年月に関守なし…… 

古稀を過ぎると年月の流れが速まり、人生の終焉にむかう。

新舞踊

2013-02-26 | フォトエッセイ&短歌

 時折、ゴルフ(Golf)で一緒になるMさんは大男であった。学生時代にラクビーをやっていたと自称する巨漢体躯で赤ら顔で揉上(もみあげ)も結構様になっている。彼がティーグラウンド(Tee-ground)で伸びをしてドライバーを握ると、Driverが小ぶりに感じられてボールも小さく見える。
 彼が渾身の力でドライバー(Driver)を振り抜くのだからボールの勢いもありプロも顔負けの飛距離が出る。が、ゴルフの飛距離はフェアウェー(Fairway)を外したら正規距離にならないし、OB線を越えてしまえば飛距離0mとなる。MさんのDriver Shotは安定性がなく、OB連発となる。でも4回に一度くらいはFairwayに収まりバーディ(Birdy)で上がる事がある。
 Mさんはそれが楽しく、Driver Shotを加減してにFairwayに置きに行くような事はしない。それがMさんGolfの流儀である。300ヤード(yard)も10インチ(inch)も1打は1打だ!てな具合に楽しい同伴プレイヤー(Prayer)となる。
 トある時からGolfに誘っても飛んで来ることはなく、やがてアアダ・コウダと理由をごねて出て来なくなってしまった。やがて、その理由が分かってゴルフ仲間は驚いたのである。「踊り=新舞踊」を始めてゴルフどころではないという。今週は発表会、来週は町内会と老人ホーム、再来週は研修と施設慰安と踊り一筋の売れっ子芸能人並の活動とか。
 それにしても「踊り」とは何だ、という事で区民会館のチャリティ演芸会に出かける。
 客席を背にして握った扇子を翳したMさん、村田英雄の『無法松の一生』が流れライトが輝くとトンと床を蹴り、見得を切って正面に向く。おお、何という勇姿か、白足袋に着流しの和服が様になっているし、巨漢の下腹を締め上げる角帯がいなせだぜ。ハラリと開き、パチィッと閉じる舞扇の鮮やかさには驚いた。MさんがGolf場に姿を見せる事はもうないだろうと確信した。
 新舞踊(しんぶよう)とはなんだ。江戸時代の歌舞伎舞踊とは異なる新しい方向を目ざした日本舞踊の総称とか。その後、いろいろ曲折があったが、最近では、演歌に振り付けをした「歌謡舞踊」を新舞踊と言っているのだそうだ。美空ひばりの「みだれ髪」なんかはモウ感動で涙が出るとか‥。

<公民館の新春の集いの出し物のひとつが新舞踊でした>

  羨ましい吾も踊りたし新舞踊凛と決めれば命も延びそう

  右手かざし眼玉大きく顎引いて見得切る踊りに掛け声も飛ぶ

  腰低く摺り足トンと踏み込んで背筋伸ばせば老いの我が背も

  裸木の窓打つ梢影うすくホールは熱く演歌流れる

  三曲目衣装値踏みの声もある舞台は佳境陶酔の踊り手

  如月の北西の風窓打つも蹴出しの赤が跳ねて艶めく


宿 儺 (すくな)

