ノー天気画家の本音生活 

これが私の生き方などとヤセ我慢するよりも、今日の風に流されましょう!

シェール革命と、その後につづくもの

2012-10-26 15:22:21 | 犬たち

 シェール革命で世界のパワーバランスが大きく変ろうとしています。 

それでは シェール革命とはどんな革命なのでしょうか?
地球の地下に石油が埋蔵されていますが、その中で液体としての石油は数%に過ぎず、残りのほとんどの石油はシェール層という岩盤の中に染みこんだ状態で存在しており、これまではその抽出は不可能といわれていました。
しかしアメリカの最新技術はその中から石油やガスを抽出する技術を開発し、すでに実用化され、安価な価格で生産される段階に入っているのです。
特にシェールガスの大量生産が実現し、圧倒的な価格破壊が世界を駆け巡っています。
それは世界最大の石油輸入国であり消費国のアメリカが、一転してエネルギーのほとんどを自国でまかない、それどころか輸出国となる見通しが見えてきたのです。
それはアメリカにとって国際収支を左右し、安定的なエネルギーや化学原料の確保に対応できるために、巨大な新規産業の創出が注目されています。 

シェール革命はそれだけに留まらず、これまでのアメリカの石油の大部分は中東に依存してきたのですが、その安定供給のためには政治的・軍事的対応も必要となり、その影響からかアフガニスタンやイラン・イラク問題、アルカイダのテロ事件と、アメリカにとっても大きな代償を支払ってきました。
しかしシェール革命以降、自国でエネルギーが確保できるのですから、中東のイスラム諸国とは付き合いが希薄になることになり、アメリカの国際戦略そのものが見直される可能性が出てきました。 

その逆に中東の石油産出国はアメリカという最大顧客を失うことになるわけですから、その代替として成長著しく大きな需要を期待できる中国に依存せざるを得なくなります。
中国はそのチャンスをもとに、東南アジア、アフリカのみならず、中東までにも大きな影響を持つ国になるわけです。 

それでは日本はどのようになるのでしょうか?
原子力からの離脱を国の方針として打ち出されている日本は、そのひとつとして新たなエネルギーの国内資源化を模索しており、その流れの中で秋田県でシェールオイルが産出されました。
といってもその埋蔵量は微々たるもので、これからのシェールオイル産出のための研究としての役割が主たる目的で、その技術開発により、世界のシェールオイルの大部分を占めるアメリカ・カナダとの産油国への技術の提供による共有化をめざしているとのことです。 

それよりも日本近海に膨大な量が眠っているメタンハイドレードこそ、大きな可能性を持っており、2018年にはメタンハイドレードの商業化を打ち出していますが、近い将来その可能性がより鮮明に見えてくるのではないでしょうか。 

しかしシェールオイルもメタンハイドレードもCO2を排出し、地球温暖化を促進することになるわけで、長期目標の本命は再生可能エネルギーであり、シェール革命は再生可能エネルギーにつなぐためのショートリリーフとしての役割かもしれません。 

エネルギーの未来をより長期的視点でみれば、50年後には太陽光発電はエネルギー全体の70%に迫ると予測する研究機関の発表があります。
その可能性を開くには優れた技術が前提条件であり、その技術を開発したところが世界をリードする時代がくるのです。


私の人生は、トレース水彩画の普及という使命を持って歩くことかも

2012-10-18 11:38:29 | 犬たち

上の絵はHP「動画で納得トレース水彩画」シリーズの最新作です。
この絵の中の水の流れの表現は、トレース水彩画ならではの表現だと思っています。 

この動画シリーズは、トレース水彩画の描き方やそのコツを理解していただくようために、動画の特性を生かして展開するものですが、この企画を推進しているうちに、私のトレース水彩画への想いがより強固になっていくことを実感しました。 

これまで気の向くままと言いますか3~5日間で1枚の絵を描き、HPに発表(更新)してきましたが、今回の動画シリーズからは10日間で1枚程度の発表ということにしました。
その理由は動画シリーズでは絵を描くだけでなく、脚本や編集にとそれなりの手間がかかることもありますが、それよりも動画をじっくり鑑賞してもらいたいこともあり、それにはゆったりとしたインターバルが必要だと思ったからです。
つまり5日から10日に1枚絵を描くこととなったのですが、それを実施する中で思いもよらず心の底から湧き上がってきたのは、「早く絵を描きたい!」という強い渇望感でした。
その描きたいというエネルギーが、次に描く絵の検討や、その描き方の研究になったり、ひいてはトレース水彩画を普及するための作戦の見直しなどのプランニング作業へと変化していったのです。

