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眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

折句の作り方

2018-03-09 02:34:40 | 折句の扉
クジラうえ
リクエストした
水族館
マダイが歌う
スローバラード

例「クリスマス」

クジラうえ
とまずは何となく言ってみる。
うえたのでリクエストしてみる。
それは水族館だと考えられる。
水族館なのでマダイが現れる。
リクエストされているので歌う。
それはスローバラードだと思われる。
自然に考えればこのような歌になる。

なんだかバラバラな感じもする。
まとまりがわるい感じもする。
クジラとマダイが噛み合わない感じもする。
意味があんまりない。

こんなの駄目だと捨ててしまうか。
それよりこんなんでもどんなんでも作ってしまった方がいい。
作り続ければ自分の歌くらいは越えていくことはできる。
越えられない日もあるけれど、それでも続けていく限り必ず越えることはできる。
越えなくてもいい。それでもいい。何でもいい。そう思っていてもやっぱり越えてしまう。

からくり店長(折句の扉)

2018-03-07 12:26:45 | 折句の扉
季節が変わるよりも多く店長は変わったものだ。店長の顔が変わるとそれに合わせて店の色が変わる。「いらっしゃいませ」のトーン、ポップの置き方、発注の仕方。様々なところに店長の癖が表れる。
 長持ちする店長もいれば、短い時間に強く印象を残した店長もいた。無駄な廃棄を人一倍嫌った店長は、少しずつ商品の発注量を減らしていった。雨がゆっくり上がるように、おにぎりは米粒を減らした。混雑することのないきれいな棚。やがて、棚はすっかり空っぽになった。
 光だけがさす棚を見て客は寂しげに帰って行く。それからすぐ店長自身も姿を消した。

「お願いします。お願いします」
 店の真ん中で、空気に向かって土下座をしているのは、今日の店長だ。見たところ人はよさそうだ。本当にいい人かどうかはなかなかわからない。見え始める頃には新しい店長に入れ替わるのが常だった。ピピピピピ……。いらっしゃいませ! レジを片づけるとパンコーナーに向かった。新商品のパンが何かの間違いのように大量に届いていた。一つずつ丁寧に棚に詰めてケースを空っぽにするが、また次も全く同じパンがぎっしりと詰まっている。見ているだけで嫌気がさしてくる。並の詰め方ではとても収まり切らない。一つ一つ心を込めていた、心が商品棚から離れ始めた。折句の扉が開き、その中に心が吸い込まれていくのを止められない。春休み、ひなまつり、かきつばた……。

「お願いします。お願いします」
 遠くで誰かが歌を詠み上げる声がする。そうだ。先の見えない作業の中で自分を保つためには、誰だって歌うしかないのだ。かきつばた。先頭に五文字を置いて、折句の扉の向こうに手を伸ばした。もちもちとした弾力のある言葉たちが手にくっついている。何をとっても正解だ。何をとっても正解じゃない。それが空想を永遠的なものにしていた。ピピピピピ……。いらっしゃいませ! ありがとうございます!
「またお越しくださいませ!」
 途切れても大丈夫。かきつばたの五文字の元で、すぐに歌の続きが再生される。折句の扉の向こうでは、チョコやチーズの匂いをつけた言葉たちが交流を持ちながら泳いでいた。パンは丸でも三角でもなく、歌のように自由な形を取っていた。
(今月のおすすめ品)
 店長手作りのポップが、歌の風に誘われるように揺れていた。


からくりの
税抜き表示
立ち上げて
ちいさく銭を
盗む店長

折句「風立ちぬ」短歌







語らう犬の生活

2018-03-06 01:35:15 | 折句の扉
誰かに取られるということもないけれど、犬は土を掘って自分の陣地の中に埋めた。2月の間に転がり込んだ過剰な贈り物は、みんな土の中に埋めてしまった。先のことを考えるというのではなく、身についた仕草を止めることができなかった。実際、犬は自分で埋めたものが好物でも宝物でも何であっても、自分でしたことを覚えていることはなかった。

