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眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

【将棋ウォーズ自戦記】正確に緩める~強い下駄の預け方

2022-01-18 02:17:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 飛車先を早く決めてきたので向かい飛車にした。相手は角道を開けず銀を上がった。こちらは様子をみつつ囲っていく。相手は角を中央に運び美濃に組んできた。玉のこびんを開けずに美濃に組みたいというのは、振り飛車へのリスペクトだろうか。

 僕は穴熊に組んだ。5筋の歩を切り銀を進出させた。相手は銀桂を活用する。僕は右四間飛車に転回して縦の攻めを狙った。穴熊の魅力の1つは飛車の活用の広さにもあると思う。相手は角頭を攻めてきた。僕は構わず飛車先から突っかけた。取り込みが利いて、それから角を引いた。すると相手は飛車取りに角を飛び出してきた。僕は構わず桂取りに角を飛び出した。そこで相手は中央に歩を突き出してきた。

面白い手だ! 取る手もある。かわす手もある。取らせる手は? 角で取る以外は、桂取りが消えてしまう。たった一歩でどれだけ迷わせることができるだろう。どれもありそう。(どれかはわるそう)迷いと葛藤の時間。これも将棋の楽しい時間の1つではないだろうか。じっくりと時を忘れて読み耽りたい。しかし3分切れ負けではそんな暇はない。

 僕は突かれた歩を角で取った。すると相手は銀を立って角に当てた。僕はそれを角で食いちぎり、桂頭に歩を打った。すると相手は中央に飛車を回ってきた。僕はそれを歩で止めた。相手は飛車取りに角を打ち込んできた。僕は桂を取りと金を作った。すると相手は打ち込んだ角はそのままに自陣の角で歩を払った。それは嫌な手だった。(落ち着いたいい手だった)攻めてきてくれればそれに対応すればよく、と金が残っていれば活用すればいい。(指し手がわかりやすいのだ)こうして落ち着いて手を渡された方が、指し手に迷い時間を使わされてしまう。(手を消されてしまうと新しく探さなければならない)早指しの強さとは、手を見つける力とは別に手を見つけさせない術というのもあるのではないだろうか。(人間同士の戦いでは、実際の形勢以上にわかりやすさ、勝ちやすさといった要素がものを言うことも多い)

 さて、飛車取りが残っている。逃げ場が多い。逃げる必要があるかも定かでない。だから困る。僕は三間に転回しさばきの視点を変えることにした。すると相手は歩の後ろに馬を作った。(飛車のさばきが一手で完全に封じられた)完全に構想ミスだ。他に飛車を1つ浮き角に当てる手も考えたが、下段に馬を作られると次に歩で飛車を押さえる筋がありそれが不満で却下したのだ。ここでは飛車を中段に浮いておく手があり、それが角の干渉を受けずに安定したポジションだった。

「香は下段から打て」とも言われる。
 飛車は戻ることのできる香である。
 ならば「飛車は中段で使え」も理にかなっている。
 僕は振り飛車党だが、飛車の使い方がまだまだ未熟なようだ。

 以下間違いながらも中央に拠点を残し、ふんどしの桂を打ち込むことに成功した。その瞬間、相手はと金を作って三間飛車に当ててきた。さて、飛車をただで取るか。(成桂がそっぽに行く)囲いの金を取って食いつくか。(速いが駒を渡してしまう。生存した飛車に活躍される恐れがある。成桂を何で取り返されるか、その後の食いつき方も悩ましい)よさげではあるが、具体的に難しい。再び巡ってきた迷いと葛藤の時間。「この一手」という局面では迷わないが、迷える局面ではとことん迷うことができるのが人間だ。そこをどう戦っていくかが早指し戦の課題だろう。

 僕は最も筋がよさげな手、囲いの金をはがす手を選択した。穴熊らしい攻め合いにみえたが、この局面における特別な事情(馬が穴熊の金に直射していること。桂を渡すと金取りに打たれる桂がド急所であること)が頭に入っていなかった。1秒も考えなかったが、冷静に飛車を端まで逃げておく手もあったようだ。一手緩めても、飛車の守備力が残っていると寄りにくいことは大きい。対して相手は、ふんどしの桂から逃れることができない。

 直線的な変化に飛び込んでいくから「一手間違えたら勝てない」(あるいは勝ちがない)という局面に追い込まれてしまうが、一旦緩めれば確実に優勢を維持できているというケースは多い。しかし、気持ちが前に前に行っている状態で、リズムを変えることはなかなか難しい。とは言え、いつも一定のリズムで指してくる相手も対応しやすいのではないだろうか。例えば、シュートしかない選手、ドリブルしかない選手、いくら技術がすごくてもわかっていれば手は打ちやすい。それよりも何をやってくるかわからない選手の方が、手に負えないのではないだろうか。緩急を自在にコントロールできる選手こそ、真の達人と呼べるのかもしれない。

