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イラク現代史

2012年11月30日 | 高3用 授業内容をもう一度

 第1次世界大戦中【1915】年【フサイン・マクマホン協定】でアラブ人の独立を容認したイギリスは、【1919】年【サン・レモ会議】で【委任統治方式】による支配を行って、アラブの民族自決は無視された。しかし、委任統治方式はうまくいかず、【1921】年【カイロ会議】で親英的なアラブ人政権の樹立を条件に、アラブ各国の独立容認に転換した。
 フサインの子ハーシム家のファイサルを国王に迎えて【イラク王国】が成立した。しかし【1958】年【イラク革命】が発生し、バース党【】が政権を担うと、【1979】年には【サダム=フセイン】が独裁を開始した。【1990】年【クェート侵攻】を行うと、アメリカの【ブッシュ大統領】を中心とする【多国籍軍】が編成され、1991年に湾岸戦争が発生した。敗北したフセインはクェートから撤退したものの、国内の【クルド人】に対して生物兵器を使用するなどの疑いを持たれている。
 2001年9月11日の同時多発テロが発生すると、アルカイーダとの関係を疑われ、【2003】年【ジョージ=ブッシュ大統領】による【イラク戦争】の攻撃を受けた。バグダッドが攻略されサダム=フセインは逮捕後に処刑された。

★イラク現代史のチェック・ポイント
�1932年イラク国王に就任した人物は?
=ハーシム家ファイサル国王
�ファイサル国王の特徴は?
=親英政権(イギリスが組織したMETOの本部はバグダッド)
�イラク革命が発生した年は?
=1958年
�イラク革命の中心人物は?
=カセム首相
�1979年大統領に就任しやがて独裁化する人物は?
=サダム・フセイン
�サダムの政党は?
=バース党
�1991年にサダムが起こした戦争は?
=湾岸戦争(前年90年クウェートに侵攻し、多国籍軍が組織され、米ブッシュ大統 領が指導した)


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