ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2016.10.23 あけぼの会秋の大会 患者と医師の対話集会~乳がんを賢く治すために~参加

2016-10-23 21:39:36 | あけぼの会
 今日は、患者会の秋の全国大会に、2年ぶり5回目の参加をした。昨年は実家のもろもろで参加を見送ったのだった。穏やかな良いお天気で、遠方から参加する会員の皆さんにとっても優しい日和となった。

 途中のカフェで軽食を摂っていると、プチ虹のサロンのSaさんから、私の分まで席を取ってくださったというLINEの連絡が入る。有難くも恐縮して会場に向かった。
 去年は大きなホールでの実施だったが、今回は、一昨年シンポジウムに登壇させて頂いた時と同じ、定員250名ほどのこじんまりとしたフロア一体型の会場。満員御礼、熱気でムンムンの開催となった。

 13時から16時半までの長丁場、その後は場所を移してパーティ。例年のことながら企画・準備から後片づけまで、会長さんはじめ事務局スタッフの方々のご尽力には本当に頭が下がる。

 さて、今回は表題のとおり、患者と医師の対話集会~乳がんを賢く治すために~というテーマだ。
 Part1とPart2の2部構成で、いつものように事務局のSさんがショッキングピンクのTシャツに身を包み、元気に司会を務められる。まずは会長さんのご挨拶。お風邪を召しておられて殆ど声が出ない中、著書である「がん患者に送る愛と勇気の玉手箱」の中から“がんのあと潔く生きる10か条”をお披露目される。
 例年冒頭にサプライズゲストとして永六輔さんが登場されてきたのだが、7月に旅立たれたのは周知のとおり。その追悼のお言葉もあった。

 来賓挨拶もなく、すぐに3名の先生方の講演に移る。
 お一人目の演者は「乳がん医療の未来~夢と希望を叶えるために」と題して、がん研有明病院・乳腺センター長の大野真司先生。アメリカはオバマ大統領の“がんムーンショット計画”のお話から始められ、新薬の開発状況、人工知能AIの話題まで、長く再発治療を続けていてもまだまだ希望を捨ててはいけない、ということを改めて思わせて頂ける嬉しいお話だった。

 お二人目は「ブレストケア科の目指すもの」と題して、埼玉医科大学総合医療センタ―・ブレストケア科教授の矢形寛先生。沢山の笑いを取りながらテンポ良い口調でブレストケア科のPRに加え、小江戸という地域を巻き込んだ様々な活動を明るく紹介された。

 三人目は「治療に従事してきて今、強く思うこと 治療方針の決定 Decision Makingは誰がする?」と題して、一昨年Doctor of the Year2014に受賞された国立がん研究センター中央病院・乳腺腫瘍内科外来医長である清水千佳子先生。再発転移がんの治療原則から始まって、日々命と向き合い、ともすれば終末期等重い話題が多くなる腫瘍内科ならではのお話。真面目な先生らしく淡々と進んだ。

 そして休憩。あまりの熱気で酸欠状態になってしまい、ホール外に出て、気分転換を図る。ロビーではかつて東京支部でご一緒したEさんやMさんたちのお顔も拝見出来て、懐かしかった。もう一人のMさんやOさんの姿は、残念ながらもう拝見することは叶わない。定期的に開催してきたプチ虹のサロンも、昨年末SaさんとSiさんにお目にかかって以来、なかなか集まることが出来ずに今日まできてしまっていた。メンバー各々の家族、自分自身の状況がなかなか厳しく時間を取ることが難しいのだ。退院されてまだそれほど時間が経っていないSiさんのお顔も見られて、本当にほっとした。

 後半は「患者はなぜ有名病院へ行きたいのか」というパネルティスカッションがたっぷり1時間以上。実際に有名病院の3人の先生方を前にして、フロアからは自分の体験や、支部として相談を受けた内容などの発言が続く。文字通り参加型のパネルディスカッションだ。

