眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

【コラム・エッセイ】楽しみは先にあるとうれしくないですか?

2022-12-24 21:38:00 | フェイク・コラム
 好きなものはいつ食べるか。メインを真っ先に食べてしまうと、その先はどうなるか不安になる。だから、最も好きなものと割と距離をとることがある。好きと嫌いは、一見紛らわしく見えることがあるのではないか。一番遠ざけているものが、実は一番好きなものであることもある。これは食べ物だけではなく、一般的にも言える話だろう。


 連ドラをみていて不安なのは、主人公が不在の回だ。これには考えられるパターンがある。大きなスポーツ・イベントや季節的な特番などで、差し替えられている場合。曜日やチャンネルを完全に間違えている場合。役者さんが出張などの理由につき、脚本に普段と違う変更が加えられている場合などだ。その場合、それはそれとして楽しめることもある。


 好きな準チョコレート菓子をみつけた時には、一気には食べないようにしている。一旦口だけ開けたら、翌日には次の探索に向かうのだ。次々と手を広げると外れを引くリスクも増すが、思わぬ発見をするためにはやむを得ない。好きなものをみつけること、好きなものに囲まれて暮らすことは、なんてハッピーなことだろう。


 面白い映画をみはじめるとすぐに止めてしまう。もっとみたいと思うと同時に、まだみたくないと思ってしまうからだ。そこでウォッチリストに入れて満足とする。面白いと思う映画は、だいたいすぐに引き込まれてしまうものだ。楽しみはあとに取っておいて、次の作品へと移る。「面白い」とときめいた瞬間に、止まる。そうして次から次、平行して複数の映画をみていく。時々、自分が今みているものが何であるのかわからなくなる。ジャンルに対する先入観も徐々に薄れていく。1つのジャンルに固定し難い作品も多く存在するのだ。アクション、ファンタジー、スパイ、音楽、人間ドラマ、ロマンス、スポーツ、ドキュメンタリー、コメディ、歴史、宇宙SF、ロードムービー。昔はロードムービーが大好きだった。好きすぎて、ロードムービーばかりを探してみていた。

 楽しみはたくさんあった方が安心できる。あとからまとめて押し寄せたらうれしくはないだろうか? 少し困るのは感性のズレだと思う。今日面白いと思ったこと。今日素敵だと思ったこと。それが明日も明後日も同じように思える保証はどこにもない。人の心は、自身を含めて移ろいやすいもの。もう1つは、サブスクにおける視聴期限だ。いつでも楽しめると言っても、いつまでも楽しめるわけではないことに注意したい。
 そこまで考えてみた時に、「楽しみは楽しめる内に」というのも、もう1つの正解であるように思えてきた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハイキック・プレゼント

2022-12-24 00:31:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに長い靴下のおじいさんがいました。おじいさんの靴下は、おじいさんの足の付け根から街角のコンビニまでありました。ある日、おじいさんは出かけました。部屋から一歩出るとそこはコンビニでした。おじいさんはおでんをイートインして楽しみました。コンビニの外の駐車場ではスマホを手にして遠くのものから金を巻き上げる集団がとぐろを巻いていました。可哀想な若者めが。おじいさんは華麗なハイキックを見舞いました。

「メリークリスマス!」

 おじいさんが見知らぬものたちを助けたあと、一帯には主を失ったスマホと道を誤った人形たちが転がっていました。午前0時をまわった頃、店長が出てきて出汁を注ぐと蘇生が始まりました。

「聖夜に死体は似合わない」
 おでんを好む猫たちが、目を輝かせて近づいてきました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

元気ないんですけど

2022-12-23 22:08:00 | 気ままなキーボード
 青葱が安かった。どれも同じように見えるが、鮮度にばらつきがあるかもしれない。僕は2、3回やり直して、これという青葱を取ってカートに入れた。自己満足か。葱を取るというちっぽけな選択さえも、本当は最初からすべてが決まっていたのかもしれない。自由な意思に自信が持てなくなる瞬間があるのだ。レジはあみだくじのようだ。空いていれば空いているところに行く。どこもかしこも空いている時は、どこに決めればいいのか。ふらふらと一番端のレジに行き着く。あるいは、それも最初から決まっているのか。

 レジの人はどこか元気がないようだった。いつもの人かはわからないが、いつもよりも声が出ていない気がした。何かあった? それともそれが普通だろうか。どうせ会計のところはセルフなのだし。薄切り肉のパックがいつの間にか小袋の中に入れられていた。僕は何を求めているのか。スーパーに元気をもらいにきているのだろうか。おかしな話だ。

 夫婦のようだ。あとに黒い犬が続いた。道草を食いながら、彼らの足を引っ張っていた。僕は元気な犬にしばしみとれていた。顔を上げると信号は青だった。まだ点滅していない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

再会の時(コーヒー・タイム) 

2022-12-23 01:57:00 | 【創作note】
 ちょっとした親切にほろっときてしまう。髪を切ればどこかリセットされた気分になる。それはどこまで続くだろう。傷ついているのか、傷つきやすくなっているのか。ただ単に疲れてしまったのかもしれない。人の声が懐かしくて仕方ないのか、完全に無視することができない。新築マンションの勧誘か。金がないと笑ってもあきらめずにアンケートを持ちかけてくる。「20秒だけ……」だけど、交差点は1秒を争う場所なのだ。時間がない。モスバーガーでね……。