 互いに我が道を行く。僕は要の金に対し中央のと金を支えに銀で食いついた。二枚飛車に対して金を取って底歩で耐えた。相手は金取りに桂を打った。そこで金銀三枚あるので端から銀を捨てる鋭い筋を使えばほぼ寄っていたと思われる。しかし、僕は重く銀を打ち玉を追った。腹に金を打ち更に追う。相手が上に逃げたところで桂を補充する。以下桂を渡して詰めかけてきたところで、桂を連打しての即詰みとなった。拾い勝ちだった。腹に金を打った時、香の頭にかわされていると後続がない。言わば腹金は間違い頼みの一手だったのだ。(こういう手で勝っていても成長はない)相手が間違わなければ寄らないような手は駄目だ。
 重い銀打ちでは、一旦桂をかわしておくところで、それに対して銀を打ち込んで寄せにくる手が怖いが、銀桂が手に入れば「歩頭の桂!」でこびんをこじ開けて即詰みとなるのだった。最後はたまたま勝てたが、それだけのことだ。「読み切って勝つ」そういう強い勝ち方をしてみたいものだ。

 

難しい将棋(隙のない将棋)

2022-01-15 06:29:00 | 将棋ウォーズ自戦記
・序盤が難しい

 将棋は序盤が一番難しい。戦法に関する定跡書はいくつも存在するが、複雑な変化を覚えきることは難しい。丸暗記したとしても指し手の意味までも理解できていなければ、ちょっとした変化で応用が利かない。うろ覚えならばむしろ知らない方がいいくらいである。歩の突き方1つでも話は違ってくるので厄介だ。定跡が絶対に正しいということはなく、時代によって解釈や結論が変わってくることも少なくない。定跡を捨ててゼロから考えることは可能か。そんな姿勢はロマンがあるが、そもそも手がかりがなさすぎて難しい。相手に合わせて動かしていくことは無難だが、いつも同じばかりでは面白味に欠ける。序盤だからとゆっくり構えていると酷い作戦負けになってしまうし、気合いを入れて攻めすぎると動きすぎとして咎められたりもする。終盤は詰将棋によって鍛えることができるが、序盤はどうすることもできない。


・中盤が難しい

 将棋は中盤が最も難しい。
 序盤は定跡から学ぶことができるが、形勢互角以降はどうすればいいというのか。互角の勝負。「これからの戦い」なんて言われても、一手一手がまるでわからないではないか。仕掛けなければ始まらない。下手に動くと撃沈される。最善形辺りを行ったり来たりしていると千日手になって「つまらない将棋」と揶揄されたりもする。中盤の難所。そこでは先生たちの手も止まる。1時間に1手も進まないことはざらだ。何を重視しどこへ向いて進むべきなのか。一手の遅れが命取りとなる。方向を見誤れば勝負どころを失ってしまうことになる。ずっと先までみないと正しいことはわからないとして、そんなに先まで見通せるものか。


・終盤が難しい

 将棋はとにかく終盤が難しい。いくら詰将棋の問題を解いたとしても、実戦は詰将棋とは違うのだ。飛車で王手すれば相手は何で受けるか。金なのか銀なのか、駒台に何があるのか、実戦は常に合駒問題を解いているようなものだ。王手をすれば逆王手をあびるかもしれない。実戦では攻撃に専念することができない。常に自玉の状態が不安である。実戦の終盤はだいたい時間がない。時間がない中で上に上にと逃げ出されると大慌てだ。詰めろをかけて一手勝ちと思っていても安心できない。詰めろ逃れの詰めろみたいな手をあびるかもしれない。王手で種駒を抜かれてしまうかもしれない。序盤から駒の損得を大事にしてきたのに、終盤は速度の方が大事だって。だいたいいつからが終盤なのだ。言ってくれないとわからない。簡単に価値観を切り替えられるものか。よい将棋なら、ちゃんと勝ちたい。詰将棋と違い今始まった問題じゃない。ずっと最初から大事にしてきた将棋なのだ。大事にしてきたものが、一手のミスで吹っ飛んでしまう。負けるのは恐ろしい。恐ろしくて、時間がなくて、疲れている。千日手含みの粘り。「もう一局だって?」



・強くなるには

 序盤と終盤ではまるで別のゲームのように感じられる時がある。だけど、強い人ほど序盤から終盤までまるで1本の糸でつながっているうようにみえるから不思議だ。
 強くなるためには、盤数をこなすことが大事ではないか。ちゃんと考えることが大事ではないか。だけど、これは現実の人間には少し矛盾した課題のようでもある。効率的に考えることは必要かもしれない。
 個性を磨くことも大切ではないか。
 得意な形、好きな形をみつけること。
 一局を通して好きでいられるものがいい。

終盤のもやもや、終盤の一押し

2022-01-13 20:19:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 詰めチャレをやっていてAIが余詰めの方に逃げて「あれっ?」となることはないだろうか。(実戦詰将棋には最善の応手という概念は存在しない)難しい詰み筋を読み切ったはずが、読みを外されたことによって動揺し簡単な詰み筋をうっかり逃してしまう。技術とは別に、油断や心の揺れの問題だ。
 勝ち切れない将棋はどこかもやもやする。

「いいところまで行ってるんだけど……」

 ドラマの最終回の展開に何かひっかかっているような感じ。

「これにてよし」

 客観的検討を打ち切った先に、実戦の難しさはある。
(粘り、勝負手、まやかし……)色んな要素が潜んでいる。
 普通に受けがなくなったら、だいたいは大駒を自陣に打ってきたり、上部脱出の望みを託そうとする。(攻防の変化が絡むと実戦の終盤特有の複雑さが生じる)そういう抵抗手段を読んでおく。落ち着いて当たることが大切だ。
 一番難しいのは、楽観しないことかもしれない。

