年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

石の蛙

2015-08-30 | 俳句&和歌

◇◇◇   石の蛙

 芭蕉は「花の雲 鐘は上野か 浅草か」の句のように時の鐘が聞こえる深川に住んでいた。その深川の芭蕉記念館に「芭蕉遺愛の石の蛙」が展示されている。芭蕉庵のあったと考えられる地点から、大正六年の津波の時に発見された石の蛙だ。真偽は分からない。
 俳句の代名詞とも言える有名な「古池や蛙飛こむ水のおと」と結びついて真実みを帯び大いに楽しませてくれる。
 古色蒼然、深閑とした山寺の古池に葉影の揺れにでも驚いたか、蛙が飛びこんだ水の音を目の当たり聴く……そんな古池のイメージで楽しませてくれる。が、専門家の意見は違うようだ。
 芭蕉が庵で何人かと俳句を詠んでいると庵の外から蛙が飛びこむ音が聞こえた。蛙が飛びこむところを見てはいない。古池は芭蕉の心の世界だという。つまり、現実と心の世界という次元の異なるものが合わさった句で<蕉風俳諧を確立>していく画期的な句なのだそうだ。
 紫の座布団に鎮座する小松石のデッカイ蛙は色あくまでも黒々と横綱級でのったりと蠢くガマのようである。古池に密やかに飛び入るイメージからほど遠し、俳諧の師匠が愛した蛙には見えない。

 

  深川の芭蕉通りは雑然と朝顔枯れて蕉風もなし

  採荼庵小縁に座して漂泊のおくの細道旅たちの朝

 


    汐の香を乗せて隅田の晩夏かな

    通り雨水引草に句点つけ


※鐘は上野か浅草=寛永寺の鐘か浅草寺の鐘か
※採荼庵(さいとあん)=芭蕉が住む庵でここからおくの細道に立つ。
※水引(みずひき)=晩夏の草花、細長い花穂に点々と咲く


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