美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

施策として淘汰、絶滅へ追われる中等階級とは(デフォー)

2018年06月24日 | 瓶詰の古本

余が父は性来賢く且つ実着なる人なりければ、夙に余の心の程を看破し、是に対して精厳なる忠告を与ふることもありき。一日痛風症の為めに悩まされて、己が部屋に閉籠りたる父は、突然余を膝近く呼寄せて、余が事に就き熱心に諌められたり。徐ろに問ふ様生国に在ればこそ相当の位置も得らるべく、事業任務を執りて財産を作り、以て安楽愉快なる生活をも遂げ得べけれ、今父母の家、生れ故郷の国を見捨てゝ外国に行くとは、なんたる理由ぞや。と更に懇々余を諭して云ふ、険を冒して外国に行き大胆事業を起して、常規に外れたる幸運に際会し、以て一身の名利を握りたるものゝ如きは、此世に失望したる必死の破戸者か、若くは天の冥助を受けたる非常幸運の人のみ。斯の如きは余の現在の位地に比すれば、遥かに上なるものか又は遥かに下なるものなり、而して余が地位は中等の家に生れ所謂下等生活の上流に位するものにして、此階級は下等社会の貧苦艱難労働苦悩を冒すの必要なきと共に、上等社会の驕慢奢侈非望嫉妬の為めに心を撹さるゝことなく、世に最も好良の地位にして、亦人間の幸福に最も適当なる地位なることは、彼が長き経験によりて発明したる所、誤りあるべからず。更らに中等の位地の幸福なるは下の一事にても知り得べし、則ち此中等階級の生活は上下を通じて、総ての人の羨む所にして、彼の至尊なる帝王と雖、往々皇家に生れたるの不幸を歎き、寧ろ賤と貴との中等社会に生れたらんことを望み給ひ。聖賢も亦此階級を以て幸福の中点となせりと論じ、猶余に熟考を命じ給ひたり。余は之を聴く毎に人生の苦悩は、上下両階級に等分せられて、中等社会は殆んど之に与らず、且つ其変化最も少きものなるを信じ。又中等社会は父の論ずる如く、一方に於ては腐敗せる生活、贅沢放蕩の為めに身心の悪癖を助長する憂なく、他方に於ては下等社会に避くべからざる労働の困難衣食の欠乏、栄養の不充分の為めに、身心を苦しむるの憂あらず。而して凡ての品行、凡ての徳操、及び凡ての怡楽を有するものは則ち中産者にして、安心と物に不自由なきの楽は、常に伴て離るゝことなく、適宜、安静、健康、交際等のあらゆる娯楽、あらゆる愉快は、専ら中等社会に附着するものなるを感じ。此階級にある人々は世を静かに、滑かに渡り、敢て甚しく腕力脳力を労することなく、且つ日々の食物の為めに奴隷の境界に陥ることなく。将た精神の安慰、身体の安逸を害する所の、煩雑なる事情に苦めらるゝことなく、又は妬心の為めに心を刻み、大望の焔の為めに精神を焦すこともなく、安楽に温和に世を渡りて人生の甘味を味ひ、日々益々此世の快感を喫賞するものは中等社会の外に求むべからざるを感じたりき。

(「ロビンソンクルーソー絶島漂流記 全」 高橋雄峯訳述)

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