犬に税金を掛ける発言で話題の泉佐野市は大阪湾にポツンと浮かぶ「関西国際空港」を抱えている。バブル期ならいざ知らず経済効果は期待はずれで大型開発プロジェクト「りんくうタウン」が暗礁に乗り上げ、市の財政状況は極めて苦しい。
「市の名を企業名や商品名にできる命名権」売却を公表し、こちらも話題になったばかりである。「飼い犬税」の導入の背景は犬のウンコ問題だけではなさそうだ。「お犬様」がダメなら「お猫様」でもいいし、ペット税にすれば金魚でもインコでも何でもありだ。
「税金まで払って犬を飼いたくない」と捨て去る市民もでようが、捨犬・捨猫は虐待行為である。動物の虐待や殺傷は「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」(動物の愛護及び管理に関する法律の第四十四条)である。これは、崇高な生命を愛おしむ法律で、…生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養が大切であると、法律の精神は述べている。
生命を愛おしむ法律などと言うと現代法に聞こえるが、五代将軍・綱吉の「生類憐みの令」にその原型を見ることが出来る。綱吉は「殺生を禁じる!」と幕臣達に獣類・鳥類はもとより鯉、なまこ、タコ、鰻、泥鰌など食する事を禁止し、生あるものノミ、蚊、蠅まで殺さぬ事を誓わせた。この殺生禁令が1687年に「生類憐みの令」として天下に発布されたから江戸市中パニックに陥り、前代未聞の悪法として語られ、様々な悲喜劇が展開された。天野五郎太夫は猫が井戸に落ちたのを気づかず八丈島流罪、只越甚太夫は燕を薬用に殺して小塚原で斬罪とマア法令違反は厳罰をもって罰せられた。
特に綱吉が戌年生まれだったので<犬>に示した関心は異常であった。中野に16万坪の幕府直営の御犬小屋を造り8万頭の犬を飼ったという。一日に米330石、味噌10樽、干鰯10表というから狂気の沙汰である。江戸幕府の財政が「御犬政策」で赤字に転落したのも頷ける。犬の戸籍、犬医者、犬の死亡届など犬奉行は命がけで「お犬様」の飼育に励んだのである。
しかし、「生類憐みの令」の一項には「犬ばかりに限らず、全ての生き物に人は慈悲の心をもって憐れみ慈しむことが大切である」とか「捨て子、捨て病人」の禁止など、人間を含む生類の保護という生命尊重という普遍的な思想があったのも事実でもある。
*フォトジャーナリストの福島原発潜入ルポの映像を観る。放射線に晒された犬・牛の群れが寸断された無人の浜街道を彷徨する姿は究極の虐待である。東電を厳罰に処すべし。
<木に登ったのはいいが、下りられなくて弱ったぞ>
犬五匹姿態違えて面(つら)向ける猛々しくも眼球(め)は暗く活きなし
震災の傷そのままの道行けば犬猫群れて彷徨い歩く
規制地の線量アラーム激震す 犬たちが行く瓦礫の狭間
廃墟なり 浜街道はそのままに赤牛一頭ゆらりと歩く
被曝牛人影もないアスファルトを死に場所求め狂いて歩く
言葉なき動物たちはの黙示録 記録留めるすべなくも散る