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ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2016.8.30-31 旅行5-6日目、終日デリー観光とショッピング、そして無事帰国

2016-09-01 22:25:02 | 
 湿度も気温も高く、長距離移動とフル回転の4泊6日の旅行も実質最終日。
 3都市各地1泊の3泊5日の弾丸旅行ではとても持たなかった、と思う。アグラで2泊出来て一息ついて、6人の総意で出発時間を30分遅らせてもらってほっとする。
 それでもモーニングコールは6時、出発は8時。ざっと荷物を片付け、ホテルのレストランで4回目の食事を終えて、部屋で最終のパッキングを済ませ、チェックアウトした。

 午前中は200㎞、4時間余りをかけてひたすらデリーに向けて移動だ。この高速道路が一番高速道路らしく柵もあり、途中休憩するいわゆるドライブイン状の建物(簡単なレストランとお手洗いが付設されている)があった。とはいえ、相変わらず牛は歩いているし、赤ちゃんを抱っこした女性がいきなり道路を渡ったり(これはもう自殺行為ではないかと思う。)とハラハラする場面はそれなりにあった。

 タージマハールの裏にも流れていたヤムナー河の鉄橋を渡り、バスはデリーに入る。市役所のブランチだという掘っ建て小屋のような所で、ツーリストバスのような商用車両は入市税を支払うことになっているという。街に入るといきなり車線も無視して車、オートリキシャ、自転車、バイクが押し寄せてきて、その中で自転車や歩行者も我先にと、あらゆるものが入り乱れるようになる。牛も犬もいる。道端には豚も。クラクションの嵐、割り込み、追い越し、もう止まらない。

 ガイドさんいわく、田舎中から人が集まってきて、収拾がつかないという。車が動かない。見渡せばスラム街。まさにいつか観た「スラムドッグ$ミリオネア」を地で行く風景だ。何やら映画を観ているような気がする。バスが止まれば、ガラス越しに赤ちゃんを抱いた若いお母さんやガリガリに痩せた男の子、女の子が食べ物やお金を求めて手を出してくる。
 けれど、ここで少しのお金や食べ物を渡したところで事態は解決しない。じっと目が合う。だんだん息苦しくなってくる。バスの窓を一枚隔てているだけで・・・と思う。

 そうこうするうちに、今回最後の昼食を摂る洒落たインド料理レストランに到着だ。多種類のカレー、ナンやタンドリーチキンに紅茶とアイスクリーム。夜は中華なので、これでインド料理も食べ納め。美味しいけれど、食べ過ぎは良くないと、ここでも腹八分目。夫は相変わらずこわごわとちょっぴり食べてごちそうさま、といった感じ。夫と一緒にお腹の薬は飲み続けている。

 昼食後は紅茶専門店へ向かう。ゴミの山、腐った食べ物の臭いで満ちたスラム街を見たと思ったら、今度は緑豊かな広い舗装道路の両脇に各国大使館が延々と並ぶエリアへ。別世界である。花々も緑も手入れされ、いかにも高級住宅地といった通りを抜け、小さなお店に入った。

 かつて日本のバラエティ番組で紹介されたというお店。数人の日本の芸能人と、今よりだいぶ若い社長さんのツーショットの写真が壁に飾られている。社長さん自ら商品の説明をしてくれて、皆でファーストフラッシュのダージリンやチャイの試飲。飲み比べてから購入した。

 次に訪れたのはインド門。高さ42mのこの門は第一次世界大戦で戦死したインド兵の慰霊碑として建てられたもの。白ければフランスの凱旋門といったところ。政府の交通規制が急遽入ることもある、と聞いていたが特に問題なく、門の周りを徒歩で1周出来た。門に至る緑の公園は家族連れやカップルなどで賑わっており、露店も沢山。門の周りにはサークル状に柵があり、中には銃を持った警護の兵隊さんが。

 この後、雑貨屋さんに寄って最後のお土産を物色して予定された観光は終了。けれど夕食まで4時間あるという。自由散策というのもちょっと、かといって4時間夕食のレストランで待つしかないのはちょっと・・・ということで、ヒンドゥー教徒のガイドさんが「6人のうち一人でも凄い、素晴らしいという声を上げなかったらお金は要りません」と言うほどお勧めのお寺と、バザールのオプショナルツアーが急遽実現した。

 アクシャルダム寺院は世界一大きなヒンドゥー教寺院として、2007年にギネスブックに認定されたという2005年建築の新しいお寺だ。セキュリティがとても厳しく、電子機器の持ち込み、食べ物は全て禁止。女性は小さなバッグを持ってもよいが、その中にはパスポートと現金、薬、ペットボトルの水以外はダメとのこと。男性はバッグすら持てない。