「早くコーヒーを飲んでゆっくりしたいんです」

 ゆっくりするのを急いでいる。口にしてみて恥ずかしくなった。何という矛盾! 時間は散々捨ててきたようなものなのに、くれと言われると急に惜しくなるのだ。


 隣人は夢中になれるものを持っていた。大胆に広げたり、折り返したりしながら、食い入るように新聞を見つめている。滲む世界、幸せな気配がする。活字中毒。夢中になれるものを持っている人は、強い。世界を「それ」と「それ以外」とに割り切ることができるから。羨ましい人は、突然近くにいることもある。

 ペンを立てる。寝かせる。傾ける。影を見つめる。コーヒーの残りを確かめる。肘を抱える。シャツの色を確かめる。ポメラを開く。また閉じる。外の明かりを確かめる。俯く。脚を組む。前方に傾く。テーブルに指をつく。指を離す。虚無の運動。
 恐れは理由もなく訪れる。形なきものを追いかけていたのに、形にならないことを今は恐れている。

「秋ですね」

「そうですね」

 一言で終わってしまうあの感じ。言葉の孤独が恐ろしくて、ずっと書き出すことができずにいた。足が竦む。「上手く行けば……」そこから夜通し会話は続くことは知っているのに、どうしてこんなに恐ろしいのだろう。何かを作る自信。何かになる自信もない。虚無に支配された時間、僕は何もできなくなる。

 ゆっくりと時が流れる。一口が深いから、じっくりと味わうことができる。コーヒーは俳句に似ている。小さくても中身が濃ければ、ずっと浸っている人がいる。いつまでも飲み込まずに、噛んでる人がいる。短い中に「永遠」が留まっているようにみえる。儚い人の世に重なって共感を呼ぶ。

 訪れた時には隅の席が占められていたので、やむなく詰めてかけた。あれから時が経ち、あちこちの隅が空き始める。残された者たちが固まって少し密になっているようにも見える。「もしも今やってきたとすれば……」こんなフォーメーションは取らないだろう。突然に席替えを始めることも、罪ではない。だけど、そろそろ隣人も行く頃ではないだろうか。

 しあわせは継続する時間だ。コーヒーは目の前でじっと待っていてくる。繰り返し再会が約束されている。それはなんて素敵なことだ! コーヒーを一旦置いて……。そのためにテーブルは平らにできているのではないか。もしもテーブルがデコボコの岩だったら、バランスを崩してひっくり返ってしまうだろう。

 猫背になったまま固まっているとコバエがやってきてカップの縁にとまった。指で払おうとして指を伸ばすとコバエはコーヒーの中に落ちて黒い点になった。死んだ。それがコバエの最期だった。スプーンでコバエの浮いたままのコーヒーをすくってトレイの上に置いた。カップを反転させてコバエのとまらなかった縁を手前に持ってきた。大丈夫。僕は生まれてしばらくの間は左利きだったのだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファッション・リーダー(スーパー・パーカー)

2022-12-21 02:10:00 | ナノノベル
「どうです。ちょうどいいゆったり感でしょ」
「わるくないですね」
「こちらのフードは特殊な素材でできていて銃弾を弾きます。タイムシフト機能によって3分前に遡って弾くこともできます」
「へー」
「因みに私も持ってます」
「使うかな」
「あると安心ですよ」
「まあねえ。ちょっと重いかな。他にありますか」

チャカチャンチャンチャン♪

「こちらは胸のメッセージ・プリントが特徴的です」

(胸いっぱいの愛を)

「おっ!」

(誰よりも私をわかってくれる)

「メッセージを変えられるんです」
「無限に?」
「クラウドでつながってますので」

(ありがとう。色々と)

(次世代ヒューマン参上)

(明日からの物語)

「何か前向きな気持ちになれますね」

(豚まん3つ買ってきて)

「心を内側から引っ張ってってくれます」

(傷つきながら前へ)

「いいな」

「AIも内蔵されてます」
「中に?」

(恋しさを秘めて)

「胸中を読んで言葉にします」
「読まれるんですか?」

(炭酸で割ってくれ)

「着るほどに言葉が馴染んできますよ」
「これにします! グレーで」
「ありがとうございます!」

チャカチャンチャンチャン♪

「他は?」
「大丈夫です」
「ポイントカードはよろしいですか」
「大丈夫です」
「かしこまりました」

チャカチャンチャンチャン♪

「緊急放送です。
ただいま虹のまち北エリアにて銃撃戦が発生。
買い物中のお客様は速やかに避難してください!
繰り返します。ただいま虹のまち北エリアにて……」

「あっ、まただ」
「よくあるんですか」
「そうなんですよ。なかなかデンジャラスで」

「あー、やっぱり最初のももらっていいですか」
「スーパー・フードの?」
「はい」
「色はどうしましょう?」
「ブラックで」
「だと思いました。着て行かれますか」
「そうします」

「とてもお似合いです」
「そうですか」
「ありがとうございます! お気をつけて!」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スマホ戦争

2022-12-20 21:51:00 | 夢追い
 前方不注意主義者のスマホ男が、道を完全に人任せにして歩いてくる。俯く姿勢から無言の圧力を発しながら、ゆっくりとこちらの方へ。わかってるな。お前が変えろよ。俺は今この手の中の方でいっぱいだから。俺の進路をちゃんと読んで、お前が変えろよ。忙しい俺を煩わせるなよ。男は一瞬も視線を上げようとはしない。

