伊藤ファミリーBLOG

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【COGHCC聖書通読】 2018/09/28

2018-09-28 07:40:23 | 一日一章・聖書通読日記
マタイによる福音書 2:1-6

イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、 「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。 ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。 そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。 彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、 『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。

旧約聖書に約束されていたメシヤの誕生にいち早く気が付いたのは、メシヤを待望していたユダヤ人ではなく、遠く東の国にいた占星術の博士たちでした。彼らは大胆にも当時イスラエルを支配していたヘロデ王の下に来て、ユダヤの王はどこに生まれたのかと尋ねました。博士たちの言葉を聞いたユダヤの人々の心によぎった思いは、メシヤ誕生の喜びではなく、政情や今の暮らしがかき乱されることを恐れた不安でした。早速ヘロデは祭司長と律法学者たちを全員召集し、メシヤはどこに生まれるのかと問い質すと、ダビデの町ベツレヘムですと即答しましたが、彼らはメシヤを探しに行くことも拝みに行くこともなく、ただヘロデの質問に答えただけで終わりでした。神に愛された約束の民でありながら、今の安定した生活に満足し、まことの救いを求めることのなかったイスラエルの無関心と、異邦人でありながら危険をも顧みずにはるばるエルサレムまで旅を続けた東の博士たちの熱心な思いとの対照的な態度から、私たちは学ぶべき事は多いと思います。冷めた信仰、世俗化した生ぬるい信仰に陥ることなく、神の約束を切に待ち望む熱い信仰、御言葉の恵みに日々感謝する篤い信仰を保つ私たちでありますように。

http://bible.com/81/mat.2.1-6.ja1955

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マタイによる福音書 2:7-12

そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、 彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。 彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。 彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。 そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。 そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。

メシヤ誕生の地を突き止めたヘロデ王は、更に詳細な情報を博士たちから聞き出し、後で拝みに行くと偽って博士たちに報告するようにと言ってベツレヘムに送り出しました。博士たちは東で見た星に導かれ、幼子イエスの家までたどり着くと、大きな喜びに満たされました。そして早速イエスをひれ伏して礼拝し、宝の箱を開けて黄金・乳香・没薬を捧げました。博士たちの3種の捧げものにはそれぞれ意味があり、黄金は王の象徴、乳香は祈りの象徴、没薬は死の象徴です。イエスを来たるべきユダヤの王、祈りが捧げられるべき神の御子、十字架により罪購うお方と認める信仰による捧げものでした。異邦人にもかかわらず、イエスの御降誕の意味を誰よりもよく理解していたことは特筆すべきことです。そしてイエスを礼拝し終わると、夢で神様から告げられた通りヘロデに報告せずに自分の国に帰りました。博士たちの旅の意味は何だったのでしょうか? 幼子イエスを礼拝するだけのためにいかなる犠牲をも厭わず、時間を捧げ、高価な贈り物を捧げ、最後まで神の命令に聞き従う彼らの真摯な信仰を、私たちも見習わせていただきたいと願います。

http://bible.com/81/mat.2.7-12.ja1955

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マタイによる福音書 2:13-18

彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」。 そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、 ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。 さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基いて、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺した。 こうして、預言者エレミヤによって言われたことが、成就したのである。 「叫び泣く大いなる悲しみの声がラマで聞えた。ラケルはその子らのためになげいた。子らがもはやいないので、慰められることさえ願わなかった」。

博士たちが帰ると、神様は直ちにこの地を離れてエジプトに行くようにと、夢でヨセフに告げました。これは幼子イエスのいのちを守ると共に、イスラエルの歴史である出エジプトを追体験する預言を成就するためでもありました。メシヤの所在地を自分に報告もせずに博士たちが自国に帰ったことを知ったヘロデ王は、怒りに燃えてイエスと同年代のベツレヘム周辺の幼子を皆殺しにするという暴挙に出ました。保身のためならばどんな罪でも平気で行うヘロデ王の深い闇がここにも出ましたが、これもまた旧約聖書の預言が成就するためでもあったとは驚くべき深い神の摂理です。

http://bible.com/81/mat.2.13-18.ja1955

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マタイによる福音書 2:19-23

さて、ヘロデが死んだのち、見よ、主の使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて言った、 「立って、幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け。幼な子の命をねらっていた人々は、死んでしまった」。 そこでヨセフは立って、幼な子とその母とを連れて、イスラエルの地に帰った。 しかし、アケラオがその父ヘロデに代ってユダヤを治めていると聞いたので、そこへ行くことを恐れた。そして夢でみ告げを受けたので、ガリラヤの地方に退き、 ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちによって、「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と言われたことが、成就するためである。

ヘロデ王が死んだ後、再び主の使いが夢でヨセフに現れ、イスラエルに帰還するようにと命じました。ヨセフは直ちに御告げに従い、エジプトを発ってイスラエルに戻りましたが、ユダヤの地はヘロデの子が治めていると知り、また夢で告げられた通りにガリラヤ地方の小さな町ナザレに移り住みました。これもまた旧約聖書に記されたメシヤ預言が成就するためでした。マタイによる福音者は、旧約聖書で預言されたメシヤが、主イエスであることを立証する、旧約と新約の橋渡しをするために記された書物です。聖書を読むときに、その記された目的をあらかじめ知ることは、御言葉を深く味わいつつ読むためにとても有用です。

http://bible.com/81/mat.2.19-23.ja1955
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【今日の聖句】 2018/09/28

2018-09-28 06:35:18 | 今日の聖句
ヨハネの手紙一 1:7 新共同訳

しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。

もしも私たちが光の中を歩んでいるならば、闇の行いはすべて白日の下に曝されるため、自ら進んで行うことはもはやできなくなります。光の道に歩むきよい生き方を貫き、御子イエスの尊い血潮によって罪きよめられ、いと高く聖なる神と親しく交わりを持つ私たちでありますように。

http://bible.com/1819/1jn.1.7.新共同訳
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