「もう勝った」

 そう思った瞬間から、目の前にある勝負/将棋が過去のものになってしまう。だから本気で向き合う必要はなく、頭の中は空っぽになってしまう恐れさえある。相手も同じようにしていれば大丈夫かもしれない。しかし、劣勢にも心折れずに必死の勝負手を繰り出してきた場合はどうだろうか。「まだ」だと気づいた時には手遅れになっているかもしれない。


終盤の発想と価値観 ~なぜを言語化していく作業

2022-01-11 05:21:00 | 将棋ウォーズ自戦記
「切るだけがさばきじゃない」

 なぜそれはいい手なのか?(悪手なのか)なぜこう指すのか? 人間は、わかっていても同じ失敗を繰り返す。わかっていなければ永遠に繰り返すことだろう。研究というのは、いい手をたくさん知ることも大切だが、それと同じくらいに「なぜ」を探究していくことも重要だ。手を知っているだけでは、真に知っているとは言えない。深く理解するほど、本当の力になるだろう。

~取らせるというさばき(取り合う/自分の手を指す)

「急所の馬を取った竜はぼける」

 大事な駒がプレスを受けた時、あなたはどう考えるだろうか? どう守ろうか。切ってしまおうか。しかし、それだけでは好手を逃してしまうかもしれない。そこには「取らせる」(手抜く/動かさない)というもう一つの着想が欠けている。

(終盤は駒の損得より速度)

 終盤へと加速していくほど、「手抜く」という判断は重要になっていく。例えば、居飛車の86歩の突き捨てがそうだ。仕掛けの最初に突けばほぼ取る一手だが、既に他に争点ができた後ではその厳しさによって「手抜く」という判断が可能になっていく。
 歩が竜と馬になったとしても理屈は同じだ。例えば、振り飛車の馬が66の地点にいて、居飛車の竜が69の地点からそれをプレスしているような局面だ。66の馬は攻防の急所を占めている。普通なら(序盤なら)当然のように守る一手。しかし、終盤では話が変わる。もしも、自分にも敵陣を向いて攻めていく有力手があるとしたら……。
 66にいる馬は急所だが、それを取った竜は働きが弱い。(馬は中央で働くが、竜は敵陣にいなければ脅威が半減することが多い)馬を取らせる一手。竜を遊ばせる一手。そこには2手分の価値があると言える。その間に厳しく敵陣に迫っていくことができれば、終盤(寄せ合い)を優位な展開に持ち込めるはずだ。

「どいてください」という働きかけに対し、「取ってください」という主張があり得るのが、終盤の面白いところではないだろうか。

~むしろ紐がついてない方がいい

 将棋を覚える時に、駒の取り方はたくさん教えてくれるけれど、取らせ方についてはそうでもないのではないか。(さばきの観点では重要な技術であるのに)

「取らせる」(取り返さない)前提となった時に、紐はついてない方がよい場合がある。完全にただ=駒損。序盤の感覚では大損だ。だが、終盤の感覚では事情も変わる。紐がついているということは、当たりが強くなっているということでもある。忙しい攻め合いの中では、「同金」のように取り返す一手が惜しいのだ。

「どう取らせるか?」
 そのように考え、相手の駒を何もない空き地へと導く。取らせることによって、取った駒を「遊ばせる、重くする、空振りさせる」。そうした感覚を身につければ、さばきのレベルは数段アップするに違いない。



寄せ合いのデュエル ~寄る形を残し続けること

2022-01-09 01:14:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 寄せにいくと駒を渡して負けてしまう。単に受けに回ると相手にも手を入れられて、後手を引く形は体力負けしてしまう。

「攻めか、受けか」

 一方的な選択では、勝ち筋のない終盤戦がある。
~攻めるは守るなり(利かしによって話を変える)

 難解な終盤戦では、「攻めたり受けたり」「決めるだけ決めて手を戻す」というような、攻防に手順を尽くした組み立てが必要となる。
 王手王手と利かし一枚入れば詰む形にする、次に詰めろのかかる形にする、数的優位を築く。(振り解けない形、玉のみえる形を築いておく)そうしておいてから手を戻す。

 相手の攻めによって持ち駒が増えた時に、その価値が最大化するのは玉が寄る形(詰む形/詰めろのかかる形)。
 固められる先に崩しておく。歩で局面を変える。


両取り=見せ場 ふんどしの桂、割り打ちの銀

2022-01-07 01:02:00 | 将棋ウォーズ自戦記
「両取り逃げるべからず?」

・当て返す
 受けがなければ取り合ってしまえばいい。
 飛車を狙われたら、相手の飛車を見ればそれでだいたい助かっている。
・流れの中で両方逃げてしまう
・どちらか一方を逃げる
 例えば、大事な飛車の方を逃げる。
 格言に背いて「逃げてよし」という場合もある。
 (一時的に二枚換えの駒損になっていたとしても)
 二枚飛車が強い、後で取り返せる、相手の角が遊んでいる、陣形に差がある、など、大局的な条件によって。

