遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『破断 越境捜査』  笹本稜平  双葉文庫

2021-04-21 16:01:39 | レビュー
 越境捜査シリーズの第3弾。『小説推理』(2010年3月号~2011年4月号)に連載された後、2011年10月に単行本が出版され、2014年11月に文庫化された。
 
 最初に主な登場人物を挙げておこう。
鷺沼友哉 警視庁捜査一課特別捜査一係所蔵。未解決事件の継続捜査が本業。
     かつては殺人班所属。上司と衝突して異動となる。生まれついての反骨魂。
     大勢に流されるのが極端に下手。警察組織に巣くう悪の排除をめざす。
     離婚し、今は独身。
井上   鷺沼の相方。若手刑事。正義感に溢れ、宮野の舌先三寸に影響を受ける。
     IT分野は得意で情報収集を担当する。鷺沼の姿勢に共感していく。
三好   鷺沼の上司。特別捜査一係の係長。定年まで残り少ない段階に来ている。
     鷺沼の捜査スタンスを信頼している。警察組織内の闇の存在を嫌悪する。
     刑事の職を辞す前に己の自負となる事件・問題事象の解明を希求している。
宮野裕之 神奈川県警瀬谷警察署刑事課所属。巡査部長。県警内部では爪弾きの存在。
     金に目がなく捜査の行く手に金の匂いを嗅ぎ取り、どさくさの余禄を狙う。
     得た金はギャンブルですってしまう。事件絡みで鷺沼に泣きついてくる。
     舌先三寸、したたかさを持つ。料理が上手。ついつい鷺沼が妥協する羽目に。福富   鷺沼と宮野の共通の知人。12億円裏金事件以来の付き合い。腐れ縁でもある。
     表の顔は、関内と桜木町でイタリアレストランを経営する実業家。
     本業は横浜を根城にする暴力団極濤会の大物幹部。金の匂いに聡い。
     金を得られそうと判断すると鷺沼・宮野の捜査に陰で協力する。宮野と同類。
 警視庁と神奈川県警は犬猿の仲であるが、結果的に鷺沼と宮野は共同戦線を張り越境をものともせず捜査に専念していく。

 1月中旬、三好から電話連絡を受けた鷺沼が本庁に入ると、宮野が来ていた。悪い予感が当たったのだ。三好は鷺沼と井上に3日前に瀬谷区内の山林で白骨化した死体が発見された事実について語り始めた。その身元が、10年前に都内で失踪してそのまま行方不明になっていた湯浅慶三郎と判明した。事件当時は大日本報国党党首で、政財界に強い人脈をもつ右翼だった。既に新聞で拳銃による自殺と報道されていたのを鷺沼は知っていた。湯浅の失踪事件が頭に引っかかっていた三好は、捜査が打ち切られ、継続事案となっていた資料に当たってみて、腑に落ちないことがいろいろ出てきたという。瀬谷区南部の薮山にある古い防空壕で発見された現場に、宮野は少し遅れて駆けつけたという。瀬谷署に帳場が立つと宮野は思っていたが、県警がいとも簡単に自殺で幕引きをしたという。宮野は実は不審なものを現場で目撃していた。湯浅が自殺に拳銃を使ったと報道されたが、その拳銃は間違いなくニューナンブだったと彼は断言した。

 ニューナンブはかつて日本の警察が制式採用していた回転式拳銃である。何年か前までは現役だった拳銃だが、今はどこの警察も使っていない。市販や輸出はされていないし、民間人が入手することは不可能なはず。今、日本の警察の制式拳銃はS&W製のリボルバーやシグ・ザウエル製のオートマチックに切り替えられている。回収された何十万丁にも及ぶニューナンブは厳格にメーカーで破砕処分されているはずなのだ。
 もし、ニューナンブだとすると、これは相当やばい話に転換してしまう。つまり、神奈川県警が早々に拳銃による自殺報道をした背景には、警察組織内に相当やばい裏があると宮野はみている。宮野は三好に呼ばれたのを幸いと、三好・鷺沼・井上と手を組んで真相を調べたいと言う。
 鷺沼はもちろん、過去の経験から宮野はそこに金の匂いを嗅いでいるのに気づいた。だが、三好と井上はその側面には気づいていない。単純に宮野の正義感に共感していく。
 警察内部に廃棄されるはずのニューナンブを横流しし甘い汁にたかる組織が秘密裡に形成され根付いているのか? 
 