 力に屈した日のことを思い出す。口の中に手を突っ込まれて、歯を全部抜かれてしまいそうになった日。抗うことのできない力で頭を捕まれて床に押しつけられた手。力がそんなに偉いのか。より強い力の前には簡単に屈するくせに。僕は手の中に収まる光の中から復讐の方法を探している。思い出すと怒りが腹の底からこみ上げてきて、すっかり見えなくなった。生憎夢中なのは、あんただけじゃないんだよ。僕の方が、ずっとずっと夢中なのだ。この街は命知らずな奴ばかりだ。全く酷い世の中になってしまった。スマホ男接近中。衝突はもはや避けられない。


 目から鱗が落ちたら女神さまに引き上げられてしまうから、何にも動じないように目を伏せて、余計なものを見ないようにして過ごしてきた。だけど、状況によって方法は変えなければならない。

「あいつら、教師を味方につけて俺たちを取り込むつもりらしいぜ」

 内に閉じていては僕の立場はどんどん弱くなるはずだ。ここらではっきりさせておかねば。僕は単身適地に乗り込んで相手を挑発した。

「おーい! 自分らが一番と思うなよ!」

「何だ転校生が!」

 挑発に乗って彼らはこちらの陣に入ってきた。9VS9だ! 彼らは皆手にスティックなようなものを持っていて、それは完全に想定外だった。(サッカー部じゃないのか)競り合いの後ろから飛び出すと僕は笹の葉の塊を奪った。引き技でかわすと1つのゴールであるコーナーへ向かった。フットサルで培った経験は十分に通用した。笹の葉を晒し、浮かして、敵を攪乱した。何度かコーナーをはみ出たところで審判が駆けてきた。

「まあ1点は認めよう」

 同時に注意も与えられた。なめたり出過ぎた真似は慎むように。僕のゴールによって僕らは勝利を手にした。自ら呼び込んだ戦いに勝って、僕はヒーローになったのだ。大丈夫。僕はここで生きられる。

「さあ、皆で笹の葉を回収して。お祈りの時間だ」

 人はどうして近道をしたがるのだろう。見えないところから突然現れる自転車に何度もぶつかりそうになる。はっとする顔。驚くのはこっちだというのに。砂利道を歩いている。川沿いを行く内にいつの間にか神社の中に入り込んでいた。人波に押し出されて戻れない。逆らえない流れに乗ってお参り。賽銭がまだのようです。お金なんて持ってない。スマホだけがすべてなのだ。
「あの男だ。逃げるぞ! お祈り泥棒!」


「気分はどう?」

「もう昼なのですか」

 記憶がまだ混乱していた。僕は死んだのか?

「大丈夫よ」

「ここは?」

「雲の上の家。ここだけが安全な場所」

「ここだけ?」

「そう。あの衝突で地球は滅んでしまったわ」

 窓の向こうに家が見えた。白と黒の家だ。

「絵に興味があるのね」

「絵とは」

「あの向こうには何もないの」

「そんなことは……」

 窓の外から光が射し込んでいる。

「私が引き上げてあげたの。安心して。ずっとここにいればいいわ」

 女は何か隠し事をしているに違いない。どうして僕が助かるのだ。風が吹いた。部屋の中の観葉植物が微かに揺れる。

「やっぱり」

「そういう絵なの」

 僕を騙してこの部屋の中に閉じ込めようとしているのかもしれない。光の角度が変わり、影が深く部屋の中に伸びた。白と黒の家の窓が開き、中から細い手がのぞく。

(助けて!)

「行かなきゃ」

「行っては駄目」

 思い出した。女は小学2年生の時の担任の先生ではないか。髪の色が違うのでわからなかった。

「ありがとう。助けてくれて」

 先生に別れを告げて窓から飛び出す。

「あなたが間違ってる。宇宙は内側にのみ存在するのよ」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

家庭訪問美術館

2022-12-20 02:19:00 | ナノノベル
「繰り返し問題が起きたため50年先のnoteを表示しています」
 サイトに生じた度重なる問題のために先が見えた。
 未来の私は小説から離れてパラパラ漫画を熱心に描いている。新しい知らせが届く。ベルをタップすると問題が起きた。
 もう一度タップ。
 画面が真っ白になってサイトがリロードされる。
 私は次の漫画を投稿しようとしていた。熟成下書きのお題が受け付けられない。
「まだ熟成されていません」
 フォトギャラリーがクラッシュして、部屋の明かりが消えた。窓がガタガタと震えている。私の体が何にも触れられずに持ち上がった。
(運ばれる)
 私は美術館の中を歩いていた。
 順路を示す矢印がかすれてよく見えなかった。誰の足音も聞こえない。
 立ち止まったのは、虎の絵の前だった。

「子の虎をここから出してください」
 絵の中の虎が口を開いた。テクノロジーを使えば、出すというのは難しいことではない。問題は倫理の方だった。
「外の世界を見せてあげたいの」
 子を思う親虎の主張はわからなくもない。
「出すのはいいけど、そのあとは……」
 計画性があるようにはみえなかった。
「私のようになってほしくないの」
「癒しを与えてるじゃないですか。みんないいと言ってますよ」
 親虎は自分たちのことを、どれほどわかっているのだろうか。
「この額縁の中では成長できないのです」
「世間がどんなとこかわかっているのですか?」
「いいえ。でもここよりわるくはないはず」
「どうしてそう思うのです?」
 親虎は答えなかった。

「期待だけでは上手くはいきませんよ」
 子虎はまだ一切口を開いていなかった。
「あなたはここに居続けたことがないからよ」
 親虎はつぶやくように言ってから目を逸らした。
「いなくなったとわかったらきっと問題になる。僕だってその時はどうなるかわからないんだ」
「どうせ手を貸す気なんてないのでしょう」
「決めつけないでくれ!」
 親虎の姿勢に少し腹が立った。