 駒が当たりになって駒損がみえている時は、一般的にピンチである。しかし、同時にそれはさばきのチャンスとも言える。
 当たれば当たるほど腕の見せ所でもあるのだ。

「二つも当たってるんかい!」(大チャンス!)
 とポジティブに受け止めたい。
 痛いと思っていると視野が狭くなる。
 むしろ「わくわくする」くらいが上手く行く。


【将棋ウォーズ自戦記】振られても振っても負ける 

2022-01-06 16:43:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 生まれては消えていく無数の戦いがある。雨の日も晴れの日も、ウォーズの盤の上に駒が飛び交わない瞬間はない。酷い負け方、痛いだけの敗戦、すべては棋譜として残る。忘れても忘れても、残り続ける棋譜。棋譜の数だけ棋士の生き様がある。それは生きた証とも言える。
「美しい棋譜になりますように」
 願いを込めて、僕らは初手を指すのだ。


 3分切れ負けの対局が始まった。相手はいきなり初手に飛車を振ってきた。『いきなり三間飛車戦法』だ。生粋の振り飛車党と思われる。僕はその堂々とした姿勢に押され飛車先を突いた。これが精神的な悪手だった。今の自分のテーマに照らせば『なんとか流左玉』か相振り飛車を選択するべきだからだ。(その際、飛車先の歩は不要不急の一手となる)ふらふらと駒組みを進め僕は居飛車穴熊に入った。対して相手は堂々と石田流に組んできた。僕は角を引いて銀との連動によって石田流の飛車に圧力をかけようとしたが、端角の働きがあり何事も起こらない。そこでふらふらとした駒組みを続けることになる。

 すると相手はいつの間にか角を中央にワープさせ、更に飛車の横にのぞき美しい陣形を作ってきた。手慣れた駒組みに押され、僕はふらふらと手損して角を戻った。(ここでは銀を引きつけ囲いを固めるべきだった)これがほぼ敗着となる。振り飛車の角のさばきは手損のようで少しも手損ではなく、意図を持って動いている。それに対して僕は、ただふらふらと動かしていたにすぎなかった。(これでは角に対しても失礼だろう)魂の入った手に魂のない手は勝てないのだ。

 相手は満を持して仕掛けてきた。その手順は、先に居飛車側の飛車先を突っかけ、続いて石田側の飛車先を突っかけるというものだった。これが同時に角筋を通していて浮き飛車に当たるのがポイントだ。飛車で歩を取った時に飛車交換にはならず、突き捨てた歩を食いながら飛車をかわされて困る。この時に石田流の桂に紐がついていることが、仕掛け成立の条件だ。もう1つは居飛車の角の位置で、もしも僕が角を無駄に動かさずちゃんと引き角の状態であれば、角の守備力が強くやはり仕掛けは成立しにくかった。これは石田流に対して居飛車が浮き飛車で受けた場合の理想の仕掛けの1つ。絵に描いたような仕掛けをあびているようでは話にならないと言える。
 僕はそれに対して飛車を引いて受けたが、やはり似たようなものだ。一方的に飛車を成られ、香を拾われ、飛車を捕獲されては手段も尽きた。投了もやむなし。中盤で早々と投了となった。このような内容では、3分あっても時間が余るというものだ。魂を入れ替えて次の一局に進みたい。



「早指しやあってはならぬ3連敗」



 敗局は1つの死ではないだろうか。王様が詰む前に僕の魂が折れた。けれども、僕らは何度でも生まれ変わることができる。破れかぶれだった飛車も、遊びほうけていた角も、消えていった歩も、みんな元通り。何事もなかったように定位置についている。あとは僕が復活するかどうかだ。「負けました」と下げた頭は、反省して進化するためにある。脳内感想戦が終わったら、顔を上げよう。何度でも僕らは次の一歩を踏み出すだろう。「お前が先手だ!」と上の声から声がした。

 僕は初手に堂々と中央の歩を突き出した。これほどかっこいい手が他にあろうか。中飛車のさばきを受けてみよ。相手は居飛車、僕は中央位取りの中飛車から左金を繰り出した。(位を取ったら位の確保だ)普通は銀だが金だとどう変わるかという趣向だ。僕らは先人の知恵を借りて無難に駒を運ぶこともできる。しかし近年では人間を超えた新しい知能の台頭によって、従来の先入観にとらわれない駒組みも見られるようになった。
 それはそれとして、早指し戦では自分流の工夫を見つけることによって、自分のペースをつかむ戦い方も有力だと思う。

 僕は普通の美濃には組まず、あえて玉の腹に金の方を上げる趣向を選択した。相手は角道を止めてじっくりした構えで、穴熊にする意図はなさそうだった。僕は左の銀をぐんぐん繰り出して、金の隣に運んだ。相手は桂を跳ねてきた。続けてぴょんぴょん跳ねられては怖いので、僕は渋々歩を突いて防いだ。(角道が止まってしまうのでできることなら突きたくないのだ)それをみて相手は飛車を転回させ、中央から反撃してきた。中飛車にとっては油断ならない変化だ。

 中央に歩が突っかけられる。だが、数は十分に足りている。僕は間合いをはかる意味も兼ねて、ふらふらと角を引いた。すると相手は中央の歩を取り込んできた。それに対して僕は金で歩を取り返した。すると相手はスッと銀頭に歩を伸ばしてきた。金と銀の焦点に突き出された歩。これが痛恨の一撃となった。銀で取れば金が浮く。金で取れば飛車が浮く。持ち歩が一歩では返し技もない。つまり、どうやっても致命的な駒損を避けられない。

