年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

蝉の脱け殻

2013-09-03 | フォトエッセイ&短歌

 酷暑の夏も峠を越したが、厳しい残暑はこれからである。緑陰の蝉時雨も心なしか弱まってきたか。朝夕のヒグラシやツクツクボウシの透き通った鳴き声にホッとする。特にヒグラシの声には哀愁があってちょっぴり寂しさを感じるものだ。残暑の向こうに秋の気配が感じられる。
 雑木林の葉裏に鋭い爪を立てた飴色に光る蝉の脱け殻のあるのを見付けた。古語では空蝉(うつせみ)と優雅な名で呼ばれている。林が生活の中にあった子供の頃、セミの羽化をよく目にしたものである。夕方、地上に顔を出した幼虫はゆっくり樹に登っり、足場を固めるように爪を立てる。辺りが暗くなると、背が割れて白い成虫が顔を出す。
 その後は体を痙攣させて、力を振り絞って上体を殻から出し、最後はスルリと逆さ吊り状態になって脱皮は終わる。早くも翌朝には鳴きなじめるという。悪戯小僧たちも幼虫から成虫に脱皮するセミの誕生を厳かに見ていたものである。この感動的なセミが誕生する生命のエネルギーを幹や葉裏から支えているのが、針の先のような鋭い爪である。空蝉になった今も風雨に負ける事なく彫像のように在るのが印象的である。
 謎多き不思議な昆虫である。7年間も地中に生活しこの世に生を受けて腹が割けるほど鳴いのだが、それが最期である。1週間そこらの短い生涯はおわる。いったい何しに地上に出て来るのか。地上にひっくり返って蟻の餌食になっている死骸を見ると哀れを感じる。
 そんな風な一瞬の蝉の鳴き声を聴いていると、松尾芭蕉の『閑さや 岩に染み入る蝉の声』の句の深みが出て来る。
 (元)生物の教諭の感想は違っていた。種族保存のために地上の出て来る。生まれて直ぐに成人となって声を張り上げ鳴くのであるが、それは求婚の相手探し、今でいう「婚活」である。めでたく交接、産卵するともう地上での生活の意味がなくなって死ぬのだという。種族保存のために太く短く豪快に生きてオサラバ!するので、哀れというのとは違うのでは無いか、というのある。

残暑の中に飴色の光沢を光らせるセミの脱け殻

  幼虫は体ふるわせ羽化すれば脱け殻残し戻ることなし

  緑濃き千鳥ヶ淵の蝉時雨意味あるかの如くただひたすらに

  暑かった 残暑の夕刻一陣の風にのりたるヒグラシの調べ

  軒下の西日の影も長引きてツクツクホウシの鳴きも破調か

  雨風に爪鋭くして落下せず空蝉は知る命の神秘を

  外苑の影長くあり風流れ日暮れの蜩声落とし鳴く

 


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