3/28日経ビジネスオンラインから転記します。
-第21話「地熱発電だけではエネルギー問題の解決にはならないということだね」-
団達也は、サーディのすすめでパリに向かった。パリ第六大学にいる物理学者、ミミに会うためだった。達也とミミは、カルティエ・ラタンの日本料理店で落ち合い、未来のエネルギーについて議論をし、その後はミミの研究室で、新エネルギーについて話し合いを続けた。
ミミは、自然エネルギーに対する取り組みが遅々として進まない日本を見て「原発が止まって、原油価格が高騰しているというのに、日本の人たちはエネルギーの将来を本気で考えているのかしら」と不満を口にした。
かつて、達也と一緒に働いていた細谷真理は、上海のリンダのもとでビジネスパーソンとしての特訓を受けていた。
リンダのもとには、旧友のジェームスが訪れ、3人で日本の金融問題などについて議論を重ねていた。
パリ
「ダン、日本も地熱発電に本腰を入れたようね」
ミミは日本の新聞記事を指さしていった。
規制緩和を受けて、早くも福島県内で本格的な地熱発電所が動き出したと、その記事には書かれていた。稼働は2020年。発電容量は27万キロワットで原子力発電プラント4分の1基分に相当するという。
「これまでずっと、モノを燃やして電気を作るという発想にこだわってきたからね。でも、ようやく自然のエネルギーに目を向けたというわけだ」
達也がこう言うと、ミミは不満そうな顔で「そうなればいいんだけど」と答えた。
「日本の地熱資源量は2347万キロワットと世界3位の規模だし、地熱発電のコストは1キロワット時あたり9~11円程度で石炭火力とほぼ同じ。
でも、なんといっても国立・国定公園内に地熱資源が多いから、2347万キロワット全部を利用することは難しいでしょうね。温泉事業者や自然保護団体の反対は覚悟しなくてはならないでしょう。だから、あくまでも選択肢の1つとして考えておかないといけないと思う」
「つまり地熱発電だけではエネルギー問題の解決にはならない、ということなんだね」
ミミはうなずいた。
「ねえダン。イスタンブールのサーディの自宅からボスポラス海峡が見えたでしょう。前に行った時は、あの海流のエネルギーを電気に変える方法について、サーディと夜通し話したことがあったわ」
「なるほどね。ボクは専門的なことはわからないけど、日本には鳴門海峡というところで海流がぶつかって巨大な渦巻きができる場所があるんだ。下関と門司の間の関門海峡でも、潮の満ち引きの際にものすごい量の海流が流れているんだ」
ミミは楽しそうな顔で口を開いた。
「潮流発電が使えるわね」
「それって?」
「潮流は潮汐現象による流れのこと。潮流を利用して海底に設置したプロペラでタービンを回転させて発電するのが潮流発電。日本には流れの速い「瀬戸」や「海峡」と呼ばれるところがたくさんあるでしょ。さっきあなたが言った鳴門海峡、関門海峡、津軽海峡などの強流域で潮流発電の実験が行われているわ」
「どんな実験なの?」
達也は次第に興味を覚えた。
「津軽海峡には対馬海流が一気に流れ込んでいて、流れの速さは、確か最大で秒速3.5メートルはあったと思うな。安定的に電気を作り出す3枚の羽根が付いた発電機を海底に設置して電気を起こし、ケーブルで陸と結ぶのね。風力発電と同じ原理と言っていいでしょう。
でも風と違って、潮流は安定しているから計画どおりの発電ができるというメリットがあるの。風力の場合、風が吹かない日もあるし、風の強さも向きもいつも変わるでしょ。だから風力発電の稼働率は20%にも満たない。
でも潮流は6時間おきに向きが変わる以外はほぼ一定の強さで流れるから、潮流発電の稼働率は、たぶん40%位にはなるはず。つまり生産性は倍ということね。あなたの得意な管理会計を使って言えば、無駄なコストが半分に減るということ。それだけではないわ。水の密度は空気の1000倍もあるから、風力発電よりずっと小さな設備で電力を起こすことができるのよ」
ミミは次第に物理学者の顔になってきた。
「もう少し規模が小さいのが潮汐発電。潮汐で生じる潮位差を使ってタービンを回転させ発電する方式のこと。ここ、フランスのランスに発電所があって、出力は24万キロワット。海洋エネルギーを利用した発電所として世界最大の規模なの。アジアで潮汐発電と潮流発電で一番進んでいる国は韓国かしら。日本でも最近になって事業化計画がいくつも立ち上がっているわ。
それからもっと大きな規模となると海流発電ね。潮流と違って海流は地球規模の流れだから、年間を通じて流れる方向は一定でしょ。黒潮を使って発電するなんて、壮大で夢があるわよね。それに原子力発電に代わる可能性もあるし」
ミミは目を輝かせた。
上海
この日もリンダとマリ、そしてジェームスは事務所の近くにあるスコティッシュパブでスコッチを飲みながら話をしていた。
リンダは英字新聞をジェームスに見せながらあきれ顔で言った。