 セキュリティチェックはレーンが男女分かれていて、金属探知機を当てられ、さらにバッグの中を一つ一つ全部ひっくり返された。ポシェットの漢方薬(下痢止め)を説明して、ニヤリとされたのがトホホだった。入場料自体は無料だそうだが、あちこちにいわゆる寄付箱がある。

 そして、ここで事件が。
 本堂の中で、ツアーでご一緒しているご夫妻の奥様が「わー凄い」と上を向いて天井の彫刻に気を取られていると、スリに遭ってしまったのだ。鞄のファスナーが開けられているという。ガイドさんと数人の見学者がその瞬間を目撃していて、警護の職員に大声で知らせることに。その結果、ご夫妻とガイドさんは犯人と思しき3人の女性3人とともに事務所まで出向くことになってしまった。

 もう一組のご夫妻と私達4人は本堂の入り口で待つしかないことに。暑いし、この場所で座るのは禁止されているし、靴は本堂に上がる際にクロークに預けているし、全く身動きが取れない。ぐったりして滅入ってくる。夫は食べるものを食べていないので力が入らない状態だし、私もさすがに顎が出てくる。
 そもそもこの寺院、ガイドさんは良かれと思って連れてきてくださったのだろうけれど、歴史的建造物でもなく、大きいことは良いことだ、という感じでそれほど感激するというものでもなく。

 延々と待っているうちにどうでもよくなってくるのが困りもの。結局、被害はなかったのが不幸中の幸いだったけれど。ここでパスポートや現金の被害があったら、本当に旅の思い出が台無しになるところだった。

 雨がポツポツ降り始め、次なる目的地はバザール。公務員住宅のある通りの近くにある大きなバザールで、1時間の自由散策。衣類や靴、鞄、雑貨などを扱うお店が軒を連ねている。20分ほど、あちこちのお店を覗いてみるが、買いたいものは見当たらず、それでも物売りはしつこいし、すっかり草臥れてしまう。

 さらに探せば安くて面白いものもあったのだろうけれど、夫と私は軟弱にもカフェに入って、お茶。紅茶を頼んだのだけれど、これが待てど暮らせど出てこない。さんざん待ってようやく出てきたのはチャイ。結果オーライで美味しかったけれど、どうもミルクを買い出しに行っていた模様。そんなわけで、バザールは殆ど堪能することなく集合時間に皆と合流して、夕食の中華レストランに向かった。

 久しぶりの中華料理はスープが薄味で美味しくお腹に沁み渡った。他のお料理はちょっとピリ辛だったけれど、夫もカレーと違って少しは箸をつけていてほっとした。
 これで今回のスケジュールは全てコンプリート、一路空港に向かった。4泊5日ずっと面倒を見てくれたガイドさん、運転手さん、アシスタントさんと握手して空港の入り口でお別れ。別のガイドさんが空港内でサポートをしてくれた。ガイドさんにもいろいろな区分があるようだ。
 飛行機の離陸予定時間まで4時間弱。チェックインした後は、現地通貨を使い切るための買い物を済ませて、ラウンジへ移動した。

 ラウンジでは、バスタオルも貸してくれてシャワーが浴びられるということだったので、まずは汗と埃を流してさっぱり、その後着替えも。これが出来ずに汗だく埃まみれで機中泊だったら結構辛かったと思う。ラウンジには日付が変わる前後2時間ほどいただろうか。食事は済んでお腹は一杯だし、飲み物だけ頂いて、同じくシャワーでサッパリ出来た夫はウトウト、私も何をするでもなくスマホをいじって時間潰し。

 ラウンジと搭乗口がとても離れており、延々と歩いてようやく到着。
 機中の人となってからは歯磨きを済ませてアイマスクをして、眠る態勢に。今回は何の映画を観ることもなく、ひたすら眠った。7時間40分の飛行時間のうち、夫は6時間、私も5時間近く眠れたのではないか。

 気づけばあたりからいい匂いがしてきて、のそのそと起き出して、洗顔を済ませ、時計の針を3時間半進める。私達はかなりギリギリまで寝ていたようだ。すでに飛行機は日本上空を飛んでおり、四国の形がとてもハッキリと見えた。
 お目覚めのお食事を、ということで夫も私も迷わず和食を頂く。食後のお茶を頂いたらもう最終着陸態勢。成田は34度、クッキリとした夏空で景色が素晴らしくよく見えた。

 予定より20分ほど早く無事着陸。荷物もあっという間に出てきて、帰りのリムジンバスまで1時間半ほどあったけれど、大荷物を引きずりながら階段を上り下りして電車を乗り継ぐ元気もなく、バスの時間までお茶をして時間を潰す。インドも暑かったけれど、日本も暑い。
 バスの中で夫は爆睡。私は疲れすぎているのか殆ど眠れずじまい。見慣れた景色を通り過ぎて、予定通り無事最寄り駅に到着した。

 今回の旅行記も長々と書きました。最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

コメント
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