いつもの散歩道の途中、犬は足を止めて注意深く嗅いだ。折句の扉はそこにはなかった。何か似たような匂いがしたが風のいたずらにすぎなかったかもしれない。また、しばらく行くと足を止めた。道行く人がその探求心に羨ましげな視線を投げかけた。いつもの散歩道の中から折句の扉は見つからない。もっと先へ行かなければならない。新しい道へ踏み出そうとした瞬間、強い力で引き戻される。見えていても進めない世界はどこにでもある。

3月の風が穏やかに吹く頃、犬は土を掘り出した。埋めるべきものは何も余っていない。ひたすら掘り進めると顔中が土だらけになった。出てきた土が盛り上がり、小さな城のようなものが幾つもできあがった。土とは異質のものに突き当たると、犬は嬉々として作業を加速させた。見たこともない不思議な形をしたものが次々と飛びだしてくる。
「アトランティスのかけらが出たぞ!」
犬は学会に向けて叫んだ。


気まぐれな
生活をした
木の下に
礼節はある
犬のなすまま

折句 短歌「キセキレイ」


歌とビール(折句の扉)

2018-03-05 11:27:57 | 折句の扉

「あのねえ」フジさんは言った。
 少しは驚いてもらえるかと思って、僕は「千の歌を作った」ことをフジさんだけに教えた。歌について話せる人が現れるとその人のことを普通よりも身近に感じるようになる。フジさんの隣にかけながら、知らない人にビールを注ぎに行くのが嫌で、僕は落ち着かずそわそわしていた。
「歌というものは中身がなくちゃ……」
 数だけでは意味がないよとフジさんは言った。(千だろうが万だろうが同じ事か……)
 「意味」という言葉が、僕には難しくて理解できなかった。反応は予想に反してなかなか手厳しいものだった。本心を隠し上辺だけでほめることもできただろうに。それに比べれば遙かによいことだった。満足できるものなど何もなかったのだから。
「ああ、面倒だな」
「もうじっとしていなさい!」
 何もしなくていいとフジさんは言ってくれた。気持ちが少し楽になった。それから少しして僕は席を立った。最も遠いところにいる人のグラスにビールを注ぎに行った。見覚えもない人なのに、向こうは僕のことを知っていて何か不思議な感じがした。僕の小さい時のことを、父が若かった頃のことを色々と、色々と知っていた。知らない人たちのことが、突然身近な存在に感じられた。席を回って行く内に肩の力が抜けていくようだ。ここに知らない人など一人もいない……。もう父がいなくなってしまった、その代わりに、僕がここにいて、生かされているに違いなかった。


愛すれば
稀有なる夏を
ともにして
梅を蹴散らす
フジの歌声

折句「揚げ豆腐」短歌


カルタ・サッカー(折句の扉)

2018-03-03 12:38:41 | 折句の扉
君は折句の扉の向こうでパスコースを探しながら執拗なマークを受けていた。自由な発想を妨げるのは、肩を砕くような接触ではなく、やわらかな言葉のようだ。
「大変だったね。夢の中では」
 男はそのようなことを言いながら君に近づいている。聞こえない振りをしても、その手は通じない。
「色々とあったじゃん」
「まあ、よく覚えてない」
「まだ小さかったからね」
 そうでもないだろう。男は勝手に君を縮小してコントロールしようとしている。大変な出来事を既成化し自分を生き証人に仕立てようとしている。何一つ信用が置けないと君は思う。マークを一刻も早く振り切ろうと身を低くする。
「実害がないよ」
「不安こそがそうでは」
 はあ。不安だって?
「これも夢だし」
「そんな言い方するか。夢は大切にしなくちゃ」
「うるさい! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「ふふん。関係者なんて存在しないんだよ!」
「ほら見ろ。夢だからだろ」
 どけ! 君はつきまとう男を突き放して公道に出た。しばらく行くと路上を這う明かりが目に留まる。何か落ちた物を探っている様子だ。もう少し行くとまたもう一人の男が同じように地面に向いている。聞くとスクワットの隊員らしく、貴重な指輪をなくしたので、外交官が戻るまでに見つけ出さねばならないと言う。大がかりな組織にしては手法が細いと君は不審に思う。しばらく進むと浅瀬に小舟が止まっていて、中には誰もいない。その中がとても怪しいと君は思うが、足を踏み入れようとした瞬間、舟が動き出す。これは罠だ! いや鰐だ! 恐怖と同時に折句の扉が開く。渡し舟。悪のりの探検隊に志願した、歪曲の旅路に浮いた死の気配、忘れない田中がくれたシミュレーション……。次々に水面に浮き上がる歌の予感は獰猛な歯によって破壊されてしまう。核心にたどり着く前に、舟は行ってしまう。待ってくれ。行かないでくれ!