 その瞬間、すべての趣向が裏目に出たことを悟った。中段に出た金銀の連携の悪さ。もしも普通に美濃囲いなら飛車に紐がついていた。渋々突いた歩によって角の応援が断たれていた。酷いものだ。すべてが負けるようにできている。相手はこちらの駒組みの弱点を突いて見事に咎めたとも言える。試みることは楽しく、ただなぞっているよりも発見の機会は多くなる。たくさん転んだあとで、先人の知恵を思い出すのもいいだろう。

 どうにもならない歩を僕は銀で取った。すると相手の角は金を取りながら躍り出てきた。
 当然の一手だ。

 投了もやむなし。
 局面をみるほどに戦意が失われていき、ここで無念の投了となった。



「焦点をみつめて取ったお~いお茶」

【将棋ウォーズ自戦記】おまじないの歩

2022-01-04 03:48:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 ごきげん中飛車を目指す出だしから相手はいきなり角を換えてきた。これに対して銀で取るのも立派な一手。以下中飛車を目指すのも有力だろう。飛車で取って向かい飛車とするのも自然な一着だ。真ん中に角を打ち込む手には合わせ角で受かる。あるいは馬を作らせて指す指し方も考えられる。馬の力は偉大だが、角を使ってもらったことで駒組みの制約から解放されるメリットもある。一方的に角を手持ちにし、馬を圧迫するような陣を敷ければ面白い戦いとなるだろう。

 銀か飛車か。しかし、3分切れ負けでは、それしきのことで深く迷っている暇はない。僕はおよそ4秒ほど考え込んで飛車で取った。
 角交換向かい飛車だ。相手は玉側の端歩を突いてきた。対して受けずに玉を囲う。すると端歩を突き越してきたので穴熊に囲った。バランスは取りにくいが、3分切れ負けでは王手のかからない穴熊が力を発揮することも多い。

 相手は銀を繰り出し桂を跳ねてきた。どうやら穴熊の玉頭に向いている気がする。もしや飛車まで……。その時、相手の飛車先はまだ一つ突いただけで止まっていた。僕は玉頭攻めを警戒して桂取りに自陣角を打った。向かい飛車の歩をこちらから伸ばすと、左桂を跳ね低い陣形から決戦に打って出た。歩を謝れば長い展開になるが、相手は堂々と飛車交換に応じ元の位置に飛車を打った。
 自陣飛車だ。こちらの穴熊に対して、相手はバランス型の中住まい。堅さではかなわない。しかし、自陣飛車によって打ち込みの傷を消し、浮いた桂を取り切れば徐々によくなっていくとの大局観だろう。そこで僕はなけなしの一歩を使い、飛車の頭に歩を垂らした。

 おまじないの歩だ。指した瞬間、何の確信もなかった。ただ間接的に自陣角の角筋に入っているので、何かよさげな手だと思ったのだ。相手はまじないの歩を堂々と飛車で取った。対して単に歩を伸ばし角道を通すと、飛車で桂を食われてしまう。それではおまじないの意味がない。

 飛車を呼び込んだ効果が現れるためには……。僕は歩を食いながら銀の腹に桂を成り捨てた。(きっとどこかで目にした筋が記憶の片隅にでも残っていたのだろう)そうしておいてから歩を突き出して角道を通す。成り捨ての効果で飛車桂の両取りだ! 伸ばされた歩を飛車で取ることがこれに対する唯一の受けだ。やはり桂損にはなるが、真の狙いは飛車の筋を変えて自陣の守備を無力化することだった。

 僕はすかさず元は桂のいた位置に飛車を打ち込んだ。これで香を取り返すことが確定した。そして、より大きいと言えるのは、敵陣での竜の活躍がほぼ約束されたことだった。中住まい玉はバランスに優れた形。全体的に隙を与えなければ、穴熊相手にも十分戦うことができる。逆に1カ所でも破られてしまえば大変だ。自陣に竜ができてしまうダメージは、並の囲いとは比較にならないこともある。
(実は自陣飛車に構わず右辺の桂を角で食いちぎって飛車を打ち込むという単純な強襲が有力だったと後で気がついた)

 相手はふらふらと飛車を成り込んできた。しかし、金銀が低く構えていて空成りだ。僕は下段に歩を打って竜を追ってから悠々と香を拾った。駒損を回復すると玉形の差と竜の働きの差が歴然とした。相手は竜の尻から桂を打った。気の利いた攻めがないことが苦戦を物語っていた。(実戦的には穴熊の端を攻めれば難しい面もあったようだ)

 将棋というのは一旦よくなってしまえば、いい手ばかりが回ってくることがある。(それは勝ち将棋の醍醐味だ)

 僕は竜を狙って下段から香を打った。田楽刺しだ。相手は本来桂が成りたいところに泣く泣く竜を突っ込んできた。それに対して最善手は、強く竜を取り寄せにいく手だった。(穴熊の堅陣なのに、何を恐れることがあるだろう。そこは自分の弱さだと反省する)僕はあえて竜を取らずに、角をかわしながら先ほど打たれた桂を取った。これで竜取りだけが残り攻めの継続がない。