「ZIJって運用損失を1092億円も出したそうよ。残っている現預金はたった81億円ですって」
企業年金資金をデリバティブと株式投資で、2011年3月期までの8年間で、累計1092億円の損失を出したというのだ。
「信じられないほど稚拙な運用だよね」
と言ったのは、ファンドマネージャーをしているジェームスだった。ZIJはディーラーを抱えて取り引きをしていたが、その運用は主に投資の専門家だった社長の指示で行われ、ほとんどは「逆張り」だったというのだ。
逆張りは、株価が下落している時に株を買い、株式市場が強気で株価が上昇している時に株を売る投資行動のことだ。一般には株価の上昇時に株を売り、下落に転じた時に株を売るのだが、こうした市場の動向と逆向きに相場を張ることから、逆張りといわれている。
「強気一辺倒だったということか。それでことごとく思惑が外れ、巨額の損失につながった。ひどい話だよ」
と言ってジェームスはリンダを見た。
「私も信じられないわ」
リンダも同じ思いだった。
「こんな人が実質的に資金を運用してたのね。しかもリーマンショック後も安定した運用実績を上げたと、ウソの運用実績を顧客に報告してたというじゃない。この社長、監視委員会で責任を追及された時『運用に失敗したので成績を改ざんするしかなかった』と言い逃れしたそうよ。責任感のかけらもないんだから」
と言うと、リンダは真理を見た。達也から一流のビジネスパーソンになるよう鍛えてほしいと頼まれてから、リンダはマリの成長を見守ってきた。
「マリ、お金を人に預けるってすごくリスクがあるのよ。年金基金の中にはほとんどの資金をZIJに預けていたところもあるって話ね。それこそ、一番してはならないことだったのよ。そのことに日本人はやっと気づいたんじゃないかしら」
それはいつも真理に教える口調だった。
その時、二人の話にじっと耳を傾けていた真理が突然口を開いた。
「ジェームス」
「なに?」
真理はこわばった表情で、言葉を絞り出すように話し始めた。
「私、ずっとリンダを目標にしてきて、いつかリンダを追い越そうと思い続けてきた。でも、いまのままだとリンダは絶対に追い越せないことがわかったの。ジェームス、私をロンドンに連れて行って」
それは真理の叫びにも聞こえた。
-引用終わり-
一連の事故、事件に教えれれることがあります。
日本にとって大切なのは「いつまでも他国任せのエネルギーではいけない」ということです。
エネルギー政策も短、中長期を見据えて真剣に論じる必要があります。
-第21話「地熱発電だけではエネルギー問題の解決にはならないということだね」-
団達也は、サーディのすすめでパリに向かった。パリ第六大学にいる物理学者、ミミに会うためだった。達也とミミは、カルティエ・ラタンの日本料理店で落ち合い、未来のエネルギーについて議論をし、その後はミミの研究室で、新エネルギーについて話し合いを続けた。
ミミは、自然エネルギーに対する取り組みが遅々として進まない日本を見て「原発が止まって、原油価格が高騰しているというのに、日本の人たちはエネルギーの将来を本気で考えているのかしら」と不満を口にした。
かつて、達也と一緒に働いていた細谷真理は、上海のリンダのもとでビジネスパーソンとしての特訓を受けていた。
リンダのもとには、旧友のジェームスが訪れ、3人で日本の金融問題などについて議論を重ねていた。
パリ
「ダン、日本も地熱発電に本腰を入れたようね」
ミミは日本の新聞記事を指さしていった。
規制緩和を受けて、早くも福島県内で本格的な地熱発電所が動き出したと、その記事には書かれていた。稼働は2020年。発電容量は27万キロワットで原子力発電プラント4分の1基分に相当するという。
「これまでずっと、モノを燃やして電気を作るという発想にこだわってきたからね。でも、ようやく自然のエネルギーに目を向けたというわけだ」
達也がこう言うと、ミミは不満そうな顔で「そうなればいいんだけど」と答えた。
「日本の地熱資源量は2347万キロワットと世界3位の規模だし、地熱発電のコストは1キロワット時あたり9~11円程度で石炭火力とほぼ同じ。
でも、なんといっても国立・国定公園内に地熱資源が多いから、2347万キロワット全部を利用することは難しいでしょうね。温泉事業者や自然保護団体の反対は覚悟しなくてはならないでしょう。だから、あくまでも選択肢の1つとして考えておかないといけないと思う」
「つまり地熱発電だけではエネルギー問題の解決にはならない、ということなんだね」
ミミはうなずいた。
「ねえダン。イスタンブールのサーディの自宅からボスポラス海峡が見えたでしょう。前に行った時は、あの海流のエネルギーを電気に変える方法について、サーディと夜通し話したことがあったわ」
「なるほどね。ボクは専門的なことはわからないけど、日本には鳴門海峡というところで海流がぶつかって巨大な渦巻きができる場所があるんだ。下関と門司の間の関門海峡でも、潮の満ち引きの際にものすごい量の海流が流れているんだ」