「おい! しっかりしろ!」
 扉の向こうで老いた監督が呼びかけている。君は再び明るいピッチの上に戻ってきた。敵チームの選手が外に蹴り出してくれて、君は長い間ピッチの上に倒れていたらしい。鼻をくすぐる匂い。ピッチの袖から煙が上がっているのは、敵のチームのバーベキューだ。古今東西をしながらはしゃぐ若い選手の声が聞こえる。みんな根がゲーム好きなのだ。
「マラソンならリタイアだったぞ」
 厳しい言葉をかけながら、監督が手を差し出した。君がいたのは世界で最も激しく、やさしいゲームの中だった。味方の選手も絵札を置いて、徐々にピッチの上に戻り始める。
「おーい! 再開だぞ!」
 なんだもうおしまいか。もう起きたのか……。
 鬼カルタの終わりを惜しむ声が、まだその辺でくすぶっていた。


あふれでる
邪念の中で
文を追う
乱暴者の
いろはカルタ

折句「アジフライ」短歌



ルー(折句の扉)

2018-02-28 01:39:52 | 折句の扉
昨夜の他殺体の記憶がまだ残っていた
「そいつが悪いんだ」
「あんたがやったのか」
男は何も答えない
その時、不意に死体が動いた
「はー、疲れた」寝返りを打つ
「大丈夫ですか?」
死んだ風で死んでいない
「救急車をお呼びしましょうか?」
もはやその必要もない
死体は完全に息を吹き返した
平和な夜だった

主人公の台詞に驚いて顔を上げた
拍子に強く後頭部を打った
「いたた!」
店中に君の声が響く
店じゃない そこは自分の部屋だ
まだ少し記憶が混乱していた
雨か 
雨が降ってどこにも行けない

カレーが食べたい

出前を頼んだ後で君は無性に音楽が恋しくなる
ヘッドホンをつけていたらチャイムを聞き逃してしまう
出前というのは救急車でくるものだ
君は思い直してキーボードに向かった
安心してヘッドホンをつけると折句の扉が開いた

空腹が揚げ豆腐を引き寄せ
歌は雨と容易く結びついた
雨粒がケトルの首を説き伏せる
雨音は鍵盤上で富を得る
雨足は獣を越えて鳥になる
雨降りの気怠い午後に

雨宿り剣を交えた
雨乞いの玄武岩には
雨蛙 アメンボの 飴玉に 

あめ あめ あめ あめ あめ
雨はいま 雨上がり
そっと誰かの手が君の肩に触れた
テーブルの上にライスが盛られた皿が置かれていた
救急車などではなかった
出前は普通にやってきたのだ

君はヘッドホンを外した
男は何事もなかったように帰って行く
大家さんか(いや大家さんはもっと歳をとっている)

「どうやって入った?」

男は振り返るとキーホルダーのついた鍵を掲げて見せた
腰を低くしながらこちらに顔を向けたまま後退していく
何も言葉を発しない
(寝た子を起こしませんからという顔)
うっすら笑みを浮かべたまま
男は玄関から消えてしまう

おい!
「ルーはどうした?」


縁深き
通りすがりは
しあわせを
くれてひらりと
去るものである

折句「江戸仕草」短歌




カレー金魚(折句の扉)

