遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『白日夢 素行調査官』  笹本稜平  光文社文庫

2020-03-22 10:56:56 | レビュー
 『素行調査官』シリーズの第2弾。「小説宝石」の2009年10月号~2010年9月号に連載発表され、2010年10月に単行本が出版された後、2013年6月に文庫本化されている。
 
 東北地方の中央部にある都市の駅前の繁華街にほど近いマンションの屋上から一人の男が8月下旬に飛び降り自殺をした。巡査部長で殉職した父の警察官人生を継ぐように、その男は高校卒業後、警視庁に奉職した。彼は潜入捜査員となった。依願退職の後、車のトランクにおとり捜査用の約1kgの覚醒剤を所持したまま全国を彷徨った。どこに身を隠しても、覚醒剤密売組織が放った刺客が、間を置かずに身辺に出没するようになったからだ。その挙げ句の果てに東北地方で自殺した。プロローグはこの自殺した潜入捜査員の警察官人生がまず描かれる。
 
 9月半ば過ぎ、キャリアの警視正で警務部首席監察官の入江から、人事第一課監察係の本郷と北本は、山形に出張し元刑事のお骨を受け取って来るようにとの指示を受ける。その男は死ぬ1ヵ月前に依願退職していて、自殺については事件性がないということで決着していたから、お骨を受け取りに行く理由がわからないと本郷が反論すると、入江は覚醒剤1kgが出て来たことと、その男が組織犯罪対策部第五課所属だったと答える。北本は薬物に関係したおとり捜査員が依願退職をして1ヵ月くらい後に自宅近くの路上で刺殺されたという事例を本郷に語る。入江がそれに補足する。自殺した元刑事は、この刺殺事件が起きた年に所轄の刑事課から生安の薬物対策課に異動していたのだと。さらにその薬物対策課が組対部に吸収されたことにより、組対部第五課の薬物捜査第三係に横滑り異動したと言う。

 本郷と北本が山形新幹線で東北地方に出張することになる。自殺した元刑事は坂辻誠一でその道12年の薬物捜査エキスパートだった。ミイラ取りがミイラになったのか。組織の圧力が働いたせいなのか。二人には謎が多く残されたままの出張となる。
 本郷と北本は、県警本部の黒井首席監察官に会い、坂辻自殺の発見場所と車が回収された場所やその後の経緯を確認し、改めて車全体からの指紋採取を桜田門からの依頼として行うように話をつける。マンションの屋上を見聞した二人は、そこから再びタクシーを拾い、坂辻の車が放置されていた林道の場所に向かうが、そのタクシーの運転手がある事実を目撃していたことを、道中の会話から知ることになる。坂辻の車の傍にシルバーメタリックのクラウンが停まっていて、堅気の感じがしない二人の男を見かけたと言う。坂辻の車があった場所付近で、北本が偶然にも小さな銀バッジを見つける。運転手は、中くらいのはヤクザの幹部がつける類いのバッジだと、その業界にいる中学時代の同級生から聞いた話だがとして語った。だが、地元のやくざのものでないのは確かだと付け加えた。二人は貴重な手がかりを得たのだ。
 おもしろいのは、本郷がそのお骨を現状では重要な物証だと入江に言われて、官舎の自室でしばらく預かる羽目になることだ。

 入江が銀バッジを手がかりに、事務所が大田区山王にある龍仁会という組の代紋だと割り出してきた。その組のシノギが覚醒剤ということも信憑性が高いと言う。
本郷と北本は龍仁会の事務所に出入りする車を糸口にするために張り込みの下見から始める。だが、幸運なことに、山形のタクシー運転手が言っていた車と同型のものが事務所の方にやってきて、庭に車を駐めるのを目撃する。そのナンバーと車をNシステムで調べるとヒットした。さらに、坂辻の車とこのシルバーメタリックのクラウンが全国のNシステムの通過ポイントで数時間からせいぜい1日以内の時差のもとに記録されているという事実までわかったのだ。それに携帯電話の位置情報が加われば、ピンポイントで現在場所が把握できることになる。だが、それなら警察関係者が協力していた可能性が濃厚だと考えざるをえない。
 依願退職をした元潜入捜査員が、警察手帳という魔除け(防御壁)をなくした時点で、警察組織の情報収集力を悪用した形で追跡され追い込められていたとすれば・・・・、そこには暴力団組織と警察組織内のいずこかとの癒着が想定されることになる。警察という伏魔殿からどんな魑魅魍魎が蠢きだしてくるかわからない。
 警察組織内に巣くう悪と覚醒剤を扱う暴力団等の悪の両面を暴くために、どのように調査して確証を掴んでいけるのか。警察の警察である監察という立場にとって、そこが正念場となっていく。