 合理的ではあるが、勝ち味としては遅い。(3分切れ負けの将棋で勝ち切るためには、踏み込めるところではシンプルに踏み込むという積極性も大事だと思う)形勢は振り飛車大優勢。相手は潔く投了を選択された。その時、僕の残り時間は1分で、相手はより多く残していたと思う。飛車を取り切らなかったために寄り筋までは遠く、寄せがグダグダになって時間で負けるという可能性も考えられた。将棋の作りがなってないとみての判断かもしれない。(指す手がないのに指し続ける将棋はつまらないものだ)3分切れ負けで指しているのは時間を大切にしている人たちだと考えられる。気持ちを切り替えて先へ先へと進む姿勢もよいではないか。

 将棋の強さには、大局観や構想力など色々な要素があるが、1つの手筋を知っているかどうかが勝敗を分かつ場合もある。短い将棋では狙いを消し合うよりも我が道を行き合うことが多いため、派手な大技も決まりやすい。そこも3分切れ負けの魅力だろうか。左桂の活躍が印象に残る一局となった。


【将棋ウォーズ自戦記】振り飛車VS陽動振り飛車

2021-12-27 20:00:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 いきない三間飛車に振られて一瞬はっとした。その清々しい初手に、忘れてしまった大切なものを探しに出かけたくなった。しかし、3分切れ負けではそんな暇はない。相振りか対抗形か、やりたいことが多すぎて早くも迷いが生じた。

 よし居飛車だ。僕は飛車先の歩を伸ばす。普通の対抗形に進みかけたところで、なんとか流左玉の構想を思い出した。銀を中段に上げ歩を伸ばして位を取ると、相手は銀を腰掛けてきた。これでは角を中段に出ることはできない。そこで僕は四間飛車に振った。

 相振り飛車だ。すると相手は向かい飛車から早速飛車先を突き反撃してきた。どんどん伸びてくる歩に金を備え、歩を謝りながら受けた。一歩損しながら屈服した形となり、その代償としての四間飛車からの一歩交換はあまりに小さすぎた。率直に言っていいところがない。

 相手は模様がいいくらいで許してはくれなかった。角をのぞき、居飛車陣中央に狙いを定める。続いて自陣の桂を活用し、更に四間飛車に振り直して総攻撃の構え。立ち直る時間を与えない機敏な動きだった。
 構想のちぐはぐさが祟り、すべての駒が立ち遅れていることは明白だった。右は壁、玉は居玉、おまけに四間飛車が相手の角筋に入っている。対する相手は全軍躍動! 

 こうなっては投了もやむなし。しかし、具体的に酷くなるまでふらふらと指し続けた。相手は自然な攻撃から大きな戦果を上げたところで玉を囲うという余裕の指し回しをみせた。こうした落ち着きは、こちらから有効な手段がないことを見抜かれているようで、並の攻撃よりもダメージを与えることがあるものだ。

(いや参りました)

 相手の落ち着きに感服しながら、僕はふらふらと指し続けた。指せば指すほどボロボロと駒を取られる。もはや勝負どころはない。残り10秒を切り、時間でも大きく負けていたので、無念の投了となった。
 本局は、一貫性のない指し回しが時に致命的な結果を招くことを明らかにした。『陽動振り飛車』は、使い方次第で魅力的な戦術となるが、純粋な振り飛車相手には単なるお手伝いに終わるということを覚えておこう。



振り切れぬ迷いの中を指し継いで気づけばただの負け将棋だよ



【将棋ウォーズ自戦記】投了もやむなし

2021-12-10 16:46:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 中飛車から中央の歩を突くと相手も合わせて突いてきたので早くも動揺した。この形の中飛車はあまり指した記憶がない。指し始めから妙な違和感を覚えると上手くゲームに乗っていけない場合がある。落ち着かないまま囲いに入る。
 相手は飛車先を伸ばし銀を中段に繰り出してきた。僕も対抗して銀を繰り出すがどうも遅れているような気もする。相手は角を引いて引き角の構え。

 なんと! 出てきた銀は左銀だったのか!(僕は少し寝ぼけながら指していたせいもあって、相手の駒組みをよくみていなかった)

 ぼーっとしている間に相手はグイッと銀を立ち、角頭の歩を狙った。受けはない。歩くらい何だ。僕は中央から反撃に出る。銀の進出に角を上がってかわした。相手は攻撃の手を緩めない。飛車先から突破してくる。歩を謝って受けるがなおもしつこく合わせてくる。受けはない。
 僕は中央に希望を託す。と金を払うと相手は銀を成り込んできた。

「こっちか!」
 金がよろけて隙ができていた。なんと飛車と角の両取りがかかっている。角の方は完全に浮いている上に、居飛車の飛車も直射しており、完全に受けがない。それどころか終わっている。

(投了もやむなし)

 ここから先は指してもあまり意味はなかった。3分切れ負けでは何が起こるかわからない。少々のことではあきらめず、指し続ければ逆転することも多い。例えば、うっかり飛車をただで取られてしまったとしても、何食わぬ顔で指し続ける姿勢は大事だと思っている。だが、こういうのは駄目だ。将棋の作りが全くなってない。流行りの評価値で言えばマイナス2000以上の差か。

