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【COGHCC聖書通読】 2018/06/28

2018-06-28 07:45:01 | 一日一章・聖書通読日記
エゼキエル書 37:1-6

主の手がわたしに臨み、主はわたしを主の霊に満たして出て行かせ、谷の中にわたしを置かれた。そこには骨が満ちていた。 彼はわたしに谷の周囲を行きめぐらせた。見よ、谷の面には、はなはだ多くの骨があり、皆いたく枯れていた。 彼はわたしに言われた、「人の子よ、これらの骨は、生き返ることができるのか」。わたしは答えた、「主なる神よ、あなたはご存じです」。 彼はまたわたしに言われた、「これらの骨に預言して、言え。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。 主なる神はこれらの骨にこう言われる、見よ、わたしはあなたがたのうちに息を入れて、あなたがたを生かす。 わたしはあなたがたの上に筋を与え、肉を生じさせ、皮でおおい、あなたがたのうちに息を与えて生かす。そこであなたがたはわたしが主であることを悟る」。

エゼキエルは再び主の霊に満たされて引き上げられ、枯れた骨で埋まった谷に連れて行かれました。そこで主は、これらの骨は再び生き返ることができるか?とエゼキエルに問いかけました。この谷とはイスラエルを滅ぼしたバビロン、枯れた骨とは絶望のどん底に落とされたイスラエル民族を指しています。神様は、祖国を失い遠く捕囚の地で希望を見失ったイスラエル12部族を顧み、希望を与えようとしてエゼキエルを骨の満ちた谷に連れて行かれたのでした。私たちもまた失意のどん底に落とされたとき、再び立ち上がる気力も失ってしまいます。しかし神様はそんな私たちに生きる希望を与え、再び立ち上がる力を授けてくださいますから感謝いたします。

http://bible.com/81/ezk.37.1-6.ja1955

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エゼキエル書 37:7-10

わたしは命じられたように預言したが、わたしが預言した時、声があった。見よ、動く音があり、骨と骨が集まって相つらなった。 わたしが見ていると、その上に筋ができ、肉が生じ、皮がこれをおおったが、息はその中になかった。 時に彼はわたしに言われた、「人の子よ、息に預言せよ、息に預言して言え。主なる神はこう言われる、息よ、四方から吹いて来て、この殺された者たちの上に吹き、彼らを生かせ」。 そこでわたしが命じられたように預言すると、息はこれにはいった。すると彼らは生き、その足で立ち、はなはだ大いなる群衆となった。

エゼキエルが枯れた骨に向かって預言すると、天から声が下って骨同士が組み合わさり、その上に肉体が表れましたが、そこには息がありませんでした。神様は再びエゼキエルに、息に預言してこれらの形作られた肉体に吹き、生かせと命じられました。エゼキエルがその通りに預言すると、息が肉体に入って生きる者となりました。これは天地創造の折、神様が人間を造られた手順と同じです。私たちが生きているのは、肉体が存在するだけでなく、その内にいのちの息、すなわち霊が入ってはじめて、私たちは真の生きた者となることができます。

http://bible.com/81/ezk.37.7-10.ja1955

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エゼキエル書 37:11-14

そこで彼はわたしに言われた、「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家である。見よ、彼らは言う、『われわれの骨は枯れ、われわれの望みは尽き、われわれは絶え果てる』と。 それゆえ彼らに預言して言え。主なる神はこう言われる、わが民よ、見よ、わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓からとりあげて、イスラエルの地にはいらせる。 わが民よ、わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたをその墓からとりあげる時、あなたがたは、わたしが主であることを悟る。 わたしがわが霊を、あなたがたのうちに置いて、あなたがたを生かし、あなたがたをその地に安住させる時、あなたがたは、主なるわたしがこれを言い、これをおこなったことを悟ると、主は言われる」。