2013-02-20 | フォトエッセイ&短歌

  一説によると円空仏は12万体といわれ全国で約4500体が確認されている。一所不住の漂泊の円空上人も何故か中国・九州には向かわず東国から北海道まで足を伸ばして民衆に教えを語り、仏像を刻んで平安を与えている。西国を嫌ったのは何故か、闇である。
 円空の活動の古里は美濃や飛騨で、この地方に一千体以上の円空仏が残されている。鉈(なた)と鑿(のみ)で一気に彫り上げるのだから、二つとして同じものはない。初期の手の込んだ如何にも仏像らしいものもあるし、「木っ端仏」と呼ばれる棒切れに目と口を刻んだ、素朴と言えば素朴、棒切れのようなものもある。どちらが円空仏らしいと言うことはない。
 だが、千手観音菩薩立像、如意輪観音坐像など完成度の高い像に人気が集まるのは自然として、何を持って良しとするかは個人の視点の問題である。私的には「鉈彫り」の特徴があからさまに出ている両面宿儺(りょうめんすくな)坐像が好みである。。
  飛騨に跋扈した宿儺(すくな)の魅力はその異形にある。『日本書紀』の記すところによれば「一つの胴体に二つの顔、頭頂は合体しているがうなじがなく、胴体には手足があり、膝はあるがひかがみと踵がない。力強く軽捷で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いた」とある。異形の人というより、化け物か、邪鬼か、怪物である。続けて云う「不随皇命 掠略人民為楽=皇命に従わず、人民から略奪して楽しんでいた」
 そこで、王朝は武振熊(タケフルクマ)を遣して成敗させた」とある。歴史的に云えば、美濃(三野)、飛騨(斐陀)は大和朝廷に従わない異族の国であり、その首長が両面宿儺て朝廷の平定に抵抗し戦った豪族であったと考えられる。
 ドラマ「阿弖流為(アテルイ)」の飛騨版である。宿儺(スクナ)は阿弖流為(アテルイ)その者だったという説もあるとか。地元には両面宿儺を開基とした古寺が多く「両面さま」「両面僧都」などと尊称され民衆の宿儺信仰が絶えなかっという。

<マサカリを握り不敵な微笑みを浮かべる両面宿儺坐像>


  バッサリと丸太断ち割る円空は木目に一撃ナタ振り下ろす

  奥飛騨の宿儺の膝に斧刻む抵抗を彫る円空の鑿

  円空は宿儺坐像にオノ刻む飛騨の民衆に何を伝えん

  美濃飛騨に武振熊(タケフルクマ)が侵略す宿儺は立ちて皇軍を撃つ


円空仏

2013-02-17 | フォトエッセイ&短歌

 円空仏の技法の特徴は「鉈ばつり」。丸太をナタでばっさり割って、背面はそのまま手を加えずナタとノミでダイナミックに彫り上げて行く。「鉈彫り」というより決断一閃にしてバッシバッシと「刻む」と言った方が、力強い躍動感が伝えられる。300年の時空を経て飛騨の自然と樹木の精が語りかけて来るようだ。100体の円空仏は口元をつぼめた柔和な微笑みを浮かべ賑やかにお喋りをしているようにも見える。
 仏師の制作による仏閣に鎮座する優美な厳かな諦観とした仏像とは根本的に違う。苦悩の人あらば菩薩像を、病に絶望する人あらば薬師像を、災害を呪う人あらば不動明王像を、干ばつで雨を待つ農民あらば竜王像を、生きることに悩める者あらば阿弥陀像を、民衆の暮らしに耳を傾けて歩いた。
 一所不住の民衆に寄り添った円空は12万体の仏像を彫ったと伝えられている。ナタによる簡略化された造形はそのためだったのか。道端の転がった木の破片を削った、いわゆる「木っ端仏」と呼ばれる円空仏も伝えられている。荒子観音寺の「千体仏」などは「木っ端仏」ではないのか。
 木目や節や割れ目など意にかえさず、まさに木という素材そのままが結果的に円空仏の魅力を今に伝えたのかも知れない。木肌の暖かさが微笑む顔を柔らかくしている。ナタの刃の削り跡がどんなに荒々しくとも…‥  円空仏展 東京国立博物館

<素朴な円空仏で庶民に貸し出されたという三十三観音立像>

  バッサリとマサカリの痕そのままに円空仏は森に木魂す

  民衆の目線の先の円空の仏の笑みの安らぎの眼の

  口つぼめ微笑み頷く円空の観音像に百姓安堵す

  鉈ばつり円空仏の木の香り参百年のなお瑞々し


西 日

2013-02-13 | フォトエッセイ&短歌

 西日は夏の季語。西に傾いた太陽だが一向に暑さは衰えないず、夕日がギラギラと窓ガラスを照りつける。畳が赤く焼けた1960年代の安アパートで一時期を過ごした方も多かろう。
 『帰りきて西日の部屋を恐れけり』居どころもない苛ただしい風景である。待ち遠しい秋が来て、空っ風の吹く冬がくる。立春が過ぎたが、日が西に傾く夕刻に吹く風は殊のほか冷たい。コンクリート・ジャングルを彷徨ってくる風は身を切って行く。
 この乾いた風で風邪だかインフルエンザだか風疹だかが、猛威を振るっている。線香の煙を身体に染み込ませると風邪を退散させるという俗説がある。本堂に上るための身を清める線香焼香だったが、風邪を退散させると言うことでとなったのだという。
 
