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2018年一橋大学第1問 西欧の膨張とその影響

2020年04月14日 | 論述問題
2018年一橋大学第1問 西欧の膨張
第1問 次の文章を読んで、問いに答えない。

 人間は自分の「空間」についてもある一定の意識をもっているが、これは大きな歴史的変遷に左右されるものである。種々さまざまな生活形態には同じく種々さまざまな空間が対応している。同時代においてさえも日々の生活の実践の場面では、個々の人間の環境はかれらのさまざまな職業によってすでにさまざまに規定されている。大都会の人間は農夫とはちがったふうに世界を考える。捕鯨船乗組員はオペラ歌手とはちがった生活空間をもっており、また飛行家にとって世界と人生は他の人々とは別の光の中に現われるだけでなく、別の大きさ、深み、そして別の地平において現われてくる。
 (中略)クリストファー・コロンブスがコペルニクスの出現を待ってはいなかったと同様に、歴史的な諸力も学問を待ってはいない。歴史の力の新しい前進によって、新たなエネルギーの爆発によって、新しい土地、新しい海が人間の全体意識の範囲の内に入ってくるたびごとに、歴史的存在の空間、もまた変わってゆく。そして政治的・歴史的な活動の新たな尺度と次元が、新しい学問、新しい秩序が始まるのだ。この拡大・発展がひじょうに根深くまた思いがけないものであるために、ただ人間の標準や尺度、外的な地平だけでなく、空間概念そのものの構造まで変わってしまうということもある。ここにおいて空間革命ということが問題になりうる。
 (カール・シュミット著、生松敬三/前野光弘訳『陸と海と一世界史的一考察』より引用。但し、一部改変)

問い ヨーロッパの歴史を考えるとき、この文章で述べられるような「空間革命」が11〜13世紀にかけて見られたと考えられる。それはどのようなきっかけによるものだったか、また、結果としてヨーロッパでどのような経済・社会・文化上の変化が生じたか、考察しなさい。(400字以内)


解き方と知識:
この問題を解く際に鍵は「空間革命」という用語をどのように理解するかでしょう。これを考えるにはリード文と問題文からヒントを探します。そこでまずリード文中の「空間」をピックアップします。なお問題文によれば「空間革命」は11~13世紀のヨーロッパの出来事だとわかります。
①人間は自分の「空間」についてもある一定の意識をもっている
②種々さまざまな生活形態には同じく種々さまざまな「空間」が対応している
③鯨船乗組員はオペラ歌手とはちがった「生活空間」をもっている
④新しい土地、新しい海が人間の全体意識の範囲の内に入ってくるたびごとに、歴史的存在の「空間」、もまた変わってゆく
⑤歴史の力の新しい前進・新たなエネルギーの爆発がきっかけになって、新しい土地・新しい海といった拡大・発展が「空間概念」そのものの構造まで変わってしまう
「空間」には2種類あり、①~③は個々の人間の「生活空間」、④~⑤は社会全体の意識が持つ「空間」です。「空間概念」は後者に当たるでしょう。11~13世紀に「空間革命」が起こり、それまでヨーロッパ社会が範囲としていた「空間」が、新しい土地・新しい海を得て以前に比べて広大かつ発展した「空間」に変わったという文脈が成り立ちそうです。ここでいう「空間」は概念的なものです。人々の「空間」に対する意識(「空間概念」)が変化したことを「空間革命」といっています。

(1)この問題が問うていること:
①11~13世紀の「空間革命」はどのようなきっかけによるものだったか。「空間革命」の原因です。つまり西欧の「空間概念」を変えたのはどのような出来事かということです。ただし、リード文によれば、「空間概念」の拡大・発展は新しい土地と海の2つで起きていることになります。細かい事ですが、拡大と発展とを分けていることにも注意を払いたいところです。
②「空間革命」の結果、ヨーロッパでどのような経済・社会・文化上の変化が生じたか。「空間革命」によって生じた変化です。経済の変化・社会の変化・文化の変化の3点を記述します。「変化」ですから【A⇒B】のパターンで考えます。Aは10~13世紀頃、Bは14世紀以降のことでしょう。