私は50歳代でトレース水彩画の技法を開発し、画家と名刺に肩書きを入れたのは定年退職時の60歳で、69歳の現在まで一貫してトレース水彩画の普及活動をしてきました。
しかし動画シリーズを契機に、これからは仕事というより使命として、大げさにいうならば天からの啓示のような気持で取り組んでいこうと思うようになりました。 

世の中のモノや文化を問わず、陳腐化されたものが消えていき、よりよいもの・より便利なものが入れ替わって登場するようにして社会が発展してきました。
それは水彩画の世界も例外ではなく、従来の描き方に取って代わって、トレース水彩画が時代に対応した描き方として普及していくはずであり、普及していかなければならないと私は確信しています。 

なぜなら従来の絵の描き方は時代の変化に対応していない部分が多く、逆にトレース水彩画はそれらの問題点をクリアしているからです。
そのひとつは、絵を描く上で最大の難関はデッサンの壁ですが、トレース水彩画では初心者の方もカンタンにデッサンの壁を乗り越えることが出来ることです。
そのひとつは、従来の絵画はカメラのない時代に確立したのですが、日常生活の中で隅々までカメラが普及した今、カメラの活用は絵を描く上での強い味方にできるのです。
その他よりカンタンに、そしてスマートに絵を描く方法がたくさんあるのがトレース水彩画なのです。 

これからの私の人生の目的は、トレース水彩画の普及にあり、それは例えようもない幸せな人生を歩めることだとも思っています。

 


私はなぜ信仰心を捨てたのか、それはある人との出会いがあったからです

2012-10-10 20:45:35 | 犬たち

私には信仰心はありません。 

私の生まれ育った環境は、深い信仰の中にありました。
その地は歴史的に浄土真宗に敬けんな地域でもあり、特に祖父母の信仰心は深く、毎朝家族は仏壇の前に正座させられ、日々の行動にも厳しく仏教の教えが浸透し、家や地域の行事といえば仏教に関連したものばかりでした。
そんな宗教の中で育った子供時代でしたが、その後の私は東京で就職して時代の荒波にもまる中で、私にとって宗教は、どんどん遠い存在となっていきました。
しかし40半ばの頃にある人の話(以下の話)に衝撃を受け、それを契機に私は宗教と無縁の生き方をしたいと強く思うようになりました。 

ある人とは仕事仲間ですが、彼はガンを発症し、私が見舞に訪れたときは見る影もなく痩せ細っており、ガンも末期であることは一目瞭然に見て取れました。
その彼は意図して明るく振舞いながら以下のような話をしました。 

「オレは無神論者だから、“人は死んでも魂は死なない”と言うけれど、そんなのは真っ赤なウソで、死んでしまったらオレのすべてがこの世から消えてしまうのだ。
死んでも肉体は残り、燃やせば骨は残るが、それは単なる物質にしか過ぎず、ましてや魂など残るはずがない。
でも残るものがひとつあるとすれば、それは記憶だけで、もうすぐオレは死ぬが、ヒマがあったらたまには思い出してネ」と・・・。 

それから1ヶ月ほどで、彼は死亡しました。

私が衝撃を受けたのは、死の瀬戸際に立ち、死と立ち向かわなければならない恐怖の中で、それでもなにものにも束縛されない自由な精神を保とうとする、強い意志をその言葉から感じたのです。 

いろいろな宗教で共通するのは、生前と死後を通して“魂”が存在しており、生前に正しい行いをした者は、死してもその魂が天国や極楽で再生するということのようです。
これは宗教を渇望した時代背景は、生きることさえままならぬあまりにも過酷な環境であったために、生きる=苦の世界 だけど、死後=楽の世界として、信仰は人々の精神的救済としての役割があったのだと思います。 

私の祖父母も泥に埋まるような過酷な環境の中で必死に働き、子供たち(私の父)を育ててきたと聞いています。
私の生まれ育った実家の家は、祖父は毎朝2里の仕事場に徒歩で出向き、その日の日当で1本の木材を買い、背中に担いで2里の道を帰り、そして1日1本、100日で100本、その気の遠くなる積み重ねで貯めに貯めた木で家を建てたのだそうです。
そんな赤貧の中だからこそ、祖父母にとっての仏教=浄土真宗は生きるための一条の光そのものだったのです。 

もし祖父母のように強い精神力というDNAが私の中に宿っているならば、私はなにものにも束縛されない、ましてや宗教にも束縛されない自由な精神を持ち続けていようと思っています。