 私自身は、初発ではクリニックから紹介された地域の総合病院にかかり、再発転移した段階で、長い治療を続けるにあたり避けて通れない化学療法の専門家である腫瘍内科医に診て頂けるものなら、とセカンドオピニオンを得たのち、転院した。
 とはいえ、特に有名病院志向であったわけではなく、出来れば通うのに近い病院という条件で、今の病院を選んだ。

 幸いなことに、これまで8年半の治療のおかげでこうして延命して頂きながら、主治医との信頼関係も築けており、節目節目で納得した治療が受けてこられている。そのため、正直なところ、今回のテーマは特に身を乗り出して聴きたいというものではなかった。

 けれど、最後のまとめで会長さんが「このテーマを選んだのは、患者にとって有名病院、名医にかかることよりも、主治医を信頼して良い関係を築けることがベストである。有名病院は治療の節目、セカンドオピニオン等のタイミングで上手く使うことが大切、ということが言いたかった」とおっしゃった時に、我が意を強くした。ああ、間違っていない、私はこれからも今のまま治療と向き合っていけばよいのだ、と力を頂いた。

 お馴染みの「ようこそコーナー」では全国から出席している会員紹介。北は北海道、南は九州の方たちまで、今年も沢山の会員さんたちが出席されている。お揃いの衣装を着て、元気に手を挙げたり、アピールしたり。実にパワフルである。最後は会場前方に支部長さんたちがずらりと勢揃いして、永さんを偲び「見上げてごらん夜の星を」を全員合唱してフィナーレ。歌い終えたところで終了時間となった。

 お開きの後、Saさんと久しぶりに最寄り駅までご一緒し、カフェでお茶をしながらお喋りをして帰途に就いた。そう、2年前の大会でも出席できたのはSaさんと私だけだった。その前の会では5人揃ってお茶をしていたのにね、と昨年のお正月、10月に相次いで亡くなったメンバー2人のことをしみじみと思い出す。

 想えばこの1年、本当に色々なことがあった。これからもきっと山あり谷ありの毎日が続いていくのだろう。けれど、こうして日々を精一杯、そして愛おしく過ごせることに改めて感謝しながら、明日からまた新しい1週間を過ごしていこうと思う10月の夜である。
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4 コメント

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患者会 (ペコ)
2016-10-24 21:26:57
 こんにちは
患者会に行かれたのですね。
私は今年は失礼してしまって残念な思いでしたが、
ブログを読み始めたら、当日の会場での様子が手に取るように分かりました。 有難う御座います。
ご丁寧な説明でイツモのように会場にいるみたいです。

今年の会場は乗り換えが有って体力的に無理なので、参加せずに「我慢がまん」・・・
昨年の所だと、東海道線一本で行かれるのでネ・・・

ワットさんの「がんのあと潔く生きる10か条」が聞きたかったで~す。
このブログでの掲載が可能であったなら、是非
掲載して下さいネ。

寒くなってきましたので風邪をひかないように・・・
お元気でねぇ・・・

返信する
ありがとうございます (ロッキングチェア)
2016-10-25 23:11:48
ペコさん、こんばんは。

ご無沙汰しております。
その後お加減いかがですか。

今年は小さな会場でしたので、満席でした。去年は残念ながら私も行けなかったので・・・。
今の私にとって大会は役立ちそうと思う内容の時に選んで参加出来れば充分かと思っています。もちろん体調優先、体力優先で。後日ニュースレターやHPで内容もアップされますしね。

患者会に出向くと、どうしても自分が患者モードになってしまいますし、仲間の調子が悪いという情報を得たり、目の当たりにしたりすると、ややもすれば心が動いてしまいます。それもどうなのだろう、と感じます。

まだ病気になったばかりという方と、何年も前に治療も終わっている方、現在も治療中で共存している方などなど、初発と再発と区別せずに参加する大会は、どこにターゲットを絞るのかとても難しいですね。皆が皆満足してお開きというのは至難の業です。ここに主催者側のご苦労がありますよね。

当日紹介された会長さんの十か条は、会に入会する時に頂いた玉手箱の本に出ているものです。「もう10年以上前の言葉で新しくないんだけれど・・・」とご本人は言っておられましたが、今でも充分に通用するものだと思います。
【あけぼの会】ワットさんの笑って長生きhttp://www.akebono-net.org/contents/essay/20030826.htm

上記のリンク先から見て頂けるので、ここに羅列するのは控えますが、勝俣先生や渡邉先生もツイッターやブログで取り上げておられます。

本当に今朝は冷え込みましたね。
ペコさんもどうぞお元気でお過ごしください。


返信する
10か条をありがとう (ペコ)
2016-10-26 11:28:20
 ロッキングチェアさん 早速教えて下さって有難う御座います

読ませて頂きました。
10年以上前に発表された内容とはいえ、本当に今でも通じるものだと私も思いました。

あけぼの入会時に頂いた玉手箱の本の中に確かに
有りましたね。 読んだ覚えが有ります。

確か、その当時の私は不安感で一杯だった時で、
読みながら、「そうだ頑張ろう・皆と一緒に頑張ろう」と
決意していた事を思い出しました。

今の私の病状は(術後17年)進行性と言われながらも落ち着いてくれているので、自分が元気な時に恩返しをとの思いで病院内の「がん患者会」の事で色々奔走しています。

お世話になっている市民病院内で「がん患者会」が
無かったので、「がん患者会」の設立を要望してから
紆余曲折あって、3年目の昨年にヤット形だけでは
ありますが「がん患者会」が出来ました。

ヤット形だけというのは、病院内に設立はするが、
病院の医療関係者はタッチせず、
会場(会議室等の部屋)のみを貸すとの事でした。

話しを聞いた当初は、市民病院として、今迄無かった
事が不思議なのに、又現実に「がん診療連携指定病院」となっているのに、
ナゼ・エッとの驚きでしたが、先ずは「がん患者会」が院内に出来た事だけでも良しと思わなければ・との複雑な気持ちが・・今もネ・・・

患者会設立要望の言い出しっぺの私は毎回参加をしているのですが、参加者は初発から1~2年の方、
又再発・転移治療をされている方と様々なので、
話しの的をドコに置くかが大変に難しいですネ。

「がん患者会」の件で、病院側と此れからも話し合って行き、会が患者にとっての憩いの場に少しでもなれば良いなぁと・・・厳しき現実の夢見る夢子さん状態です。

堅苦しくならずに「あっ気らか~ん」と・・・一歩前にと・・
自分に負けない自分を作って行かなくてはと秘かに思っているオバサンです。

ロッキングチェアさんとお母様の御健康を祈っています。



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ありがとうございます (ロッキングチェア)
2016-10-26 21:55:48
ペコさん、こんばんは。

そうでしたか。お読み頂き、当時の決意を思い出されたとのこと、良かったです。
確かに入会から時間が経つと、当時どんな気持ちだったのか、なんとなく忘れてしまうことありますよね。
でも、今回参加したことで10か条を思い出させて頂き、うん、これはなかなかうまく出来ているぞ、とかちょっとこの部分が足りなかったな、とか反省することが出来ました。
これは何より今まで生き長らえさせて頂いているからこそ。有難いことですよね。

術後17年、進行性でも落ち着いて過ごしておられるとのこと、何よりです。
ペコさんは今、どんな治療をされているのでしょうか。
元気なうちに恩返しを、と院内の患者会を立ち上げられたとのこと、大変なことでしたね。
新しく何かを作るというのはとてもエネルギーの要ることです。

私は休みなく続く再発治療と仕事に家事、自分の好きなことをやるだけで精一杯で、ペコさんほど気力も体力もありませんし、物理的な時間もありません。こうして自分の好きな時にマイペースでブログを綴ることでどなたかに何かお役に立てることがあれば充分かなと思っています。

ペコさんが考える理想の患者会とはどんなものでしょうか。
病院が場所を提供してくださるということでも大きなことだと思いますが、これから医療関係者もうまく巻き込んでいけるとよいですね。

どうぞ無理せず、これからも患者会の活動頑張ってください。
素晴らしい会になることをお祈りしています。
私たち母娘のこともお祈り頂き、どうもありがとうございます。
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