2018-02-24 21:17:14 | 折句の扉

 例えば君はカレーうどんを好まなかった。純粋性うどんへのこだわり。君は出汁が透明性を失ってしまうことを恐れていたのかもしれない。
 だけどもしも丼が水槽、中のうどんがもしも金魚であったらと想像してほしい。少しでも先を見通したいと望む金魚は耐え切れずに声を上げるに違いない。その声は、君自身のものでもある。
 あらゆる君はいつだって自分が望まない狭い世界に閉じ込められている。簡単には抜け出すことのできない世界の中で、日々の抑圧に対して心の深いところから飛び出そうとする声。それをつなぎ合わせていくことが一つの対抗策だった。偏見や憎しみで濁った水槽を透明に近づけていくことができるとすれば、それは君自身の声だ。今、折句の扉は君の目の前に現れた。ほんの少し、手を伸ばせば、君は折句の扉を開きその先へ進むことができる。限りない可能性に満ちた世界が新しい言葉の旅人を待っている。

第二章(折句の扉)

2018-02-22 16:47:21 | 折句の扉
第二章まで進むことができたら
そこに新しい景色と頼れる友が待っている
君は未来を胸に今を生きていた

もうすぐか あと少しか
その時がくることは知っているのに
その時がいつくるのかはわからなかった
助走のために用意された道程は
君が思い描いていたよりもずっと長い

「第二章まで進みことができたら」

淀んだ空気に自分を見失いかける度に
君は自分に言い聞かせながら歩き続けた
きっともうすぐだ 
もう間もなく訪れるはず

その時は訪れなかった
長い第一章だ

どれだけ先は長いのだろう
物語が一頭のクジラだとすればまだ尾鰭にも触れていない
そんな不安の中を君は独り歩き続けた

険しい上り坂の向こうで賢者が言った
「いよいよここから第三章だ」
違う そんなはずはない
こんなにも長かったのに 
こんなにも独りだった

君は後ろを振り返った
細い一本道がただ真っ直ぐに延びていた
違う そんなんじゃない

「かまわんさ」賢者は言った
「ここから劇的に変わるのだ」
賢者の投げた鍵が君の手へと渡る
それは折句の扉を開く鍵だ


大いなる
二章へ続く
旅立ちを
今はひとりの
寝台で待つ

折句 短歌「鬼退治」

チョコ・ダンジョン(折句の扉)

2018-02-21 18:36:37 | 折句の扉

楽しみはいつも最後まで残してある
君は箱の中に指を差し入れた
何も触れるものがない
奥へ奥へ とうとう一番奥までいった
箱の突き当たり 指は何も触れなかった

最後のチョコレートが見当たらない
すべての手を引いて
もう一度気を取り直して
まだ少しはあったはず 少なくとも一つくらいは
君は箱の中で指を回して隅々をみた

空っぽだ! そんなはずはない!

君は箱を高く持ち上げて揺さぶりをかけた
中身があるなら音がするはず
音はしない
箱をひっくり返すと中身を乱暴にぶちまけた
中身があるあるなら何かが落ちてしまうはず

何も落ちない

君は箱の蓋を完全に閉じて現実を遮断する
冷蔵庫からお茶を取り出して一口飲んだ
散らかった部屋を軽く片づけた
過去一週間の出来事をざっと振り返った

頃はよし

君はもう一度蓋を開けて
ゆっくりと箱の中へ指を差し入れた

チョコがない!