「みんな通り過ぎるだけなんだから……」
「また来週会いに来ます」
「もう結構よ」
「あなたにじゃない」
 子虎はじっと私の方をみつめていた。
 今度は君の声が聞きたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

モーニング・サービス

2022-12-20 01:21:00 | 夢追い
 宿題をすべて片づけて、安心して眠りたいと思う。けれども、片づいたと思ったら現れる。片づけるほどに散らかっていく。根本的には、何が宿題なのかがわかっていない。問題がわからないのだから、解決困難だ。物心ついてから、ずっと仮眠しか取れていないように思える。本当に安らかに眠れるのは、死んだ後かもしれない。眠りと死は、似ているようで真逆だとも思う。決して死を望んでいるわけでもないし、憧れるものでもない。死は生きているものにとって、あまりにも未知だ。


 自転車を置くスペースがないと到着してから気がついた。細い道で人とすれ違うのに時間を取られすぎた。発車の時刻まであと5分しかなかった。さよならを言ったのだ。今更戻るわけにはいかない。落ち着け。自転車は案外小さくて軽いじゃないか。ポケットに入るじゃないか。ぱっと開けた空もすぐに曇る。ポケットに入るのは鍵の方だった。駐車場の隅に置く? タクシーがバックしてきて押しつぶされる。定食屋の前に置く? メニューの書かれた看板の邪魔になり撤去される。無惨なイメージばかりが湧いては消えた。

「駐輪か?」
 突然、くわえ煙草の男が声をかけた。ずっとこちらの様子を観察していたのだろうか。

「あるで」
 思わぬ助け船だろうか。

「西の方や。あるいはもっと東か。九州か東京の方やな」

 聞くだけ無駄だった。僕はふっと笑うしかなかった。もう時間がない! その時はその時だ。歩道の端、ガードレールに押しつけるように自転車を置いた。自転車の運命よりも自分の旅を選んだのだ。鍵をポケットに入れて走り出した。

「悪くない」
 煙草の男が僕の選択を支持した。

「ありがとう!」
 改札を飛び越えて階段を駆け上がる。2番ホームへ渡るとベルの鳴り響く列車に飛び乗った。

「切符をください!」
 ちょうど乗り込んだ車両に車掌が歩いてきた。

「どちらまで?」
「東京まで。朝食付きで」
「かしこまりました」

 車掌がポーチの奥に手を入れて切符の準備する間に、僕は呼吸を整えた。扉が閉まる。ゆっくりと列車が動き出す。

「やっぱり朝食は明日で」
 家で食べてきたことを思い出した。

「ああ、やっぱり今日だけの切符で。朝食はなしで」
 色々と慌てたせいで頭の中が少し混乱していた。車掌は黙々と切符を作る作業に集中していた。

「Jカードをお持ちですか?」
「はい」
 僕は財布の中からゴールドJカードを差し出した。

「朝食もお付けしましょう」
 特別なサービスなのか、既にできてしまったからそうしたのかはわからなかった。少し気持ちが高揚していた。走ったせいで少しお腹も空いてきた。サンドウィッチくらいなら。僕は甘えることにした。

「ありがとうございます!」
 新しい扉が開きそうな予感がした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファースト・テイク

2022-12-19 22:30:00 | 夢追い
 カウンターの上に見えたバーガーを食べた。パサパサしているけどわるくない。横にあふれたポテトを食べていると、店員さんが駆け寄ってきた。何か驚いたような様子だった。

「そちらは……」
 必死に適当な言葉を探しているように見えた。

「別の人のですか?」

 店員さんの表情から、僕は察した。バイキングみたいなところだと思っていたが、どうやらやってしまったか。だけど、食べ始めてしまったものは、もうどうしようもない。

(今回だけ)

「今後は、番号をご確認の上で……」
 親切な店員さんの前向きな言葉に救われる。
 僕はこの街が好きになりそうだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夜明けの護送

2022-12-18 05:04:00 | 夢追い
 包囲された空間にいることが、大人であることの証明だった。折れ曲がった矢印が進むべき道を迷わせる。タクシーの刺客が交差点で牙を剥いて襲いかかってくる。プールの中に飛び込んで必死で腕を回した。クロールは間違った学習だったと思わせる。かいでもかいでも前に進むことができない。ターンする壁をずっと探している。

「ランウェイか」
 課長はそう言って電話を切る。アピールできるチャンスだ。

「自分行きます」

 あった! 『ランウェイ』はすぐに見つかった。こっちにも! 本棚は50音順ではなかった。同名多数。マンガ版はずらりと並んでいた。今必要なのは小説だった。違う作者のもある。タイトルだけ聞いて来たから、結局は手こずってしまう。どれが本当の正解かわからない。最初に見つけた一冊にかけるか、あるいは……。

「おいおい! いつまでかかってる」
 課長がかけてきた。女の人が叫んでるぞ。

 煮え湯ばかりを飲まされる。煮えているのはどうってことない。飲まされている感覚が許せなくて、暖簾を潜る。
「無地のシャツ、バケツを返した柄のパンツ、遠足に行くような二重瞼、口は真一文字で、工事中の道を縫うように逃走しております」

 おばあさんはしゃがみ込んで猫の頬に耳を寄せている。
「あなたの前世は自動車の修理工だったのね。その名残が髭の先にまだ微かに残っているのね。原理、歴史、性能、用途、そういったすべてを熟知しているのね。通り過ぎていったのはプリウス。あなたはそれを愛していたのね。来世はどう? そう……。思うようにはならないのね」