 三好は、拳銃がニューナンブという危惧の側面は一旦切り離し、湯浅の死についてあくまで他殺を視野に入れて捜査の洗い直しをするという形を採るという。犯人は誰かを追うことにより、その過程で銃の出所が絡み、調べるという段取りである。その線で警視庁から神奈川県警に公式に証拠物件の提供を求めるシナリオを考えていた。
 当面、ニューナンブの線は宮野独自に県警内部のこととして調べることを任せることで進めたいと言う。

 鷺沼たちは継続捜査用の資料の精査から始める。資料は貧弱だったが、三好が腑に落ちないと思った事実は資料に記載されていた。当時、湯浅は大物右翼だったので、公安も何らかの情報を収集累積しているはずだ。井上は早速、湯浅に関するインターネット上の情報検索を行う。鷺沼は井上の収集した情報から、湯浅のあとを引き継いだ娘婿の深町靖男にコンタクトをとり、井上とともに聞き取り捜査をすることから着手する。
 
 宮野が公安らしき者に尾行されていると鷺沼に連絡を入れてくる事態が発生する。
 深町は湯浅が行方不明になった時、捜査を刑事部が行うだけで、日常的に接触があったはずの公安が捜査に乗り出さなかったことや、深町が後継党首になった後公安が一切姿を見せなくなったことを、逆に不思議に感じたという。
 湯浅の周辺に一番頻繁に現れていたのは公安三課の生方刑事だと湯浅の娘の発言からわかる。その生方について三好が調べたところ、湯浅失踪の三年後に42歳、警部補で依願退職していた。その理由は何か? 三好は確たる記録がないと言う。鷺沼はそこに追ってみる価値がありそうだと判断する。
 公安の追尾の目を避けるという名目で、宮野は鷺沼のマンションに転がり込む。そして福富がフィリピンでおかしな拳銃を目にしたという話を鷺沼に語る。それはニューナンブM60そっくりのS&WーM36チーフズスペシアルだったという。福富はけっこうガンマニアで拳銃の細部の特徴をも宮野に説明していた。警察組織内部の闇への疑惑が高まる。
 さらに、宮野が逆に同窓生に公安の刑事がいることから、その公安刑事を呼び出して探りを入れてみるという行動を取る。そこから思わぬボロが出てくる。公安が何らかの形で背景に絡んでいるようなのだ。
 捜査が始まると、次々に不可解な事象が発生するとともに、糸口が見え始めることに・・・。

 このストーリー、芋蔓式に聞き取り捜査を深めて行き、周辺情報が累積されていくにつれ、状況証拠として警察組織内に潜む闇組織のシナリオが見え始める。だがその確たる証拠がなかなか入手出来ずに紆余曲折を経ながら捜査が進展する。このプロセスがおもしろい。読者としてちょっとじれったい部分もあるが・・・・まあ、そんなものだろう。なにせ、長い時間が経過した事件なのだから。
 鷺沼と井上の捜査行動が生方の郷里での聞き込み捜査に及ぶや、公然と公安刑事が姿を見せるようになってくる。だが、上層部の指示範囲だけで駒として動く先端の公安刑事から先への糸口は見えてこない。
 周辺をジワジワと固めている確信はあっても、核心となる闇の本丸を押さえられないプロセスの描写。鷺沼、井上、宮野、三好の心理の動きとそこに加わる福富の心理の動き。それらが焦燥感を伴いつつ描かれていく。