(2)字数配分を考える:
指定は400字以内ですから、①を100字、②経済の変化100字、社会の変化100字、文化の変化100字とし、②についてはA:10~13世紀頃、B:14世紀以降をそれぞれ50字に配分することもできます。経済と社会を分けて記述するのが難しい場合はまとめて200字を想定します。

(3)必要な高校世界史の知識:
 ①に関連して:11~13世紀にヨーロッパが「拡大」したという「空間革命」は高校世界史では「西欧の膨張」という用語で扱います。具体的にはレコンキスタ・十字軍遠征・東方植民を指します。
「発展」については少し細かい知識ですがジェノヴァが西地中海から大西洋経由でブリュージュに到達し繁栄を始めたのが13世紀末です。これによってシャンパーニュ地方が衰退し代わってフランドル地方のブリュージュが西欧における一大市場に「発展」しました。それまで地中海沿岸地帯で営まれていた西欧社会は北海沿岸にも広がりを見せました。またオランダで干拓が進んだのもこの時期です。
さらに13世紀に1241年リューベックとハンブルクの同盟から成立したハンザ同盟はバルト海貿易圏を築いて経済活動を展開しました。
またシトー修道会やフランチェスコ修道会による「大開墾時代」が12~13世紀に起こります。未開拓だった森林が開かれ湿地帯は埋め立てられて村落が拡大し耕地面積も広がりました。人々の目がそれまでの西欧世界から外に向けられていたことは3代巡礼地すなわちサンティアゴ=デ=コンポステラやイェルサレムとローマへの巡礼が流行したことからもわかります。

②に関連して:
この問題は西欧の膨張(レコンキスタ・十字軍遠征・東方植民)それぞれを説明することを求めていませんから記述する必要はありません。
「西欧の膨張」によって生じた「経済の変化」:
10~11世紀に始まった「商業ルネサンス」は貨幣経済の復活と中世都市の成立を指すベルギーの歴史家ピレンヌの言葉です。当初は中世都市とその周辺に限られた小規模な商業圏でしたが、十字軍遠征を経て、西欧各地に成立した商業圏を結ぶ広域経済圏が成立しました。ハンザ同盟を中心にした北海・バルト海商業圏、それまでイスラム商人とギリシア人商人に支配されていた地中海商業圏北をイタリア諸都市が勢力圏に治めました。高校世界史では前者について両シチリア王国の成立と後者について第4回十字軍で扱います。
「西欧の膨張」によって生じた「社会の変化」:
「中世農業革命」と「商業ルネサンス」の結果、農村は大いに発展し三圃制を軸とした純粋荘園が成立する一方、ロンバルディア都市同盟やハンザ同盟といった都市間を結びつけた都市同盟が成立しました。また人々の目がそれまでの西欧世界から外に向けられていたことは3代巡礼地すなわちサンティアゴ=デ=コンポステラやイェルサレムとローマへの巡礼が流行したことからもわかります。
「西欧の膨張」によって生じた「文化の変化」:
文化の変化についてはなかなか記述しづらいでしょう。そのような場合は解答とは別に単純に、A:10世紀頃つまりいわゆる中世の文化状況と、B:中世後期の文化状況を考えます。するとA:学問は修道院で維持されたていた。普遍論争が展開されていた。つまり修道院や教会といった「限定的な点」が文化の中心だった、と考えることができます。B:レコンキスタの成功や十字軍によりイベリア半島のトレドやシチリア島のパレルモを拠点とした「12世紀ルネサンス」が開花しました。ギリシア語文献がアラビア語からラテン語に翻訳され、西欧各地で大学が学問を担い、その結果、トマス=アクィナスにより普遍論争にも終止符が打たれました。さらに14世紀以降ルネサンスが開花すると北イタリア諸都市や北海沿岸諸都市にも文化活動が広がりを見せました。