昨日、いつものように切り抜いた新聞を読んでいる時、、私の心を大変打つ、美しい文に出会いました。
人とは何と美しいものであろう。人が人である時に。
古代ギリシャ時代の名文句のようです。
被災地の皆様の姿を、これほど的確に表現した、美しい言葉があるでしょうか。
それに比べ、自分は、と自問自答せざるを得ません。
被災地の方々の悲嘆とご苦労に思いを馳せ、原発の恐怖におびえ、想いが千々に乱れる中で、震災後の日々を過ごして
きました。
そして、その気持ちを日々、素直にブログに書き綴ってきたつもりですが・・・・・・
言葉を連ねるのは簡単です。
しかし、行為として、私は、力になれたことが何かあっただろうか?、と。
震災後も、多少の不便を味わうだけで、普段の暮らしはいつもと変わらず、過ぎていきます。
ただ思いを馳せるだけの日々。本当に無力な私に過ぎないことを痛感します。
今の所、節電と義援金くらいしか思いつきません。
三月も余すところ、残り僅か。
今月はいつも以上に節約に努めました。
私は、毎月、目標額を決め、生活費のおよそ三分の一位は貯蓄に回しています。
並々ならぬ努力の甲斐あって、毎月、貯蓄額が、目標を超えています。
今月は、その超えた分をすべて義援金に回わすつもりです。
今年一年間はそのようにして、寄付を続けたいと考えます。
一回限りでなく、僅かでも継続することが大切ではないか、と思うこの頃。
一人一人のそのような継続の心がけが、とてつもないエネルギーとなって、被災地の復興の支えとなるに違いありません。
この週末は、このような災害がなければ、孫を連れて夫と三人で、山中湖に小旅行を楽しむ予定でした。
冠雪の富士山の清々しい容姿を無性に見たくなったからでしたが・・・
ホテルまで決め、予約寸前のところに、この災害が東北を襲いました。
落ち着くまでは、今後も、とても旅行を楽しむ気分にはなれません。
今唯一の楽しみは、長女からの電話の約束です。
「もうすぐママのお誕生日ね。その内、延期になった桜のお誕生日と一緒に祝うつもりだから、待っててね」
子供のようにプレゼントは何かしら、と楽しみにしている私。
そろそろ、家族全員集まって、語り合いたい。
精神的に疲れているために、その思いが一層強いようです。
追記 桜ちゃんの名誉挽回のために一言。(笑)
長女に言われました。
「桜は、お誕生日が延期になった理由はしっかり理解できて納得しているわよ。」と。
数日前の日記の表現は、少々軽率で、間違っています。
ご了解くださいね。まだ小1とは言え、桜が誤解されては可哀そうですから…・・・