 まさに「投了もやむなし」
 絵に描いたような必敗形は、そこで棋譜を閉じて切り替えた方がよいのではないだろうか。
 僕はそこで投げきれずに、力のない手を指し続けた。いくら3分切れ負けとは言っても、勝負にならない形勢差というのはある。その後は駒をボロボロ取られ続けて、全く見所のない将棋となってしまった。

 昇段まであと1%のところだったが、連敗して10%後退。居飛車側が繰り出してきて大活躍した銀に比べ、僕の左銀は中段のおかしな場所で遊んだままだった。それが一局の不出来を象徴している。(こんなことなら何も動かずにいた方が守りに利いていただろう)こんなデタラメな振り飛車では、五段、六段にはとても勝てる気がしない。昇段は百年早いというものだ。


【将棋ウォーズ自戦記】食いついても時間がない

2021-12-07 22:22:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 角交換振り飛車を指してみたくなった。主な興味はその始まり方だった。角道が通ったままで飛車先を角で受ける。銀はまだ初形の位置のままだ。いつでも居飛車から角を換えて飛車先を突破してくる手が考えられる。そうなったらどうなるか。とりあえず飛車をぶつけてそれでどうなるか。よくわからず激しい展開になるのも面白い。(3分切れ負けでは、本格的持久戦にでもなれば詰みまでいかない恐れもある。勝っても負けても詰みの周辺までいくというのは1つのテーマだ)

 しかし、居飛車側も警戒してなかなか単純に飛車先から攻めてくる相手は少ないようだ。実際そう上手くはいかないのだろう。相手は角交換から自陣角を打ってきた。本格的な指し手だ。桂を守るため金を左に上がり、以下雁木のように構えた。相手は居飛車穴熊に組んできた。こちらも負けずに穴熊に入る。しかし、僕の方は左右に金銀が離れていて明らかに堅さで劣る。

 いよいよ相手は飛車先を交換してきた。金と下段飛車の守りが利いていて、すぐに飛車を成り込むスペースはない。できるものならこの瞬間に手を作って反撃したい。僕は居飛車陣に角を打ち込むことを考えた。失敗したら角が捕獲されてしまうかもしれない。飛車先からもっと酷い反撃をあびるかもしれない。激しく動くとすれば本来は読みの裏付けが必要だ。しかし3分切れ負けでは読みを入れる暇はない。それでも10秒、20秒と考え込んでしまう。(このルールの中では長考だ)時間をかけて考えた以上は、何かしたい。何もしなければ考えた時間が無駄になる。そう考えるのは人間の自然な心理(将棋あるある)ではないだろうか。

 僕は意を決して敵陣深く角を打ち込んだ。相手は一瞬手を止めた。(そうでなければ勝ち目がないと思えた)それから飛車先に歩を垂らしてきた。嫌な手だ。ここでと金を作られては論外。

「攻められた筋に飛車を」

 本当なら飛車を転回して反撃含みで受けたい。その時、僕の飛車は中飛車になっていて中央の歩を守っていた。(居飛車の自陣角が少し前に歩頭にのぞき中央を狙っていたのだ)左右分裂の罪か。僕はやむなく歩を謝って受けた。ここは大人しく辛抱して、馬の活用を楽しみにするのだ。
 相手は桂をさばいてきた。その間、僕は馬を作り香得という小さな戦果も上げた。形勢はまずまず。そう思っていると相手は中央に桂を打ってきた。単純な銀取りだ。

「何だこれ?」

 これなら何とかなる。そう思ったが具体的にはよくわからない。銀の逃げ道は2カ所あった。桂先の銀は自然。下に引く手もある。飛車の頭に銀とは凹んだ形だが、自陣はより堅いかもしれない。桂取りにいく楽しみも残せる。しかし、銀を逃げると守っていた歩が浮いて飛車が走ってくる手が成立する。それに対して歩で受けると更に横歩を取られてしまう。それが自陣の金と敵陣にできた馬の両取りになる。銀を逃げることは可能だが、それによって浮き駒が多発し相手の攻めが活性化する恐れがあった。

「何だこれ結構うるさいじゃないか!」

 むしろ逃げない方が正解なのか。しかし具体的にどう指せばいいのだ? こういうのが一番困る。相手の手に乗っていい感じで指していたのに、急に乗れなくなったら困るのだ。こういう時、本当は胡座になって何時間も考えてみたい局面だと思う。仮にそれほど時間をかけて考えたとしても、僕の実力では最善手を導くことはできないだろう。読んでも読んでも明快によくなる順はみえず、時は迷いの中に消えていく。最後は自分で最もよくわからない手を選んでしまうのではないだろうか。

 わからないものはわからない。(将棋の神さまなら1秒でわかるのだろうけど)だから、僕にとって3分切れ負けは「考える」ことからの逃避でもあるのだ。(目指すところは考えない将棋?か)

 焦りの中で銀を逃げた。飛車をさばかれ、横歩を取られ、両取りを香打ちで凌ごうとしたが、あっさり馬と交換され、直後に端角を打たれた。それがまた成香と飛車の両取りだ。(自陣に守るだけの飛車が目標になってしまった)ぽんぽんと両取りがかかりまくるようでは、どうも攻めている方が調子がよい。勝負の観点からは、中盤の難所で一方的に持ち時間を削られたのが致命的だった。(3分切れ負けは、基本的に1秒2秒で指し続けるようなゲームかと思う)