 リサイクル・カーが古くなったミシンを積んで通り過ぎる。

「誤算であると願いまして」

 だから間違うんだって。パンの耳がつながって並木道になる。新幹線より早く歩けば昼前には着くという。道は九州に直結していた。寒さが身に沁みる。冬を愛する人は決して夏を呼んだりはしない。煮え湯が集まって風呂が沸いている。運転手、課長、おばあさん、鹿、猫、先生。生きてましたか。まるで世界の縮図だ。これが働くということか。

「大丈夫。きみには才能がある」

 やっぱり、先生はわかってくれてる。

「まあ、誰にでもあるんだけどね」

 先生? どうしちゃったの。信じて歩いているだけではどこにもたどり着けなかった。僕はエレベーターの中に閉じ込められている。行き先はないし、開くも閉じるもない。どうしてこの箱がエレベーターなのだろう。何も食べていなくても、天井から光が射し込むと少しだけ明るくなる。アナウンスに従って熟成ボタンを押すとフルーツの漬け物が完成するだろう。26時を回った頃に配達員が押し寄せて、ここは人気のゴーストであることを知らされる。熟成ボタンが足りない。赤いネクタイを持った男が手際の悪さに文句を言って、僕の首を絞めている。強い。まるで本気すぎる。


「着いたぞ」
 父の声で目が覚めた。後味のわるい夢だった。

「父さんのことは絶対に言わないから」
 出頭は自分で決めたことだった。

「当然だ。わしは一家の大国町だからな」

 父さんの言う通りだ。僕は王子町2丁目辺りだな。もっと北へ、そして西へ進んでいつか追い越してやるつもりだ。
 もうすぐ夜が明ける。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金がないから望みが叶う ~「うっかり王」からの脱却

2022-12-17 02:44:00 | 詰めチャレ反省記
 詰将棋は空想と同じだ。自分の脳だけあればどこでも考えることができる。何も道具がいらないので、お金もかからない。いつでもどこでも考えようと思った時にできる。野球ならばバットやグローブが必要だ。サッカーだったらボールやゴールやスペースが必要だ。卓球だったらネットやラケットやピンポン球が必要だ。将棋だったら盤や駒が必要だ。ゲームとなれば対戦相手も必要だろう。空想/詰将棋は、自分と時間さえあれば自由に楽しむことができる。例えば、信号を待つちょっとした隙間にも。(ただ待つことを意識して待つという姿勢は退屈で苦になることは多い)

 例えば、病院の待合室でボールもグローブも何もないという時に、頭の中の空想/詰将棋は、誰にも邪魔されることなく可能である。頭の中で金や銀が輝いていても、竜や馬が暴れていても、誰がそれを咎めたりするだろうか。例えば、歯科医の待合室でボールやラケットがない時にもそれは可能だ。例えば、独裁者に支配された教室の中で何も持つことが許されないというような状況下でも、それは可能なのだ。空想/詰将棋は、金も何もないという人生のピンチにおいて、無から希望を生み出すような可能性を秘めている。

 詰将棋を解くには読みと閃きが大事だ。実戦型詰将棋である詰めチャレにおいて、もう1つ忘れてはならないのが「状況の把握」である。(実際の実戦では、初手から指し進めることで自然と盤面全体は把握されるが、詰めチャレではこれを瞬時に行う必要がある)特に重要なのは遠くから利いている大駒の利き、準大駒とも呼べる香の利きだ。何だ簡単だと詰ましにいったら自陣から馬が戻ってきて根こそぎ取られてしまうことはないか。絶対詰まないと絶望していたら実は自陣の香の利きが通っていて簡単だったということはないか。そういう問題の多くは2000点未満の比較的簡単な問題だったりする。
 レーティングの安定している人というのは、そういう「うっかり」や取りこぼしが少ないのだと思われる。詰まそうと必死になるほど、視線は玉周りに集中しがちだ。1点を見ながら遠くを見る。玉の逃走経路/終着点を瞬時に見渡せることで、指し手の精度は上がっていくことだろう。

 把握すべき状況のもう1つは相手の駒台だ。自分の駒台を瞬時に把握することも大変だが、同時に相手側も見なければならない。これは詰みに合駒が関係する場合である。詰将棋の重要なルールの1つに、受け方の駒台には残り駒全部が載っているという設定がある。これは受け方に圧倒的に有利である半面、現実的ではない。実戦の難しさの1つはめまぐるしく変化する戦力/駒台を把握し続けること。詰めチャレは実戦同様リアル駒台があり、そこが合駒問題となった時に大きな意味を持つ。

「すべての合駒が使える」=「金合いで詰まない」=「不詰み」こうした構図が、詰将棋慣れした人ほど瞬間的に浮かび、詰まない方にジャッジしてしまう。これは言ってみれば詰将棋の弊害だ。金が将棋において最も強力な守備駒であることは言うまでもない。金によって助かる/詰まない場面があれば、その反対には金がないことによって助からない/詰む場面が無数に存在する。駒台を見ること。(金はあるのかないのか)駒台にあるものを知ることは、そこにないものを知ることに等しい。

 詰将棋には合駒問題という1ジャンルがある。(大駒と香による離し王手に関連して)詰めチャレにおいても、大駒が関係する場合にそれはかなりの割合を占めると言えるだろう。詰将棋では主に合駒請求問題だが、詰めチャレでは、そこに多くの実戦的な問題が加わる。(駒台が0で合駒が利かず1手詰というのがその代表例)合駒なし問題、合駒金なし問題、歩切れ問題、歩が利かない問題、合駒角なし問題、合駒桂なし問題、合駒香なし問題……。合駒問題は複雑で詰将棋を奥深いものにしている。
 ただ1つ「金があるかないか」だけに着目しておくだけでも、間違いなく棋力は進歩するはずだ。合駒の意識、それは詰めチャレを極めるための大切な鍵だ。