<冷たい西日の中に香炉(こうろ)から登る線香の煙がもやっていく>

 

  立春の少しばかりの温もりを影を残して吹き攫い行く

  西日射す僅かな温もり北風が影を残して吹き攫い行く

  袈裟懸けに観音堂の軒の影石畳に落つ冬の西日に

  袈裟懸けに観音堂の軒の影煙を切って西日に揺れる

  風邪切れぬ佛頼みと煙のなか喉の痛みが効き目の証しか

  如月の寒波乗り切る願かけに西日の中を香炉に向かう

  線香の煙の中の西日かなゆらりと揺れて寂寂と沈む


WINE BAR

2013-02-10 | フォトエッセイ&短歌

 大衆的な居酒屋の定番アルコールといえば焼酎である。焼酎は何と言っても安く、飲み方も自在である。水割り・オンザロッ・緑茶割り・番茶割り・蕎麦茶割り・そば湯割り、ソーダで割ってサワーにすればレモンサワー・梅サワー・チェリーサワーと限りがなく女性の人気も高い。
 そんな居酒屋にもワインが割り込んで来たのはそう古い話ではなかろう。ワインなどは役人の飲み物で庶民には手の出ない高価なもだった。今では焼酎並のワインが並びすっかり大衆の飲み物になり、ワイン一筋できたワイン派には面白くない。
 ワイン専科の「WINE BAR」などがお目見えしているのもワイン一筋派の沽券かもしれない。世界のブランドワインを手に取って、洒落たワイングラスでそのまま乾杯が出来る。これは非常に合理的で気持ちがいい。日本酒の場合、1合は8勺、銚子が増えてくると酒の銘柄を落とす、水で薄めるなどの話を聞いたこともある。水商売の所以だと言う。
 「WINE BAR」が増えてくれば特徴を出すようにもなる。先日、ビオ・ワイン専門の「cotra tavern」と店に飲みに行った。実際にはビオ・ワインとナチュラルフードのワイン食堂というから、自然ワインに自然食品料理ということになるか。実はビオ・ワインに興味があった。出来る限り自然のままの製法で作られたワインであり、ヴァン・ナチュール(仏)とも呼ばれるとか。
 スタイリストだったという素敵な店長さんの薦めにしたがったので飲みやすいワインを選んでもらったが。実は、ビオ・ワインは独特の複雑な香りと味を持っている。何故って、全てがマッタクノ自然、完全無農薬野菜が細菌や虫だらで結構危険な物というが、その理屈なんだそうだ。人によると腐敗臭、濁り、のけぞる味とも言うが、それがビオ・ワインの持ち味、あまくみちゃいかんぜよ!まあ、ビオもほどほどが良いようで…

<tavernタバーンは西部劇に出てくる二階が部屋になっている居酒屋>

 