神様はエゼキエルに枯れた骨の幻の意味を教えられました。それは祖国を失い、希望すら絶えてしまったイスラエル全家が再び国家を樹立し、復興することを指した預言でした。それは主イエスの再臨の時に成就します。エゼキエルの幻から数千年の時を経た今、奇跡的にイスラエルという国家は形成されましたが、まだ息の入っていない、枯れた骨の組み合わさった肉体だけの状態です。彼らが神の霊を受けたとき、真のイスラエルの復興が成し遂げられます。私たちは時代の証人となり、神様の御言葉が必ず成ることを目の当たりにするかもしれません。

http://bible.com/81/ezk.37.11-14.ja1955

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エゼキエル書 37:15-19

主の言葉がわたしに臨んだ、 「人の子よ、あなたは一本の木を取り、その上に『ユダおよびその友であるイスラエルの子孫のために』と書き、また一本の木を取って、その上に『ヨセフおよびその友であるイスラエルの全家のために』と書け。これはエフライムの木である。 あなたはこれらを合わせて、一つの木となせ。これらはあなたの手で一つになる。 あなたの民の人々があなたに向かって、『これはなんのことであるか、われわれに示してくれないか』と言う時は、 これに言え、主なる神はこう言われる、見よ、わたしはエフライムの手にあるヨセフと、その友であるイスラエルの部族の木を取り、これをユダの木に合わせて、一つの木となす。これらはわたしの手で一つとなる。」

エゼキエルは再び預言的行動を通して、神様の御心を示すようにと命じられました。ここで出てくる2本の杖とはもちろん、ソロモン王の死後に分断された北イスラエル王国と南ユダ王国を指しています。それら2本の杖がエゼキエルの手の中で一本の杖となるとは、神様ご自身がイスラエル統一を成し遂げるとの預言です。ですから私たちは処世術や政治力などで真のイスラエル建国を強引に引き寄せてはなりません。私たちに必要なことは、御言葉を疑わずに信じて、ただ神の時を待つことです。

http://bible.com/81/ezk.37.15-19.ja1955

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エゼキエル書 37:20-23

「あなたが文字を書いた木が、彼らの目の前で、あなたの手にあるとき、 あなたは彼らに言え。主なる神は、こう言われる、見よ、わたしはイスラエルの人々を、その行った国々から取り出し、四方から彼らを集めて、その地にみちびき、 その地で彼らを一つの民となしてイスラエルの山々におらせ、ひとりの王が彼ら全体の王となり、彼らは重ねて二つの国民とならず、再び二つの国に分れない。 彼らはまた、その偶像と、その憎むべきことどもと、もろもろのとがとをもって、身を汚すことはない。わたしは彼らを、その犯したすべての背信から救い出して、これを清める。そして彼らはわが民となり、わたしは彼らの神となる。」

ローマ帝国によるエルサレム陥落の後、イスラエルの民は世界中に散らされ、約2,000年もの間、祖国を持たない流浪の民として生き残りました。数々の迫害を経てもなお国を持たぬ民族として存続し続けたことも奇跡ですが、遠い過去のものとなったイスラエルが再び建国し、今や世界中から続々と帰還している現実を、誰が想像し得たことでしょうか。聖書に記された約束の預言は、たとい人々が忘れ去ってしまっても多くの時を経て必ず成就することを、私たちが今垣間見させていただいているのは、実に神様の恵みです。歴史を越えて御心を成し遂げるまことの神の存在を、否定することはできません。

http://bible.com/81/ezk.37.20-23.ja1955

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エゼキエル書 37:24-28

「わがしもべダビデは彼らの王となる。彼らすべての者のために、ひとりの牧者が立つ。彼らはわがおきてに歩み、わが定めを守って行う。 彼らはわがしもべヤコブに、わたしが与えた地に住む。これはあなたがたの先祖の住んだ所である。そこに彼らと、その子らと、その子孫とが永遠に住み、わがしもべダビデが、永遠に彼らの君となる。 わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。これは彼らの永遠の契約となる。わたしは彼らを祝福し、彼らをふやし、わが聖所を永遠に彼らの中に置く。 わがすみかは彼らと共にあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわが民となる。 そしてわが聖所が永遠に、彼らのうちにあるようになるとき、諸国民は主なるわたしが、イスラエルを聖別する者であることを悟る」。

ここに出てくるダビデとはやがて来たるべきメシヤ、すなわち聖霊によってダビデの家系に生まれた神の御子、イエス・キリストです。主イエスが再びこの世に再臨されるとき、神の国である真のイスラエルが建国され、主イエスはイスラエルの王として永遠にこの世を治められます。そのとき世界中の人々が、イスラエルが神によって聖別された祝福の民であること、そしてイエスこそまことの神、永遠の王であられることを悟るようになります。聖書に約束された預言を信じる者は、神の御言葉の証人となります。

http://bible.com/81/ezk.37.24-28.ja1955
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