いったい誰がこんなことをしたのだ
あふれる疑問が縮小していく

君はナノの戦士となった
箱の前に立つとそこは巨大な洞窟だ
君はゆっくりと折句の扉に手をかけた


永遠を
お見通しなの
マイゴッド
今にはりつく
あわれのうえで

折句 短歌「エオマイア」

土下座とエンドレス飴(折句の扉)

2018-02-19 16:26:11 | 折句の扉
「お願いします」
 店の真ん中で店長は土下座をしていた。客が通りかかることがあれば、どうしたかと思うことだろう。深々と床に向かって頭を下げる。
「お願いします。お願いします」
 何かを謝っているのではなく、熱心にお願いしている。誰もいないところで大丈夫だろうか、と思わせる雰囲気がある。前を通っても店長は気づかない様子だ。ピピピピピ……。誰かが前で呼んでいる。レジを片づけると邪魔な空箱を跨いで、僕はお菓子コーナーに向かった。
 何段にも積み上がった箱。大量の飴玉が納品されていた。棚にはまだ十分すぎるほどの飴が残っていたが、新しい飴は毎日のように納品される。品出しは規則によって消費期限の近いものから順に売れていくように陳列していかなくてはならない。日々同じような作業が繰り返されているということは、それだけの需要があるのだろう。とても信じ難いことだった。飴にはいくらも種類があるが、作業の中身はみんな同じだ。頭の中を飴玉だけで満たそうとするには、僕は集中力が足りないようだ。気がつくと自然と折句の扉が開いている。

 かきつばた。感情がキスをしている月の背に……。風向きは君の意のまま強がりな……。金をくれ傷を売ってもつかみたい……。ピピピピピ……。客に呼ばれて僕は駆け出す。おにぎりや竹輪をスキャンしながら、僕の体の半分は(あるいは大部分は)折句の扉の向こう側の世界に残っていた。
「ありがどうございます! またお越しくださいませ」
 そうして僕はまた飴玉たちの前に復帰する。それは少しも減っていない。むしろ増えているような気がする。飴の上には飴、飴の横にも飴。人の好みの数だけ飴があふれている。これほど多彩な商品の中から、人は何を思って一つを選ぶのだろうか。単調な作業の中で時折カラフルなデザインが目に入りどこか遠い場所へ引き込まれそうになる。かきつばた。借り物のきりんに乗って月へ行く……。ピピピピピ……。いらっしゃいませ!
 チップスター、雪見だいふく、忍者めし……。一つ一つの確実なスキャンの向こうで、僕は生まれかけの言葉たちをまだ足下に残していた。「かきつばた」という暗号キーが折句の扉の向こうの世界を堅く守っていてくれた。現場に生じた忍者めしがもしも介入を望んだとしても、それを拒む理由はないのだった。

「ありがどうございます! またお越しくださいませ」
 僕は客を見送ってホーム・ポジションに復帰した。折句の扉は依然として開かれている。その向こう側ではまだどこにも所属しない無数の言葉たちが、旅の続きを待ち望んでいた。かきつばた。重なった気がかりだけのツナサラダ……。その時、積みかけていた何かが無情に崩れ落ちる音がした。ドレッシングがこぼれて僕は現実に引き戻される。ここは終わりの見えない飴玉天国だ。お願いします。お願いします……。
 遠くでまた店長の声が聞こえてくる。


神様を
キットカットで
つれだした
春めく風は
棚の向こうで

折句 短歌「かきつばた」

ハーフタイム(折句の扉)

2018-02-18 12:55:16 | 折句の扉

 疲れた体を引きずって君はロッカールームにたどり着いた。ハーフタイムは40分。用意されたお弁当を広げてエネルギーを補給する。これから先の長い戦いに備えておかなければならない。箸を取り青い色の物から口に運ぶ。
 くちゃくちゃくちゃ……。
 すぐ目の前のテーブルに着いて男が何かを食べている。よく見るとそれはさっきまで君が戦っていた相手だ。何を暢気に飯なんて食っているのだ。くちゃくちゃくちゃくちゃ……。音楽もない部屋の中で咀嚼する音を聞いていると食欲が失せていく。今から倒さなければならない相手が音を立てて肉を食っている。いったい何を考えているのだろう。君は顔を上げて、はっきりと対戦者の目をとらえることができない。大好きな海老も春巻きも何も喉を通らない。逃げ出したい。逃げ出したいのに逃げ出せない。
 君はお弁当箱を閉じる。
 心から敵を追い出すために、折句の扉を開く。言葉があふれ始める。戦いを消す言葉、戦いを戦いでないものにする言葉たちの感触を楽しみながら、まだこの世に存在しない歌を作り出す。君が最初に作った歌はろくでもないものだった。いつだってそうなのだった。戦闘意識が君の中から徐々に薄らいでいく。君は誰にも悟られないようにそっと自分を笑う。それからまた次の言葉を見つけるために指を泳がせる。言葉は節を持ちながら脳裏をかける。一度行ったところまでなら難なくたどり着くことができる。遠く遠く、ここよりも遙かに離れた場所から君は新しい言葉を持ち帰ろうとする。指先はそこに微かにかかったように思えた。
 本当の居場所はもっと先にある。現在地とは、いつか忘れられる場所に違いない。長い時間、君は折句の扉の向こう側の世界をさまよい続けていた。誰もいない心地よく寂しい場所で君は歌った。


