出来ず、知らず知らずのうちに元に戻ってしまうことでした。 

最近の事例では、数年前に「バナナダイエット」に取り組みました。
バナナだけの朝食と5kmの散歩の組み合わせでしたが、半年でしっかり6kgを減量し、「目標達成・バンザイ!」とばかり通常の生活に戻ったのですが、それから半年、7kg増えて±1㎏の増量となっていました。
その原因を探ると、ダイエット期間はけっこう辛かったため、以前の自堕落な生活に早く戻りたいと思っていたことにあるようです。
つまり私にとって必要なダイエットは、一定のダイエット目標を設け努力するのではなく、新しい健康生活の習慣を身に付け、その生活習慣をずっと無理なく守り続けることにあるのです。 

そんな中、NHKの「ためしてガッテン」5月23日放送の「発見!トクホでやせる本当のコツ」の中に、「成功率96%のダイエット法とは?」というのがあり、96%の人がダイエットに成功したという提案がありました。
それが私にとっては天からの啓示のような衝撃を受けましたが、その内容は・・・ 

食物を箸で口に運んだら、和食の作法である箸を箸置きにていねいに置く「箸の作法」を守ることにあります。
作法そのものが大切なのではなく、箸を置いている間よく噛んで食べることこそダイエットに抜群の効果があるというものです。
ご飯を50回ほど噛むと甘味が口いっぱいにひろがる、そのおいしさを私は自分のよく噛む目安として実施しました。 

番組では最近の研究からよく噛んで食べることは、2つの意味でダイエット効果があることがわかってきたとのことです。
1つは食欲を抑える効果です。
よく噛んで食べるだけで、食欲を抑える「ヒスタミン」という物質が脳の中で作られ、少ない食事でも満足できるようになるとのことです。
もう1つの効果は、噛む刺激そのものが脂肪を燃やしてくれることです。
咀嚼の刺激は交感神経を介して、脂肪を燃やす「褐色脂肪細胞」の働きを活性化する作用があるからです。 

私は放映後すぐ「箸の作法ダイエット」に取り組んだのですが、苦労などなくしっかり生活習慣の中に馴染んで10日あまり経ちますが、心なしか体が締まってきたようです。
それ以上に重要な発見がありました。それは・・・ 

しっかり噛んで食べることは、おいしく食べることだという発見でした。 

これまでの私は早食いだけは負けたことがないと自他ともに認める早食いキングで、妻が半分も食べないうちに食事が終了するというスピードで、いつも妻から小言を言われていました。
しかし「箸の作法ダイエット」以降私の食事時間は妻より長くなるだけでなく、その分味覚も敏感になり、「ご飯ってこんなにおいしいのか!」とか「お肉ってこんなに深い味なのか!」と、人生後半になって初めて「違いのわかる男」に変身できた喜びに浸っている今日この頃なのです。