 鷺沼が確たる証拠を入手できたと一瞬確信したが、その資料がするりと移送過程の途中で奪われてしまう。決め手となりうる確度の高い証拠の消滅!
 鷺沼たちは、次の一手、次善の策を案出する。マルサと組むという奇策。闇の組織の頂上を何としても捉えるために・・・・。
 だが、それも敵の牙城を切り崩せない。そこで、鷺沼は宮野らとフィリピンまで行くことにもなるのだが。
 
 鷺沼に幾度も辞表を書いては破り捨てるという行動をとらせるまでの手詰まりに至る。胸中に渦巻くのは慚愧の念。鷺沼が悶々とする日々のある日、一通の小封筒がマンションの集合ポストに届いていた。
 意外な形で、闇の組織に鉄槌を加えることができる証拠物件が舞い込んだのだ。
 それにより、鷺沼は湯浅と生方の周辺で起こった一連の出来事を組み立てることと、生方の生き様の全貌を理解することができた。
 鷺沼と三好は事件を何としても解決し、闇の組織を壊滅させる秘策を練る。

 この第3弾で特徴的と感じるのは、鷺沼と宮野の視点から公安警察の有り様についてかなり踏み込んで描いているところである。ここに描かれた公安警察とリアルな公安警察との間で、その思考・行動様式が近似しているのか。ここでの描写はあくまでフィクションの中での仮想現実の公安警察なのか・・・・。興味深いところだ。

 この作品のタイトル「破断」について、読後印象としてダブルミーニングのように受けとめた。鷺沼たちの地道な聞き込み捜査の先に幾度も立ちはだかる障壁により、事件捜査が破綻し断ち切れてしまうかもしれない危うさが押しよせるという側面。その一方は、鷺沼たちの捜査が警察組織内に築かれた拳銃の横流しをする闇の組織内にきしみを生み出させて生まれる破断という側面である。
 ところで、「破断」という熟語について。数十年来愛用している手元の複数の大型国語辞書には「破綻」「破談」は載っているが、「破断」という熟語は載っていない。一方、ネット検索で調べると、最近の国語辞書には熟語掲載しているのもあるようだ。少なくとも2つの辞典名称が付記されている説明ページをみつけた。
 本書での「破断」の使用と最近の辞書の熟語掲載の時期、そのどちらが先なのだろうか・・・・。思わぬ疑問が残った。

 ご一読ありがとうございます。

本書を読み、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ニューナンブM60 :ウィキペディア
おまわりさんの銃「ニューナンブM60」とは :「ミリタリーショップ レプマート」
S&W M36 チーフスペシャル X カートリッジ仕様 2インチ ブラック :「マルシン」
SIG SAUER P220  :ウィキペディア
SIG SAUER P226  :ウィキペディア
S&W M360     :ウィキペディア
制服警察官が持つ「回転式拳銃」は3種類が存在 2020.8.10 :「exeiteニュース」
【ガンマメ】日本の警察官の銃って、なんでリボルバーなの?装弾数足りなくない?
:「あきゅらぼ Accu-Labo」(ピストル射撃競技メインのサイト)
盗聴  :ウィキペディア
盗聴器・発見器  :「価格.com」
日本共産党幹部宅盗聴事件 :ウィキペディア
警察の市民監視考える 町田で「憲法守るたたかい」:「日本共産党 東京都委員会」
イラン・コントラ事件  :「コトバンク」
イラン・コントラ事件  :ウィキペディア
破断  :「コトバンク」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

この印象記を書き始めた以降に、この作家の作品で読んだものは次の小説です。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『希望の峰 マカルー西壁』  祥伝社
『駐在刑事 尾根を渡る風』   談社文庫
『駐在刑事』  講談社文庫
『漏洩 素行調査官』  光文社文庫
『山岳捜査』  小学館
『公安狼』   徳間書店
『ビッグブラザーを撃て!』  光文社文庫
『時の渚』  文春文庫
『白日夢 素行調査官』  光文社文庫
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『越境捜査』 上・下  双葉文庫
『サンズイ』  光文社
『失踪都市 所轄魂』  徳間文庫
『所轄魂』  徳間文庫
『突破口 組織犯罪対策部マネロン室』  幻冬舎
『遺産 The Legacy 』  小学館



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