年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

間戸

2006-09-29 | フォトエッセイ&短歌
 気が付けば枝を震わせるような蝉時雨のオーケストラは幕を降ろし、立つ風は額の汗を拭い去っていく。軒下の影も心なしか濃く隈取られている。民家の座敷は一族の在りし日の暮らしを静寂の歴史に抱え込んでひっそりと時を刻んでいた。残暑が間戸越しに揺らいでいる。

  

 炉端では主が濁り酒を酌みながら婆さんの葬式の染み入る鉦を想い、息子の嫁取りに頭(カシラ)が唸った木遣りを口ずさんでいる。縁側で遊んでいた孫たちの騒ぎも遠い昔のように思える。
 隠居の時期かな……主は短くはなかった人生を振り返って引き渡す確かな生き様の在るか無きかを逡巡した。天井の梁も板襖も仏壇も囲炉裏の煤で黒々と光っている。障子の白だけがほのかに際だっている。

 腰高窓から覗う屋敷林が初秋の陽にざわめき、薄くなった緑を精一杯に広げていた。やがて紅葉を始め、そして木枯らしに舞って消え去っていく事だろう。山裾の裏庭に秋海棠の淡紅色の妖艶な花が咲いていた。

               
   川崎市立 日本民家園にて
   小田急線「向ケ丘遊園」駅南口下車徒歩12分