  葡萄酒になって再び感嘆のワインレッドの深き紫

  ワイングラスを窓に翳せば滓一片ブドウ畑のふる里を思う

  ワインバーゼロが二つも多いか まあこれくらいとハーフをゲット

  甘渋にマグロのサビの舌触りこれもいけると白ワインかざす

  初デイトパスタにワインと洒落たっけ青春があった洋食MIKIに

  「ワインはやっぱり辛口の赤ですね」スパゲッティを口に君も頷く


冬の華

2013-02-06 | フォトエッセイ&短歌

 暖気が関東地方を被い前線が太平洋に移動するという気圧の配置によって春一番が吹いたとお天気おじさんが説明してくれた。4月中旬の気温になった様子をビジュアルに解説してくれるのでナルホドと納得させられる。
 が、それは一日限りで空っ風の吹く寒い日が続く。一年間のうちで最も彩りの少なくなる時期となる。カラカラの風に乾燥したドライフラワーのような「冬の華」がヒューヒューと揺れている。
 椿の花はポトリと音たてて散っていく。桜はハラハラと風に舞っていく。梅はウヤムヤに終わって実を残す。
 木槿(ムクゲ)は花が終わるとやがて実をつけて葉を落とし冬を越す。木槿(ムクゲ=もくきん)は早朝に開花し夕方にはしぼんでしまう一日花で「槿花一朝(きんかいっちょう)の夢」<人の世ははかない>のフレーズがある。韓国の国花で無窮花(ムグンファ)と呼ばれる事はよく知られた事である。ふと、松代地下壕の入口に植えわれていた無窮花を思い出した。

<ムクゲの実は弾け飛んで実を被っていた殻が花のように開いている>

 

  薄紅のムクゲの花は柔らかく深き緑の葉と戯れて

  涼しげに秋の装い終わる頃木槿一輪鮮やかに咲く

  華やかな花弁を閉じて凩に散ることもなし木槿の実となり

  花終えて秋ざれのなか実が揺れるムクゲは冬の華となり

  地下壕の坑道登れば松代の秋ざれのなか無窮花(ムグンファ)揺れる

  地下壕を身体丸めて出てくれば無窮花(ムグンファ)の梢に風花舞う

  枯れ果てた堅く閉ざした無窮花(ムグンファ)の実風花舞う地下壕の前で 


勝坂火焔

2013-02-02 | フォトエッセイ&短歌

 縄文文化(縄文時代)といえば1万年くらい前に気候の温暖化により海面が上昇し日本列島が大陸から切り離され、日本列島に土器を持つ人々の生活が始まった。これが縄文時代の始まりで日本に稲作農業が開始された紀元前200年頃まで続いた、というのが社会科(歴史)で教えられた。
 近年、考古学の急速な進歩により、縄文時代も弥生時代もずっと遡る事が明らかになっている。現在、一番古い縄文土器は青森県出土の16500年と推定されているし、北九州の稲作農耕の遺跡は紀元前800年まで遡ると指摘されている。これは科学的な測定方法や朝鮮半島の考古学の成果にもよる。
 それにしても1万年の長きにわたった縄文時代は、草創期・早期・前期・中期・後期・晩期と土器の「型式」で6つの時期区分に別けられている。例えばA地点で土器片が発見されると、その土器片がどの「型式」に一致するのか、それによって遺跡の時期を確定して研究を進める事になる。平たく言えばモノサシである。
 勝坂式土器は縄文時代中期の土器型式(土器のモノサシ)となっている重要な遺跡で国の指定史跡になっている。この縄文文化中期の土器と言えば岡本太郎が「爛熟したこの文化の中期の美観のすさまじさは息がつまるようだ」と「驚愕した」土器である。
 縄文土器というと縄目の文様が付いている事になっているが、そんな単純なものはない。ドッシリして重厚、これでもかこれでもかと飾り立てられる土器、そしてその表面には繊細にして不可思議な意匠が施される。土器を前にゆったりと流れる時間の中で縄文人は何を考え込んでいたのであろうか。
*勝坂遺跡は竪穴住居が復元され「史跡勝坂遺跡公園」(神奈川県相模原市南区磯部)として市民の学習の場となっている。

<土偶の頭なのか、土器に付けられた人面把手はのかは不明である>

 

  重厚の縄文土器は賑やかに勝坂展は馬車道の中

  飢餓続く縄文時代の厳しさを語ることなくライトを浴びて

  火炎土器縄文文化の爛熟か閉塞の世を破れとばかりに

  野焼きした縄文土器のあたたかさ厚手の胴に指痕が二つ

  縄文人の掌の痕もある土器触れて六千年の時空を想う

  階級のなき縄文の社会では富を蓄積するボスもなく

  階級のなき縄文社会を原始共産制と学ぶ時あり

  原始女性は大陽であったと胸豊艶な土偶は語る

  不可思議な文様さまざまアミニズム土器の肌にも神宿るらん