アジショナル
ゲノムをたずね
ドミソミソ
うそとほんまの
触れ合いバジル

折句 短歌「揚げ豆腐」

杓文字(折句の扉)

2018-02-12 21:28:42 | 折句の扉
テレビドラマを見ながら
君は懐かしい気持ちになった
何が君をそうせるのか
田園の風景か 役者の演技か
古風な言い回しか
音楽か カメラワークか 筋書きか
懐かしい筋書きが
君を懐かしい場所へ引きずり込むのか

目の前にあるものに気を取られている間
いつしか折句の扉は閉じられていた
ご飯が炊き上がる音がしたのは現実の部屋の中
軽く茶碗に一杯盛ると杓文字の置き場所に困った
相応しい場所がどこにも見つからない

あの人どこかで見たような気がする……
昔一緒にいた人なのか
ドラマの中の人なのか

杓文字はずっと宙に浮いている


母と公衆電話

2018-02-12 03:18:15 | 折句の扉
女はまだ話していた
ずっと話していた相手はもう後ろに到着している

少し遅れて受話器が置かれた
ピーピーピーピー
女はまだ電話と向き合っている

「貯金残高は三千万円です」

自動音声が高らかに金額を告げていた
誰かに聞かれていないか君は不安を覚える

「さあ行きましょうか」
君はその時なぜか秘書のような振る舞いをした
「はいはい」
女は振り返った
公衆電話の上に何かが残っている

「忘れないで」
「あなたが持って」

眼鏡、マスク、ハンカチ、巾着袋……
襟巻きを手に取って
君は女の首に無造作に巻きつけた

彼女は君に折句の扉をくれた人だ



失った
たよりはここに
いまもある
引き出しはもう
遠くあっても

折句 短歌「うたいびと」



別の狙い

2018-02-09 15:16:35 | 折句の扉
その時、君には別の狙いがあった
思うようにいかなくても、成功には遠くても
だから大丈夫だった

怒鳴られても、笑われても、
見失っても、見捨てられても、
それはそれと考えられた
なぜなら、君には別の狙いがあったのだ

進んでも進んでもまるで進んでいない
トントントン トントントン
いくら叩いてみたところで
開かれる扉はどこにもなかった

それでも、君の顔には笑みさえ浮かんでいる
誰にも語ったことはない
君には別の狙いがあった

「どうってことない」

ヤンの言葉

2018-02-08 14:04:21 | 折句の扉
「鬼が来たぞ」
と言えば鬼は来ていない
「鬼が帰ったぞ」
と言えば鬼は帰っていない
まだその辺に鬼がいるのだ
ヤンの言葉はそういうものだ

君は心半分でヤンの言葉を聞いた
折句の扉を開くと
もう半分をそちらに向けていた
ヤンの言葉はとめどなく展開する
その数が圧倒的であるために
希に真実が入り交じる
あるいは捨て難い嘘もあるのだ

折句の扉の向こうからも
負けず劣らぬ言葉たちがやってくる
先頭に立とうとする勢いはヤンに似ているが
それらを束ね操る術をまだ知らない
君は床に転がっているボールを足で引き寄せた

ゆっくりとインステップに乗る

その感覚が言葉には伝わらない