「一瞬で詰ませたら胸がすくのに……」

 第一感から超人だったら難なく詰ませるのに……。そんな夢を抱きながら、問題に向き合っている。状況がつかめるようでつかみ切れない。つかもうとするほどに焦る。玉が広くどうやってもするすると抜けていかれそうな気がする。初手は? 終点は? 焦るほどに30秒はあっという間になくなっていく。残り1秒。確信のないまま持ち駒をつかむ。王手! 駄目だ。指が間に合っていない。判定は時間切れ。
 頭金に代表されるように、基本の形・類型に持ち込めるほど詰めは容易だ。そこから離れるほどに、難易度は上がりより高いスキルが必要となってくる。

~後方一間竜+合駒金なし問題

   25香 14玉 12飛成!

 25香が限定打なのは、26に銀を打つスペースを空けておくため。同じ一間竜でも34飛成だと香が邪魔をして25銀と打てず不詰となる。見えなかった変化は、後方からの一間竜を作る12飛車成だ。これが前方の25香と連動して持駒(合駒)に金・飛車がないため次の23竜を防ぐことができずに詰み筋となる。もしも合駒に金があったら……。(あるいは詰将棋だったら)13金と合駒されてまるで詰まない。(寄りなし)
 この時、読みの水面下に現れる「まるで詰まない」という意識/先入観がブレーキとなって、正解にたどり着けなかった。これが詰めチャレ合駒問題の壁だ。玉を吊り上げての一間竜のイメージと駒台に金がないという残像がスムースに結びつくまで、繰り返しチャレンジすることが必要だろう。


将棋ウォーズ必勝法 「シンプルな問題はシンプルに詰ます」
  ~ラジオ体操によって体幹を鍛える

(5分で初段 5手詰)

 詰めチャレにはそうしたヒントが何もない。「詰む」という基本ヒントのない実戦は、より難しい。難易度が最初にわからないことが、詰めチャレの難しい(面白い)ところだと言える。もしも、最初に5手詰とわかっていれば、難解な変化、遠くへ追っていく長手数の変化を切り捨てることができる。(玉はその場で詰むのだ)それがわからないというだけで、問題はかなり厄介になる。
 難しく考えすぎるあまりに、ごく簡単な筋をうっかり見逃してしまうことがある。先を読むことに夢中になり、遠くにあるであろう詰み筋を読切ることに集中することで、目の前にある単純な筋が見えにくくなってしまう。こうした現象は、マジックなどでも多く見られるものだ。「複雑なトリックがあるのだろう」という強い思い込みによって、目の前にある単純な仕掛けから目が逸れてしまう。

「複雑で難解なのか、単純で簡単なのか」

 詰めチャレでは、問題のレベル/本質を瞬時に見極める力が必要とされる。(出題に揺らぎがあるところが素晴らしいのだ)いくら深く読んだところで、完全に的を外していてはまるで意味がない。実戦的な複雑さの中に現れる単純な仕掛けを、瞬時に見つけ出す。その力は「読み」というよりも「感性」「感覚」と呼んだ方が近いだろう。深く読む力を養う、潜在能力を高めることは容易ではない。例えば、人間は並の努力を重ねたくらいでは、自力で空を飛ぶことはできない。(スーパーマンやスーパーサイヤ人とは違うのだ)しかし、転びにくい歩きを極めることならできる。そのためには、ラジオ体操のような日常的な取り組みによって、意識的に体幹を鍛えることが重要だと思われる。日々の積み重ねによって感性を磨くのだ。

(簡単な問題は簡単に詰ます)
 苦労して詰ましたが、数字を見ると意外に低い。そういう問題を振り返ってみると、実はもっとシンプルに詰み筋が存在する場合がほとんどだ。詰めチャレには(正解筋)というのがなく、詰めば正解とされる。最短距離/本線から外れていたが、何とか間違いながら詰ます。勿論、詰ますことはよいことには違いない。しかし、単純に紛れなく(明快に)詰み筋があるものを、どうにか王手を続けてたまたま詰んだというのは、胸を張れるものではない。簡単な問題は簡単に詰ますべきなのだ。
 余計な王手をせず、余計な駒を使わずに詰まし切る。早ければ早いに越したことはない。より確実性を高めることで、実戦的にも勝ちやすくなるはずだ。

(将棋は時間との戦いだ)
 時間は手数と言い換えることもできる。将棋ウォーズのような超短時間の将棋では、(特に切れ負けというルールでは)長手数になればなるほど時間切れになる可能性が増す。本来は3手で詰んでいた玉を9手かかって詰ましにいったために、途中で時間切れに泣いてしまう。そんな経験はウォーズの棋士なら誰にでもあるのではないだろうか。(長手数の詰みを詰まし切ることはかっこよく思われるが、短時間の将棋の中ではあまり現実的ではない。「読む」ことそのものが時間を食う上に、読みが無駄になる、読み抜けが生じる、結局自分で転んでしまう、そうしたリスクも高くなるためだ)感覚が的確に本筋を指し、短い読みを正確に読む。1手詰、3手詰、5手詰。切羽詰まった状況で、短い詰みをちゃんと詰ます。それができる人が強いのだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金がないから勝てる/金しかないから勝てる

2022-12-17 01:32:00 | 詰めチャレ反省記
「そうか、金がないのか」

 もしも相手に金があったら、手も足も出ないところだ。あきらめて負けを認めるしかない。当然のように、金はあるのだと思い込んでいたとしたらどうだろう? 相手に金があるという想定、金があるというイメージが、自分の中に強く存在したとしたら、既に頭から負けに傾いているのかもしれない。金はそれほどに重要だ。最も重要と言ってもいい。生死を分かつもの。それが金なのだ! 