 放置された坂辻の車からは別の指紋が検出された。また、クラウンの所有者笠井を張り込んで、笠井が誰と会うかを追跡し会った人間すべての写真を撮るという行動を本郷と北本は始める。その笠井はクラウンを使い、警視庁本庁舎の少し手前で、組対部五課長の川喜多邦義と出逢い、車に乗せて移動したのだ。これはどういうことか・・・・。
 北本はかつて川喜多をセクハラ問題という別件で監察対象にしたことがあり、その顔をよく知っていた。
 読者にとってはおもしろい展開の始まりとなる。敵の方から本郷たちに突破口を作ってくれたようなものである。さて、どういうことになるのか・・・・。

 本郷が川喜多の周辺調査を始めていくと、なんと土居沙緒里が私立探偵の仕事として川喜多を調査していた。川喜多の妻の依頼で不倫調査を手がけているという。沙緒里の仕事との接点が出て来た。本郷は沙緒里との間で守秘義務違反の共犯関係に巻き込むことで、協力関係を作っていく。沙緒里は川喜多の不倫相手の名前とメールアドレスだけは掴んでいた。私立探偵には限界があるが、本郷には警察という公権力での調査の仕方がある。興味深い展開がここに加わってくる。また、入江の持つ職権が有効に機能し、入手情報が相乗効果を上げ始める。
 また、北本は監察活動を通じて過去に累積してきた裏ネタから、川喜多とリンクする糸口となる人物を抽出してくる。興和セキュリティの営業部次長に天下っている山田欣司である。山田に面談して川喜多について過去の背景情報を聞き込みする。山田は元監察官の時期があった。その折り、内部告発による川喜多と暴力団関係者との癒着問題が浮かびあがってていた話が出て来た。
 地道な調査から、警察関係者と暴力団関係者とのどす黒い人脈が浮かびあがっていく。それが坂辻の自殺に結びついていく。
 また、かつて川喜多を内部告発した男・岸上が独自に行動を起こしていた。彼の行動への動機には坂辻ともリンクする接点があった。岸上が本郷らに協力するようになる。
 
 一つ一つの糸口からの地道な調査が相互にリンクする接点や交点を持ち始め、全体像が見えていくという構成がスリリングでもある。
 最終ステージで、坂辻が自殺に追い込まれることになった潜入捜査がどのようなものだったかが明らかになる。麻薬特例法で認められたコントロールド・デリバリーという特殊な捜査手法があるというのを、この小説で初めて知った。
 遂に、入江、本郷、北本のチームは、坂辻の遺骨の受け取りから始まった事実の解明により、警察組織内に巣くう魑魅魍魎の最高地位者にまで到達する。「監察の職務で逮捕状を執行してはおりません。司法警察職員の権限においてです」と言い切る正しい理屈で逮捕に臨む。タイトロープの如き緊迫感に溢れるクライマックスの逮捕劇となる。
 ここからは読んでいただいて楽しんでもらうと良い。

 本書のタイトルは「白日夢」である。私が読んだ限りでこの語句自体が本文に出て来た記憶は無い。(見落としているかもしれないが・・・・・)
 手許の辞書を引くと、「白日夢」は「白昼夢」と同じ意味という。そして、「白昼夢」とは「非現実的空想」(『新明解国語辞典』三省堂)を意味すると記す。
 この小説のタイトルは反語的にネーミングされていると受けとめた。監察係の一員となった本郷は、徹底して調査をしてもその結果を非現実的空想として抹殺されかねないという、この組織独特の圧力、体質に屈することを常に危惧している。だがこの事案は非現実的空想に堕せずに、現実的のものとして逮捕を執行する結果に至る。魑魅魍魎を打破できるエンディングとなった。入江の目指す組織風でへの一歩前進を示した訳だ。正夢となったのである。読者にとってもスッキリとする結末である。

 さらに、勘ぐればこのタイトルはダブルミーニングとして批判的視点が含まれているのかもしれない。この作品はフィクションである。だから、この成果を出すに至った。
 現実の警察組織における監察システムでは、事案に応じてそこまで徹底したことが行われているのか。警察の警察という監察機能は、組織防衛という名のもとに落とし所を定めた白日夢を繰り返すにとどまっていはしないか・・・・という意味として。

 ご一読ありがとうございます。

本書からの関心の波紋でネット検索した事項を一覧にしておきたい。
おとり捜査  :ウィキペディア
おとり捜査 身近な法律問題  :「西野法律事務所」
「おとり捜査」線引きは 覚醒剤事件で12日地裁判決 :「朝日新聞DIGITAL」
大麻事件のおとり捜査  :「あいち刑事事件総合法律事務所」
【Nシステムとは?】設置されてる場所や目的、オービスとの違いも解説 :「Car-nalism」
自動車ナンバー自動読取装置  :ウィキペディア
全国簡易型Nシステムマップ(都道府県警端末/警察庁端末/AVI等/オービス)

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

この印象記を書き始めた以降に、この作家の作品で読んだものは次の小説です。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『素行調査官』  光文社文庫
『越境捜査』 上・下  双葉文庫
『サンズイ』  光文社
『失踪都市 所轄魂』  徳間文庫
『所轄魂』  徳間文庫
『突破口 組織犯罪対策部マネロン室』  幻冬舎
『遺産 The Legacy 』  小学館



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