-JR、日暮里駅にて―
先週は、「『はやぶさ』マニア」の方々に御笑覧いただいたらしいので、今さらながら、感謝の気持ちで、御奉仕を。
もっとも、もう来る「『はやぶさ』マニア」がいるかは知りませんが。
■週末、のんべんだらりんと本を読んでいたら、知った。 ニーチェやハイデガーが、萌え、萌え、だって。
ハイデガーの『ニーチェ』に"萌え出ずる"という言葉があって、一方は、『古事記』にも"萌え騰がる"とあるらしい。木田元、『ハイデガー『存在と時間』の構築』に書いてあった;
一九三〇年代半ばになってからの『ニーチェ』講義においてではあるが、ハイデガーはこのについてこう言っている。
フュシスとはギリシア人にとって存在者そのものと存在者の全体とを名指す最初の本質的な名称である。ギリシア人にとって存在者とは、おのずから無為にして萌えあがり現れて出てき、またおのれへと還帰し消え去っていくもの、そのように現れ出てきてはまたおのれへと還帰していきながら場を占めているものなのである。(『ニーチェ』I、117ページ)
これは別に特異な考え方ではない。『古事記』の古層に見られるような古代の日本人の考え方に近いところがある。われわれの祖先にとっても、万物は「葦牙の萌え騰がるが如く成る」ものであり、その生成の原理がと呼ばれていた。
この両者の「萌え」を見て、ビンゴ!っていうのは短絡と気付く。そもそも、ハイデガーの『ニーチェ』の萌えあがり現れて出てきの原語と古事記の「萌え騰がるが如く成る」が果たして本当に同じ意味なのか考えなければいけない。
萌えの原語なんて考えたこともなかった。手元に原語がないのでわからない。ただし、どうやら、萌えは英語のeruptの訳語らしい。端的に言って、噴出。普通に用いられるのは、火山の噴出。こんなの⇒google images。さらには、「萌出」という学術用語があって、英語ではeruption。歯学での用語らしく、生えてくる歯のことらしい。ドイツ語でどう書かれているのかは、わからない。
日本語の萌えは植物の芽が出ることを指し示しているように思える。萌える⇒bud; sprout(yahoo 辞書)。果たして、ドイツ語はどうなんだろう。
なお、木田元センセは、哲人の言葉の使い方とその言葉の起源について執念を燃やし研究していたはずだ。そんな、木田元センセの「古層」、上記の『古事記』の古層に見られるようなは、いささか不用意だろう。誰かしか使わない"特異"な用語だ。なぜそんな言葉を使ったんだろう、木田元センセ。この理由の邪推は、いつか。
▼ 「萌え ハイデガー」でググると、萌える哲学小説「僕とツンデレとハイデガー」発売(Jcastニュース)。
Amazonの広告では、大日本帝国陸海軍の無条件降伏で帰属先が"解散"、16歳で江田島の海軍兵学校を追い出された、つまりは「人災によって日常が断ち切られた」経験をもつ木田元さんが、コメント;
天災や人災によって日常性を断ち切られると、
人は哲学をもとめる。
この本も、そうした要求にこたえる一つの試みだろう
哲学者 木田 元
●まとめ; ハイデガーは萌えているか!?