 どうして相手に金があると思ってしまうのか。それは「残り駒全部」(盤上にない駒)を受け方が持っているという、詰将棋ならではのルールからきている面が大きい。詰将棋にたくさん取り組んだ人ほど、陥りやすい傾向とも言える。実戦では、当然駒台にない駒は使うことができない。
詰将棋の合駒問題とは、すべての合駒について考えることが通常だが、詰めチャレは実戦と同様に使えるのは駒台にある駒のみである。

(駒台を見よ!)

 金があるから助かる、金がないから詰む。そうしたケースをよく理解して、常に駒台に着目する習慣をつけることが重要だ。例えば、パターンとして多いのが、送りの手筋と関連した詰み筋など。

23銀成! と34にいた銀で玉頭の歩を食いちぎる。対して同玉ならば、21竜と一間竜で追撃する。その時、もしも合駒に金があれば22金打と合駒し鉄壁だ。ところが、金以外(飛車もないとする)の駒では32の金に紐をつけられないために、34銀! から32竜で一間竜の形となって詰み筋に入る。戻って最初の23銀成を同金はどうか。今度は72竜! と横から王手する。この場合も32金と合駒できれば鉄壁。ところが、金以外の(飛車でもない)駒では31銀! から42金で詰み筋に入る。異なる応手でも、金がないために詰み筋から逃れられないのだ。


「そうか、金しかないのか」

 また、これとは逆のケースもある。自分の持ち駒に金がないためにどうしても詰みがないとあきらめてしまいそうな形。そこを合駒請求によって打開できることがある。

31銀 12玉 72飛車成! もしも合駒に金・飛車以外の駒があったとしたら、42香などとして全く詰まない。ところが、金しか駒台になかった場合は、42金打 同竜! 同金 22金 として合駒の金を回収することで、12玉にとどめを刺すことができてしまう。

 先の例では「金がない」弱点を突いて詰ますことができたが、今度は「金しかない」という状況が逆に弱点となり詰み形を得るのが面白いところだ。
 詰めチャレ上達のためには、合駒問題は避けて通ることのできないテーマとなる。盤面を広く見て自分の持ち駒を把握しながら、局面によっては玉方の駒台の特性を瞬時に見極めることが重要となる。とりわけ「金のあるなし」は鍵になると知っておきたい。そうした訓練を続ける内に、自然と実戦の終盤力も上がっているに違いない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【コラム・エッセイ】金はあるほどよい?

2022-12-16 23:41:00 | 詰めチャレ反省記
 味方がボールを持てばフォローに行くのが当然だ。フォローは多いほどよい? フォローは近いほどよい? 実はそんなことはなく、時にはまるでフォローしない方がよい。例えば、三苫さんがドリブルで持ち上がった時は、下手に寄っていかない方がよい。そうすることで三苫さんの使うスペースが失われてしまうからだ。場合によっては離れていくような動きが正解となる。三苫さんが縦に突破して、クロスを上げられるというタイミングでゴール前に飛び込む。三苫さんが中に切れ込んで、シュートも打てるよというタイミングで裏に抜ける。そうした動きが有効になる。前線に数が集まるほど攻撃力は増すようだが、決してそんなことはない。むしろ味方同士が重なることによってスペースを潰し、上手く攻撃が機能しないことが多い。攻撃というのは、数と同様に効率がとても大事なのである。

 例えば、32竜と一間竜の王手に42桂と合駒された局面で、普通の数の攻めは41銀だろう。しかし、それには51玉! と銀の腹に逃げ込まれ、以下52香と追っても、61玉とするすると逃げられてしまう。その時に、注目すべきは41銀の存在(配置)であり、打った銀が陰になってそれ以上竜を活用することができない。言い換えるなら、手厚く行った41銀がむしろ邪魔をして、三苫さんがドリブルをするスペースを消してしまっているのだ。もしも、41の銀がいなければ……。その発想に思い至れば解決したも同然だ。似た王手でもあえて逆サイドから61銀! とただのところに打つのだ。同玉(または51玉 52香 61玉)ですぐに銀は消えてしまうが、それでいい。今度は銀のいないスペースに41竜と再度の一間竜を実現させて詰み筋に入る。物量に物を言わせるだけでは駄目で、効率を重視すべくあえてただのところに捨てた方が正解というのが、詰将棋の面白いところだ。

「やはり一間竜は偉大だ!」

 金はあるほどによい。そう思っている人は人生の学習が十分ではないと言えるだろう。多すぎてはスペースが失われてしまうことはもはや疑いようもなくなった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【コラム・エッセイ】コーヒーとキャッチ・ボール

2022-12-16 12:40:00 | フェイク・コラム
「店内で」

「テイクアウトで?」

「いいえ、店内で」

「店内で」

「ブレンド・コーヒー」

 ジャズが大きいせいもあって、上手く伝わらなかった。40分かけて歩いてきたのはここでコーヒーを飲むためだ。けれども、世界は思うほど自分のことを知らない。今日はファースト・コンタクトに失敗したと思った。
 コミュニケーションは常に難しい。
 自分から行きすぎず、聞かれたら答えるくらいがいいのかもしれない。
(はい、いいえ、コマンド式だ)

 一気に皆まで言うのが明快?
 礼儀正しい?
 逆に混乱することはない?