 終盤は居飛穴の玉頭に桂香を集中させ、何とか食いつく形にはなった。チャンス到来かと一瞬期待したが、肝心の時間で負けていた。その場合、食いついただけでは(寄り筋になっていなければ)意味がない。相手は自陣に惜しまず駒を投入して、順当に時間切れ負けとなった。


【将棋ウォーズ自戦記】なんとか流左玉の巻

2021-12-02 01:48:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 しばらく四間飛車と相振り飛車ばかり指していたが、少し変わったこともやりたくなった。知らない戦型に飛び込むのは勇気がいるが、勝ち負けは抜きに楽しむことを心がければ問題はない。将棋は奥の深いゲームだ。色んな戦型に触れた方が、新しい筋を知ることもできる。相手の振り飛車に対して不慣れな居飛車で対抗すると、華麗にさばかれて惨敗することもあるが、さばきのお手本を見れたと思えばいい。振り飛車が快勝すること自体、悪くないことだ。

 今気になっているのは『将棋放浪記』でもピックアップされていたなんとか流左玉だ。自分が振り飛車を指した時、一風変わった力戦でこられて何度も苦戦した記憶がある。(もしやあれかも)
 いつものように3分切れ負け。相手の振り飛車に角道を一旦止め、銀を中央に繰り出した後、位を取りながら再び通した。相手がいつまでも角道を止めてくれないので早速困る。とりあえず四間飛車に振る。(これは相振り飛車ではない。新しげな戦型だ)真ん中の位も取ってしまおうか、それとも自分から角交換しようか。しかし、持ち時間3分では迷っている暇はない。結局、お互いに角道が通ったまま、僕は角を中段に運んだ。(何だこの構え大丈夫か?)新しいチャレンジに不安はつきもの。桂を跳ね、金で中央に備え、向かい飛車に振り直すと、相手は穴熊に入ってきた。さて、そろそろ玉を動かさねば……。と考えていると突然相手が飛車先を突き捨てて攻めてきた。(いつの間にか向かい飛車になっている)

しまった! これは十字飛車だ! 

 相手はついに角を換え、歩を食いながら中央に飛車を転回させた。銀が狙われている。僕はグイッと金を上げて飛車に当てた。困っていても気合いで指すのは3分切れ負けの鉄則ではないか。(決めに行く側としても覚悟がいる)相手は一旦飛車を引き上げた。すかさず玉を一路上がる。相手は自陣の桂を活用してきた。天使の跳躍を食らってはたまらない。歩を突いて受けると相手も合わせて歩を伸ばす。直接的受けはない。僕は敵陣に角を打ち込んだ。歩が伸びてくる間に端の香を拾って金の頭から飛車取りに据えた。すると相手は端から自陣角を打ってきた。王手だ。合駒はない。横にかわすと相手も飛車を横に動き角と連動して自陣を狙ってきた。歩切れのため数の攻めが受からない。

 こうなったら差し違えだ。

 僕は中央に銀を繰り出して飛車に当てた。相手は飛車を取らせる間にと金で守備の金をはがし、下段に角を成り込んできた。これが不動駒の銀に当たっている。僕は咄嗟に自陣飛車を打って馬に当てた。この時、一段目に重く金を打って銀取りを維持されると大慌てになるところだったが、普通はない手なので相手はあっさりと馬を引き上げた。それならば駒得も残り、むしろよくなったのではないか? 

 しかし3分切れ負けでは冷静に形勢判断をしているような暇はない。僕は敵陣に歩を打って遊んでいる銀に働きかけた。それによって馬の活用がかなえば前途有望だ。堅陣の穴熊が残っているとは言え、相手も有効な攻めが見つからず困っているようだ。銀を逃げ、と金ができて、更に駒得となった。僕は敵陣にできた馬と成香を軸に入玉含みで玉を中段に進出させた。すると相手は自陣に歩を打ったり金まで投入して入玉の阻止を図ってきた。しかし、それによって寄せの形が築かれたわけでもなく、むしろ切れ筋に陥っていた。次に厳しい狙いは何もない。

「さて困った」

 相手の狙いがないのに、どうして僕が困らなければならない? (将棋には、よくなった側も困るという不思議な時間がある)状況が変わればテーマも変わる。柔軟に頭を切り替えて指し手の方向性を決めなければならないが、短い時間で正確に判断することは簡単ではない。

 どこを受けよう? さほど受ける必要もないが、攻めると反動でわるくなるかもしれない。わからない。だけど時間がない。僕は穴熊の玉頭に歩を突っかけた。突然の攻め合いだ。(守備から攻撃へのターンは自分の将棋の中でも重要な課題だった)

 継ぎ歩から垂れ歩。歩の攻めはリスクも少なく効率がよい。とは言え、自玉はほぼ裸同然。ごちゃごちゃしている間に王手がかかり、相手の馬の侵入から飛車も取られて、いよいよわけのわからないことになった。玉は左辺まで追われ、玉頭戦の要素が加わった複雑な終盤戦だ。僕は攻め合いの方針を大事にし、相手の穴熊に食らいついた。形勢自体はやや紛れていたとも言えたが、最後は何とか時間で勝つことができた。危なっかしい戦いだったが、色々あった方が将棋は楽しいと思わせるような一局でもあった。