年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

木枯らし1号

2011-10-29 | フォトエッセイ&短歌

 10月26日、東京で冬の訪れを告げる「木枯らし1号」が吹いた。街路樹の枯葉を落として枯れ木のようにしてしまうことから「木枯らし1号」の名前がつき「冬の便り」が届きはじめる。
 これは気象庁の「西高東低の冬型の気圧配置になったときに、北から西北西の風が最大風速毎秒約8メートル以上吹いた時」の定義で、
冬の訪れとは一致しない。青山通りのケヤキも神宮外苑のイチョウもみどり濃く秋の装いにほど遠い。
 しかし、山間部に足を踏み入れれば「木枯らし1号」に晒された息を呑むような見事な紅葉が始まっている。枯れススキに真っ赤なモミジが湖面をわたる澄んだ風に揺れている。紅葉秋本番である。

  額縁に感嘆符と共に納めたい楓紅葉の赤き囁き

  ふもと道紅葉トンネルひそやかに「冬近いな~」と退職者の群れ

  舳先(とも)の錆 木槌を振るう男あり夏の終わりのボートを反し

  岸壁に絡まり登る蔦の葉が身を支える吸盤の如く

  バス停の西日が映る烏瓜(カラスウリ)ガンコに佇む老人の鼻に似て

  

 

 

 


庚申塔

2011-10-25 | フォトエッセイ&短歌

 庚申塔は、江戸時代に盛んになった民間の宗教行事「庚申講」の供養塔である。庚申の夜は村人が集まって徹夜で「お籠もり」をする。睡眠中に体内から虫が抜け出して、その人の悪事を帝釈天に告げ、天罰として生命が縮められてしまうからである。
 庚申塔の基本形は、憤怒の阿修羅のような青面金剛(しょうめんこんごう)が邪鬼を踏み付け、その足許には「見ざる」「聞かざる」「言わざる」という三匹の猿が彫られている。村境などに建てられるので道標を兼ねている場合が多い。
 写真の庚申塔は中原街道に立つもので、東江戸道・西大山道・南大師道と彫られている。

  

 


  往還の狐日和の庚申塔金剛像の憤怒が緩む

  三猿は「チクリませんよ」と口塞ぐ庚申塚は平安に過ぐる

  享保の根府川石の庚申塔浮き彫り鋭く石工の腕が

  開発で一所に置かれし供養塔ビルの谷間で雑踏を見入る

  燃え上がるグラジオラスを脇に避け講中の刻字指先で辿る

  湧き水が溢れる里の道標に主なき帽子の蝉の亡骸


日向の里

2011-10-13 | フォトエッセイ&短歌

 大山の麓には多くの入り組んだ谷がある。この谷に沿って流れ出る小川に沿って村々がつくられた。七沢温泉のある日向地区もその一つで「里山の姿」を今に留める長閑な田園の地である。
 ここは日向薬師の山道の入口にもなっていて、春の桜・秋の紅葉の季節には観光を兼ねる参詣者で大変な賑わいを見せる。また「彼岸花」の名所にも上げられ稲刈りの季節には散策を楽しむ市民で農道は人で溢れる。
 何とも怪しげな花で(曼珠沙華)の俗称があるが、その他にも(地獄花)(死人花)(幽霊花)(狐花)(捨子花)などと不吉で忌み嫌われる花名がついている。
 有毒植物で誤食すると吐き気や下痢、時には中枢神経の麻痺を起こして死に至る事もあるので恐ろしげな名がついたのかも知れない。

<日向の里の彼岸花:10月初旬>

   野末まで広がり征くか曼珠沙華草苅る農夫を赤く染めて

   地獄花火炎の如く逆巻きて狂ったようにひたすらに咲く

   彼岸花日向の里の畦道を浄土に染めて阿弥陀佛を待つ

   曼珠沙華稲穂と競う谷戸田あり赤トンボ飛び里は鎮まる
  
   秋も旬 緑柔らかに萌えさして朱色のロックもブルースに変調