ミミは楽しそうな顔で口を開いた。
「潮流発電が使えるわね」
「それって?」
「潮流は潮汐現象による流れのこと。潮流を利用して海底に設置したプロペラでタービンを回転させて発電するのが潮流発電。日本には流れの速い「瀬戸」や「海峡」と呼ばれるところがたくさんあるでしょ。さっきあなたが言った鳴門海峡、関門海峡、津軽海峡などの強流域で潮流発電の実験が行われているわ」
「どんな実験なの?」
達也は次第に興味を覚えた。
「津軽海峡には対馬海流が一気に流れ込んでいて、流れの速さは、確か最大で秒速3.5メートルはあったと思うな。安定的に電気を作り出す3枚の羽根が付いた発電機を海底に設置して電気を起こし、ケーブルで陸と結ぶのね。風力発電と同じ原理と言っていいでしょう。
でも風と違って、潮流は安定しているから計画どおりの発電ができるというメリットがあるの。風力の場合、風が吹かない日もあるし、風の強さも向きもいつも変わるでしょ。だから風力発電の稼働率は20%にも満たない。
でも潮流は6時間おきに向きが変わる以外はほぼ一定の強さで流れるから、潮流発電の稼働率は、たぶん40%位にはなるはず。つまり生産性は倍ということね。あなたの得意な管理会計を使って言えば、無駄なコストが半分に減るということ。それだけではないわ。水の密度は空気の1000倍もあるから、風力発電よりずっと小さな設備で電力を起こすことができるのよ」
ミミは次第に物理学者の顔になってきた。
「もう少し規模が小さいのが潮汐発電。潮汐で生じる潮位差を使ってタービンを回転させ発電する方式のこと。ここ、フランスのランスに発電所があって、出力は24万キロワット。海洋エネルギーを利用した発電所として世界最大の規模なの。アジアで潮汐発電と潮流発電で一番進んでいる国は韓国かしら。日本でも最近になって事業化計画がいくつも立ち上がっているわ。
それからもっと大きな規模となると海流発電ね。潮流と違って海流は地球規模の流れだから、年間を通じて流れる方向は一定でしょ。黒潮を使って発電するなんて、壮大で夢があるわよね。それに原子力発電に代わる可能性もあるし」
ミミは目を輝かせた。
上海
この日もリンダとマリ、そしてジェームスは事務所の近くにあるスコティッシュパブでスコッチを飲みながら話をしていた。
リンダは英字新聞をジェームスに見せながらあきれ顔で言った。
「ZIJって運用損失を1092億円も出したそうよ。残っている現預金はたった81億円ですって」
企業年金資金をデリバティブと株式投資で、2011年3月期までの8年間で、累計1092億円の損失を出したというのだ。
「信じられないほど稚拙な運用だよね」
と言ったのは、ファンドマネージャーをしているジェームスだった。ZIJはディーラーを抱えて取り引きをしていたが、その運用は主に投資の専門家だった社長の指示で行われ、ほとんどは「逆張り」だったというのだ。
逆張りは、株価が下落している時に株を買い、株式市場が強気で株価が上昇している時に株を売る投資行動のことだ。一般には株価の上昇時に株を売り、下落に転じた時に株を売るのだが、こうした市場の動向と逆向きに相場を張ることから、逆張りといわれている。
「強気一辺倒だったということか。それでことごとく思惑が外れ、巨額の損失につながった。ひどい話だよ」
と言ってジェームスはリンダを見た。
「私も信じられないわ」
リンダも同じ思いだった。
「こんな人が実質的に資金を運用してたのね。しかもリーマンショック後も安定した運用実績を上げたと、ウソの運用実績を顧客に報告してたというじゃない。この社長、監視委員会で責任を追及された時『運用に失敗したので成績を改ざんするしかなかった』と言い逃れしたそうよ。責任感のかけらもないんだから」
と言うと、リンダは真理を見た。達也から一流のビジネスパーソンになるよう鍛えてほしいと頼まれてから、リンダはマリの成長を見守ってきた。
「マリ、お金を人に預けるってすごくリスクがあるのよ。年金基金の中にはほとんどの資金をZIJに預けていたところもあるって話ね。それこそ、一番してはならないことだったのよ。そのことに日本人はやっと気づいたんじゃないかしら」
それはいつも真理に教える口調だった。
その時、二人の話にじっと耳を傾けていた真理が突然口を開いた。
「ジェームス」
「なに?」
真理はこわばった表情で、言葉を絞り出すように話し始めた。
「私、ずっとリンダを目標にしてきて、いつかリンダを追い越そうと思い続けてきた。でも、いまのままだとリンダは絶対に追い越せないことがわかったの。ジェームス、私をロンドンに連れて行って」
それは真理の叫びにも聞こえた。
-引用終わり-
一連の事故、事件に教えれれることがあります。
日本にとって大切なのは「いつまでも他国任せのエネルギーではいけない」ということです。
エネルギー政策も短、中長期を見据えて真剣に論じる必要があります。