眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

からくり店長(折句の扉)

2018-03-07 12:26:45 | 折句の扉
季節が変わるよりも多く店長は変わったものだ。店長の顔が変わるとそれに合わせて店の色が変わる。「いらっしゃいませ」のトーン、ポップの置き方、発注の仕方。様々なところに店長の癖が表れる。
 長持ちする店長もいれば、短い時間に強く印象を残した店長もいた。無駄な廃棄を人一倍嫌った店長は、少しずつ商品の発注量を減らしていった。雨がゆっくり上がるように、おにぎりは米粒を減らした。混雑することのないきれいな棚。やがて、棚はすっかり空っぽになった。
 光だけがさす棚を見て客は寂しげに帰って行く。それからすぐ店長自身も姿を消した。

「お願いします。お願いします」
 店の真ん中で、空気に向かって土下座をしているのは、今日の店長だ。見たところ人はよさそうだ。本当にいい人かどうかはなかなかわからない。見え始める頃には新しい店長に入れ替わるのが常だった。ピピピピピ……。いらっしゃいませ! レジを片づけるとパンコーナーに向かった。新商品のパンが何かの間違いのように大量に届いていた。一つずつ丁寧に棚に詰めてケースを空っぽにするが、また次も全く同じパンがぎっしりと詰まっている。見ているだけで嫌気がさしてくる。並の詰め方ではとても収まり切らない。一つ一つ心を込めていた、心が商品棚から離れ始めた。折句の扉が開き、その中に心が吸い込まれていくのを止められない。春休み、ひなまつり、かきつばた……。

「お願いします。お願いします」
 遠くで誰かが歌を詠み上げる声がする。そうだ。先の見えない作業の中で自分を保つためには、誰だって歌うしかないのだ。かきつばた。先頭に五文字を置いて、折句の扉の向こうに手を伸ばした。もちもちとした弾力のある言葉たちが手にくっついている。何をとっても正解だ。何をとっても正解じゃない。それが空想を永遠的なものにしていた。ピピピピピ……。いらっしゃいませ! ありがとうございます!
「またお越しくださいませ!」
 途切れても大丈夫。かきつばたの五文字の元で、すぐに歌の続きが再生される。折句の扉の向こうでは、チョコやチーズの匂いをつけた言葉たちが交流を持ちながら泳いでいた。パンは丸でも三角でもなく、歌のように自由な形を取っていた。
(今月のおすすめ品)
 店長手作りのポップが、歌の風に誘われるように揺れていた。


からくりの
税抜き表示
立ち上げて
ちいさく銭を
盗む店長

折句「風立ちぬ」短歌







コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« イフ・マイ・ライフ(アクロ... | トップ | 満ち足りた世界(アクロステ... »

コメントを投稿