「こちらはFBIのジョーカーと申しますけど、昨年のクリスマスに桜川3丁目に訪れたサンタクロースが連れていたトナカイが所持する鞄の中からあなた宛の手紙が見つかり、切手から暗黒物質が検出されましたので、今から直接お会いしたいと思いまして、船場でコーヒーでもいかがですか?」

 次から次へあることないことを言って考える余地を埋めようとするのは、人騙しのやり口でもあるので気をつけておいた方がよい。

「いらっしゃいませ」

「文房具はありますか?」

「例えば何でしょう?」

「油性マーカー」

「はい。それでしたらあちらの方に」

 このように問題を少しずつゴールへ近づけていくという方が、明快であることも多いのではないか。
 最初の「文房具は」というのも、無駄と言えば無駄に当たる。但し、突然「油性マーカー」と切り出すことに多少のリスクがないわけではない。「油性マーカー」という言葉は、どれだけメジャーだろうか。日常的に馴染みがあるだろうか。「うぜいばーか」等のように間違って伝わってしまうリスクも決してゼロではない。
「文房具の油性マーカーはありますか」と言うのも普通と言えば普通かもしれないが、やや情報過多で重くも感じられる。油断している店員等に当たった場合は、受け止め切れない可能性も高い。
「文房具」から切り出して、キャッチ・ボールを始める。まずは肩慣らしというわけだ。相手がどういう球を投げてくるか。ちゃんと投げ返してきたら、改めて自分のリクエストを遠くへ飛ばす。一旦、「文房具」を通しておけば、「油性マーカー」はより確実に届くはずだ。一球一球確実に。最初は近く、軽く。そして、徐々に強く遠くへ。それがキャッチ・ボールの呼吸と言えるだろう。

 話を考えていた。
 神社で迷子になる話。犬がワンと鳴いてガンマンが腕を競う話。ラーメンが部屋中を埋めて困った人の話。色々と考えるが何もまとまらない。何が面白いのかわからなくなる。

 訪れたばかりの余裕。たっぷりのコーヒー。まだ温かい。適度な喧噪。いつまでも続かないことはわかっている。

 昨日のこと、いつかのこと、寝かせてある話、とってある話、とっておきの話、課題のテーマ。解決不可能な問題。今起きたこと、今思いついたこと。思いつくのはよいことのはずだけど……。
 今思うことを優先すると、過去がどんどん置き去りになっていく。過去にあるものを大事にしようとすると、今だけにある鮮度を捕らえるチャンスを手放さねばならない。
 掘り下げないと楽しめない。掘り下げすぎると時間が足りなくなる。いったいどこから始めればいいのか。

(とても手に負えない)

 あせる。
 あきらめる? 
 あがいてみる?

(放り投げてしまおうか?)

 突然、弱気になる。
 投げやりな気分になる。
 忘れた方が楽なのかもしれないと思う。

 今日だけでは足りない。今日をいくら寄せ集めたところで、やっぱり今日だけでは足りない。今日を追い越して行かなければ、明日には手が届かない。果たしてそれは可能か?

 表の看板が取り込まれ、加速をつけて片づけが進められていく。すっかり冷めてしまったコーヒー。口をつければ少し苦い。やっぱり、これもコーヒーだ。見渡せばまだ多くの人がくつろいでいるように見えるのに、本当に終わってしまうのだろうか。店員に接触してキャッチ・ボールを始める意欲は湧かなかった。
「21時までですか?」
「はい」
 平然と短く返ってくるか。
「21時までですか?」
「……」
 あるいは、申し訳なさげな顔の頷きが返ってくるくらいだろう。

 思いついたところから、いいと思ったところから、手をつけていくしかないのか。

(虚無よりはよほどいい)

 今日を生きた証明に僕はせめて日記を間に合わせたかった。
 時間が足りないのはかなしいことだけど、時間が足りないと思えることはうれしいことかもしれない。ひねり出した答えが、自身を少しだけ勇気づける。

「ごめんなさい」

 何も知らず今頃になって訪れた客に、店員が閉店時間を告げている。ああ、やっぱり終わりなんだな。間接的なキャッチ・ボールから結論を受け取ると僕は最後の一口を飲み切って pomera を閉じた。

「そうなんですね」

「はい。ごめんなさい」

「それは残念……」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

街中華の味方

2022-12-16 05:54:00 | ナノノベル
「お好きな席へどうぞ」

 言われる前におじいさんは席に着いてメニューを開いていた。カンカンと鍋が鳴る中で火をつけたショートホープをくゆらせると、たちまち煙は不愉快な輪となりカウンターに広がって、取り込み中の箸を拘束してしまう。餃子を食べる客の手が、チャンポンを食べる客の手が、冷やし中華を食べる客の手が、ニラレバ炒めを食べる客の手が、天津飯を食べる客の手が、フライ麺を食べる客の手が、すべて止まって、衰えをみせない煙は忌まわしい猫となって料理人の冠にとりついて右脳を支配し始めた。優雅にまわっていた鍋は完全に運動をやめて、じりじりとチャーハンが焦げ付いていく。ただ一人銀のリングを持つ男だけが煙の影響から逃れ、頃はよしと立ち上がった。

「街中華営業妨害の現行犯で逮捕する!」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする