ノー天気画家の本音生活 

これが私の生き方などとヤセ我慢するよりも、今日の風に流されましょう!

「私は死のうと思ったのですが死にきれず・・・」と男は話し始めました

2014-09-30 04:30:23 | 犬たち

久しぶりの早朝の海岸散歩を終えて、海の見えるファミリーレストランでトロピカル気分で朝食をとっているとき、突然隣のボックスの若者が立ち上がり、私の対面にドッカと腰を下ろし、「あの~、お話聞いてもらえませんか。」と語りかけてきたのです。
そしてその若者は次に驚くべき言葉を発しました。

「私は死のうと思い、青木ケ原(富士山麓の自殺の名所)をさまよったのですが、どうしても死にきれず、なんとなくこのレストランにたどり着き、一晩ここで自分はこれからどうしたらいいか考えていました。」
「・・・私はどうしたらいいのでしょうか?」

突然の状況に大いに戸惑ったのですが、元来好奇心の強さは人一倍の私は、そういえば次のブログのテーマ(このブログ)に最適かもしれないと思い直し、ルポライター気分で聞くことにしました。

その若者は20代後半、ドブネズミ色のTシャツは荒地を彷徨ったことを証明するように汚れ、一部は破れていました。
ゲーム以外に関心のなさそうなオタク族風のその顔には、狼狽し切羽詰まった表情がありありで、ウソでないことが見て取れました。

どうして自殺まで追い詰められたのかとの私の問いに、その若者はこれまでの経緯をポツリポツリと話し始めました。

その内容を要約すると、元来浪費癖が強く、欲しいものがあれば無計画に買ってしまう性癖が原因のようでした。
手持ちのお金での支払いは遠い昔の話で、給料を前借し、親はもとより同僚や友人から借金をし、複数のカードローンやサラリーマン金融からも限度いっぱい借りまくり、まさに綱渡りのような生活を続けていたとのことです。
そのため借金が雪だるまのように増え続け、とうとう暴力団関連の高利貸し(いわゆるヤミ金融)にまで手を伸ばしてしまいました。
そして暴力団からの取り立てが厳しさを増し、とうとう実力行使といいますか殴られ蹴られの袋叩きにあったのは先月のことです。
そしてその時「次の期限までに払えなかったら、お前をブッ殺すぞ!」と脅され、その支払期日の日に自殺を決行しようとしたのでした。

そしてその若者はもう一度 「・・・私はどうしたらいいのでしょうか?」 とすがるような目で私を見ました。

ここからが私からの提言です。

この自殺未遂騒動の2日間で、キミは重大な決断をしたのです。
それは「死」ではなく、「生きる」という選択を選んだのです。
それもこれまでの生き方ではなく、まったく別の生き方、そうです!「真っ当な生き方」をしようと決めたのです。

これまでの生き方のどこが問題だったのでしょうか?
それは欲しい物は手に入れたけど、その支払を後回しにしたことにあるのです。
つまりやるべき責任を先送りするのは、金銭感覚だけでなく、キミの生き方そのものだったのです。

真っ当な生き方とは、欲しいものは自分で稼いだ金で買うことであり、買うお金がなければ買わないこと、そんな当然のことを愚直に守ることにあるのです。
人が生きるということは、多くの問題や悩みと直面することとなりますが、キミは嫌なことや面倒なことに顔を背けて生きてきたのです。見て見ぬふりをしてきたのです。
真っ当な生き方とは、その問題や悩みから決して逃げたり後回しにしたりせず、全身の力で立ち向かおうとすることにあるのです。

しかしそんなに簡単に問題が解決したり悩みがなくなったりなどするわけがなく、その多くは失敗や挫折を繰り返すのですが、それこそが成長のための最も大切なことなのです。
その苦悩を通して、より深く物事を理解することになり、考える力を養い知恵と工夫が磨かれることになり、人のやさしさを知ることとなるのです。
だから真っ当な生き方は、愚直で要領が悪い生き方のように見えて、実は最も効果的で効率的な人間力アップの方法なのです。

それでは暴力団に追われている現実の中で、真っ当に対応するにはどうしたらいいでしょう?

まず暴力団は、非合法の利益追求集団ですから、キミを殺すような何の得にもならないバカなことは絶対にしません。
それより暴力による恐怖からキミを従順な暴力団の下っ端に仕立て上げ、一番危険な鉄砲玉として使うことが想定されます。
たとえばオレオレ詐欺の現金受け取り役などの仕事を、やらされることが目に見えています。

まずキミのすることは、このレストランを出て、その足で警察署に行き、そこですべてを正直に話すことです。
暴力団に対峙し、その芽を摘むのが警察署の仕事であり、暴力はもとより金貸しも法律違反の可能性が高いからです。
警察はそれだけでなく、多重債務者であるキミを救済し、社会復帰させるための公的機関を紹介するはずです。
そこを出発点として、第二の人生=真っ当な人生を歩むことこそ最善の方法なのです。

若者は納得したのか、目になみだを浮かべて何度も深くうなずいていました。

懐には500円程度の小銭しかなかったため、私は第二の人生の旅立ちの餞別として2千円を渡し、警察までの道順を教えました。
若者は何度も何度もお辞儀をして、そして去っていきました。

 


私のPPC(ピンピンコロリ)作戦

2014-09-16 10:09:00 | 犬たち

日本の平均寿命は、男80歳・女86歳ですが、元気で健康な生活を送れる寿命を健康寿命といい、男72歳・女78歳とのことで、平均寿命-健康寿命=健康でない期間 となり、それは助けを借りなければ日常生活を送れない、つまり治療や介護を必要とする期間を意味し、男女とも8年ということになります。

私は71歳ですから、いつのまにか健康寿命では残り1年に迫る年齢になりましたが、特別に長生きをしようとは思いませんが、健康寿命だけはしっかり頑張ってみようと思っています。
・・・そしてある日、いつものように散歩し、いつものように晩酌をし、いつものように床に入り、次の朝はなかなか起きてこないので、ゆすってみたら死んでいた・・・というように、病気で床に臥す期間を0日にしたいと思っています。

充実した人生、それは長生きといっても NNC(ネンネンコロリ)より、 PPC(ピンピンコロリ) です。

PPCの生き方は、医学の分野からも、行政の分野からも推奨されており、それらの主旨は長生きするだけでなく、それ以上に健康寿命を延ばすことにより、治療や介護を必要とする期間を減らすことにあります。
そのためには日ごろから健康な生活習慣を確立し、特に病気に対する予防こそ大切になるとのことで、以下、私流PPCの方策をご紹介します。

                   

私は最近やたらと食欲が旺盛で、それとともにあのダイエットのCMのように、ポコンと腹が出てきたのです。
これまで75キロ以内の体重をなんとか維持してきたのですが、久しぶりに恐る恐る測ってみると、なんと80キロ!、日ごろの不摂生で5キロもオーバーしていました。
それは小手先の減量では無理なため、計画的なダイエットを敢行することにしました。
ダイエットについてお医者さんに相談したところ、71歳の年齢では1ヶ月に1.5キロの減量が限度と言われたので、ゆっくりしたペースでのダイエットを計画することにしたのです。

それだけではなくいっそのこと、単に体重を減らすだけでなく、PPC対策も視野に入れた、総合的に生活習慣病克服をも目的として実施することにしました。 

私の太る原因は明白で、朝食前の生活習慣にあります。
私は早起きで5時前には起きるのですが、妻の起床は7時で朝食は8時、その朝の3時間は魔の3時間で、問題を引き起こす時間でもあるのです。
それというのも前夜の夕食は7時のため、12時間以上も何も食べないヒモジイ時間となるわけですから、ついついこの時間は餓鬼食いといいますか無節操食いをしてしまうのです。
せんべい・ポテトチップス・インスタント麺・お菓子類・・・、炭水化物の食物がそっくりカロリーオーバーとなっているようで、同時に塩分も取り過ぎかもしれません。

以前バナナダイエットに成功した経験がありますが、それは魔の3時間+朝食はバナナだけを食べる方法を取り入れたのですが、見事に体重が減り始め、かなりすんなりと規定の体重が達成できました。
しかしそれ以降、バナナは見るのもイヤになり、以降1本もバナナを食べていません。
 

今回のダイエット作戦は、前回の成功事例のバナナに変わって、私の生活習慣病対策に効果的な 「特性ジュース」 を作り、そして魔の3時間+朝食はそれだけを口に入れることにしました。

特性ジュースといっても、トマトが主体で、玉ねぎ・セロリ・パプリカ・きゅうり・人参などをミキサーでジュースにし、好みのシリアルを上に乗せたものです。
これはスペイン料理のガスパチョそのものですが、私は健康とダイエットのため、塩とオリーブオイルを入れないことにしました。
魔の3時間+朝食でコップ3~4杯は飲んでしまいますが、なかなか美味で、継続してもなんら苦痛でもなく飽きることもないようです。

トマト は特性ジュースの半分を占めるのですが、赤い色はリコピンという成分で、細胞を若返らせる効果があります。
鉄が酸化して錆びるように、細胞を老化させるのは活性酸素であり、トマトには体内の活性酸素を除去する効力があり、細胞を生き生きとよみがえらせ、ガン予防効果があります。

玉ねぎ はその次の量となりますが、高血圧気味の私には必須の食品で、血液をサラサラにし、動脈硬化や脳血栓を予防します。

パプリカ はビタミンやカテロン・カリウムが豊富で、これまた血液をサラサラにします。

セセリ は食物繊維が豊富で、便秘解消・食欲増進、その上精神安定効果もあります。

その他冷蔵庫にある適当な野菜をその日の気分に応じて、まさに「闇鍋」のようにミキサーに放り込んで作りますが、投入する野菜によりそれなりの味となり、悪食な私はおいしく飲んでいます。

                   

特性ジュース作戦の開始から1ヶ月、体重は2キロ減となり、これからもしっかり継続していくことで、PPC的人生を謳歌しようと思っています。


悠々自適生活の神髄に、感動する心があります

2014-09-03 16:43:26 | 犬たち

私は現役を引退して11年となり、「悠悠自適」の生活を満喫しています。

「悠々自適」の「悠々」とはのんびりと落ち着いた様をいい、「自適」とは自分の思うままに楽しむことをいう意味であり、人生後半になってようやく至福の時が来たのではと実感しています。
しかし人それぞれで、引退することに精神的ダメージを持ち、うつ病が深刻化している高齢者も多く、それはその疎外感が一因だとも言われています。

つまり現役を引退すれば、自動的に「悠悠自適」な生活を送れるというわけではなく、それなりの努力により実現できるものだと思っています。
つまり引退前と後の生活の変化に応じた意識改革こそ必要ではないかと思い、今回のブログでは「素晴らしい悠々自適生活」を送るための意識変革について考えてみたいと思います。
 

まず何と言っても現役時代の価値観を、引退後も引きづらないことです。

引退後は仕事からも離れ、仕事仲間からも疎遠になり、同時に子育ても終わり、これまで背負っていた義務や責任が劇的に軽くなる時でもあります。
ここで大切なことは、過去は二度と戻らいわけですから、何かを失ったと思わないことで、ようやく本来の自分を取り戻し、新しい世界を築く門出の時が来たと思うことこそ大切です。


そして最も大切なのは、感動する心を取り戻すことです。

みなさんも子供のころは、何かにつけて感動していた記憶があると思います。
しかしその後の人生は世間の荒波に鍛えられ、感情を表に出さないことが美徳として教えられ、そんな経験の積み重ねで感動のセンサーがすっかり錆ついてしまったのではないでしょうか。

幸福な生活とは、多くの感動に包まれた生活を指すと思います。
美しい風景に感動し、おいしい食べ物に感動し、人との出会いに感動し、暖かい話や人のやさしさに感動し、音楽や絵に感動する・・・。
悠々自適の生き方は人間回復の生き方とすれば、豊かな感動を持つことこそ、その神髄となるのではないでしょうか。
 

それでは感動のセンサーの錆を落とし、パワーアップするにはどうしたらいいのでしょう?

われらが子供時代に「情操教育」といって、女の子はピアノを習った、あの「情操教育」がそれに当たり、平たく言えば芸術にチャレンジすることをいいます。
なぜなら芸術は感動を鍛え、感動を表現するメディアだからです。
その最も手短といいますか、気軽にできるものとして、歌を唄うか、絵を描くことになるようです(強引な我田引水)。
風景画を描くとすると、出会った感動の風景を絵のテーマにするのですが、その絵を通して第三者にも感動が伝わるとすれば、それはなんとも素晴らしいことなのです。
それらの行為が感動のセンサーを鍛えて行くのです。・・・上手下手に関係なく、
だから悠々自適の生活の中に芸術を取り入れることをぜひお勧めしたいのです。

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上の絵は東京の下町風景を描いた絵です。

私は長い間東京に住み、そこで働いてきたのですが、田舎や地方の絵は数多く描きましたが、そんな身近な東京を描いた絵がほとんどありません。
それは東京を描きたくなかったわけではなく、何枚もチャレンジしたのですが、ほとんどの絵は「これは私のイメージする東京ではない!」「人さまにお見せするまでのレベルに達しない!」と却下してきたわけで、恥ずかしながら東京の絵はへたくそでお見せできなかったのです。
しかし私の素直な心が東京と対峙したとき、小さな発見がありました。
これまでおしゃれで時代の先端を東京のイメージと思っていたけど、私の探していた東京はそんな東京ではなく、人の温かみのあふれる東京ではないかということを思い当りました。
そして描いたのがこの絵になりました。

1枚絵を描くたびに発見があり、それに感動している私なのです。